第442話 地上最強の剣士
『ケン#1・地下に蘇った魔神たちが…!』
「魔神クラスかぁ。通りで強そうな気配だ。あ、もう何人か来たね。」
ランニングしながら敵を斬り伏せていたイッシンは地下から現れた魔神クラスの者共の方を向いた。今地上に出てきた魔神クラスは30人。さらに魔帝クラスも100人ほどいる。
ただこれでも全体の半数にも満たない。まだまだ数多くの魔神クラスの猛者たちが地下深くからこちらの様子を伺っている。現代の魔神の強さを測りたいようだ。警戒するケンの眷属に反してイッシンは何も警戒していない。
『ケン#1・随分と余裕そうだけど…策はあるの?』
「余裕?そんなのないない。だって魔神クラスが30人でしょ?他にも強い人いっぱいいるし。すっごく不安だよ?」
『ケン#1・その割には特に警戒していないみたいだけど……』
「警戒はちゃんとしているよ?どんな時だって警戒している。警戒するっていうのは短時間だけすれば良いもんじゃない。いつだって警戒する必要がある。だから僕はいつだって油断しないようにしているよ。」
今や地上最強の一角と呼ばれているイッシンであるが、昔からそうだったわけではない。若い頃はむしろ最弱の男であった。それゆえ弱者の生存本能が培われている。常在戦場。常に戦場であるという心がイッシンの強さの一つでもある。
明らかに油断しているように見えるイッシンも魔神クラスの者達から見れば一切隙のない油断できない剣士に見える。そんな多くの魔神たちの中から一人の大男が進み出た。
「すっごくデカい盾だね。」
『ケン#1・多分盾神だと思う。世界最硬と言われる防御に特化した魔神。逸話によると魔神2人に集中攻撃されても生き延びたって話だよ。』
ケンの眷属は以前他の使い魔が英雄の国の魔神研究をしている老人からいくつも入手した魔神の情報の中から特徴に合った魔神の名前を導き出した。3代続いた盾神の魔神の家系。攻撃能力は非常に低いが、それを差し引いても魔神に至るだけの防御力を有していた。
もしもこの盾神ならばあの法神を瞬殺した神魔の攻撃でも耐えきることができるだろう。そしてこの盾神ならばイッシンの攻撃を耐え続け、多くの情報を他の蘇った魔神たちが入手できる。
盾神は大盾をしっかりと握ったままこちらに向かって走ってくる。巨体と大盾によるシールドバッシュだ。並みの魔王クラス、魔帝クラスでは止めることもできずに潰されることだろう。イッシンも慌ててそのシールドバッシュを避ける。
「うわっ危ない!すごい勢いだなぁ…」
イッシンは驚きながらも問題なくよけきっている。だが逃げているだけのイッシンに余裕が出たのか笑みを見せる盾神。そのまま二撃目のシールドバッシュの準備をする。しかし盾を動かしたその時、盾の上部がチョコレートを割るようにパックリと割れた。
さらにその衝撃でボロボロと崩れ落ちる大盾。あっという間に持ち手の部分だけになってしまった。何が起きているのかわからない盾神。そして次の瞬間には視線が下にさがり、そのまま崩れ落ちる自身の姿を見た。
「うん。問題なく切れるね。よかったよかった。」
『ケン#1・あいかわらずの早業だね。何にも見えないよ。』
イッシンは避ける時に盾神をすでに切っていた。ただあまりの切れ味に切られた盾神本人が何も気がついていない。バラバラになり、死に絶えた今も何が起きたのかわかっていないだろう。そしてその光景は他の魔神たちを大きく警戒させた。
歴史上最高硬度を持つ魔神が一瞬でバラバラにされた。防御することが不可能な攻撃。さらに何をされたのかもまだわかっていない。腰に刀を下げているが一度も抜いた姿を見ていない魔神たちはなんらかの魔術だと推測する。
きっと彼らに超高速の抜刀術だと言っても何も信じてくれないだろう。魔法なんて一切使えない純粋な剣士などと誰が信じてくれるだろうか。それほどの恐怖をイッシンは一瞬のうちに与えた。
だが強すぎる恐怖はこの場では好ましくなかった。イッシンが盾神を一瞬のうちに倒した瞬間にこの場から逃走することを優先させた魔神と魔帝クラスが何人かいたようですでに何人か居なくなっている。
魔法を使えないイッシンに彼らの逃走を止める方法はない。それにまだこの場には大勢の猛者が残っている。さすがのイッシンも逃走する者たちを優先するほどの余裕はない。
「ケンくん伝えてくれるかな。敵の大部分はここで抑えるから他の魔神たちには今逃げて行った魔神たちを対処してほしいと。」
『ケン#1・もうすでに伝えてあるよ。それから神魔にも手が空いたらこっちにくるように伝えておいた。それまでの間頑張って。』
「さすが仕事が早いね。それじゃあもう一踏ん張りしようか。」
イッシンはふっと息を吐くと今まで以上に気合を入れる。そんなイッシンの眼前から突如地響きと地砕きの轟音が聞こえると大地を穿ち、何体もの龍が現れた。その龍からは先ほどの盾神を超える力量を感じさせる。
「龍の国歴代の龍神たちかぁ…先代の神龍クラスもいるし……神魔に早く来るようにいってくれる?」
『ケン#1・向こうにも追加の魔神が20人くらい現れて大変だって。しばらくは来られないと思うよ。』
「えぇ〜〜…このレベルは流石に骨が折れるんだけどなぁ…」
先ほど入れた気合は一体どこに行ったのか。イッシンはだるそうな表情を浮かべながら、子供達のしばらくの食事はお手伝いさんに任せるしかないとため息を吐いた。