第436話 アンドリューと友人たち
「これにて今日の議会を終了します。本日は皆様ありがとうございました。」
進行役の男がその場を締めると空中に浮かんでいる幾つもの投影された映像が消えていく。それらが全て消えたことを確認してアンドリューは席を立ち上がり、部屋を後にした。
今日はアンドリュー自然保護連合同盟の定例会だ。この定例会は毎回毎回人が増えていくので、やるたびに流れの説明などをしなくてはならず、毎回丸一日かけて行われる。もう少し流れよくできないものかと使い魔たちも画策しているが、毎回議題が多いのもあり簡略化は難しい。
アンドリューも最初のうちは慣れておらず、毎回随分と疲れるようで翌日は丸一日公務もせずに休んでいた。しかし今は慣れたようで翌日は半休ですむ。
そして今日も今回の議題についての書類に目を通しサインをする。あとの細々としたことは全て使い魔任せだ。そんな書類にサインをしていくと最後の書類で手が止まった。
「撮影ですか。しかも久しぶりに遠出。」
『リュー・最近忙しくて近場ばっかりだったからね。たまにはこういう気分転換も必要でしょ?3泊4日の釣行なんだけど場所はこの辺り。今地図作成しているんだけど、それの一環でね。』
「連合同盟内の地理把握の一環ですか。ここは…この国の上流…水源までいくんですか?」
『リュー・水源の方には僕たちだけでいくよ。アンドリューさんは…この辺りまでかな?これより上には魚はいないと思うし。』
「わかりました。この川の上流ということなら魚種はあの辺りか…釣り竿はあれとあれ…仕掛けは…」
アンドリューは久しぶりの長期釣行ということで嬉しいのか真剣な表情に変わった。それから数日後、久しぶりのアンドリューの釣り旅行が始まる。
『リュー・それじゃあここから沢登りに入るので着替えますよ。撮影班は先に登って撮影ポジションの確保。護衛班は周辺の安全確認。さあさあ急いだ急いだ!』
丸一日移動に使って麓の村で一泊したアンドリュー一行は翌日の早朝からようやく山に入り、沢登りの準備を開始した。アンドリューは釣りに関する準備、使い魔たちは撮影の準備、護衛の兵士たちは周辺の安全確認だ。
手馴れたものですぐに準備が整うとアンドリューの映像の冒頭の挨拶を撮影し、早速沢登りを開始する。足場の悪い場所ではあるが、アンドリューは慣れたもので軽やかに登っていく。そして途中途中の釣れそうなポイントで竿を出す。
「むむ…釣れそうなポイントですが、魚の反応がありませんね。少し魚へのアピールを変えてみましょうか。」
その後も様々な方法で魚を釣ろうとしてみるが、普段のアンドリューに比べて釣果が悪い。釣りの腕自体は毎日近場の川などでしてきたので衰えていないはずだ。アンドリューも何がダメなのかわからず、仕掛けを変えたりと様々な方法を試す。
そんな中護衛の一人から連絡が入った。焚き火の煙が見えたのだ。モンスターによるものではなく、明らかに人間によるもの。冒険者という可能性もあるが、モンスターの少ないこの地では盗賊の可能性の方が高いため、アンドリューの安全確保をしてから使い魔たちによってその煙の原因を確認する。
『デルタ1524・僕たち撮影班なんだけどなぁ…』
『ガンマ1843・文句言ったって仕方ないよ。そこの木の上からなら確認できそうだよ。登ってみようか。』
使い魔たちは木の上によじ登る。そして様々な角度からのぞいているとようやくその煙の主人の正体がわかった。そして正体がわかるとすぐにアンドリューを呼び寄せる。
正体を知ったアンドリューは大急ぎでその煙の元へ向かう。アンドリューの瞳にはわずかに涙が滲んでいる。それはもう何年振りかになる友人たちとの再会であった。
「ファルードン殿!それにみなさん!!」
「おお!アンドリュー。久しぶりだな。」
「お!人気者のアンドリューだな?」
「久しぶりじゃねぇか!随分顔つきよくなったな。」
煙の主人の正体。それはアンドリューの祖父の戦友にして親友であるファルードンとその仲間たちであった。アンドリューが自身の生家を離れる少し前、それこそミチナガと共に釣りに行って以来の再開だ。
そしてそこでアンドリューの釣果の不調の原因もわかった。先にファルードンたちがこの地で釣りをしていたため、魚たちが釣られることに警戒していたのだ。
「しかしみなさんどうしてここに?」
「ん?お前に会いにきたんだがな、途中法国の奴らの戦闘やらなんやらあったから人里離れて森の中を釣りをしながら進んできた。そうしたら道に迷って面倒になって釣りをしながら適当に歩いていたらここにきたということだ。」
『リュー・本当は仲間の使い魔が同行していたんだけど、ちょっと油断した隙に撒かれたんだよ。それさえなければとうの昔にたどり着いているはずだよ。』
「撒いたつもりはないぞ。釣りしたいからその辺ぶらぶらしていただけだ。」
「「「そうだそうだ!」」」
『リュー・こんな風に身勝手なジジイだから案内役も大変だったろうね。』
ファルードンたちがアンドリューに出会う旅を始めたのはミチナガが英雄に選ばれた頃だ。そんなずっと前に旅に出たというのに釣りばっかりしているせいで目的地に着いたのは今日だ。釣りをせずにまっすぐこちらに向かえば法国との戦争前にはたどり着いていたことだろう。
しかしアンドリューにはそんなことはどうでも良い。かつての友人がこうして会いにきてくれたというだけで嬉しいのだ。その日は釣りを忘れ、大いに語らいあう…というわけにもいかず、日が暮れるまで全員で釣りをすることになった。
やはりこのメンバーでは釣りをしなくては始まらないようだ。だがリューはアンドリューの顔を見て満足そうだ。こんなにも楽しそうに釣りをしているアンドリューを見たのは久しぶりだ。普段の釣りも楽しいのだろうが、やはり友と共にする釣りは格別らしい。
そして日が暮れてからようやく語らいあった。その日は眠ることすら忘れ、朝日が出るまで語り合った。そしてそのまま眠らずに朝から釣りをした。ただ年齢も年齢なので昼前くらいには皆昼寝をして体力の回復をしていた。そしてその日の夜、再び語り合った。
「そういえば私はもう明日帰らなければならないのですが、どうですか?みなさんも一緒に来ませんか?ダムを作ったのですが、そこのダムにはそこでしか釣れないなんとも美しい魚がおりまして…」
「おお!それは良いな。久しぶりに人里でゆっくりするか。」
「ちょうど酒も切れたところだしな!」
「よーし!みんなでアンドリューの倅に世話になるぞぉ!」
ファルードンたちの招待が決まったアンドリューは嬉しそうに笑う。そしてもうしばらく語らいあったのちに真剣な表情に変わった。
「実はみなさんにいっておかなければならないことがあります。近々大きな戦争が始まります。魔神同盟による法国、龍の国の掃討作戦です。かつてないほど大規模な戦争です。どのような余波があるかわかりません。ですので最低でも1ヶ月は私のところで滞在していて欲しいのです。」
「魔神同盟!?そんなもんができたのか。しかし最低でも1ヶ月ということは…その戦争はそんなすぐに始まるのか?」
「ええ、もう…10日後には始まります。各国ではそのための準備が整っています。ですので、しばらくはおとなしく滞在をお願いします。」
「そういうことならわかった。まあわしらも多少なら戦力になるだろう。お前の護衛くらいして小遣い稼ぐか。」
「それは頼もしいです。よろしくお願いします。」
翌日、アンドリューは森を後にした。しばらくはどこかへ釣りに行くことはできないだろう。今回の魔神同士の衝突は世界に異変を与えるだろう。多少の天変地異は覚悟しなくてはならない。アンドリューにできることといえば美しい自然がそのまま存続することを祈るだけだ。
今年も後1ヶ月…一年はえぇ……