第406話 世界征服
天から降り注ぐ光の柱が大地にいくつもの穴を開ける。その穴の深さは上から覗いただけではわからない。だが、そんな一撃でも当たれば死に至るような恐ろしき光の柱をいともたやすく避け、時には弾き返す男がいる。
その男はあっという間に光の柱を発生させている者の元まで近づくと2度3度と手に持つ刀で斬りつけた。切られた男の傷口はヘドロのような泡が立ち、周囲の肉を腐らせていく。すぐにその傷口をえぐり取り治療するが、その間にも斬り付けられ身体のいたるところが変色する。
すると斬り付けられた男は強力な魔法を放ち斬り付けてきた男を追い払った。だがすでに魔力がかなり減っているのか疲弊した表情を浮かべる。
「何故だ…何故ここまで……」
「所詮お前はお飾りの魔神でしかない。ザラブゼル、お前は魔神の中でも下の力しかない。お前を魔神第3位にとどめているのは国力だけだ。さらに言えば今の地位に甘んじて自己の研鑽をしなかったお前に私は倒せんよ。」
勇者神アレクリアルと法神ザラブゼルの戦いは圧倒的にアレクリアルが有利で事が進んでいる。すでに互いの魔力量の残りから考えてもアレクリアルの勝利は揺るがない。それほどまでに両者の力の差は歴然だった。
これには法国陣営も言葉を失い、ただ戦いの様子を傍観している。ザラブゼルはなんとか冷静さを取り戻し、しっかりと現状を受け止めた。このままでは自身の運命が終わることも。そしてなんとか時間稼ぎをするために思考した。
「ククク…私がここでいつまでも足止めをしていれば、例え私が死んでも私の命と引き換えにこの国は消えて無くなる。私の功績はいつまでも語り継がれることだろう。」
「まだそんなことを言っているのか。龍の国は動いていない。何を根拠にそこまで…」
「ならば聞かせてやろう。今も進行するかの軍勢の声を…」
ザラブゼルは魔法を行使する。その魔法は通信魔法であるが、あまりに高度に構成されたその魔法は傍受することが難しい。本来傍受することなどいともたやすくできるはずの通信魔法がこれほど傍受しにくいというのは世紀の大発明に近いだろう。
だがそんなことよりもその魔法がどこに繋がるかが問題だ。ザラブゼルが通信魔法をつなげた先は龍の国内部。法国から龍の国へ派遣している使節団に繋がるものだ。
「おい、報告しろ。」
『え!あちょ…も、申し訳ありません。定時連絡の時間とは異なるため少々お待ちを…』
「黙れ!すぐに報告しろ!」
対応の悪い自身の国の使節団に怒りをあらわにするザラブゼル。どうやらここでいかに龍の国が英雄の国を恐れさせているかを知らしめ、アレクリアルの動揺を誘おうとしているらしい。だが狼狽える使節団の声を聞いたアレクリアルはため息をついて哀れむ表情でザラブゼルを見ている。
『え、えー…以前も報告した通り氷神、海神の2人の魔神が進行を妨げたものの龍の国の相手にはならず、両魔神を討伐。氷国の首都を奪い現在は……英雄の国南端に位置する9大ダンジョン巨大のヨトゥンヘイムを進行中。モンスターの妨害に遭うものの問題なく進んでおります。』
「ククク…よろしい。どうだアレクリアル。すでに龍の国はお前の首元に迫っているぞ。」
「…ユウ。」
『ユウ・呼んだ?』
アレクリアルの声に反応してアレクリアルの鎧の隙間に隠れていたミチナガの使い魔のユウがひょっこり顔を出した。アレクリアルは戦いながらユウから事細かに現在の戦局の報告を受けていた。
「ミスティルティアとポセイドルスに繋いでくれ。そうだな…映像通信が良い。」
『ユウ・はいはーい。今繋ぐね…』
数秒ほど動きを止めたユウはその場に自身の眷属を生み出し、眷属とともに空中に映像を投影した。そこには法国の使節団の報告とはまるで違う、何とも退屈そうな氷神ミスティルティアと海神ポセイドルスの姿があった。
『何かしらアレクリアル。ってあら?久しぶりじゃないザラブゼル。何年か前に貿易の取引で顔を合わして以来ね。相変わらず私の嫌いそうな…何その表情。』
『何をそんなに驚いているのかは知らぬがあまりにも無様な表情だな。』
「すまないな急に。実はそちらのザラブゼルの配下の報告によると君たちはすでに殺されており、氷国に関しては奪われているらしいぞ。」
『…何その報告。アレクリアル、冗談でも笑えないわよ。ミチナガ商会の要請で動いたけどあまりにも暇だから流石にそろそろ帰るわよ。』
『こちらも同じ意見だ。我々も暇ではない。今頃報告が溜まっておる頃だ。そろそろ帰らせてもらう。』
「な、なぜこいつらが生きておる。た、確かに報告を受けた…に、偽の映像だ!龍の国は今頃ヨトゥンヘイムに!」
ザラブゼルが喚き立てるとユウはさらに自身の眷属を生み出し、その場にもう一つの映像を映し出した。そこにはコーヒーを優雅に飲みながらゆったりと椅子に座るナイトの姿があった。
「久しいなナイト。急で悪いがそちらに龍の国の軍勢が来ているという情報が入ったのだが…」
『む…そんな気配はないが、気配を完全に断ち切れる凄腕が侵入しているということなら話は別だ。』
「いや、軍勢だからそんなことはないだろうな。」
『そうか…』
一瞬龍の国の軍勢が押しかけているという話を聞いて喜んだナイトであったが、すぐにそんなことはないということを知ると落ち込んだ。そんな様子を見たムーンは笑いを必死にこらえている。
「と、いうことだ。これで情報の真偽がちゃんとわかったか?お前のやったことは大勢を敵に回しただけでなんの意味もない。」
「そんなバカな…確かに報告が……いや、待て…となれば…お前は誰だ?」
ザラブゼルは今も繋げている龍の国にいるはずの自身の国の使者に疑問を抱いた。ザラブゼルは信用のおけるものたちを龍の国に派遣した。裏切るという可能性は限りなく低い。何者かがなりすましているという線が高い。しかし完全に騙せるレベルのなりすましなどザラブゼルには信じられなかった。
するとザラブゼルの繋げている通信魔法の向こうでため息が聞こえ、その次にまるで子供の声で落胆する声が聞こえた。
『あ〜あ…バレちゃった。ちぇ!最後まで騙せる自信あったんだけどなぁ。そんな風にやるのズルじゃない?』
「貴様…一体どうやって……私の部下をどうした。」
『知らなーい!子供は見ちゃダメだって言って教えてくれなかった。あ、騙していたのは僕の能力。声真似とその声が偽物であると疑わせなくさせる能力なんだ。偽物だって思いもしなかったでしょ!僕だってちょっとすごいんだー!!』
子供の声で、子供そのもののような受け答えをする。本当に今の今までザラブゼルを騙していたのは子供なのだろう。その事実を知ったザラブゼルは頭の血管が切れるのではないかと思うほど怒りに身体を震わせていた。
「一体お前は何者だ!」
『何者?僕は…あ、ベビー!ごめーんバレちゃった。なんか向こうも映像流してなんとかって魔神が無事なこと把握したみたい。』
『あ!まじかよ!?俺お前がいうから乗ってやったんだぞ。賭けはクラウンの勝ちじゃんか。…え?今繋がってんの?おーい、もしもーし。』
今度現れたベビーと呼ばれて出て来たのはそこそこ歳のいった男だ。ふざけた男の声にザラブゼルは怒りを込めて再び問答する。お前たちが何者なのかを。
『名乗っていいのかな?』
『ん〜…わからん!まあいいんじゃねぇか?もう動き出したんだからよ。それに…今更だろ?』
『そっか!それもそうだね。僕の名前…じゃなくて僕たちのことを知りたいんだよね。僕たちは十本指。僕は右薬指のキュウ。能力が九官鳥っぽいのと本名からとった名前なんだ。』
『俺は十本指の左小指のベビー。言っとくが赤ん坊じゃないぜ。そんな風にからかったらボコボコにしてやる。』
「そんなことはどうでも良い…十本指など聞いたこともない。そんなふざけた輩に我々の戦争を邪魔されるとはな。どんなに隠れようとも貴様らは必ず殺す…」
十本指。そんな組織名は勇者神も法神も氷神も海神も使い魔たちでさえも、これまで一度も聞いたことがない。古くからある組織ということではないだろう。おそらく新興組織。しかし彼らの行いは勇者神に非常に利益を生んだ。
「十本指と言ったな。お前隊の目的が法国、並びに龍の国の打倒ならば私と手を結べるのではないか?」
『え?そうなのかな?違うよね?』
『ああ、違うな。そんなもんは前座に過ぎん。俺たちの野望は…』
『『世界征服だ。』』
世界征服。なんともチンケな言葉に聞こえるが、それを言ったのが子供とオヤジということでさらにチンケで胡散臭く聞こえる。だが言った当の本人たちは喜んでいるようだ。
『やったー!これ一度言って見たかったんだ!』
『わかったわかった。というわけでお前らもいずれ敵になる。まあ今すぐじゃねぇから安心しな。それじゃあ俺たちは忙しいからこれまでだ。それじゃあ…いずれまた会おうぜ。そんときまで首の皮洗って待っとけ。』
『待っとけー!あははは!!』
それだけ言い残すと通信魔法は途絶えた。残されたザラブゼルやアレクリアルは混乱し、ただ呆然としていた。