第390話 商国のミチナガ
「うはぁ…すげぇ軍勢。これ相手にしなくちゃいけないのかぁ……」
「ミチナガ様、もう少し頭を下げてください。」
慌てて頭をさげるミチナガ。その前方には大勢の法国の軍勢が集結している。蛍火衆によると総勢23万ほどの大軍らしい。その熱気は遠くから眺めるミチナガにも伝わってくる。
ミチナガ達はこの法国の軍勢に気がつかれないように数キロ手前から魔導装甲車を降り、周囲を偵察している法国兵をかいくぐりながらこの場所までやってきた。もう法国の軍勢は1キロ圏内にいる。ミチナガ達はそれを見下ろすように小高い丘の上からそれを眺めている。
何回か深呼吸をするミチナガは水や食事をとって気持ちを落ち着かせる。今も口から心臓が飛び出そうなほど緊張している。ミチナガ達は現在白獣の精鋭が17名、蛍火衆の精鋭が14名の計32名だ。この人数でこれからあの軍勢と戦う。
できる限り食事と体力回復に努めて気持ちを整えなくてはならないのだが、ミチナガは緊張のせいで呼吸が荒くなり、疲労が進んでいる。
「ミチナガ様、ここは一旦引きましょう。この人数では負けるのが当たり前です。応援の軍勢が来るまで一度息を潜めて…」
「応援なんてこないよ。ヴァルくんはヨーデルフイト王国周辺の対処をしているし、そこが終わったら洗脳された50万を超える人々の方へ向かうように頼んどいた。ナイトも後方の憂いを断つために、ダンジョンを守っている。だからあれをどうにかするのはここの32人のみ。」
ミチナガの言葉にその場の全員が狼狽える。ミチナガはここに来るまでこの20万人を超える法国と戦う術があるといってやってきた。しかし蓋を開けてればこんなにも無謀なことを考えているとは思わなかった。だがそれでも誰も声は出さない。ここで動揺する声をあげれば法国の兵に感づかれる。
「あ〜…すげぇ緊張してきた。だけどタイミングはどうしよっかなぁ……ん?あれ何?戦闘だよね?」
「お待ちください…英雄の国の御旗です。しかもあれは…12英雄天騎士ガリウス様のものです。」
「あれ?12英雄は中央で法神と睨み合っているんじゃ?」
「おそらく余剰戦力として自由に動けるようになったのでしょう。もしくは裏切りを心配してあの場にいることが嫌われたか…それにしても無謀です。2000ほどしかいないのに正面からぶつかっています。」
「ガリウスさんも大変だなぁ…遠目からでもかなり焦っているというか、気持ちがそぞろになっているのがわかるや。だけどちょうど良いか。ガリウスさんを助けるためにも今行くのが一番だな。」
そういうとミチナガはその場で立ち上がった。もうバレても良いという思いだ。しかしそんなミチナガの行動に周囲からは焦りや戸惑いといった様々な感情がうかがえる。そんな中でミチナガはニッと笑って見せた。
「それじゃあ俺先に行くから。お前らはしばらくここで待機。5分くらいかな?そのくらい経ったら混乱に乗じて敵の魔王クラス、魔帝クラスを集中的に攻撃してくれ。」
「何を言って…」
「そんじゃ、ちょっくら行って来る。」
そういうとミチナガは法国の兵士に向かって歩み出した。
背後から慌てふためる声が聞こえる。しかしミチナガはそんな声を無視して歩みを進める。そんなミチナガは浮き足立っているのか、まるで自分で歩いている感覚がない。しかし徐々にミチナガは落ち着きを見せ始め、一歩、また一歩と歩みを進めるたびに地面の感触が、流れる空気の一つ一つがしっかりとわかるようになった。
「なあポチ。」
『ポチ・ほいほい。』
「なんかすげぇな。俺…今20万を超える敵の方に歩いて向かっているんだぜ。」
『ポチ・およよ…立派に成長したねぇ…身体震えているけど。』
「あんまりちゃかすなよ。全くもう……武者震いだよ。わかってんだろ?マジな武者震いだ。」
『ポチ・ちょっとしたジョークだよ。緊張がほぐれたようで何より。それじゃあさ、何か口上述べてよ。』
「口上?そんなの必要か?」
『ポチ・みんなのやる気にも繋がるからさ。こういうのは形から入るのも大切だよ?』
ポチはミチナガに向かって笑ってそう言った。それを言われたミチナガは笑みを見せながら少しばかり天を仰いで何やら考えた。そしてふと顔を下げるとそこには数人の法国兵がこちらに気がついたのかミチナガを指差していた。
「おっけー、それじゃあお前ら…行くぞ。」
『ポチ・みんな〜!ボスから出動命令出たよ。』
『『『使い魔一同・は〜い!!』』』
ミチナガがそういうとスマホからポコポコと使い魔達が溢れ出してきた。それはまるでスマホから飛び出す使い魔の噴水だ。そんな使い魔の噴水は緑の丘を徐々に白い丘へと変えていった。
「俺は一人でこの世界にやってきた。そしてこの世界で俺はお前達に出会った。そして多くの人々にも出会った。俺はお前らのおかげで商会を立ち上げ、そしてこの世界で出会った人々によって王になり、英雄になった。みんなのおかげで今の俺はいる。」
ミチナガ自身はろくに金も力も持たず、このスマホの力だけで成り上がってきた。ミチナガはただの人間だ。そんなミチナガが周囲のおかげで今では英雄とまで呼ばれるようになった。ミチナガは多くの人々に導かれここまで至った。
「長い道のりだ。思えば随分遠くまで来た。もう行くところまで行ったといった気分だ。だけどまだまだ俺は先に行く。そのためにはまだみんなの力が必要だ。そのためにはみんなにもついて来てほしい。だから俺が導こう。皆が俺を導いたように…今度は俺が導こう。」
スマホから溢れ出る使い魔達の勢いは未だ止まらない。もう数万の使い魔達がスマホから出ただろう。しかしまだまだ使い魔達は溢れ出る。そんな使い魔達はミチナガの言葉に心を震わせ、勇んでいる。
「みんな俺について来い!そしてみんなで生み出そう!新たなる世界を!そして共に歩もう!俺の名前は関谷道長!商国の魔帝セキヤミチナガだ!俺の二つ名は…俺が国を治める商人の王だからというだけじゃない。俺がいる場所が国だ。たった一人でも…俺が立つこの場所が国家だ。」
丘から降りて来る小さな大量の使い魔と一人の人間に対し法国の正規兵達は警戒を緩めない。しかし見るからに弱そうな相手を前に数人の法国の兵士たちは笑った。
「みんな!今一度俺に力を貸してくれ!お前達が俺を王と今尚認めてくれるのならばその力を持って眼前の敵を蹴散らせ!俺に勝利をもたらせ!」
ミチナガはその歩みを速めた。ゆっくり、ゆっくりと駆け出した。それに合わせるように使い魔たちもその歩みを早めた。ポコポコと走り出す使い魔達を前に法国は一層警戒を強めた。
その時スマホから一人の使い魔が現れた。その使い魔は一番の新入りだ。あの召喚士のマサキの能力を回収したことによって得られた使い魔。その能力は契約した物質を召喚できる能力だ。そしてその力は使い魔全員に宿っている。
そしてすべての使い魔達はその能力を用いて召喚を行う。それは使い魔達が愛用している人型魔導化学兵器。すでに第5世代の完成型をさらに改良し、第6世代に至っている。さらに一部の使い魔達には第7世代の能力に応じた能力特化型へと至った。
そして永らく名前のつけられなかったこの人型魔導化学兵器にも名前がつけられた。使い魔達がミチナガを守れない己が自分たち無力さに泣いて、必死に研究を重ねて来た力。ミチナガを守るために手に入れたこの力。
『ポチ・さあみんな行くよ。僕たちの王様を守るために、その覇道を世界に示すために。行くよ、エヴォルヴ。我らが王の覇道をなそう。僕たちの力で…』
『僕たちの力で我らが王に勝利をもたらそう。』
使い魔達は一人、また一人と人型魔導化学兵器エヴォルヴに搭乗して行く。先ほどまで使い魔達の白い体で埋め尽くされていた緑の丘が今度はエヴォルヴの機体によって黒く塗りつぶされて行く。
その光景はまさに圧巻であった。数十万の使い魔達の群れは黒鉄の人ならざる機体に変貌した。大地は脈動し、法国の兵士を恐怖に陥れた。もうそこには弱々しいものはない。見るものを恐怖に陥れる黒鉄の軍団が誕生した。
ミチナガは9大ダンジョン、巨大のヨトゥンヘイムを最下層近くまで攻略した。本来ダンジョンであっても白金貨はそうそう出現しない。しかしダンジョンが封鎖されてから幾星霜の年月が経った。その間に白金貨は異常なほど溜まっていった。それにより急激に使い魔達が急増した。
今やミチナガの使い魔の数は50万を超えている。100万には及ばないが、それに近い数の使い魔をミチナガは仲間にした。そしてその全てがエヴォルヴに搭乗し、こうして黒鉄の騎士としてここに顕現した。
ミチナガの持つスマホは一つの世界だ。使い魔達が住み、営みを育んでいる。そしてそのスマホの力はミチナガがスマホを持ち、命令するだけで行使できる。その力は今や一つの国家と同等になった。
商国の魔帝セキヤミチナガ。多くのもの達は商売で儲けて国を作ったからこの二つ名がついていると思っている。だがそれだけじゃない。国を持ち歩いている人間が商売をしているから商国なのだ。
ミチナガも使い魔達も常に歩みを止めなかった。成長を、進化を続けた。このエヴォルヴはその象徴だ。エヴォルヴとは進化するもの、成長を続けさらなる力を求め進化を続けた使い魔達の象徴だ。そして今その力が完全な状態で行使された。
「行くぞ我が無双の軍勢よ!敵を蹴散らし勝利をもたらせ!!」
ミチナガの声に呼応し数十万のエヴォルヴが咆哮する。法国の兵士たちは表情を固まらせ、目の前の光景を信じられずにいる。今やエヴォルヴに活動制限時間は存在しない。目の前の敵を一人残らず蹴散らすその時までその動きは止まらない。そしてこれがセキヤミチナガの全戦力である。