第443話 後手に回る戦い
神魔、神剣共に復活した魔神クラスと魔帝クラスの大部分を抑えている中、他の魔神たちは自国への帰還を急いでいた。氷神と海神は戦闘の直後に部隊を撤退させていたおかげで防衛体制は整っている。魔国も自領からの戦闘のため撤退に問題はない。
唯一出遅れたのは英雄の国だ。巨大な戦艦を用いて出撃していたため、撤退には時間がかかる。アレクリアルと一部の12英雄たちはすでに個々で撤退しているが、大部分の撤退にはもう数日かかることだろう。
ただその数日かかる撤退が命取りになってしまう。アレクリアルは急いで帰還を果たそうとしているが、その間に懐に入れておいた使い魔のユウからどんどん情報が入って来る。
『ユウ・世界中のあちこちで死者の復活が確認。わかっている数だけでも30万以上。だけど十本指たちが動き始めてからまだ1時間も経っていない。それなのにこの数ってことは…1日経つ頃には1000万を優に超える可能性まであります。』
「10日経てば1億か。ひとまとまりになっていれば対処は楽だが、ばらけられるとさすがに人手が足りない。各国には防衛戦に努めるように伝えてくれ。その間に十本指を討伐して死者の復活を食い止める!」
十本指が動き出した時点でこちらは後手に回っている。今やいちいち復活した死者を討伐する余裕はない。この事態を収束させるには十本指を一人残らず討伐する他ない。そのためには十本指の現在位置の情報が欲しい。
「ミチナガに伝えろ。使い魔を総動員させて各地の死者復活の情報を集めろと。死者が復活した場所に奴らはいる。それから監獄神にもコンタクトを取れ。奴らは追跡のプロだ。十本指の所在も奴らなら追える。」
『ユウ・もうすでに動いています。船を出して近場の監獄神の領地へ向かっています。今日中には話をつけることも可能だと思います。』
「さすがだ。この事態を収束するにはミチナガの集める情報が重要になる。早く集められれば集められるだけ早く終わらせられる。頼んだぞ。」
アレクリアルは帰国を急ぐ。ただ道中に死者の集団を見つけたらそこへ魔法を打ち込み大部分は損壊させるようにしている。多少でも減ればその分近隣国の防衛は容易になるからだ。そんな帰国を急ぐアレクリアルの一方でミチナガは自室で作業にあたっている。
「この地点での確認時刻はいつだ!事細かに記載しろ!新しい情報はどんどん入れろ!」
スマホのマップアプリに現在の復活した死者の出現時刻を記載していく使い魔たち。各地で確認された新しい情報がどんどん更新されていく。そこから現在の十本指の居場所を探るのだが、それはそんなに簡単なことではなかった。
「世界中で観測地点が増えすぎている。7人しかいないはずなのに観測地点は30を超えるぞ。」
『ポチ・十本指に他に仲間がいるって可能性もあるけど、おそらくクラウンの仕業だね。あいつの転移能力は厄介すぎる。仮に見つけたとしてもすぐに世界のどこかに逃げられる。』
「クラウンが一人で飛び回って復活させまくっている可能性もあるが、それにしては死者復活の観測地点が少ない。おそらくある程度は時間がかかるんだろうな。1時間、7人で30ヶ所…まだ観測できていない場所もあると考えて…一人5ヶ所なら12分か。もう少し短いと考えて死者復活の時間は10分かかると考えよう。」
『ポチ・復活の規模にもよるとは思うけど、そのくらいはかかると考えた方が良いね。なんならもっと短いと考えた方が良いくらいかも。一応一つの場所に滞在する時間は10分と考えるなら…まあそれでも死者復活が確認されてから10分以内に現場に急行するのは無茶だけどね。』
「復活地点はランダムだ。墓所とかそう言う場所を狙っているわけじゃない。人間なんて世界中どこでも死んでいるんだ。復活させるのに必要な場所なんてない。ただし…どんなにランダムでも人間の思考にはある程度の法則がある。見ろ、出現観測地点を分単位で記載したおかげだ。死者を復活させた地点から次の地点は大きく離れる。」
現在も記載され続ける死者復活地点を見ることで出現パターンがわかった。そしてそのパターンさえあれば使い魔のソンの計算能力で次の出現場所が予測できる。
「アレクリアル様に伝えてくれ。次の予測ポイントはこの3つだ。10分以内にこの地点に到着すれば十本指に会うことができる。それ以上になると場所を移動される。急いでくれと。」
『ポチ・その3ヶ所なら大丈夫。アレクリアル様も12英雄も10分以内に急行できる位置にいるよ。』
ミチナガたちにより立てられた出現予測はすぐにアレクリアルに伝えられ、アレクリアルたちはすぐにその場所へ向かう。転移してきた瞬間に攻撃を仕掛けてもクラウンの転移能力の発動の速さを考えれば逃げられる可能性が高い。
そのため攻撃を仕掛けるのはクラウンが転移させた後に他の場所に移動してからだ。常に一ヶ所で止まっているわけではないため、クラウンさえいなくなれば残された十本指は逃げ道を失う。本当はクラウンを早急に仕留めたいところだが、転移の方が早い可能性を考え先に十本指を一人でも捕らえることを優先させる。
アレクリアルや12英雄たちはミチナガの指示された場所で気配を殺して待機する。予測が正しければ確実にこの場所に来るはずだ。だが10分後、その場には誰も現れることがなかった。
『ポチ・十本指現れてないよ。』
「ちょっと待て……今新しく観測されたのはここだな?その前はおそらくここ……ソン、どう思う。」
『ソン・そもそもの出現場所の観測が間違っていた可能性もありますが……明らかに行動パターンが変わっています。もしも今がここからここに移動したならば…計算上次はこの4点のどこかです。』
『ポチ・流石にその地点に急行できる戦力はないよ?どうする?』
「…いや、誰にも向かわせなくて良い。ただ使い魔を派遣してこの予測が正しいか検証したい。もしもこの予測が正しいとすれば…情報が漏れている可能性がある。それか奴らはなんらかの能力を得ているからその中に千里眼的な能力者がいるのかもしれない。試しに使い魔たちの中で今の情報を回せ。使い魔たちから思考を読み取ったなんて可能性も考えておこう。」
ソンの計算による予測は正しく、内部に裏切り者がいる可能性が非常に低いと考えているミチナガはなんらかの危機察知能力があると考えた。そしてそのミチナガの予想は当たってしまう。十数分後にソンが予想した地点にて死者の復活を確認した。
使い魔たちの思考が読まれているわけでもなく、アレクリアルや12英雄の裏切りという可能性もなく、十本指はその能力で転移地点の安全が確認できる。つまりこれは転移地点への先回りは不可能だということになる。
そしてそれは十本指の凶行を止める術がないということだ。あらゆる地点に魔帝クラスの猛者を配置し、転移してきたら急いでその地点へ向かうことは現状では非常に難しい。すでに英雄の国周辺だけでも30万以上の復活した死者が確認されている。
そしてその中には龍の国から逃げてきた魔帝クラスの敵もいる。まずはこれらの猛者たちを優先して片付けることが先決だ。こうなっては十本指の討伐は魔法に長けている神魔が適役だ。神魔が動けるようになるまで防衛戦に徹する他ない。
「ポチ、各国に通達しろ。プロジェクトAを発動させるんだ。この状況下で行動を遅らせたくない。」
プロジェクトAとは本来想定されていた法国と龍の国との戦争の際に両国がこちらに軍を派遣してきた際の対抗措置だ。民間人の被害を最小限に抑えるために人を移動させる。移動させる先は最低でも魔帝クラスの猛者がいる国だ。もしくは魔帝クラスの猛者そのものが他国へ移動する。
戦力を分散させることにはなるが、被害を極限まで減らすためには必要な処置だ。英雄の国からも幾人か他国へ派遣する。各国の強化はこの1年の間に随分と行ってきたため、そう簡単に崩れる国はないだろう。
「それからヴァルくんにも助力を求めよう。ヴァルくんがいればヨーデルフイト王国はあの辺りでは一番安全だ。各国で収容しきれない民間人はVMTランドに送れ。それから……事態が事態だ。ナイトにも…頼もう。」
『ポチ・ヴァルくんの方は大丈夫だけど……ナイトは無理だよ。人災のミズガルズの奥だ。地上に出るまでにしばらくかかる。それに地上に出ても結界で覆われているから出られない。』
「なんとかならないか?結界破ったり…」
『ポチ・無理やり破ったら人災のミズガルズから出た疫病が各地に蔓延するよ。そうなったらもっと酷いことが起きる。』
「くそっ!…完全に俺のミスだ。ナイトを絶対に戦争に巻き込みたくないと思ったのは良いがやり方が他にもっとあっただろ!……だめだ、ナイトを呼ぶ術がない。ただ一応現状を説明して、なんとかなるならなんとかしてくれるように言ってくれるか?」
ポチは頷きムーンへと連絡する。ただナイトが出てくるのは現状不可能だ。9大ダンジョン人災のミズガルズの封印を解くためには数人の魔帝クラスの魔術師と数百人の一般魔術師が必要だ。いくらナイトでもこの封印を突破するのは不可能だ。




