第429話 ミチナガ商会幹部の動き
魔神会談から一月後の英雄の国のとあるホテル。そのホテルは現在貸切にされており、そのホテルの大広間では幾人もの人々が書物を読み漁っている。その中に1人の女性、ブランドMELIAの総責任者メリアの姿もあった。
そんなメリアの目の前にはいくつもの服のデッサンが並べられている。しかしどれも気に入らないのか新しい服のデッサンを始めた。なぜこんな場所でこんなに様々な服のデッサンを描いているのか、それは数日前に勇者神アレクリアルに呼び出されたところから始まる。
「やあメリア。以前ミチナガとともに謁見して以来だね。その後も君の噂は聞いているよ。今やこの国の貴族で君のブランド、MELIAの商品を持っていないものはいないとされるほどだ。」
「…多くの方々に好まれたのは嬉しく思います。それで此度は…どのようなご用件でしょうか?」
「うん、まあ前々から依頼しようと思っていたんだけどね。式典用の服を作ってもらいたい。来年はまた多くの戦いが起こるだろう。そのためにも人々に勇者という象徴がいることを知ってもらえるような服を一つ頼むよ。」
「わかり…ました。」
あまりの責任重大さに断りたい気持ちでいっぱいだった。しかしアレクリアルの頼みを断るわけにはいかない。二つ返事で答えたメリアはその日から従業員の中でも優秀なものたちを集めてデザイン会議を毎日行なっている。
アレクリアルからの注文は一つ、人々の注目を浴びた際に人々にこの国には勇者在りと思わせる威厳あるものにすること、ただそれだけだ。そのため求められるのは力強い威厳あるデザイン。下手に金やら宝石やらを使いすぎると成金趣味になってしまうからほどほどに。
しかしアレクリアルが着るのだから生半可な服ではアレクリアルのオーラに負けてしまう。メリアがこれまで手がけてきた全ての服よりも力強いものを作らなければならない。そしてデザインするにあたりやはり勇者王の存在を忘れてはならない。
勇者王とアレクリアル、そして歴代の勇者神全てをつなぎ合わせるようなデザイン。それから12英雄のことも忘れてはならない。他にも何か意識しなければならないものがないか歴史書を読み漁り調べている。
メリアがこれほど悩む姿を見たのは従業員も初めてのことだ。だからこそ緊張感を保ったままデザイン会議は進んでいく。しかし服を作り上げるまでには1年ある。まだまだ時間に余裕はある。しかしメリアは逆に1年しかないと余裕はなかった。
アレクリアルが着るのであれば素材も一級品を選ばなければならない。一つたりともミスは許されない。ここで変なものを作ればアレクリアルからの信用を失うだけでなく、これまで懇意にしてきた貴族全ての信用を失う。
逆にここで素晴らしいものを作ればメリアの名は盤石なものになり、世界の歴史に名を残すことになるだろう。ゆえにメリアはこれまでの仕事で培った全ての経験と技術を総動員させデザインを完成させる日々を送った。
その頃、ひっそりと幾多の王たちが集まり世界を動かすような会議が行われていた。その会議の主催者はもちろんこの男、アンドリュー・グライドだ。
「今回の法国との一件により我々連合同盟から多大な被害が出ました。…さらに多くの自然が踏みにじられ、環境回復プロジェクトがいくつも立ち上がるほどの出来事も起こりました。」
「許しがたいことです。我が国の被害は完全な復興にも数年はかかることでしょう。」
「我が国もかなりの食糧難が訪れるところであった。今はミチナガ商会のおかげでなんとかなったが、食糧難になったときに国民に自然を保護するからむやみな自然の恵みの乱獲はやめよとは言えなかっただろう。」
「うちもだ。自然保護は国民の生活が充実してこそ成り立つものだ。貧困に喘げば自然保護とは言ってられぬ。」
臨時に行われたアンドリュー自然保護連合同盟の大会議。そこでは各国が今回の法国との一件により被った被害を愚痴っている。しかし皆こうして愚痴ることしかできないことがわかっているからこそ愚痴だけで終わってしまう。さすがに魔神を相手に一悶着起こそうという気は起きないのだ。
しかしアンドリューだけは違った。必死に戦うミチナガを前にして何もできずにいた。多少の被害は受けても本格的に魔神とやりあうことになれば国が滅ぶことになる。それがわかっているからこそ何もできずにいた。だがそんな状況は打破しなければならない。故にアンドリューは動く。
「我々は自然を守ろうと一致団結した組織です。戦争をするための組織では在りません。しかし…守るためには力が必要になります。力がなければより大きな力の前に屈してしまう。屈さざるをえない。だから…我々は力をつける必要があります。」
「アンドリュー殿。我々は世界でも類を見ないほど巨大な連合組織。その組織が力をつけ始めたとなれば…黙っているわけにはいかないと思うものたちも出るはずです。」
「……数年以内に大きな戦争が起こります。本人たちは起こしたくないようですが…それでも我々が経験したことのないほど巨大な戦争が起こります。その時我々は今回と同じように巻き込まれることでしょう。」
幾人かのものたちはまさかという表情で席を立ち上がった。だが半数以上はなんとなくわかっていたようで驚きはしなかった。しかしやはりかとため息をついた。誰だって戦争はしたくない。しかし戦争が起きた時に身を守る術は持っておかなくてはならない。
「この時代を生きる以上、身を守る力をつけなくてはなりません。そして自然を守るというのであればそのための力をつけなくてはなりません。我々は今試されています。場合によってはこの連合が消えてなくなるかもしれません。」
「力をつけるとおっしゃいましたがそれはどのような力で?他国を滅ぼせるような力ですか?」
「我々はあくまで保護のための組織です。防衛力を最重視するべきでしょう。そして同盟国が攻め込まれた際に助けに行ける救援部隊も作る必要があると思います。」
「その場合は戦闘部隊という名目ではなく、自然保護のための舞台にした方が良いでしょう。…調査部隊とでも銘打っておきましょう。防衛力の強化でしたら今回の法国との一件もあるから問題ないでしょう。」
「それならば国同士の要所要所に砦を建設しないか?いくつかここにあったら良いとかねがね思っていた場所があるのだ。」
「そういうことなら穀倉地帯もつくらないか?ミチナガ商会を頼るのも良いが自分たちでなんとかできるならそれに越したことはない。いくつかの国で守れるようにしておけば守りやすいだろう。」
その後も先ほどまでの愚痴が嘘のように会議の活気がみなぎってきた。誰も戦力強化という点に関しては反対しない。今回の戦争の影響を知っているからこそ会議が円滑に進む。
その後、いくつか決まった議案を元にミチナガ商会とも協力し、アンドリュー自然保護連合同盟の強化が進む。