第46話 新しい挑戦
最近遅れていたので珍しく連続投稿です。明日以降は隔日に戻ります。
「見えて来ましたよ。この辺りからが私の領地です。」
「え!?もうですか!ちょ…早すぎ。」
馬車で出発してからおよそ4…時間。もう着いてしまった。想像以上に早すぎる。馬車で3時間ほど移動した地点から転移を行い、一気に移動した。
そこからゆっくりと1時間ほど移動したら、もう領地についた。本当は自身の城まで一気に転移することもできたのだが、どうせなので、自身の領地の周辺の視察も行うとのことだ。
マジで何か良い商売の案を考えていたのに、考える暇もなかった。領内に入り村に入ると、ルシュール辺境伯の馬車を見た村人達が全員集まって来た。集まって来た村人達はルシュール辺境伯の馬車の道沿いに集まると全員頭を下げた。
その光景は日本人の俺にはとても異様な光景に見えた。人気があって人々が群がり、ワーキャー騒ぐのならよくわかる。しかし声も出さずに集まって頭をさげるというのは、信じられない光景なのだ。ある種のカリスマ性がなせる技だろう。
「みなさん、ご苦労様です。それといつも言っていますが、別に集まる必要なんてないんですよ。」
「何をおっしゃいますかルシュール様。この村の発展と平和が守られているのはあなた様のお力のおかげです。いくら感謝の言葉を述べても足りないくらいなのです。だからせめてお目にかかれた時はこうすることをお許しください。」
す、すっげぇ…こんなことって本当にあるんだ。一瞬、宗教の教祖的な感じがしたけれど、そうではない。領主として正しい行いと発展を遂げたおかげで、こうして皆から慕われているんだ。
「ええ、わかっていますよ。では少し最近の話を聞かせてください。それと少し作物と土の様子も見ておきたいですね。ミチナガくんも一緒に見ませんか?」
「ありがとうございます。では少しばかりご一緒させていただきます。」
「ではこちらへどうぞ。足元にお気をつけください。」
馬車から降りて案内されるままついて行く。土壌の説明から入っているが正直よくわからない。試しに土を手に取ってみたがしっとりとしていてボロボロとしている。良い土なのかなぁ…
「今のところ虫の心配はありませんか?」
「はい、同じ作物を連続して育てないように輪作形態をとっているので問題ありません。それに枯れた作物を集めて野焼きも行なっているので虫も病気も何も心配ありません。」
「それは何よりです。では研究の方はどうですか?」
「今年は新たに3品種が作れましたが、どれもイマイチですね。試食の準備をさせておきますので、先に稲の方を見てください。」
「稲?もしかして米を作っているのですか?」
「ええ、この村は米の研究、開発をしているんですよ。あなたにとっては懐かしいですか?」
そりゃ懐かしいですとも。この世界に来てから米なんて一食たりとも食べていない。今までずっと我慢していたが、それが食べられるのか!
移動して行くと、なんとも言えない匂いがして来た。田舎の田んぼ特有のあの匂いだ。青臭いような言葉で表現しにくい、あの不思議な稲特有の匂い。さらに進むと細い水路がいくつも張り巡らされた田んぼが見えて来た。
収穫にはまだ時期が早いので、青々しい稲が力強く並んでいる。風になびいた時のサラサラと硬い葉の擦れ合う音が故郷を思い出す。あ、俺生まれも育ちも都会っ子だ。全く故郷関係ないじゃん。けど親戚の家は田んぼあったな。
「こちらがエルフ米の5代目です。品種改良による味のばらつきも完全に落ち着きました。隣の田んぼは、さらに香りと粘りのあるものを掛け合わせたものです。しかし病気に弱いので今後も改良が必要です。」
「もう少し代を重ねる必要がありますか…新品種はハウスですか?」
「ええ、こちらです。」
案内されたのは大型のビニール…いや、これガラスハウスだ。おそらく強化ガラスの温室なのだろう。この辺りはものすごい近代的っぽいんだけど。何これスゲェ。
「このハウスの米は香りを重点的に改良した品種です。香りに関しては申し分ないと思います。味の方は…ひどいものですが。」
「香り以外はダメなんですか?なんでそんなものを…」
「私が依頼しておいたものですよ。改良は常に全て良い結果だけを求めていてはいけません。その逆をあえてすることで、より品種改良の知識に役立てるんです。それにこの米もいずれは他のものと掛け合わせて、香りの良い米を作るのに役立ちますから。」
そういうものなのかなぁ。品種改良とかは全く知らないのでなんとも言えない。ただ、そういうものなのだと思っておこう。
その後もいくつも説明を受けたが、よくわからない。ただ役に立ちそうな話なので、スマホで録音だけはしておいた。一通りの説明を受けたのちに試食会が始まった。これがいちばんの楽しみだ。
「えー…では本日、ルシュール様がおいでになられたので品評会を始めます。まずは平均的な味を覚えていただくために、エルフ米から始めたいと思います。ではお願いします。」
合図とともに運び込まれて来たのは、茶碗によそられた純白の白米。茶碗を受け取り間近で見てみるとその特徴がよくわかる。少し細長い米で、色艶はよく、香りもなかなかに良い。
我慢できずに一口食べてみると衝撃で鳥肌がたった。この米はまさしく日本の米と同じだ。もっちりとしていて甘みもある。あまりの懐かしさにうっすらと涙まで出て来た。あまりの感動にすぐに飲み込むのがもったいなくて何度も咀嚼する。ああ、この味だよ…うますぎる。
「今年も良い出来ですね。各村に手配してありますか?」
「はい、すでにこの米の量産体制は整っております。全ての民に行き届くことでしょう。」
それから続々と新しい米が届く。どの米も最高だ。しかしなんというのだろうか。この米の味は俺が地球で普段食べていたものより少しいい程度だ。正直に言えば、めちゃくちゃうまい米というわけではない。まあ日本の米に対する努力は凄まじいからな。そうそう追いつけないだろう。
しばらくすると最後に一つの米が少量だけ盛られて来た。その米はなんというか…美味しくなさそうだ。米がばらけていて、パサパサしてそう。
「えー…では最後になります。こちらが新品種になります。味はダメですが、香りは良いのでそこを評価してください。」
ああ、あのハウスで育てていた米か。紹介された時も先に美味しくないと言っていたからな。最後にこんな米を食べるのは正直嫌だが、まあこれも仕事みたいなものだ。
配られたそばから食べ始めているが、先ほどもでの米と比べて皆、嫌そうな顔をしている。よほど美味しくないのだろう。待っていると俺にも渡されたので、香りだけに集中して一口食べてみる。
口に入れただけで美味しくないのがよくわかる。噛めば噛むほどその欠点がよくわかる。ボソボソしているし、何か硬い。確かにいやそうに食べる気持ちがよくわかる。
しかしなんだろうか。何か懐かしいような気がする。何か…昔食べたことのあるような…どこだったかな。確か…そうだ。あの田んぼのある親戚の家に行った時だ。親戚のおじさんが嬉しそうに俺に食わせて、嫌がる姿を見て笑っていた。あの時の米の味だ。あの米は確か…
「あ、これ酒米だ。」
「ミチナガくん。この米を知っているのですか?」
「ええ、故郷で酒を作る時に使われていた米です。確かこんな味でした。」
酒米とは酒専用の米だ。コシヒカリやななつぼしのような一般的に食べられる米というのは酒造りには向かない。酒米は通常の米よりも米の粒も大きく、でんぷん質が多い。だから酒の味を損なう雑味の部分が少ないのだ。
「米の酒…もしや口噛み酒のことですか?」
「あ、それもそうなんですけど。この米を加工して酒を作るんです。ちゃんと作れれば美味しいお酒になりますよ。」
口噛み酒はこの世界にもあるのか。まあ日本でも最古のお酒といえば口噛み酒も出てくるからな。ただこのご時世に口噛み酒は売れないだろ。…まあ噛む人によるけど。人によってはバカ売れするけど。
「それは興味深いですね。作ることはできますか?」
「い、いやぁ…どうでしょうか。他にも必要な材料も設備もありませんし、私も作り方まではちゃんと知りませんので。なんともいえません。」
このスマホで作れればいいけど、酒蔵なんてないからな。だけどやりようによってはスマホで作れないこともないような気もする。何かこなせばアンロックされるみたいなことないかな?
「どうせですから少しもっていきますか?ルシュール様の連れて来たお客様に何も持たせずに帰らせるというのも忍びないですから。それに採れても誰も食べませんから家畜の餌くらいしか使い道もありませんし。」
「ではやれるかどうか試してみます。いつになったら出来上がるかわかりませんが、出来上がったら必ず持ってきます。」
どうやらこの街で何をするかは決まったようだ。酒はいくらあっても、いらないなんてことはないだろ。高く売れるし、商売としてはバッチリだ。どこまでできるか挑戦だな。