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第462話 勇者と呼ばれた男4

 ツグナオたちとクロが合流してから数年が経過した。国を作ると威勢の良いことを言ったツグナオだが、基本的に先頭に立っているのはクロの方だ。


 何もない無人の荒野に村を作るための資金はクロが傭兵として稼いだ金。戦力を求めて集められたのはクロがこれまでの戦場で知り合った傭兵たちだ。そして小さな村に人が集まってきたのは黒騎士という最強の傭兵が守ってくれるという話を聞いたからだ。


 全てクロによって作られた村。それに伴い村ではクロを王として祭り上げようとしている。しかしクロは彼らの言葉を無視して淡々と仕事をこなす。全てはツグナオのために。


 しかしツグナオは今のこの状況に満足している。ツグナオはクロを英雄視しているこの環境に非常に満足している。それにクロのおかげで随分戦力が増えた。クロの名が広まれば広まるほど強者たちが集まる。特に最近来たガザラムという傭兵は本当に強い。


 ただガザラムは傭兵稼業が好きなようでこの村を拠点にしてくれているが、基本的には傭兵として出兵している。この村の戦力として考えるのには少し向かないかも知れない。


 そんなツグナオは最近あることに気がついた。それはこの世界に来てからずっとそばにあるこのおもちゃの剣に関してだ。プラスチック製のおもちゃの剣であるのにその強度は鉄をも超える。決して破壊できそうにない。


 そして最近気が付いたのだが、このおもちゃの剣に力が溜まっているのだ。その名も英雄ポイント。どうやれば上がるのかはわからないが、数百ポイントは溜まっている。そしてこの溜まったポイントを使い能力を解放できる。


 だが能力を解放するためには数千ポイントは必要だ。そのため当分の間は使い道がない。しかしそれでも魔力のないツグナオが皆の役に立つような力を得られる可能性があるのであればそれだけで嬉しい。


 しかしこの時それよりも重大な問題が起きた。それは金を稼ぐために傭兵として出兵したクロが傭兵家業を引退すると言い出したのだ。今やこの村の収入はほぼ全てクロに頼っている。それが無くなるのはかなり痛手だ。


 これには村の人間からも考え直すように説得されたが、クロはそれを断固として断った。ツグナオもその理由がわからなかったが、その夜にツグナオとエリッサの3人の前だけでその真実を語った。


「子供ができた。」


「あ゛?誰のだい?」


「私の子供だ。間違いなく宿っている。」


 突然の懐妊報告。エリッサもこれには驚いた。エリッサは何も知らなかった。ただ一番大事な問題は父親が誰かということだ。しかしその時冷や汗とともに喜びとやってしまったという様々な感情が織り混ざった一人の男がいた。


「まさかツグナオ……」


「……ご、ごめん。随分前からそんな感じで…」


 ツグナオとクロの子供。これにはエリッサも諸手を挙げて喜びたいところだが今の状態から考えると正直に喜べない。ツグナオの子供というだけなら良い。だがクロの子供ということになるとそれがクロの弱点になる。最悪の場合子供を誘拐してクロにいうことを聞かせるという可能性も十分ある。


 それにクロは、黒騎士は男ということになっている。女の英雄ではこの時代舐められる可能性も十分出てくる。下手をしたらこの村も瓦解するかも知れない。クロの正体は隠さねばならない。そしてクロも十分このことを理解している。


「この子を堕ろす気は無い。だけど私の子供だと知られてもまずい。だからエリッサ、お前とツグナオの子供ということにしてくれ。そうすれば問題は起きない。」


「妊娠中はどうするんだい。お腹は想像以上に大きくなるよ。」


「私は黒騎士だ。鎧に身を包めば問題ない。それに今の鎧は少し小さくなって来たところだからな。新しい鎧を受注する。そうすればバレない。」


「しかしねぇ…この村の収入が…」


「そこは僕が頑張れば済む話だよ。クロには今までなんども苦労をかけて来た。この村の食糧生産量をこれから上げていく。そうすれば収入も問題ない。」


「いいのかい?目立つようなことをすれば他国に狙われるよ。」


「うまくやるよ。遠方にユグドラシル国っていう大国がある。その国とうまく繋がりを作ればなんとかなるはずさ。僕も父親になるんだ。それぐらいは頑張るよ。」


「……わかった。それじゃあ最後の確認だ。クロ。これから生まれる子を私の子とするのならお前は絶対に子供に親だと告げることはできない。子供なんてちょっとした拍子に漏れちまうもんだからね。それでも良いのかい?」


「覚悟しているよ。全てを理解している。」


 エリッサはクロの覚悟を決めた表情を見てそれ以上何も言わなかった。そして翌日、エリッサの懐妊と黒騎士はエリッサの子を守るためにこの村に残り、守りを強化させることを知らせた。


 そしてツグナオはその日からより一層仕事に力を入れた。そしてその年の作物の生産量を前年の3倍まで膨れあげさせた。元々目立たないように生産量を減らして栽培していたのだ。その程度は簡単である。


 そして数ヶ月後、誰にも知られないように防音の魔法を施した部屋で出産が始まった。立合うのはエリッサとツグナオだけの予定であったが、クロの若い出産ということもあり、万が一に備え信用のできる一人の老婆を立ち会わせた。


 本当はやめておくべきであるとエリッサも忠告したのだが、心配したツグナオが強引に話を通してしまったのだ。しかしそれは正しかった。クロの出産は半日を超えるほどの難産であった。この老婆がいなくては子供は死んでしまったかもしれない。


「無事生まれましたぞ。元気な男の子です。」


「よ、ようやくか…ったく心配かけやがって。なんだツグナオ、腰抜かしたのか?」


「あ、安心しちゃって…でも本当に良かった…本当に良かった……」


 意識を朦朧とさせるクロの耳にもうっすらと皆が喜ぶ声が聞こえる。そして無事に出産を終えたことを知るとそのまま眠りについた。


 それから約2年間、クロは生まれて来た子供に思う存分甘えさせた。しかしその後は子供に母親だと知られないために黒騎士として子供に接した。生まれてからの3年間の記憶というのは基本的に無くなってしまう。ツグナオのちょっとした知識が役に立った瞬間だ。


 生まれて来た子供にはファラスと名付けた。そこにツグナオとエリッサの家名を合わせてファラス・カナエ・ガンガルドというのが本名となった。この家名をつける際に元々家名などなかったクロはエリッサの養子という形にし、その名をクロ・ガンガルドとした。


 もちろんこのことも極秘である。クロは表向きはずっとクロと名乗ることにした。ガンガルドという家名を貰ったことはエリッサとツグナオしか知らない。しかしそれでも家族として繋がりができたことが孤児であったクロには嬉しかった。


 そしてここからツグナオは大きな躍進を見せる。公共設備、食料自給率、法整備とそのほぼ全てを一人で解決した。この村に学問で優秀な人材はいない。いたとしたら他国に持ってかれている。だからこそ多少なりとも知識のあるツグナオがやる必要があった。


 そしてそれと同時にこの村の存在が大きくなり、他国による侵略が始まろうとした。しかし母となった黒騎士の強さはこれまでと比類できぬほどとなった。数々の黒騎士の伝説もこの時から多く誕生している。


 そしてファラスが生まれてから15年が経つ頃にはこの村は国へと変わっていた。周辺国でこの国に喧嘩を売ろうとする者がいないほどの強国へと進化したのだ。そしてこの日からもう一つの歯車が動き出す。


 それはファラスが傭兵として各国を周ったのだ。ファラスにはクロの血が入っている。その武力は並外れている。そしてツグナオの血も入っているため、王としての才覚もある。そのおかげでわずか数年でファラスは自らの傭兵団を結成した。


 この時に後の13英雄と呼ばれる猛者たちも幾人か仲間にしている。ファラス傭兵団といえば敵がその場で降伏するほどの傭兵団と化したファラスだが、この時から徐々に動き出した歯車が狂い始めた。


 それはファラスは父親であるツグナオが王であることが許せなかった。クロこそ、黒騎士こそが王に相応しいと考えたのだ。そしてその意思は広く伝わってしまった。


 確かにこの国は黒騎士無くしてありえない。しかしそれと同時にツグナオなくしてありえないのだ。ツグナオがこの国の基盤を完成させた。黒騎士がなんの不安もなく戦えたのはツグナオがいたおかげだ。


 しかしそんなものは国の表面だけ見ていてはわからない。ファラスはこの時にツグナオの失脚を始めようとした。その運動はクロが気が付いた時には止められないほどになっていた。このままでは確実にツグナオは失脚する。そうなればこの国は傾いてしまう。


 もう手の施しがないところまで来たツグナオの失脚運動はあと一歩のところまで来た。しかしそこでこの運動は終わる。新たな重大なる問題が発生したのだ。


 それは100年戦争当時大国と呼ばれていた国が滅びたのだ。この時代であってもこれほどの大国が滅びるのはそうあることではない。そしてその国を滅ぼしたものこそ吸血鬼の兵団である。


 これまでも吸血鬼による騒動はよく聞いていた。しかしこれほどまでの大事は初めてだ。そしてこの時吸血鬼たちの王として祭り上げられていたのがかの吸血鬼神ヴァルドールである。


 ヴァルドールによる侵攻は凄まじいものだ。滅ぼされた大国を拠点とし、そこから一気に勢力を拡大した。


 吸血鬼とは種族的に子が生まれにくい。そのため数は非常に少ない。それに吸血鬼にはある一定の弱点がある。その弱点をついた魔道具でこれまでは撃退できていたのだが、ヴァルドールにはそれが通用しない。


 まず吸血鬼の弱点と呼ばれるものは一切ヴァルドールには通用しない。さらに自身の肉片から100人以上の分身を生み出し、群れで襲ってくる。


 しかもたとえ首を切り落とそうと心臓に杭を打とうと生き返ってくる。完全なる不死身の化け物だ。この不死身の化け物ヴァルドールに人類はなすすべなく滅ぼされていった。


 そしてこの時、最強の傭兵団と呼ばれていたファラス傭兵団にヴァルドールの討伐指令がきた。ファラスはこれを快諾、すぐに討伐に赴いたのだがこれを黒騎士が知るとすぐに兵を集めた。


「ファラスじゃ無理だ。このままではあの子が死ぬ。ツグナオ、留守は頼む。」


「う〜ん…僕もついていく。」


「何を言って!相手の格が違う。お前を守りながら戦うのは…」


「いや、今この国じゃ僕の排斥運動高まっているから残っている方が危ないんだよね……」


 ツグナオは苦笑いで答える。それを聞いたクロも頭を悩ませたがツグナオの同行を許した。それほどツグナオの立場は危うかったのだ。


 しかしツグナオはその時そんなことはどうでもよかった。ツグナオは頭を悩ませるクロを見る。そこにははっきりと死相が見えていた。



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