第417話 ナイトとムーンとヨトゥンヘイム最後の敵
殴る、蹴る、魔法を放つ。しかしその程度ではナイトの眼前から襲いかかるモンスターの進行は止められない。だが戦闘を行いながら強力な魔法の構築をし、その魔法の発動を持ってモンスターを一掃する。
しかしそれでも後から後からモンスターの群れがやってくる。今や宝物庫前の開けた空間はモンスターでいっぱいだ。だが唯一ナイトの背後だけはわずかに空間がある。そこではムーンが必死に宝物庫の鍵の解鍵を試みている。そんなムーンは一度息をついた。
『ムーン・これ無理だぁ。』
解鍵開始からわずか5分。ムーンは既に諦めかけている。単純な錠前ならば簡単なピッキングで開けることができる。しかしこの錠前はかなり特殊なものだ。特定の魔力に反応し、内部のシリンダーを動かすことができる。
そしてこの魔力反応から考えると玉座の間にいたあの超強敵なボスモンスターからドロップする鍵が必要になるのだろう。つまり一度玉座の間に戻りあのボスを倒さなくてはならない。しかし後ろを振り向いたムーンはそれが難しいことを知る。
すでにこの宝物庫前から脱出する道はない。唯一ある道は奥の奥までモンスターでいっぱいだ。逃げるためにはあのモンスター全てを倒さなくてはならない。仮にそれができたとしてもその後この王城から脱出するのは不可能だろう。なんせこの王城内部に数十万のモンスターが集結している。どの通路もモンスターでいっぱいだろう。
『ムーン・こんな状況でボス倒すのは無理だろうなぁ…はぁ……』
ムーンはため息をついた。いくらナイトでもあのレベルのボスモンスターをこの周囲の敵を倒しながら倒すのは不可能だろう。つまり生きのびるのにはこの宝物庫の扉を開けるしかない。ムーンは周囲を見回しながら考える。
『ムーン・まあナイトも頑張っているし頑張ろうか。ナイトが倒したやつらのドロップアイテム回収してきて。』
『『『『『ムーン#1#2#3#4#5・オッケー。』』』』』
ムーンの眷属たち全てをこの場に召集し一つでも使えるものを集める。大量に集められていくドロップアイテムはその場でムーンによって解体される。
『ムーン・これは使える。ここも使える。あとはいらない。これはここ…これは……いらない。』
どんどん解体されていくドロップアイテム。どれも高価なものばかりだ。解体しなければ城を建てられるほど価値あるものだろう。だが解体されたせいで本来の魔道具としての価値は失われる。ムーンも勿体無いと思いながらどんどん解体していく。
解鍵を進めていくムーンだが、急に手元が真っ赤に染まった。背後から大量の血液と若干の肉片が混ざったものが飛んできたのだ。ちらっと背後を見るとそこにはわき腹をえぐられたナイトの姿があった。
「……すまん。」
『ムーン・気をつけてよね。あともう少し頑張って。』
ムーンは先ほどよりも作業の速度を上げる。ナイトの限界が近いのだ。ナイトは本来隠密タイプの戦いを得意とする。しかしそれが今はムーンの開錠作業を守るために正面からぶつかっているせいで本来の戦いができずにいる。
強力な肉体と肉弾戦闘もできるとはいえ、このレベルの敵が相手になると綻びが出始める。ムーンは必死に開錠作業を続ける。だがムーンが焦っているということをナイトに悟られてはならない。ムーンを不安にさせているとナイトが知れば余計無茶をするだろう。
だからムーンはあくまで普通に、何も変わらないように急いで開錠作業を続ける。だが必死に隠そうとすればするほど手が震える。絶対に感づかれないように、心配させないように確実に作業を行う。そしてその時はついに訪れた。
『ムーン・開いた!嘘でしょ本当に開いたよ!急いで通るよ!!』
ナイトはムーンを掴んでそのまま宝物庫へと飛び込む。ムーンの眷属に関してはアイテム回収をやれるだけやる。宝物庫に飛び込むナイトとムーンに手を振る5人の眷属の背後からはおびただしいモンスターの群れと、その奥にこちらに近づいてきたボスモンスターの姿があった。
宝物庫の扉はムーンとナイトが入るとすぐに閉じてしまった。これでモンスターたちに襲われる心配は無くなったが、外に出ることもできなくなっただろう。そんな若干の不安を覚えたムーンであったが、すぐにそんな不安など吹き飛んだ。
ムーンとナイトが入ってきたここは宝物庫だ。かつて世界樹がこの世界に顕現していた時に、その世界樹の中に存在していた巨人の国ヨトゥンヘイム。そんな神話の中に出てくる国の財宝が今ムーンとナイトの目の前に広がった。
『ムーン・うわぁぁぁぁ…綺麗……』
「…目がチカチカするな。」
『ムーン・もう…こういう時はもっと感動するもんだよ。……感動の前に治療が先だったね。』
ムーンは財宝から目を離し急いでナイトの治療の準備を始める。どうやらナイトは本当に限界だったようだ。腕の肉はえぐれて内部の骨や血管が見えている。えぐれたわき腹からは内臓が少し飛び出している。右肩に至っては骨とわずかな筋繊維しか残っていない。よくもげずについていると思うほどだ。
ナイトの魔力による自然回復も起きているのだが、すでに回復限界に達している。今は肉体の再生よりも生命の維持のために魔力が消費されている。ムーンは高価な回復ポーションを湯水のように使いナイトの怪我を治療する。
『ムーン・ポーション使っても回復遅いね。ご飯食べて体力つけておいて。飛び出している内臓は無理やり押し込むよ。もげそうな右腕は……とりあえず後にする。しばらく休めば自然回復で元通りになるでしょ。』
「ああ。…なかなか楽しかったな。」
『ムーン・こんな状況で楽しいなんて言えるの世界で数人しかいないと思うよ。もう少し開けるの遅かったら間違いなくやばかったよ。』
「確かにな。だが…問題なかっただろう?」
『ムーン・はぁ…一緒にいるといろんな技術上がっていくよ。あんまり無茶振りしないでよ。こっちだって大変なんだから。』
ムーンはため息をつきながらその場で大の字に寝転がった。そんなムーンを見たナイトも同じように大の字に寝転ぶ。寝転んだ2人の前には天井から吊り下げられているいくつもの魔道具と豪華な装飾を施された天井が広がる。
トレジャーハンターなんかならばここは大喜びではしゃぎ回るのだろう。しかしここにいるのはナイトとムーンだ。お宝なんてものは正直どうでも良い。求めるのは未知のモンスター、そして命をかけて戦う強敵だ。つまり2人の求めるものはこの宝物庫の外にある。
『ムーン・はぁ…どうせならあのボスとも戦って見たかったね。あのボスと戦うなら…本当の本気出さないと勝てないかもね。』
「一対一なら本気で十分だ。だがあの数となると…そうなるかも知れんな。」
笑みを浮かべるナイト。それを見たムーンは満足そうに笑い、すぐに他の使い魔に連絡する。するとワープによって幾人かの使い魔が召喚された。
『デルタ624・お疲れ様ですムーンさん!今回はまた一段とすごいですね。』
『ムーン・報告した通りここはヨトゥンヘイム国の宝物庫。価値のなさそうなものでもとんでもないお宝だから全部回収して。それからおそらくこの部屋のどこかに次の階層への道があると思うからそれも見つけて。それから…しばらく寝るから問題起きたら起こして。』
ムーンはあくびしながら指示を出し終えるとナイトの元へと戻る。そんなムーンに対し、他の使い魔達は敬礼を行うとすぐに作業に取り掛かった。そしてムーンとナイトはようやく普通に眠ることができるのであった。
『ガンマ725・ムーンさん!怪しげな通路見つけました!!』
『ムーン・ようやく見つかった?じゃあちょっと確認してくるけどナイトもいく?』
「ああ、行こう。」
あれから3日。宝物庫の内部のお宝というお宝全て回収し、チリ一つ残っていない状態まできた。そんな宝物庫は3層になっており、その全てにあるお宝を回収したところで新たなる道らしきものを見つけた。
見つけた使い魔についていくとお宝によって埋め尽くされた次の階層への道がある。今度こそ次の階層だと信じながら道を塞ぐお宝を回収しながら進む。
すると急に壁から装飾が消え、ゴツゴツとした岩肌へ変化した。さらに降りていくと開けた空間に出た。どうやらお目当の次の階層のようだ。すでに3日十分に休んだナイトは完全復活だ。ちぎれかけていた右腕は2度とちぎれまいと頑強な筋肉をつけている。
「いくか。」
『ムーン・行こう!』
『ガンマ725・ちょ!ムーンさん!これすごいっすよ!!白金貨!こんな山になってる!!』
やる気に満ち溢れているナイトとムーンの背後で足元に転がる白金貨にはしゃぐ使い魔。ムーンはそんなものはどうでも良いと言いたくなるが、確かによく見てみるとものすごい山ができている。
『ムーン・50万…それ以上はありそうだね。じゃあそれ回収よろしく。回収した分は全部仲間増やすのに使って。いいよね?あれが今回の報酬ということで。』
「そんな事は気にするな。今回このダンジョンで出た全てお前のもので良い。」
『ムーン・わお、ふとっぱら。そういう事だからどんどん使っちゃって。それじゃあ行こうか。多分…この感じはここが本当の最終階層だね。しかもボス部屋だけっていう素敵な作り。』
「ああ…身体の震えが止まらん。強敵だ。」
ナイトはムーンを肩に乗せたまま歩き続ける。するとナイトとムーンの言った通り1キロほど歩いた先にはボス部屋の扉があった。しかもここまで一体も他のモンスターに出くわしていない。本当にボスだけしかいない。
『ムーン・う〜ん…この魔力の感じ。やばいね。』
「…ああ、最高だ。」
『ムーン・言わなくてもわかると思うけど…ガチ中のガチじゃないと1分も持たずに死ぬよ。出し惜しみ禁止。…その顔は1日くらいは普通にやりたいと思ってる顔だね?』
「むぅ……やはり無理か。」
『ムーン・相手は確実にこちらよりも格上。生半可な肉弾戦闘と魔法じゃ相手にも失礼になる。全部使って初めて渡り合える強敵だよ。いいね?……まあほら、ダンジョンボスだからまた復活するよ。』
「それもそうか。では…全力でいかせてもらおう。」
なんとか説得に成功したムーンはナイトとともに9大ダンジョン、巨大のヨトゥンヘイム最終階層、そのラスボスへと挑む。その戦いはまさに歴史に残る超戦闘である。
そして1週間後、人類史上数百年ぶりのダンジョン制覇者が誕生した。