第416話 ナイトとムーンとヨトゥンヘイム遺跡
『ムーン・左右回り込まれてるよ〜。あ、前も来た。』
「我は願う…彼方より来たり破滅の雷鳴…崩壊を顕現せよ。」
ナイトを中心に風が巻き起こる。その風はすぐさま暴風を巻き起こす竜巻となる。さらに竜巻の内部には雷撃の輝きも見える。ナイトはその魔法を用いて周囲の敵を蹴散らすのかと思いきや、自身をその竜巻に呑み込ませ、暴風を使い彼方へ飛んで行った。
遠くへ飛んでいくナイトの瞳には自身が作り出した竜巻が幾体ものモンスターによりかき消されていく様子が写っていた。SS級モンスターでさえ一瞬のうちに肉片に変わる破壊の竜巻がここでは逃げるための目くらましにしかならない。
竜巻によって飛ばされたナイトは地上に足をつけた瞬間にその場から消え去った。瞬時に近くの建物の中に隠れたのだ。そんなナイトに対しムーンはすぐさま簡易的な食事を用意する。なんせ1週間ぶりの休息だ。
この1週間の間にナイトはこのヨトゥンヘイム遺跡の外周を周った。常にモンスターに襲われながらも、なんとか観察したことでわかったのはこのヨトゥンヘイム遺跡のあまりにも大きい。仮にモンスターに襲われなかったとしてもナイトが全速力で外周を走っても1日以上かかるほどだ。
そしてもう一つわかったのは外周には入り口以外の門が無いと言うことだ。つまり先に進むのにはこの無数の建物の中にあるかもしれない次への道か、この中には先へ進む場所などなく外へ出て新たな道を探すと言う2つの選択肢がある。
一心不乱に食事を詰め込むナイトの前でムーンは今後の方針を考える。だがこの1週間のうちにムーンの中で考えはまとまっている。そしてその考えのもとに行動するためにもナイトには少しでも体力を回復してもらう必要がある。
食事を終えたナイトはすぐさま睡眠をとる。この睡眠も次に眠れるのはいつかわからないため、できる限り深くそれでいて長い間熟睡する必要がある。だがほんの数十秒後、ナイトはムーンによって起こされた。
『ムーン・気がつかれた。行くよ。』
ナイトは小さく頷きムーンを連れて走り出す。建物を飛び出したナイトの後を影もなく何かが追いかける。だが食事とわずかな睡眠を取れたナイトには追いつけず、少しずつ離されて行く。
『ムーン・仮説だとここは中ボス、もしくはボス部屋だった場所。ボス部屋の巨大空間にヨトゥンヘイムが転移してきて今この状態になっている。そして多分…ここは最終階層じゃ無い。次の階層がある。この地に次の階層への道があると思うけど明確な場所はわからない。だけど可能性があるとしたらヨトゥンヘイムの王城の地下。王城なら地下施設もあっただろうから可能性は一番高い。』
ムーンの仮説は世界樹伝説をもとに考えられたものだ。世界樹が滅んだ際にヨトゥンヘイムがこの地に転移した。しかし転移するのにも転移できるひらけた空間が必要だ。最下層は基本的に迷宮となっており開けた空間は存在しない。
しかし唯一ひらけた空間がある。それがボス部屋だ。ボスには幾つか種類があるが、基本的に本来のモンスターよりも大きい。そしておそらくこの場所には超巨大モンスターがいたのだろう。だからこそここは最下層でありながら広大な空間が広がっていた。
そしてここに次の階層につながる階段があったのだろう。しかしそれは多くの建物によって隠されてしまった。一軒一軒探すのははっきりいって奇跡でも起きない限り不可能だろう。しかしヨトゥンヘイム国が全て転移してきたのならば王城の地下が次の階層に繋がっている可能性が高い。
だがこれはあくまでも可能性の話だ。表面部分しか転移されておらず、王城に行っても地下などないかもしれない。だがそれでもナイトは可能性があるのならばムーンの説にかける。
王城はおそらく中心部にあるはずだ。多少ずれていたとしても巨大に作られる王城ならば中心部で探せば見つかるはずだ。そんなことを考えながら走り続けるとナイトとムーンの予想通り王城が目に入った。しかし目に入った王城は予想とは異なるものであった。
『ムーン・……デカすぎじゃない?』
予想をはるかに超える超巨大な王城に一瞬速度を落としたナイト。しかし背後からは数万のモンスターが押し寄せてくる。一度撒いてから王城に侵入するのが一番ではあるが、ここで完全にモンスターを撒くことなど不可能だ。
再び速度を上げたナイトは木戸を開いて内部へ侵入する。そして内部に侵入したナイトは完全に足を止めた。目の前に迷宮が広がっていたのだ。いや、おそらく普通の城なのだろう。だが入り組んだ通路はまるで迷宮だ。
そしてこの手のタイプはナイトの苦手とするべき分野だ。人里を離れて暮らしていたナイトにとっては自然の迷宮やダンジョンの迷宮よりも人工的に作られた城の中の方が数倍難解な迷宮だ。闇雲に走り始めるナイトの耳には王城の内部に侵入するモンスターの足音が聞こえる。
『ムーン・そこの横道入って!多分そうしたら…やっぱり。ここは兵舎の食堂だ。それなら多分その先を行って曲がればいけるよ!』
ムーンはナイトの代わりに道案内を始める。こういった王城はある程度の規則性がある。ナイトが闇雲に走り続ける間にその規則性をある程度理解したムーンは的確な道案内を始める。おかげで回り込もうとしてきたモンスターをなんとか置き去りにすることができた。
すると目の前から一体のモンスターが現れた。元々この王城内に住み着いていたモンスターのようだ。ナイトは瞬時に両腕に魔力を溜め込み、強力な魔法を発動させる。かなり広い通路ではあるが、ナイトの魔法はその通路いっぱいに広がり、破壊の渦を巻き起こす。
だがその魔法を持ってしても目の前のモンスターを倒しきることができない。しかしかなりのダメージは与えられた。そのまま押し込めば倒せそうなものだが、ナイトはそのモンスターを無視して先へ進んだ。
そんなナイトの背後からは追ってきている幾体ものモンスターの気配がする。今足を止めてモンスターと戦えば背後からモンスターの増援がやってくる。ナイトには足を止めて戦うという選択肢はないのだ。そして背後を見ていたムーンはため息をついた。
『ムーン・やっぱりこの王城内部も破壊不可能だね。ダンジョンの一部になったことで破壊することが不可能になってる。壁破壊して突き進むのは無理だね。あ、この先右ね。』
ダンジョンは基本的に破壊することができない。わずかに外壁を傷つけるのでさえかなりの労力がかかる。しかも自己修復機能までついているようで仮に破壊できてもすぐに元通りになる。だからナイトも正直に迷宮を攻略するのだ。
そんなナイトが数時間王城内部を走り続けると急に開けた場所に出た。一瞬外に出たかと思ったが、上を見れば天井があることがすぐにわかる。装飾などを観察したムーンにはここが玉座の間に続く道だということがすぐにわかった。そして玉座があると思われる方向から複数のモンスターが近づく足音にも気がついた。
『ムーン・目的地は宝物庫。玉座の間じゃない。侵略された時のことも考えて宝物庫は玉座の間から離れた場所にあるはずだよ。』
それだけ聞くとナイトはすぐに走り出した。玉座の間と宝物庫は離して造ることで敵が侵入してきた際に宝物庫を囮にして敵を分散することができる。だからこそムーンは目的地はここではないと判断した。
もしかしたら玉座の間に次の階層への道があるかもしれない。そうとも考えたが、ムーンは玉座の間からこちらへ向かってくるモンスターの強さを判断して戦うべきではないと考えた。
あれは今まで出会ったモンスターと比べるとあまりにも別格の怪物だ。しかも背後からは敵の増援が近づいてくる。あれほどの強敵と戦いながら無限に襲いかかるモンスターも処理するとなるとさすがのナイトでも厳しい。
その後もナイトは王城内部を走りながら目の前に現れたモンスターを倒さずに怯ませて先へと進む。そしてムーンの案内により複数のモンスターに守られている宝物庫らしき場所へとたどり着いた。
『ムーン・鍵がかかってる。なんとかして開錠するからその間時間稼いで。……もしもここが目的地じゃなかったらごめんね。』
「問題ない。その時はまた突破すれば良い。頼んだぞ。」
宝物庫の扉を守るモンスターを無理やり突破したナイトは錠前にムーンが飛びついたことを確認すると宝物庫を守るように仁王立ちをした。そんなナイトに対しモンスターは飛びかかる。ムーンが錠前をなんとか開錠するまでの決死の防衛戦の始まりである。