第449話 十本指の策
ミチナガがクラウンに連れ去られ、9大ダンジョン神域のヴァルハラに行ってから外の世界では数日が経過した。ミチナガがいなくなった影響で表立った影響が何か出るかと思われたが、今のところ何も起きていない。
ミチナガは戦力として表立って戦うわけではなく、裏方に回っていたおかげですぐに影響が出るわけではないようだ。しかし実はこの影響が出ていないのも裏でのかなりの努力のおかげだ。
使い魔達が数時間おきに行う連絡を使い、戦況の動きをつかみ、その情報をもとにアレクリアルが指示を出して戦略を常に変えている。ミチナガがいなくなったことにより、本来もっと余裕があったはずの戦略指示がかなり慎重なものに変わっている。
そのため今のこの事態が好転することもなく、現状維持が続いている。ただこの間にも十本指達は各地で死者を蘇らせている。現状維持が続くこの戦局もやがては傾き、追い詰められて行くだろう。
戦闘と戦略の両方を行うアレクリアルにもそろそろ限界が来始めている。英雄の国周辺はかつて100年戦争があった地だ。数十万では効かない数がこの地で息絶えている。そしてその中にはかつて人類と敵対していた吸血鬼の軍勢もいる。
今も蘇った人々の中に吸血鬼の姿がちらほら見え始めて来た。吸血鬼は基本的に戦闘種族だ。常人を遥かに上回る力を持っている。ただし、強力である代わりに弱点が存在する。強い吸血衝動と太陽の下での弱体化。他にも様々ある。
吸血鬼達はそういった弱点を押さえ込んだり、克服するために様々な魔法を覚え、自らの子孫に魔法をかけていった。吸血鬼は世代を超えるごと弱点も無くなりにどんどん強くなる。そしてその最たるものが吸血鬼の王であり、吸血鬼神と呼ばれたヴァルドールだ。
かの黒騎士もヴァルドールの弱点を探るために様々なことをしたという。しかしその結果ヴァルドールには弱点はないとされた。細胞一つから蘇り、吸血鬼達が研鑽して来た禁忌魔法を扱う。究極の吸血鬼、それがヴァルドールだ。
ただヴァルドールは今も生きている。そして今ではミチナガの配下として英雄の国の味方だ。かつて黒騎士がヴァルドールを殺しており、今蘇ったとしたら相当な悪夢であっただろう。
ただそれでも油断はできない。吸血鬼の中にはヴァルドールの他にも魔神に至ったものが数人いる。そんな彼らが蘇れば非常に大問題だ。しかしヴァルドールと違い、吸血鬼の特性としての弱点が存在する。そして現存する書物にその吸血鬼の弱点の情報は残っているおかげで対処はできる。
ただ対処ができるといっても死闘になることは間違いない。戦いが始まれば他に気をかける余裕は無くなり、保たれた戦局が一気に崩れて行くかもしれない。そのためアレクリアルが自由に動ける間にこの戦局が好転して欲しい。
そしてそのアレクリアルの願いは思いがけず叶えられることになる。それは使い魔達の4時間に一度の定期連絡の際に知らされた。神魔の魔神、フェイミエラル・エラルーの法国での戦いが最終局面に至ったという情報である。
「神魔が動けるようになる!奴さえ動けるようになれば全てが解決するぞ。ああ、ただこの事は各国にはすぐに伝えるな。下手にこの情報を知れば兵達が地に足がつかなくなる可能性がある。よし…守りを続ければなんとかなるぞ。」
『ユウ・情報によれば残りの敵は蘇った魔神が数人程度。しかも全員限界のようです。一方フェイちゃんは余裕があります。早ければ今日中にも神魔の戦いは終わりますね。』
「元々神魔の方は敵が少なかったからな。ただ神剣の方はしばらく動けないか。まあ敵が敵だ。龍の国の魔神に加え、今でも名の残る魔神がいるらしいからな。ああ、神魔にはゆっくり休ませずに動いてもらうようにお願いしろ。神魔はあの膨大な魔力のおかげで別に寝るどころか食事を取らなくても問題ないからな。食事などはあくまで娯楽らしいから我慢してもらえ。」
『ユウ・事態が事態ですからね。まあ移動中に食べるようなもので我慢してもらいます。』
神魔が自由に動けるようになるという情報ひとつでアレクリアルにも希望が宿った。これでアレクリアルも心置きなく暴れることができる。ただし、アレクリアル達はクラウンのあの言葉を聞いていない。
「彼女(神魔)は問題ない。」あのクラウンの言葉は嘘やハッタリには思えなかった。ただこの言葉は外に残っている使い魔達も知らない。情報を共有する前にミチナガはクラウンによって連れ去られたからだ。
そして今まさに神魔の戦いは蘇った魔神の心臓を穿ったことで最後の一人が倒れた。こうして数日続いた神魔と数々の蘇った魔神達の戦いは終わりを告げたのだ。
『白之拾壱・お疲れ様です。少しおやつの時間して休んだらもう一働きお願いできますか?』
「大丈夫。今大変そうだから頑張るのだ。とりあえず一回お父さんのところにもどる。」
フェイは普段とは違う真面目な表情ですぐに転移を行う。フェイは魔国の王女であるためまずは自国を優先させる。ごく当たり前の判断だ。ただ魔国に関してはそこまで切迫した状況ではない。他の魔神達の国に比べても安全が保たれている。
だからこそフェイは父親と話をつけて他国の救援に向かう。そのための帰国だ。一瞬のうちに帰国したフェイはちょうどひと暴れして戻って来た父親であり魔国の国王であるガンドラスに抱きついた。
「ただいまパパ!」
「おお!フェイ。終わったのか。」
「うん。ねぇパパ。いってきても良い?」
「ああ、みんなを助けてきなさい。」
短い会話。この短い間にフェイの出撃が決まった。フェイが動けるのならばこの十本指との戦いも終わりが見え始める。その会話を聞いていた白之拾壱もホッとした様子を見せた。
しかしその時、フェイとガンドラスの空気がピリつくのを感じた。白之拾壱も少し遅れて背後から聞こえる足音により何者かがやってきたことを知る。背後を振り向いた白之拾壱は突如現れた一人の女をよく観察する。
強いか弱いかで言えば弱い部類の人間だ。ただの人間。しかしその見た目は一度見たことがある。法国内部にいた十本指の一人だ。
なぜここにいるのかはまるで見当がつかない。実力者であるのならまだわかるが、絶対にフェイとガンドラスに勝てないと言い切れる女だ。しかしその表情は笑みを浮かべている。
『白之拾壱・十本指の一人です。気をつけて。』
「ほう。十本指か。何用だ?」
「はじめましてぇ〜。わたしは〜十本指のひとりの〜偽装のコンフィって言いますぅ〜。あ、担当は右薬指ですぅ〜。」
終始ニコニコしているコンフィと名乗る十本指の女。何か罠があるのではないかと周囲を警戒するが何も見当たらない。ただガンドラスはコンフィの背後を警戒している。
「それで何用かと聞いている。背後に控えている奴が何かしてくるのか?」
「あ、気づきましたぁ〜?ここまで連れて来るの大変だったんですぅ〜。きてくださ〜い。」
コンフィの背後から一人の人間がやって来る。ただそれが誰なのかはわからない。フードを深くかぶり、コートを羽織っているのでわかることが背丈くらいしかない。しかしよく見てみるとブカブカのコートで分かりにくいが胸のあたりに膨らみがある。おそらく女性だ。
ガンドラスはその現れた者を警戒しながら観察する。すると突如目を見開き、動きが止まった。フェイは一体なんなのかまるでわかっていない。
「あ、わかっちゃいましたぁ〜?さすがですぅ〜。それじゃあ…偽装解除ですぅ〜。」
コンフィが手を叩くとコートを着た女性の雰囲気が一気に変わった。それを見たガンドラスは震えだした。フェイは何が起きているのかまるでわからない。ただ白之拾壱は察した。そしてもう止めることができないことを知った。
コートを着た女性がフードを取る。それを見てフェイもすぐにわかった。その女性とは生まれてから一度も会ったことはない。しかしその姿は何度も何度も見たことがある。自身の部屋にも玉座の間にも城の玄関にも絵画として飾られている。
フェイは涙をこらえながらゆっくりと歩みを進めた。白之拾壱にはこの状況を止める手立てはない。ある意味フェイの一番の天敵だ。この状況で一番やられたくない手を十本指は取ってきた。
「ま……ママ?ママなの?わたしの…」
「フェイ…フェイなのよね?あ、でも…名前あってるのかしら…わたしあなたを産んですぐに…」
「名前はお前と二人で決めた名だ。フェイミエラル。この子はわたしとお前の大切な我が子だ。」
「ああ…よかったわ。一度で良いから会いたかった。一度で良いからあなたの名前を呼びたかった。フェイ。」
「ママ!」
フェイは走り出して母親の腕の中に飛び込む。母親はフェイを産んですぐに亡くなった。フェイには母親との思い出というものが一切ない。だからこそ母親というものを求め続けていた。そして今まさにそれが叶ったのだ。
そしてそれはフェイたち以外は決して望まない展開だ。十本指が積極的に魔国を責めなかった理由もよくわかった。下手に窮地に立たされれば国王として十本指と戦わなくてはならなくなる。しかし現状では積極に動く必要はない。
そして何よりフェイはこれで動けなくなる。生まれて初めて母親とあったのだ。他の全てがどうでもよくなる。戦いなど二の次三の次だ。完全に自由になったフェイはこうして完全に縛り付けられた。母親の愛情によって。
年内最後の更新です。明日は大晦日。みなさん良いお年を。
次回更新は来年1月5日です。