第411話 喜ぶものたち
「ん〜…もう少し下…」
『ヒョウ・はい、女王陛下。』
氷の神殿。その最奥の一室では使い魔のヒョウが氷神ミスティルティアへマッサージを行っている。今回対龍の国のために出兵をお願いしたのだが、とんだ無駄足になってしまった。そのお詫びも兼ねてヒョウがマッサージを行っているのだ。
この氷の神殿は普段は使われないのだが、今回のように龍の国に対抗しようとしていたミスティルティアの溜め込んでおいた膨大な魔力を減らすためにこの神殿内部に魔力を放出しているのだ。
ミスティルティアのように属性系の魔力を放出せずに溜め込むと周囲の環境に影響を与えてしまう。現にミスティルティアの影響で氷国の気温がマイナス10度ほど下がっていた。今こうして神殿に籠もったことでその影響もなくなり、人々もホッと息をついた。
「そういえば今回動いたお礼はどうなっているのかしら?」
『ヒョウ・すでに城の方に運ばせてもらっています。それから運営しているミチナガ商会でも感謝の気持ちとして半額で売らせていただいています。本当にありがとうございました。』
「問題ないわよ。あなたはちゃんと見合った分のお礼してくれるから。」
今回ミスティルティアと軍を動かした礼として莫大な食物や嗜好品、それにブランドメリアの衣服などを送った。今回軍を動かすのに実際にかかった費用の十数倍を超えるほどのお礼にミスティルティアも満足げである。
むしろ何もしないでこれだけ手に入るのであればいくらでも声をかけてほしいと思うほどだ。非常に上機嫌なミスティルティアとヒョウは談笑を始め、やがて例の組織、十本指の話になった。
『ヒョウ・うちでも調べてはいるんですけどなんの情報もないんですよね。』
「うちでも聞いたことないわね。そんな龍の国と法国に喧嘩売るような大きな組織なら絶対にそれらしき情報くらいは聞くんだけど…思い当たる節もないわね。だけどそいつらなんだったかしら?世界征服?するんだったわね。面白いこと言う奴がまだいたのね。」
『ヒョウ・あまりにも夢物語すぎて…まあ魔神の第1位とかならわかるんですけど、魔神でもないのにそんなことを言うなんて正直、気でも狂ったとしか言いようがなくて…』
「まあ世界征服なんて普通の知性があればそんな面倒なことしないわよ。世界を滅ぼす…とかの方がまだ現実味があるわね。法国の連中もそっち系だから。世界征服なんて…ああ、でも昔は征服神なんてのもいたわね。何百年も昔だけど。そいつも一つの大陸を征服したら統治が面倒なことに気がついてそれ以上は手を出さなかったし。」
『ヒョウ・へぇ…でも今は普通に1人の魔神が一つの大陸納めるような感じですよね?昔は全然違ったんですか?』
「文献によるとそうね。まあ魔神は絶対に王様ってわけじゃないから。今だって崩神なんかも国を治めないし。力を求めて行き着く先が魔神っていうだけよ。歴史的に見ても国を持たなかった魔神は結構多いわよ。国を持つ魔神はなにかの目的がある場合が多いわね。魔法研究資金を稼ぐために国を治めた初代神魔、究極の人間に至るために国を持った神人とかね。」
『ヒョウ・目的のためですか…ちなみに氷神はどうなんですか?』
「単純よ。氷の魔力に傾倒しているからこの大陸の方が居心地が良いの。私たち氷神の場合は居心地が良いから住み着いたら庇護を求めて国民が集まった感じよ。海神なんかも同じことね。法国や龍の国なんかは同一の宗教、種族が一堂に介したらその中から魔神が生まれただけ。英雄の国も似たような感じだけど…まあちょっと違うわね。」
それだけ言うとミスティルティアの表情が変わった。その表情にはどこか怯えが見える。魔神ともあろうものがたかがこんな会話の中で怯える必要があるというのだろか。ヒョウもそれ以上聞いて良いのか怪しんだが、意を決して聞くと想像以上につらつらと話し始めた。
「英雄の国の発展の様子は当時の文献にも残っていたけど…その勢いに当時の氷神も怯えていたわ。英雄の国の発展は初代勇者王が崩御してからが著しい。今も販売を続ける勇者王伝説の書籍。その本の販売地域が拡大すればするほど英雄の国は力をつけていった。誰もが勇者王に魅了されたのよ。わかる?その生涯を記した書籍を売るだけで国が大きくなるその異常さが。これまで世界には多くの傑物がいたけど…これほどの怪物はどこにもいないわ。死してなお人々を魅了する男、勇者王……。釣り貴族のアンドリューも近しいものはあるけど、勇者王と比べると可愛いものね。」
『ヒョウ・まあアンドリューさんも十分すごいですけど…勇者王をそう言う人って初めて見ました。』
「自国の英雄なんてものは他国からしてみれば恐怖の象徴よ。だけど…私の国民にも勇者王を好いているものは多いわ。私のこの発言聞かれたら大問題になるくらいね。それぐらい今でも崇拝されているのよ。」
それだけ言うと寝そべっていたミスティルティアは立ち上がり、自身の体を確認した。どうやら魔力が安定したらしい。もうこれならば周囲の環境に影響を与えることもない。城に戻ろうとするミスティルティアの後ろをヒョウはついていく。
「そういえばミチナガは元気かしら?まあ私直接あったことないけど。」
『ヒョウ・よくは…ないですね。うちのボスは元々商人なので人の死には慣れていなくて……今は仕事をすることでなんとか心を落ち着けている感じです。これまでいくつかの戦いで慣れたかと思ったんですけど、今回のは規模が大きくてだめだったみたいです。』
「戦争なんて人殺しの環境に慣れると普通の生活に戻った時に苦労するだけよ。特に商人には致命的ね。何かきっかけを掴むか…時間が解決してくれるのを待つだけね。」
『ヒョウ・今の感じを見る限りきっかけがない限り苦しみ続けそうなんでそれが不安なんですよ。』
「その時はこの国に遊びに来なさい。氷に閉ざされたこの国で外界のことを忘れれば良くなるかもしれないわよ。」
『ヒョウ・そうかもしれませんね。その時はよろしくお願いします女王陛下。』
「ふむ…洗脳された者たちの件がひと段落ついたから戻ってくれば…なんだこれは?」
「え、園長!申し訳ありません!すぐに片付けますので!」
VMTランド中央、作品開発部門の一室にはミチナガが紹介した絵の天才エリーとその姉のエーラが住んでいる。エリーはこの地に来てからヴァルドールのVMT作品に感化されたのかこれまで以上に作品を書き続けている。
その作品数は膨大で足の踏み場も無くなるほどだ。すぐにエーラが片付けようとしたがヴァルドールはそれを止めて一つ一つ作品を見ていった。
「ふむ…我が王が天才だと言うだけあるな。これほどの才能はこれまで出会ったことがない。…いや、人間に興味を持たなかっただけか……素晴らしい作品だエリー。」
「うぅぅ…あり…ありがとう…ざいます……」
「よかったねエリー。」
「ただまだ技術が足りないな。例えばだがこの作品のこの部分はこのように絵の具を重ねた方がよりお前の望み通りになるだろう。」
「うぅ!あうぅ…」
ヴァルドールが軽く教えた絵の技法をすぐに覚えて自身の作品に取り込み始めるエリー。その覚えの早さにヴァルドールも満足げだ。すぐに他の技術を教えていくとエリーはどんどんそれを吸収し、ものの2時間ほどで今まで以上の絵を描くようになった。
「人間というやつは面白いな。我が王と出会い視野を広げて本当に良かった。ん?このぬいぐるみは…」
「あ、その子はエリーが気に入ったみたいで最近は寝るときも一緒なんです。」
「そうか…ラクーくんのことが気に入ったか。それではエリーよ。このラクーくんを主人公にして何か作品を描いて見ると良い。」
「あぁうぅう!」
ヴァルドールの言葉に喜んですぐに描き始めるエリー。この調子なら作品ができるのはすぐになるだろう。ヴァルドールはこの作品の完成を心待ちにした。だが、その時心待ちにしている自分の心がこれまでにないドキドキとワクワクで満たされるのを感じた。
これまでヴァルドールはVMT作品の唯一の書き手であった。故に物語の展開やオチなどは全て分かっている。だがエリーの作品に関してはそれらが全てわからない状態だ。故にどんな作品になるのかワクワクしているのだ。
「ふむ…では私は……もう一度洗脳された人々の解放に向かうか。しばらくゆっくりするつもりだから焦らずに完成させると良い。」
「ありがとうございます園長。いってらっしゃいませ。」
「ああ、ではいってくる。」
部屋を出るヴァルドール。そんなヴァルドールには今も一心不乱に作品を描き続けるエリーの姿があった。次この部屋を訪れる時は作品が完成した時だろう。一体どんな作品が出来上がるのか、あまりにも心踊る気持ちにヴァルドールは思わず鼻歌を歌った。
「彼の作風ならこんな感じになるのか…今教えた技術の影響を考えればこんな感じか?ああ、実に楽しみだ。どうせなら我が王とともに作品を鑑賞するか。我が王も心を痛めているということだからエリーの作品を見て心安らげられたら良い。フハハ…実に楽しみだ。」