第43話 最弱の苦悩
隔日…このくらいのオーバーなら…許容範囲かな?
まあ俺が決めることでもないか。
今、俺の意見を無視して手続きが進められている。なんの手続きかって?冒険者登録の手続きだ。だけど本来の冒険者登録とは少し違う。今行われている登録は冒険者たちのちょっかいから俺を守るための登録なのだ。
手続きが終わり、手渡された登録証は世界に数枚しかない特別製だ。この冒険者の登録カードを持っていると、ギルドの保護対象という扱いになる。本来保護に当たるのは発明家や、特別な能力を持った人物だけらしい。
俺は…弱すぎる故の登録か…
「し、しかしよろしいのですか?その…弱すぎるから登録するというのは…」
「確かにそうですね。本来ならあり得ません。ですがギルドとして放っておくことはできないのですよ。冒険者が弱者を見放すわけにはいきませんから。」
ん〜…なんかいい感じに行っているけど、おそらくアピールってことかな?俺という世界最弱の人間をギルドが守ることで、弱者のために我々は頑張っていますというアピールをするのだ。
俺以外の弱い人間を守っていては、どんどん保護対象が増えていき大変だが、俺という格別の弱者なら他にも同じくらい弱い人間はそうそういない。だから保護対象が増えることもないという予想なのだろう。自分でそんなこと考えて嫌になってくるわ。
「この冒険者登録カードを持っていれば、他の冒険者はそうそう手を出しませんし、何かあった時に冒険者に助けを求めることも可能です。ですが、あくまでこれはあなたに非がない場合のみです。自分から面倒ごとに手を出した場合などは、こちらも助けることが難しいのでご理解ください。」
「もちろんですよ。まあ商売の時にでも役立てます。色々ありがとうございます。」
俺に非がない場合のみね。まあ冒険者ギルドとしても大事な部分だが、もしも他の冒険者が俺に手を出した場合に、俺に非があったと一方的に言われる可能性も十分あり得る。
俺がその時に死んでいれば文句は言えない。文句を言っても力でねじ伏せられる可能性だって十分にあり得る。あまり当てにしない方が良いだろう。
「それでは適性検査は以上となります。他に何かご用件があれば今伺います。」
「いえ…これで失礼いたします。」
冒険者ギルドを出た後、本当はこの辺りは見て回ったことがないから少し遊んで行こうと思っていた。しかし、何もやる気が出なくなってしまった。俺は何も話さずファルードン伯爵の屋敷へと戻った。
「おい、ミチナガは大丈夫か?」
屋敷に戻った道長は部屋にこもると一歩も外に出てこなかった。多くの人が心配しているが、理由も理由なので、あまり触れることができなかった。しかしもう冒険者ギルドから帰ってきてから丸一日たつ。さすがにこのままではまずいとファルードン伯爵たちも思い始めていた。
「さすがにこのままというわけにはいかないでしょう。しかし先生になんと声をかけたら良いか…」
「…少し、私に任せてもらえませんか?」
「…あんたに任せるよ。こういうことは俺らよりも大将のルシュール様が得意だからな。」
ルシュールは道長の部屋の前に行きノックをする。返事はないが、そのまま部屋へと入る。昼間なのにカーテンを締め切り、薄暗い部屋の中でスマホによって照らされた道長の姿がある。
「陽の光に当たらないと体にもよくないですよ。」
ルシュールはその場で軽く手を振るう。するとカーテンは開き、窓が開けられる。部屋のこもっていたどんよりとした生暖かい空気が部屋から出て行く。しかし、道長の周囲の空気だけは未だどんよりとしている。
「大丈夫…ではなさそうですね。適性検査の件は聞きました。ショックでしたか?」
「ショック…そうですね。ショックでした。だけどそれよりも怖くなったんです。俺の弱さは世界屈指の弱さ。10歳の子供にも勝てないんです。つまり…俺は街中を歩くだけでも死の危険と隣り合わせなんです。俺の世界では弱くても死ぬことはありません。暴力犯罪自体滅多にありませんから。だけど、この世界ではよくあることだ。俺みたいに金を持っているやつなんていい金づるだ。俺は…力に屈するのが嫌なんです。力に屈して死ぬのが怖いんです。」
「力がなくては生きていけませんか?力なき者は死ぬだけだと?」
「そんなことはないと思いたいです。だけど俺はモンスターに襲われるという恐怖を知りました。死すら覚悟しました。モンスターに襲われた恐怖で漏らすほど。ルシュール様に助けてもらえなかったら死んでいました。だから自らを守る力くらいは欲しいんです。だけど…俺にはそれも無理だと言われてしまったんです。」
「なるほど…ではいつまでもそうやって布団にくるまって震えているつもりですか?そんなことで…」
「そんなことで解決しないのはわかっています。いずれ、アンドリュー子爵たちの元から離れなくてはいけないことも。だけど、だけど離れてしまったら俺は毎日他人の力に怯えて暮らさなくてはいけないんです。それがわかってしまったら、もう…足が動いてくれないんです。」
ルシュールはそんなことはないということができなかった。一生のうちで他人の力によって害される可能性というのはかなり高い。この世界ではよくあることだ。
それが道長のように商人という職業についている者ならその頻度はさらに高くなる。金を稼いで護衛を雇ったとしても完全に信用できるか怪しい。
それに道長の能力は金貨を消費する。よっぽど金を稼がないとやっていけなくなってしまう。どんな商人でも最低限の自衛のすべくらいは身につけている。しかし道長にはそれがない。そのすべを得ることすらできないのだ。
無責任に大丈夫だなんて口にはできない。ルシュールの元で守り続けることも難しいだろう。部屋から出さず、どこにも行かせないのならなんとかなるかもしれない。しかしルシュールは長く生きてきた中で多くの異世界人と出会った。そしてそのほとんどがこの世界を旅したいと言っていた。多くを見て知りたいと。
道長もきっと同じなのだろう。異世界というものを見て回りたいのだろう。しかしそれをするには道長にとってこの世界は危険すぎる。最弱の異世界人…そんな道長でも安心できる場所なんて…
「…一つだけ、可能性があります。」
「可能性ですか?」
ルシュールは多くの異世界人と出会ってきた。そのほとんどは強い力を持っていた。時にはその力に自惚れてしまうものもいた。しかしそんな中で一人、道長によく似たかつて最弱だった男を知っている。
「英雄の国です。あの国の初代勇者王はミチナガくんと同じように力が全くと言っていいほどなかったと聞きます。そんな勇者王の死の理由は老衰です。その歳まで生き残るための方法を何か持っていたかもしれません。それに異世界人の多くは勇者王のことを聞いて、英雄の国に助けを求めたこともあります。その中の誰かが何かしらのすべを残しているかもしれません。」
「それは…いや、そんな都合のいいことがあるわけ」
「なかったとしても行くだけの価値はあります。ここで腐っているよりもよほど価値があります。」
道長はうなだれる。しかし先ほどまでの暗い雰囲気が薄れてきている。何かを考えているようだ。ルシュールはここがチャンスとばかりに話を進める。
「移動に関しても私の領地までくれば、転移の魔法でなんとかなりますよ。それに今の勇者王の配下の数人とはそれなりに繋がりもあるので話は通りやすいです。行ってみませんか?」
「……ルシュール様にそこまで言わせて嫌だとは言えませんね。正直、それぐらいしか俺がこの先も生き残る方法はありませんから。お願いします。英雄の国に連れて行ってください。」
「ええ、もちろんですよ」
ルシュールはホッと息をつく。これでどうやら一件落着だ。道長も気持ちが切り替わったようで、立ち上がり拳を握っている。
「それにしても俺のためにこんなによくしてくれて…なんとお礼を言ったらいいか。」
「ミチナガくんには色々と楽しませてもらったからね。それに、昔一人の異世界人に助けられてね。その時言われたんだ。別に恩義を感じる必要はない。しかしどうしてもこの恩を返したいと思うなら私のように異世界から来た人間を助けてやってくれと。私が助けた誰かが他の人を助けたことで回り回って私に帰ってくるかもしれないからと。」
「その考え、多分私と同じ国の人間ですね。最近の若い人からは聞きませんが上の年代の人の中ではそう言った考えの人も時折いますよ。」
「そうでしたか。それは良い国に生まれましたね。」
「ええ、本当に。私もそんな風に生きて行きたいです。」
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