第461話 勇者と呼ばれた男3
クロの修行から3日後、ついにツグナオ襲撃が起ころうとしていた。敵は14人。これまでにも同様に金を持っていそうな事件を起こしている連続犯だ。ツグナオのいつもの仕事が終わる十数分前、敵は近くの路地に集まっていた。
「いいな。騒ぎになる前に終わらせるぞ。」
「「「おう。」」」
「それじゃあ……待て。おい、なんだガキ。失せろ。」
「黙れ。もうお前らはお終いだ。」
敵が事態を飲み込む前に一気に取り掛かるクロ。エリッサから貰った短刀が確実に敵の急所を捉えて抹殺していく。そしてツグナオの仕事が終わる前にクロの仕事が片付いた。なんとかなったと路地から出るクロの目に仕事を終えたツグナオが目に映る。
しかしそんなツグナオの背後から迫る人影。敵はまだいたのだ。襲撃した際にツグナオが逃げられないように他の路地にも隠れていた敵が。新たな敵は2人。しかしクロの今の場所からでは間に合わない。それでもとっさに走り出したクロの目に敵に襲いかかる巨体が映った。
その巨体は敵二人をそのまま弾き飛ばし一瞬にして屠った。その巨体の正体はエリッサだ。ツグナオも何事かと背後を振り返りこの惨状を知る。
「よぉツグナオ。迎えに来たぜ。クロも一緒にな。」
「え?そうなんだ。ありがとう。」
「チッ!このババァ……面倒だから全部任せるとか言っておいて…」
「お前はまだまだ未熟だからな。このくらい考えられないと傭兵としては生きていけないんだよ。それにツグナオ。お前あいつらに気がついていただろ?」
「さすがに毎日あれだけ見られていればわかるよ。へこへこしてお金払って見逃してもらおうかと思っていたんだけど助かったよ。」
「お前…案外たくましいな。」
危機が去り、仲睦まじく帰路につく3人。そしてこの日からツグナオを狙おうという輩は一切姿を見せなくなった。そしてそれから1年後、この街に一人の傭兵の名が知れ渡るようになる。
まだ子供のようだがその強さは間違いなく街一番。傭兵として出兵した際にも並外れた戦果をあげて帰る。その傭兵を雇うために大金を積んで戦争している両国が取り合うという。
その正体は不明。いつも全身鎧を着て生身の姿を見たことがあるものはいないという。その傭兵の名はクロ。そんな傭兵クロはいつもボロボロの一軒家に帰るという。そしてこの日も戦果を挙げて家に帰ってきた。
「クロ!よかった…今回も無事だったね。」
「なんの問題もない。報酬もたっぷりだ。エリッサは?」
「ん?おお、帰ったか。こっちもちょうど薪割りが終わったところだ。飯にしよう。」
久しぶりの3人の食事を楽しむクロ。普段はあまり口をきかないと言われるクロだが、2人を前にすると饒舌になる。
「まあそんな感じで敵の隊長何人かやったら静かになってな。それでこの戦いは決したようなもんだ。」
「相変わらず無茶するなぁ…防具とかも随分ボロボロになって……あとで修復しておくよ。」
「相変わらず心配性だなぁ。クロだって逆にそんなに鎧着ていると邪魔になるだろ?」
クロが全身を防具に包む理由。それは傭兵になると言った際に心配したツグナオが自身の食費を減らしてでも買い集めた防具によるものだ。クロもその行為を無下にはできず、しっかりと着込んでいる。
そんなクロは以前の報酬で得た魔法で拡張された収納袋を取り出し、その中から一つの鎧兜を取り出した。
「今回報酬でもらった鎧だ。私と繋がりを作りたいために特注で作ったらしいんだけど…どう思う?」
「なんだその真っ黒な鎧。全身分あるのか?金属鎧なんて重いから余計動きが悪くなるぞ。お前は身軽に動いた方が持ち味が生き…」
「かっこいい……これ…かっこいい………」
エリッサはクロが鎧を着込むこと自体に反対している。そもそもクロの運動神経から考えれば敵の攻撃などそう当たらない。それに攻撃が当たった際にこの程度の鎧ではそこまで意味はない。しかしツグナオはこの鎧がかっこいいと手にとってまじまじと見ている。
「そうか…かっこいいか……でもツグナオ!お前にはあげない。これは私の鎧だからな!」
「この鎧…まるで王様を守る騎士みたいだ。黒い鎧の騎士……黒騎士!」
盛り上がるツグナオ。それを見たクロもニヤケ顔が我慢できない。エリッサもこんなに喜んでいる2人を見ては反対するわけにはいかない。
そしてこの日から全身を黒い鎧に包んだ騎士のごとき傭兵、黒騎士の名が広まっていく。どんな戦場でも常勝無敗の黒騎士はどの国も欲しがる最強の騎士だ。しかしクロはこの時、間違えてしまった。クロは勝ちすぎた。あまりにも強すぎたのだ。
黒騎士の名が広まってから2年あまり経った頃。黒騎士のせいで負けた国が街に攻め込んで来たのだ。その数は2万。対するこの街の兵士は数百だ。元々戦争から逃れてきた人々の寄せ集めで生まれたこの国は中立国として知られている。
だからこそ戦争から逃れてきた。それに攻め込んだところで得られるものはたかが知れている。しかし今は黒騎士という憎き相手がいる。それを殺せるのであれば中立国だろうと関係ない。
突如現れた2万の兵団に人々は逃げ惑う。ツグナオとエリッサもすぐに逃げようとするが、ツグナオはその足を止めた。
「何をしている!早く逃げるぞ!」
「ま、まだ逃げ遅れた人がいる!彼らを助けないと!」
「諦めろツグナオ!諦めるんだ!」
「で、でも…」
戸惑うツグナオにエリッサは謝りながら一撃加える。その一撃で気を失ったツグナオはエリッサに抱えられて逃げ延びた。そしてこの時、敵は知らなかったがクロはすでに次の傭兵の仕事として他国へ出兵していた。
クロがこの惨状を知るのは一月後のことであった。今回も多くの手柄を上げ帰還を果たしたクロの目の前に広がるのは無残に破壊され、全てを焼き尽くされた街であった。
クロは必死にツグナオたちを探した。しかしツグナオたちは追撃を恐れ、追っ手を振り払うように逃げた。そのため動向がつかめない。しかしそれでもクロは諦めなかった。そして約半年後、クロはついにツグナオたちを発見した。
散り散りになって逃げたツグナオのいる集団は数十人ほどしかいなかった。他のものたちはうまく知り合いを頼って他国へ逃げたか、追撃により命を落としたかのどちらかだ。
ようやく見つけたツグナオも変わり果てた姿であった。ろくに食事も水も飲めず痩せ細っている。エリッサもあの巨躯がしぼんでしまっている。クロはやっと会えたツグナオとエリッサに何を言って良いかわからなかった。二人にどんな言葉をかけたら良いかわからないのだ。
しかしその考えはツグナオの目を見た瞬間変わった。ツグナオの目はまだ生きている。こんな困難の中にいるというのにツグナオの目はより力強く、よりたくましく見えた。
そしてその時クロは気がついた。これほどの困難の中にいるというのにこの集団は誰しも希望を失っていない。暗い雰囲気が漂っていない。その理由はただ一つ、この集団のまとめ役のツグナオの影響だ。
クロはこの時知った。ツグナオの才能を。ツグナオには王の才能がある。それもそこいらの王のレベルではない。歴史に名を残すほどの王の才能がある。
そしてクロは自身の運命を知った。自分はこの小さき王を偉大なる王にするために生まれたのだと。
クロは自身の持つ食料全てを与えた。そうしてひと段落ついたところでツグナオは語り出した。
「世界は動乱に満ち溢れている。こんな動乱の世界には人々が安心して暮らせる家が必要だ。そのためには誰も攻め込めない国が必要だ。クロ、この時代を生きるためには力が必要だ。君の力が必要だ。」
「…力だけじゃダメだ。皆が安心して暮らすためには象徴たる王が必要だ。私は王にはなれない。ツグナオ、お前のような優しい王様が必要だ。私はお前を王にするためにこの力を振るおう。」
この日、運命の歯車は大きく動き出す。ただの一人の傭兵が偉大なる英雄を志し、一人の男が偉大なる王を目指す。