第455話 3大精霊
「大精霊3柱が相手か。さすがに相手が悪いのぉ…」
あご髭を撫でながら思案にくれるゴディアン。しかしその指先に植物のツタが巻きつく。足先からも植物が、木々がまとわりつく。それらの植物からはゴディアンに一切何もさせずに始末するという明確な意思が感じ取れる。
ゴディアンにまとわりついた木々は巨大な球体へと成長する。その球体は密度を高めながら内部のものを全て押しつぶすようにさらに成長を続ける。その周囲には攻撃性の高い植物たちが待ち構えている。
さらに致死性の高い花粉まで舞い始めた。一呼吸するだけで死に至るだろう。完璧な連携攻撃。だが突如、球体と化していた木々はまるで卵の殻を割るかのようにパックリと開き、内部からゴディアンが現れた。
それを想定して配置した攻撃性の高い植物はまるで何事もないかのようにその場に佇んでいる。致死性の花粉もゴディアンはなんてこと無さげに呼吸を続けている。
「これだけの植物を操る力。実に厄介なものだ。世界でも他に類を見ない固有魔法。本当に恐ろしい。」
『やはり世界樹魔法の使い手には効かぬか。』
『勇んで来たは良いけど手の打ちようがないわね。』
『じゃあちょっと趣向を凝らして見ましょうか。』
ゴディアンは世界樹魔法の使い手。植物による攻撃は一切効かないと考えるのが妥当だ。こうなると植物系の大精霊である3柱はなすすべがないように思えるがまだ手はあるらしい。
しかしそれを許すゴディアンではない。周囲の植物に魔法をかけ、今度はゴディアンからの世界樹魔法による植物での攻撃だ。だがそれも大精霊たちの近くまで伸びた段階で動きを止めてしまった。
「わしが効かないのと同じように向こうにも効かぬか。どちらも打ち手がないとなると長期戦は確実か。」
『安心すると良い。すぐに終わらせる。』
「ほう?一体何をする気か知らぬがたのぉぉぉぉしぃぃぃぃぃみぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
ゴディアンからの声が突如間延びし始めたかと思うとそのまま声が止まり、動きが止まってしまった。まるでゴディアンの周囲だけ時間の流れが変わってしまったかのように。そしてやがてゴディアンの周囲だけが漆黒に染まった。
これが森の大精霊のみに許された時間魔法。森の大精霊の最強の魔法だ。樹木とは世界で最も長い時を生きる。数百年、数千年という時すら生き続ける。その内包する年月を利用し行われる時間魔法はただの生物にとっては脅威だ。
樹木にとって数年など瞬きほどの時間でしかない。数十年経ったところでなんてことはない。だが人間にとっては数十年も経過すれば赤子が成人になり、子を成して老人になるだろう。そんな魔法を使われれば、例え大国であったとしても一夜のうちに廃墟となり消えて無くなる。
だが森の大精霊は今回は時間停止のみに注力した。それは横で控える2柱の大精霊のための引き立て役として動くことに注力したからだ。
『これなら万が一にも外すことはないわね。それじゃあ…花の大精霊の恐ろしさを教えてあげる。』
花の大精霊は足元に咲く幾輪かの花に自身の指先から垂らした花の蜜を与えた。ねっとりと粘り気のある花の蜜は足元の花々に絡みつくとそのまま花々に吸収されていく。
すると花々は体を小刻みに震わせ始め、自身の花弁を散らす。すると散ったはずの花弁が再び生えていくではないか。その花弁は先ほどまでの美しい色からドス黒いまだら模様へと変貌している。
そして毒々しい花々は自ら地中から根を抜き上げ、タコのように地上を歩き始めた。そんな植物たちに花の大精霊はさらに自らの花の蜜を与える。
花の大精霊の最強魔法改変。植物限定だが生物の遺伝子そのものに影響を与え、全く新しい品種に作り変える。これを使えば真っ青なバラだって作ることができる。そして未知なるモンスターも。
花の大精霊はこの魔法を好まない。なぜなら自然に反する進化、変化を、自然を司る大精霊が行うなど道理に反するからだ。だから花の大精霊もこの魔法を使うのは片手で数えられるほどだ。
自然淘汰で消えてしまった絶滅危惧種を復活させた時。そして自身の花畑を踏み荒す人間たちと戦った時だ。かつて人間と戦った時には二晩で3つの国が消えたという。
そんな魔法を花の大精霊は惜しまずに使用した。一度改変した植物にさらに蜜を与えて改変をさせる。こうすると植物たちが戦いの最中に相手の強さと戦い方に対して一番有効な進化を遂げる。強くなり続ける最強の植物モンスターの完成だ。
ここまで改変された植物であれば世界樹魔法の影響を受けなくなる。正直ここまで改良されるともう植物と呼べるものではないかもしれないが、この状況下ではそれが最適だ。
そしてそんな植物たちに合わせて草の大精霊も動き出す。光さえも時間停止した暗闇の中に佇むゴディアンの目の前に立ち、その頬に触れる。
優しく頬に触れた草の大精霊だが、その指先からはおびただしい量の魔力が流れている。だがそれは草の大精霊から流れているのではない。ゴディアンから流れているのだ。
草の大精霊の最強魔法生命吸収。触れたものの魔力、生命力を吸い取る魔法だ。常人ならばものの数秒でミイラのごとく枯れ果ててしまう。しかしさすがは神樹の魔神。吸い取っても吸い取っても吸い尽くせないほど魔力と生命力に溢れている。
『さすがね。でも……見つけた。世界樹の核よ。世界樹から盗まれた世界樹の心臓部。本来こんなに小さくないんだけど…色々術式を施して体内に保管できるようにしたのね。それに魂との結びつきが強い。だから死んだ時にそのまま世界樹の核も消え去った。でも生きている今これを取り返せば…』
世界樹の生命力の源。この核が無いからこそ世界樹の若木は大きくなることができない。一定年数が経過すれば死んでしまう。これさえ取り戻せば世界樹はこの世界に復活する。
ただこの世界樹の核に施された術式はそう簡単に解明できるものではない。草の大精霊はゴディアンを殺さない程度に生命吸収を行いながら術式の解析を進める。
時間はいくらでもある。なんせ森の大精霊によってゴディアンの時間は止められたままだ。周囲に待機する花の大精霊によって生み出された植物モンスターは草の大精霊の解析を受けて術式を解除できる品種へと進化を進める。
『こんな術式ただの人間によく思いついたわね。この男がこの術式を完成させた?いや無理ね。大規模な研究組織がない限りこんな術式を生み出すのは不可能。関係した組織も丸ごと壊滅させてやりたいけど、今じゃもう死んでいるから意味ないわね。まあ解析はある程度済んだから後はそれに対する解除術式を…』
「随分と悠長に解析しておるな。賢者とも言われる大精霊でも奴の生み出した術式はそう簡単に解明できぬか。」
草の大精霊が大急ぎで術式の解明をしている目の前でゴディアンはニヒルに笑みを浮かべた。確実にゴディアンの時間は停止していた。森の大精霊も魔法を解除した形跡は見られない。だがそれでもゴディアンは動き出し、頬に触れている草の大精霊の腕を掴んだ。
『な!!一体どうやって…!?』
「お前たちは大事なことを忘れておる。わしは世界樹を取り込んだ神樹の魔神。そしてお前たちは世界樹より生まれた精霊に過ぎぬ。お前たちに使えて世界樹に使えぬ魔法など存在せぬ。お前の魔法もな。」
ゴディアンは草の大精霊をつかんだ腕から生命吸収を行う。しかもこの生命吸収は草の大精霊よりもはるかに強い。吸われていく草の大精霊の腕はみるみるうちにしぼんでいき、茶色く枯れ果てていく。
『やめ…離せ!離せぇぇ!!』
「ハッハッハ…草の大精霊の力など世界樹の力の前では小さなものだが、くれると言うのならありがたく貰っておくか。」
『やめなさい!あんたたち!とっとと奴を攻撃しなさい!何しているの!早く!!』
「無駄だ花の大精霊。どんなに改変しようと植物は植物。世界樹の前では無力よ。ほれ、悠長にしておると大精霊が一つ消えるぞ。」
花の大精霊が生み出した植物モンスターはすでにゴディアンの配下になってしまった。しかも自らの腕を切り落としその場を脱しようとした草の大精霊の腕に絡みつきその動きを封じた。本来大精霊に牙を剥くはずのない植物たちが、ゴディアンの世界樹魔法による強制力によって動きの制限を消されている。
すでに草の大精霊の肩から下は枯葉に変わり、ポロポロと崩れている。体全体も黄色がかり草の大精霊の命が長くないことを知らせている。だが森の大精霊も花の大精霊も自身の最強魔法が効かないとなると迂闊に近づけば草の大精霊の二の前だ。
大精霊たちはここに来るべきではなかった。彼らではもうゴディアンを止めることはできない。それどころかゴディアンに新たに力を与えるだけだ。だがそんな時、周囲に霧がかかり始めた。
「む?なんだこの霧は…うぐぅ!」
「遅くなったなぁ草の。少し待っておれ。」
霧の中に浮かぶかすかに見える直刀。その直刀はゴディアンの心臓を一突きにし、そのままの勢いで草の大精霊の腕を切り落としてゴディアンから引き離した。
そして蠢く霧が草の大精霊を運び、森の大精霊たちの元まで連れてきた。そんな霧の中に一人の老ドワーフの姿が現れる。
「たかがドワーフごときが邪魔立てするか。一体何者だ。この程度では死なぬが決して許さぬぞ」
「久しぶりに仲間たちと会ったってのにうるせぇ奴だな。まあ同窓会なんて柄じゃねぇからどうでも良いがな。我が名は霧の魔帝。それだけ覚えとけ三下ぁ……」