第393話 聖鞭vs天騎士
『敵本隊を分断!大盾部隊は決着がつくまで増援を通すな!戦力をここに集中させろ!』
簡易拠点の破壊に成功した使い魔たちとガリウスたちは敵を強行突破し、法国の本陣にたどり着いた。すぐさま使い魔たちは部隊を展開させ、邪魔が入らないように防衛陣を形成する。敵本陣と戦うのはガリウスの部隊に完全に任せた。
ガリウスもこの好機を生み出してくれた使い魔たちに感謝し、そして己が敵にのみ集中した。周囲の雑兵はガリウスの部下が蹴散らす。ガリウスは部下が開けた道を悠々と歩き進む。そんなガリウスが近づくことに気がついたのか巨大なテントの中から大男が現れた。
「まったくやかましい。お前たちはろくに仕事もできんのか。」
「ゲゼフッ!!」
「ふん!どこの駄犬が現れたかと思えば貴様か。随分と懐かしいじゃないかガリウス。私に打たれた鞭の跡は消えたか?」
ガリウスの体から魔力とともに殺気が溢れ出す。これほどキレたガリウスを見たのは部下たちも初めてのようでガリウスを見て怯えている。ガリウスも自分の状態があまりにも冷静さを欠いていることに気がつき足を止め落ち着こうとするが、まったく落ち着く気配がない。
「鼻息の荒いやつだ。もしやまだ過去のことを引きずっているのか?馬鹿な男だ。あんな孤児の一人や二人…」
「一人や二人だと?貴様はこれまでに何人殺した!!」
「そんなもの覚えているわけなかろうが。貴様はこれまで何度茶を飲んだか覚えているのか?」
「貴様ぁぁぁ!!!」
ガリウスは怒りに任せて突撃を敢行する。しかしわずかに残っていた冷静さが突撃したガリウスを一歩後退させることに成功した。一歩後退したガリウスの目の前を何かが高速で通過した。ゲゼフはそれを見て舌打ちをする。
「多少は成長したらしいな。昔とは違うようだ。」
ゲゼフと呼ばれるこの男は法国の聖人の一人。聖鞭のゲゼフと呼ばれ法国の古参の一人だ。実力も然る物があるが、その人脈や求心力は眼を見張るものがあり権力者としても法国の5本の指に入る。
そしてこのゲゼフこそがガリウスが法国に見切りをつけ、英雄の国に士官する原因となった男だ。かれこれ約20年前、まだガリウスが法国の一神官として従事していた時のことだ。見込みがあるとアルスデルト神父にしごかれ、メキメキと頭角を現したばかりの頃のこと。
ガリウスがボランティアをしていた孤児院で失踪事件が起きた。孤児の失踪などよくあることではあった。しかしガリウスは正義感からその孤児の行方をおった。そして人拐いの集団に行き着いた。
力に自信のあったガリウスは敵の拠点まで乗り込もうとした。しかしそれが良くなかった。人拐いの集団の行く先は法国の秘密研究所であったのだ。そしてそこの特別所長をしていたのがゲゼフであった。
ガリウスは神の教えを守るために、己の正義を貫くためにその研究所に殴り込んだ。ガリウスの強さの前では、並みの守衛では歯が立たない。その強さと勢いはガリウス一人でこの研究所を制圧できると思わせるほどであった。
だが運の悪いことにそこにゲゼフがいたのだ。ガリウスはゲゼフと戦った。だがゲゼフはその当時からすでに聖人として魔帝クラスに至っていた。そんなゲゼフになすすべなくガリウスは大敗した。そんなガリウスがアルスデルトの弟子であることに途中で気がついたゲゼフはガリウスを殺さなかった。
それから1週間以上寝込んだのちにガリウスはこのことをアルスデルトに伝えた。子供たちを助けるために、神の教えを守るために。アルスデルトならば力になってくれると信じた。だがアルスデルトは何も言わずにガリウスを法神ザブラゼルの元まで連れて行った。ガリウスは自身の訴えが聞き届けられたと喜んだ。だが、それは誤りであった。
「汝はゲゼフの研究所を破壊した罪を償わなければならない。あの研究所は我が国が世界に神の教えを広めるために必要不可欠である。汝の不用意な行動がそれを阻害した。」
「わ、私はただ子供達を救おうと…私は私の信じる神の教えのために行動を!」
「いつまで生きられるかわからぬ子供達が神のためにその命を捧げられるのであれば本望であろう?これこそが神のためである。お前のような半人前が神の何を知っている。連れていけ。」
「子供達の命をなんだと思っている!ふざけるな!これが神の行いだとでもいうのか!ふざけるなぁ!離せ!離せぇぇ!!」
その後投獄されたガリウスは隙を見て脱獄し、宝物庫で武器や資金を調達したのちに家族と幾人かの孤児たちと信頼してくれている部下を連れて逃亡した。そして命がけの逃亡生活の末に英雄の国にたどり着いたのだ。
「貴様にやられたことは死んでも忘れぬ。そして貴様が奪った子供達のためにも…貴様はここで殺す。」
「ふん!ガキがほざきおるわ。英雄などと呼ばれ部隊を引き連れれば一人前か?それに…この私が貴様ごときのためにまともに戦うとでも?貴様はこいつらの相手でもしておれ。」
ゲゼフがそう言うと近くのテントから鎖に繋がれた巨人が現れた。体表は赤黒く、血管が浮き出ている。あまりにもいびつな肉体に異臭までする。
「喜べ、貴様の言う孤児たちだぞ。実験途中の失敗作だが多少は役に立つ。お前たち、そいつを殺せ。殺したものには角砂糖を3つやろう。」
ゲゼフの言葉に咆哮で答える。すでにこの孤児たちは度重なる投薬と実験のせいでまともに言葉を交わすこともできない。そして角砂糖3つのためにガリウスに襲いかかった。
ガリウスはゲゼフの言葉を聞き、噛み締めた唇から血が滴るほど苦痛で顔を歪ませている。しかし一度閉じた目を見開くと流れるような動きでその手に持つランスを突き出した。
無駄な動きがない磨き抜かれたランス捌きは孤児であったものたちの心臓と頭部を瞬時に撃ち抜いた。もうこれ以上苦しまないように、痛みなき確実な死を彼らに与えた。そしてそんなガリウスの隙を突くように鞭と一人の男が飛び込んでくる。
だがガリウスはその両方を的確にさばいた。そして崩れ落ちた孤児たちの先には2人の人影があった。片方はゲゼフ、もう片方は初めて見る顔だ。だがガリウスはその内包する力を見定めた。魔帝クラスの実力者であると。
「あらら…多少隙は作れると思ったのですがそれも叶わないとは。父上、ちゃんと研究したのですか?」
「失敗作だと言ったであろうが。ちゃんとした成功作は届けてある。」
「父だと……貴様ゲゼフの息子か!」
「ええ、父の…第何夫人ですか?まあそのどっかの息子です。父の息子は数多くいますが私ほど優秀なのは他にはいませんよ。」
ゲゼフの息子を語るその男は胸の前で自身のレイピアを掲げながらそう言った。そのレイピアによる攻撃は一撃の破壊力はないものの、速度に関して言えば脅威だ。そしてそのレイピアと鞭を同時に繰り出されれば防戦一方でなすすべなくやられるだろう。
まさかのゲゼフとその息子対ガリウスというなんともまずい状況が生まれた。ゲゼフの息子はまだ魔帝クラスの下位かもしれないがゲゼフはガリウスと同等の強さだろう。この2対1はさすがのガリウスも焦りを見せる。
しかし怨敵が目の前にいるというのにここで引くことはできない。ガリウスはランスを持つ手に力を込めた。ここで全ての過去の因縁を断ち切るために。