第402話 殴り飛ばす
「ガリウス!もう少しなんとかなりませんか!」
「これでもやっている!だが…状況が状況だ。迂闊に手が出せん。」
ガリウスとホタルの2人は必死にゲーテランドたちと戦っているが、倒したのちにエラー物質の化け物の肉塊に取り込まれてはならないので手をこまねいている。
取り込まれることを無視して倒してしまおうかとも思ったが、その分エラー物質の化け物が強くなり、のちに後悔することになるため必死に我慢している。
「そうこうしていると制限時間きちゃうんですけど!というか今も結構やばい感じで…本当にやばいです。」
ホタルは既に限界そうだ。本来であればまだ時間は残されているのだが、かなり初めから飛ばして戦っているのと、ゲーテランドたちの攻撃でかなり体力が消耗させられたため、予想よりも早く限界が近づいている。
ガリウスもそれは重々察しているのだがどうしようもない。しかしこのままホタルが前線から離脱するようなことになれば勝負にならなくなる。ガリウスはそこで後のことを考えるのをやめ、死体が取り込まれることを覚悟して攻撃を敢行した。
あれこれ考えることをやめれば戦力的にはガリウスたちは魔帝クラスが2人、ゲーテランドたちは魔帝クラス1人に魔王クラスは数人だ。完全にガリウスたちが優位に立っている。すぐに猛攻に出たガリウスによりゲーテランド側の魔王クラスが1人やられた。
その魔王クラスの死体はそのままエラー物質の化け物の肉塊に向かって倒れていく。肉塊は実に嬉しそうにその魔王クラスの死体を取り込もうとしてきた。だがその時、その肉塊の中から一体のエヴォルヴが飛び出してきた。
『キャッチしたよ!すぐに運んじゃおうねぇぇ!!』
あまりにも突然のことに呆然とその様子を見ているゲーテランドたちとガリウスたち。だがすぐに我に帰るとガリウスはさらなる猛攻に出た。
ガリウスとしてはなぜかはわからないが、死体はちゃんとエヴォルヴが回収してくれる。それならばもう遠慮する必要はない。ホタルはあえて攻撃の手を緩めることでガリウスを戦いやすいようにした。
ホタルが敵の視界を奪うように自身のキメラ化した肉体を広げ、その隙間を縫うようにガリウスが攻撃する。そして倒された死体はピースによるFFダメージ無効となったエヴォルヴたちが回収する。
完璧なコンビネーションだ。これならばゲーテランドたちも片付けることができるであろう。ただ一つ問題があるとすれば後方でひっそりと隠れているミチナガの不安げな表情だろう。
ピースと共にガーディアン、ポチも前線に上がった。現状スマホにいる使い魔はエヴォルヴの機体を失い、修理作業にあたっている使い魔と一部の戦闘に参加していない使い魔だけだ。つまりミチナガの守りは手薄になっている。
本当はガーディアンかポチのどちらかを残しておきたかったが、早期決着のためにも2人を送り出した。その間ミチナガは物陰に隠れてやりすごしている。ミチナガは魔力を持たないため、下手に使い魔だけを護衛につけるよりかはこうして1人で隠れている方が感知されず安全だ。
「頼むから早く終わってくれぇ…そんで誰か護衛に来てぇ……」
さすがに1人になると心細いのかブルブルと震えながら隠れている。そんなミチナガの思いが届いたのか戦局は大きく動き出した。勢いに乗り始めるガリウスと、押されるゲーテランドの姿を見た他の兵士たちの士気に大きく影響が出始めたのだ。
ガリウスの姿を見て鼓舞されたガリウスの部下たちは士気を大きくあげてその勢いに乗って敵を撃破している。かたや法国側は士気がガタガタに崩れ隊列に乱れが出始めた。その上エラー物質の化け物が取り込もうと肉塊を近づけてきているため、もうその身を捧げようと隊を離れるものもいる。
もちろんそんなことを許すはずもなく、隊を離れたものからすぐさま処分し、その遺体を回収している。
ただそれでもいくらか人間を取り込んだエラー物質の化け物は魔力量が増加している。しかしいつまでも膨れ上がる肉塊に魔力を消耗しているため、力そのものの増加は感じられない。あくまで膨れ上がる水風船のようなものだ。
そんな中、再びエラー物質の化け物は身体を小刻みに震わせ出した。肉塊を飛ばす予兆である。それに合わせてガーディアンは守護者の盾の準備を始める。これほど分かりやすい予兆があるのなら対策することも容易だ。
そして肉塊が飛ぶ瞬間、ピースの能力が付与されたガーディアンの守護者の盾が発動する。どんなに威力が高かろうとピースのFF無効が効いている以上このエラー物質の化け物がこの守護者の盾を破壊する方法はない。
しかし守護者の盾が発動した瞬間、ゲーテランドは守護者の盾に向けて魔法を放った。なんの予備動作もなく発動された魔法はガリウスも止めることができず守護者の盾に当たり、一部分を大破させた。
「何かは知らんが外側からの攻撃には弱いようだな。」
若干の勘違いはあるが、結果としてはゲーテランドの目論見どおりだ。破壊された守護者の盾の部分から肉塊が飛び出して周囲に降り注ぐ。かなりの質量を持った肉塊は着弾地点に衝突の風圧を巻き起こし、周囲にいるものたちを吹き飛ばした。
そんな肉塊の衝突により、一部の戦闘地帯では兵士が吹き飛び混乱が起きている。そしてそんな中、一つの肉塊が予想よりも大きく飛び、ミチナガの近くに着弾した。残った部分の守護者の盾の中で跳ね回ったのかなんなのか理由は知らないが、問題なのはミチナガの近くまで飛んできたという点だ。
ミチナガに直撃することはなかったが、肉塊の着弾の風圧により隠れていた物陰から飛び出されてしまった。ゴロゴロと転がるミチナガは数メートルほど転がったのちにようやく止まった。
ただ転がった際に完全に目が回ってしまったのかその場から立ち上がることができない。さらに吐き気まで込み上げてきたのかその場でうずくまってしまった。そして十数秒間休み、ようやく顔をあげた。
「うぇぇぇ…きぼちわるい。だけど隠れておかないと。」
「も、もうやってられるか!こんなの今生き残ったってあれに食われるだけだ。俺は…」
ミチナガは顔を上げた時にたまたま他の肉塊の衝突による衝撃で吹き飛ばされ、戦意を喪失して逃げ出そうとした法国の兵と目が合ってしまった。その兵士はうっすらと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「に、逃げるんじゃなくて…敵の首を持っていけば…功績になる。逃げるんじゃない…俺はただ逃げたんじゃない…」
その兵士は手を腰のあたりに運ぶ。しかしそこには何もない。どうやら飛ばされた衝撃で帯刀していた剣をなくしてしまったようだ。それを見たミチナガはすぐさま逃げようとする。しかし目が回っていた影響でうまく立つことができない。
そして逃げようとしたミチナガを見てその兵士は駆け寄ってくる。とにかく逃さないために武器はなくてもなんとかするつもりのようだ。ミチナガは震える足を必死に動かそうとするが、焦れば焦るほど足は思うように動かない。
そんなことをしているとすでに兵士はすぐそこにいる。焦るミチナガはとっさにその場に転がっていた板の切れ端を手に取り、駆け寄る兵士の方を向いた。
その兵士は駆け寄ったそのままの勢いで拳をミチナガへと振るった。駆け寄った勢いは乗っているが、体勢の整っていない状態から放たれた拳の威力は半減している。おまけにミチナガはその拳と自分の間に手にとった板切れを入れ込んだ。威力はかなり削られただろう。
しかしその兵士の拳は板切れを破砕し、そのままミチナガを殴り飛ばした。魔力を持たないミチナガにとって今の一撃は十分脅威だったのだ。もしも体勢の整った拳だったら、もしも間に板切れを入れ込まなかったら今の一撃でミチナガは絶命していた可能性まである。
殴り飛ばされたミチナガは地面を何度も転がり、そのまま動かなくなった。ただうめき声を出しているため生きていることはわかる。しかし今の一撃で脳が揺れたのか意識だけは完全になくなっている。
「こ、こいつよく見れば良さげな身なりしているな。上官…戦闘服じゃないところを見ると敵の参謀か?や、やった!こいつの首を持っていけばすごい功績になる!この功績だけ持って俺は国に帰るぞ!」