第413話 立ち上がる2
「勇者王様が…カナエ様が生きておられた時は100年戦争時代だ。善人も悪人も友も家族も皆等しく死んだ。どんな強者でもどんな弱者でもすぐに死んだ。そういう時代だ。」
「ええ…いくつか物語を読んだので知っています。」
「あの時代は死ぬことが身近すぎた。だから皆知り合いが死んでも涙ひとつ流さなかった。悲しむことすら忘れてしまったのだ。だが…カナエ様はたとえ知らぬものが死んだとしても墓を作って丁重に弔ってやった。涙を流してそのものの死を悲しんだ。これは最近の伝承では省かれているがカナエ様もお前と同じように心を痛めた。飯が喉を通らぬほどに。」
「…そんな時カナエ様はどうしたんですか?」
「簡単だ。今を生きるものたちを助けるために動き続けたのだ。…まあそれだけ聞くとお前と同じか。だがカナエ様は弱っている姿を人に見せれば人々を心配させると無理やり体調を整えたのだ。かの人生は人々の救済のために。勇者として人々を導くために……」
「強いですね…」
「強くなどない。知っているだろう?勇者王のもう一つの呼び名を。」
今でこそ至高の英雄と名高い勇者王であるが、その人生は悲惨なものであった。激動の人生。多くの仲間が死ぬほど過激な時代を生き抜いた勇者王のもう一つの呼び名は今の時代では考えられないものであった。
「……報われぬ英雄。」
「そうだ。生きている間、彼のなした偉業と比べると彼を賛美した声はほんの僅かだ。彼もお前と同じように睡眠薬を多用したという。それでもなお人々のためにあり続けた。どんなに傷ついても人々のために立ち上がり続けた。」
「立ち上がることができただけでも十分強いじゃないですか。俺は…押しつぶされそうです。」
「カナエ様も1人だったら押しつぶされてしまっただろうな。だが…1人ではない。カナエ様に黒騎士様がいたようにお前にも支えてくれる仲間がいるだろう?」
「そう…ですね。」
「それにお前は功績として報われている。誇りを持てミチナガ。お前は英雄たる存在だ。勇者王様が人々を照らし続けたように、お前もまた人々を導き、その道を照らし続けている。その手が血にまみれようとも、歩む道が茨の道であろうと進み続けなければならない。お前も…私も……」
「…厳しい世界ですね。」
「それが英雄の定めだ。茨の道の先にこそ栄光がある。」
2人の間に沈黙が訪れる。確かにアレクリアルの言う通り困難であればあるほど、その先に栄光が待っているのかもしれない。そしてミチナガは今その困難に立ち向かい、負けそうになっている。ここを超えられるかどうかが肝心なのに超えられるビジョンが思い浮かばない。
だがアレクリアルもこれまで多くの部下、多くの友を失ってきた。今いる12英雄たちもアレクリアルが勇者神に至った頃と比べれば幾人か入れ替わっている。長年共に歩んだものたちがいなくなると言うのは誰もが通る道だ。だからこそアレクリアルは言葉を強める。
「お前は火の国の戦争にも関わった。その時に多くの部下を失くしただろう。今お前がここで倒れることは彼らを失望させることにもなる。死んだものたちのことを考えろ。彼らの死を無駄にするな。彼らの死を誉あるものにしろ。それが生きているものの務めだ。」
「誉…栄光か。彼らの死を無駄にしない…彼らのために生き続ける。そういうの俺には向いてるのかなぁ…」
ミチナガは思い出す。かつてマクベスを助けるためにシェイクス国に乗り込んだことを。そして自分だけでは力が足らなかったことを。そして自分を助けるためにセキヤ国の人々が応援に来てくれたことを。助けに来てくれたことは非常に嬉しかった。しかしそのために命を落としたものたちがいることは悲しかった。
「ミチナガ。それでも…」
「アレクリアル様。俺はやはり商人です。戦士にはなれない。戦いの先にある栄光や名誉は俺には似合いません。俺は商人として商売で人々を幸せにします。人々の犠牲で嘆き悲しむ分まで俺は商人としてそれ以上の幸福を届けます。それが商人セキヤミチナガとしての生き様です。」
「そうか。だが…良い表情になったな。」
「ええ。自分の中であれこれ考えないようにして来たんですが…逆に考えることで冷静さを取り戻しました。俺はセキヤ国で約束したんですよ。良い王様になるって。」
ミチナガはかつてシェイクス国での戦争の際に戦死したセキヤ国の人々のことを思い出した。そしてその遺族のことを。彼らの分まで立派な王様になることを約束したあの時からミチナガは前へ進むしかなかった。
ミチナガはすでに答えを得ていたのだ。だがラルドの死の影響でそういったことを考えるのが嫌になっていた。苦痛にしか感じなかったのだ。だがアレクリアルに言われたことで今一度しっかりと考えた結果、答えが出て来たのだ。
「はぁ…ただの商人でいれば楽だったのになぁ。欲をかいてあれこれ手に入れたせいでやりたくないことまで増えました。でも…やらなくちゃいけませんもんね。この戦争だって…まだ終わっていない。」
「ああ、法国はまだ存在する。今回は一時休止しただけだ。そして次は…こちらから仕掛ける。」
「国内が落ち着きを見せたら弱っている法国に逆襲ですか。……ミチナガ商会で現在400m級の戦艦が数隻完成しています。海上移動は任せてください。」
アレクリアルは笑みを見せる。意外なことだが、英雄の国では大規模な戦艦というものは所持していない。国民も法国との軋轢を知っているため、下手に戦艦を造ればいよいよ法国との戦争だと人々の不安を煽る。
それに法国側もむざむざ戦艦を作らせるわけにはいかない。そんな話が持ち上がればすぐに破壊工作に出るだろう。だからこそミチナガが独断で作成している戦艦は都合が良い。使い魔たちを用いてスパイなどは排除しているため、法国側にはまだこのことは漏れていない。
最初はミチナガの趣味で作らせた巨大船だが、都合の良い結果になってしまいミチナガ自身も驚いている。すでに法国との戦いに向けて準備は着々と進んでいるのだ。
「そういえば今回の戦争の影響で魔神の序列なんかに変化はあったんですか?」
「ないな。出るとしたらしばらく後だろう。今は戦争の影響で一時的に影響力が増している。しばらくして落ち着いたら変化はあるだろう。特に法国は今回の戦争で軍人を多く失ったからな。一つ二つは下に落ちるだろう。」
「ふ〜ん。そういうもんなんですか。……龍の国の情報は入っていますか?十本指の情報も。」
「ない。探りを入れたいところだが、あまりに不気味すぎる。下手につついて龍の国を刺激したくはないからな。」
アレクリアルは現在の龍の国からなんともいえぬ不気味さを感じており、手を出すことをやめている。十本指に関してもなんの情報も得られていないらしい。
するとその場になんともいえぬ気まずい沈黙が訪れた。ここは話を変えなくてはならないと思いミチナガは考え、一つのことを思い出した。
「そういえば英雄伝説…特に勇者王の話ですけど、アレクリアル様はどこの本を読んで知ったんですか?勇者王の話に関しては色々と種類があるみたいですけど。」
「一応全てに目は通しておるぞ。10年ほど前に出た新訳本はなかなか面白かった。だが一番は聖典だな。」
「なんですかそれ?」
「フレイド出版の初代であるフレイドに書かせた直筆の一冊だ。全ての勇者王の物語はこの本から始まる。勇者王の歴史の全てを描いている。これは勇者王の家系にしか見ることが許されていない。」
「へぇ〜…そんなものならみんな見たいと思うけどなぁ…」
勇者王の物語の原初の一冊など誰もが見たいお宝だ。破損を恐れて誰にも触れさせないのはわかるが、読み聞かせてやるくらいは良いと思う。もしかしたら歴史に葬られた勇者王の悪事が描かれているのかもと思ったが、勇者王はそういう男ではない。
そしてその時、ふとミチナガは思い出した。ヴァルドールと話をした時だ。ヴァルドールの話というのはある意味その聖典に描かれている話と同じことだろう。現在では知られていない、伝え聞かせる中で変わってしまった勇者王のこと、そして…黒騎士のこと。
「そういえば…黒騎士様って男だって伝えられて来ましたよね?ヴァルくん曰く本当は女性ということですけど。」
「え…あ、ああ。そうだな。」
「もしかして黒騎士様と勇者王って…男女の仲だったんじゃないですか?それが黒騎士様は男ということで伝えられていれば…そういうことに。」
「…私も初めて読んだ時は衝撃だった。だが…英雄は色を好むともいうからな。ただ1人の子しかなさなかったのは何故なのかと思った時に…それなら納得だと思った。」
「まあ別に人の好みは様々ですけど…けどそれは嘘なんだからどこかで訂正しないと……」
「どうやって訂正する?文献などは残っていない。ヴァルドールがそう言っていたというのか?混乱を招くだけだぞ。」
「せ、聖典にはなんと描かれているんですか?」
「……どっからどう読んでも黒騎士様が女だとは描かれていない。恐らく黒騎士が女だと知られれば舐められると思い、わざと男のように描かれたのだろう。」
黒騎士は男以上に豪快で敵をなぎ倒していく英傑であったが、それが女性となればもしかしたら部下は離れていくのかもしれない。しかし黒騎士は偉大な英雄だ。今でも黒騎士を超える英雄は勇者王だけとされている。
だから女だからと舐められるようなことはないはずだ。まあ本人としては気になっていたかもしれないため、そこを隠すのは本人の自由だ。するとミチナガは一つのことに気がついた。
「あれ?黒騎士と勇者王は男女の仲だったんですよね?それなら子供ができてもおかしくないんじゃないですか?今はガンガルド・エリッサっていう鬼人族の女性が妻ってことになっていますけど…アレクリアル様鬼人族っぽいところありますか?」
「……あ。」
「一度歴史編纂やり直した方が良いんじゃないですか?」
それだけ言うとアレクリアルは頭を抱えて悩み始めた。どうやら今度はミチナガがアレクリアルを慰める番のようだ。
次回お休みします。