第441話 神魔の力
龍の国の地下深くの研究所。そこはかつて魔帝クラス、また魔神として地上に覇を唱えたものたちがいる。今地上に蔓延っている10億の人間は不完全な状態で蘇ったものたち。その強さは生前の半分程度だろう。
しかし今この貯蔵機の中で甦らされたものたちは生前と同等の力を持っている。そんなものたちが地上で暴れれば間違いなく世界は終わる。今の魔神たちだけでは到底太刀打ちできない。
龍の国の地下に侵入した使い魔のケンはすぐにそれを阻止するために動こうとした。しかしすでに遅い。こうして魔神たちが攻め込むことを予期して準備を進めてきたのだ。もうばれた時点で準備は完了している。
ミチナガたちが決戦のために備えた1年という期間が、皮肉にもこの死者たちを完全復活させることに繋がったのだ。十本指は今日この日が来ることを待っていたのだ。
「さてとクラウン。挨拶も済んだことだし俺たちもそろそろ動く時なんじゃねぇか?」
「そうですね…ちょうど魔神たちが各々の軍を引き連れてこちらにきているので国内の警備は手薄。暴れるのには絶好の機会です。」
『白之拾壱・そんなことができると思うのか。お前たちは今すぐに神魔の魔法で…』
「それは怖い怖い。では早々に退散しましょう。」
クラウンと呼ばれる男が手を叩くとその場にいた7人の十本指たちがクラウンを残して消えた。その場にいるのはクラウンと白之拾壱、それに生き返らされたアルスデルトだけだ。
『白之拾壱・転移能力!だけど発動が早すぎる!』
「これが私がこの世界に来た際に得た力ですよ。我々十本指は全員異世界人。その能力はこの世界の理に縛られない。あとこれだけやったら私もこの場を去りましょう。」
そういうとクラウンは再び消え、そして再び現れた。そして現れた際には大勢の人間を連れて来た。その装束は全員同じ。白之拾壱もその正体をすぐに掴んだ。そしてそれは恐怖で体が動かなくなるものであった。
『白之拾壱・歴代の法神……全員集めたのか…』
「全員ではありませんよ。15世代分です。あと今代の法神は我々と戦闘の際に破損させすぎて復活できませんでした。では神魔にお伝えください。頑張ってくださいね、と。」
それだけ言うとクラウンは消えた。だがその消える間際に懐から取り出した液体の入ったガラス瓶を落としていった。そのガラス瓶は地面に当たると粉々に砕け散り、内部の液体は瞬時に気化して煙幕を生み出した。
煙幕により周囲が見えなくなる。だがその煙幕は視界を奪うためのものではない。今ここに連れて来た法神15人とアルスデルトを完全復活させるためのものだ。煙幕が消えた後には先ほどまでのまさに死人といった風体から生前の若い最盛期の姿に戻っている。
「なんだこれは…我々は神の恩寵を得たのか。いや待て…これは!なんだこれは!!ふざけるなぁ!!」
蘇った法神たちは望んだ神の恩寵ではなく、ただの人間の駒として復活させられたことが腹立たしいようで服を脱いで今の状態を確認している。その体には全員同じ刺青が掘られている。
ただそれは生前からあったものではなく、十本指によっていれられたもののようで苛立ちからその刺青をかきむしっている。
「一体何が起きている。くそがぁ!!外に強い魔力の反応がある。あれを取り込めば…行くぞ!」
一人の法神の合図を聞いてすぐに消え去る15人の法神。後に残るのはアルスデルトと白之拾壱だけだ。ただアルスデルトは動く気配がない。ただ白之拾壱をじっと見つめ、自身の体を見ている。
「あなたは勇者神アレクリアルのところにいたのと同じ使い魔ですね。意識がはっきり残っているうちに伝えておきたいことがあります。今この体からは魔力のような何かが常に消耗されています。それが消耗されるにつれ意識の混濁がおきます。そして自我を失うと生者に襲い掛かります。生者を喰らえば意識が戻ります。」
『白之拾壱・なぜあなたがそんなことを…』
「死人が今を生きるものを邪魔してはならない。死人が生き返りこの世を跋扈するなど神が許すはずがない。私は神父として私の神の教えを守るだけです。ただ自死することはできないようです。そういう呪いにかけられているのでしょう。ですので私もこれから神魔の元へ向かいます。彼女ならすぐに殺してくれるでしょうから。それではさようなら…」
アルスデルトはそれだけ言うとその場から消え去った。彼は彼の生をちゃんと生きているうちに全うしたのだろう。この世に未練が何もなく、生き返ってまで成したいことがないからこそ敵であった使い魔に情報を打ち明けた。
ただ、今の情報は正直ありがたくもあり、受け入れたくない現実でもある。理性を取り戻した魔神がいたとしてもすぐに理性を失い周囲に襲いかかる亡者と化す。理性がある魔神で、死を受け入れたものから順番に殺していかなければならない。
そんな情報を聞いた白之拾壱の耳には激しい戦闘音が聞こえて来た。先ほど出ていった法神たちとフェイの戦いが始まったのだろう。白之拾壱はいまの情報を全ての使い魔と共有し、自身は他に何か調べられることがないか法国内を見て回ることにした。
「よこせぇ!お前の全てをぉ!!」
「なんだこいつら。キモいのだ。」
『白之拾壱#1・蘇った法神たちです!全員が魔神の力を持っています。なんとか倒してください。』
「はーい。わかったのだ。」
フェイはつまらなそうに魔法を行使する。すると突撃して来た法神たちの動きが徐々に遅くなる。何事かと法神たちが背後を確認すると背後に巨大な黒い球体が発生していた。
「なんだこれは…進めん…!」
「んっとねー…重力の塊みたいなやつ。」
『白之拾壱#1・それってつまり…ブラックホールってことですか?』
「よくわかんないけどそんな感じ。こうするとできるのだ。」
フェイが手を振るうとさらにいくつものブラックホールが誕生する。上下左右、前後に発生した複数のブラックホールの影響で体が引っ張られ、その場にとどまることも難しくなる。しかしそんな状態の法神たちにフェイはさらに追い討ちをかける。
光の光線に溶岩など様々な大魔法を繰り出していくフェイにより、法神たちはどんどん傷ついていく。しかしさすがは魔神クラスなだけある。魔帝クラスならばとうの昔に死んでいてもおかしくないような攻撃を前にまだ耐えきっている。
「ふざけるなよ小娘…!我ら法神の秘術、法術を食らうがよ…」
「あ、そろそろ爆発するから離れよっか。」
フェイはその場から離れ、ブラックホールのある場所を結界で覆った。すると次の瞬間、結界の内側が真っ白に光り、まるで太陽のごとく周囲を照らした。
『白之拾壱#1・わぁ…初めて肉眼でビックバンみた……エグい…』
「ん〜〜…片付いたのだ。」
いともたやすく15人の法神を片付けたフェイ。魔神の中でも神の文字が先に来る魔神を超えた力の持ち主にふさわしい力だ。法神たちの誤算は相手が神魔であったこと、そして神魔と戦う際の最低限の知識がなかったことだ。せめてもう少し情報を得ていればもう30分ほど持ったかもしれない。
『白之拾壱#1・フェイちゃんがいればなんとかなりそうな気がして来た…』
「ん〜〜…でも今の魔神はそんなに強い方ではなかったのだ。ちゃんとした魔神が来たらもう少し時間がかかる。こう言う時は神剣が羨ましいのだ。」
フェイは遠く龍の国で戦っているイッシンを羨む。フェイはありとあらゆる魔法を使える万能性に飛んだ最強の魔神だ。しかし一つを極めた究極の個と言うのはそれに十分匹敵する。そして今まさに今の法神たちを超える実力者たちがイッシンに迫ろうとしていた。