第389話 集結する戦力
森の中を爆走する数台の魔導装甲車。魔導装甲車の上部からは白毛の獣人が周囲を警戒している。その甲斐もあってか今の所誰の目にも止まることなく秘密裏に移動することができている。そんな魔導装甲車の内部では食事をとっているミチナガ達の姿があった。
「ナイトもヴァルくんもセキヤ国のみんなも頑張ってくれたおかげで大した被害はなしか。よかったよかった。あとヴァルくんが洗脳の解除に成功したんだっけ?」
『ポチ・多少の記憶障害はあるけどね。でもそれ以外は問題なく元通り。あと洗脳の仕組みを具体的に解析してくれているから上手くいけば簡易的な洗脳解除魔法もできるかもしれないって。まあかなり難航しているから期待しないほうが良いけどね。』
「現状洗脳を解除する方法は世界樹かヴァルくん頼みか。まあそれでも方法がないよりかは全然良いね。それで…集合地点と時間は大丈夫?」
『ポチ・問題ないよ。多分もうすぐ…』
ポチがそう言うと魔導装甲車の上部でガタンと何かがぶつかる音がした。すると周囲を警戒していた白獣たちが車内へと戻って来た。そしてその白獣に続くように数人の者達が走行する魔導装甲車に乗り込んで来た。
「お、時間ぴったり。ホタル久しぶり。それに蛍火衆のみんなも。それで…首尾は?」
「問題ありません。情報は十分得られたのでご報告しますが…昼食をご一緒しても?」
「今用意させるよ。やっぱりまだまだ燃費は悪そうだね。」
ミチナガは蛍火衆の面々を呼び寄せていた。戦力は少しでも多いほうが良い。それに蛍火衆は戦争が始まる前から周囲の情報収集を行っており、現在の法国の部隊がどう動いているかも全て知っている。
そしてミチナガはホタルも同席させて朝食をとりながら報告会を開く。ホタルは多くのモンスターと融合してしまった影響で1日の大半を食事に当てなければならない。この偵察中もずっと食事をしながら行っていたらしい。
「法国の戦力は二つですね。洗脳によって集めた人員と法国の正規兵。洗脳されたもの達はおおよそ50万以上、正規兵の方は20万ちょっとですかね。」
「随分いるなぁ…やっぱ魔神第3位の大国は違うなぁ。もうこれまでの戦闘で法国側は数十万の兵士がやられているはずなのに。それでその分布は?」
「洗脳されたもの達はこの辺りに集結し始めていますね。まだまだ集まってきている上にバラバラでくるので最終的な規模は測りかねます。まあ100万まではいかないとは思います。60か70万止まりでしょう。法国の正規兵はその後方で集結を始めています。こちらはまとまって動いているので数は把握しやすいです。」
ホタルは地図を指差しながら正確に報告してくれた。まず洗脳されたもの達が英雄の国付近に集結しており、その背後に法国の正規兵が待ち構えている。おそらく洗脳されたもの達を使って英雄の国の属国を攻め込み、ボロボロになったところを正規兵が攻撃して攻め落とした国の人員を新たに洗脳して戦力に加えるつもりだ。
「洗脳されている人たちを攻撃するのはメンタルにくるよなぁ…長期戦になったら英雄の国側はかなり不利だろ。かといって俺も戦いづらいし…とにかくやるとしたら背後にいる法国の正規兵からだな。地形は?」
「窪地を利用しているようです。周囲にあった村々は全て滅ぼされているので、そこに20万を超える法国の正規兵がいるのを知るものも少ないでしょう。まあ周辺国は見て見ぬ振りをしていると言うのが正しいとは思いますが…」
「仕方ないだろ。誰だって魔神を有する国とはやりたくないさ。……できる限りバレずに近づくのがベストか。バレずに近づけるように指示を頼んだ。それから敵の戦力を知りたい。魔王クラス以上が何人いるかできる限り正確に頼む。」
「わかりました。ただ…洗脳されている人たちの監視に数人割いていますがどうしますか?」
「あ〜…合流するなら早いうちが良いよな。できる限り戦力は欲しいし…呼び戻してくれ。ただそっちがいつ動くかわからないからなぁ…ガン無視するわけにもいかないか。どうしよっかなぁ…足止めできる?」
『ポチ・50万人以上の足止めって…しかも殺さずにでしょ?キツイなぁ……』
「まあ贅沢は言っていられないから…できる限り助ける方向で、くらいに考えとけば良いよ。ただこの指示をこなすのは人間にはキツイからお前らでなんとかできるとありがたい。」
正直洗脳されているもの達に罪はないので全員助けたい。しかしそんなのは夢物語だ。一人も殺さず助けることを考えたら他のもの達がどんどん犠牲になる。だからできる限りという条件のもとに助ける方向で考える。ただそれでもこの命令をこなすのは人間には酷だろう。
使い魔達ならある程度の倫理観で行動できる。ただそれだけのことを成し遂げられる力を持った使い魔達というのはほぼいないだろう。そんな中、ポチが使い魔全員に連絡をすると数人の有志が集まった。
『ポチ・ドルイドを含めた精霊組がなんとかするって。確かに精霊魔法は非殺傷系も多いからベストかもね。ドルイドなら洗脳を解除できるし。』
「それが一番だなぁ。まあ精霊組は能力値高いからこっちの戦力ガタ落ちするけど…まあこれが最善だな。蛍火衆の監視係と交代ですぐに入ってくれ。ただやることはあくまで遅延戦闘のみ。ヴァルくんが洗脳に対する有効な方法を見つけるか、こっちの法国の正規兵がどうにかなるまで派手な戦闘は避けろよ。」
『ポチ・はーい。』
「本当に…洗脳はどうにかできるんですか?」
ミチナガとポチの会話を聞いたホタルは不安そうにミチナガに尋ねた。ミチナガの洗脳されたもの達を助けるという思いは実に尊いものだ。しかし50万人を遥かに超えるもの達を助けるなどかなり厳しい。
それになぜかはわからないが洗脳されたもの達は一箇所に集まり、ほぼ動いていない。これならば強力な魔法を放ち殲滅した方が楽であるし、安全である。ただミチナガはそんなホタルに向かって笑みを見せた。
「まあヴァルくんが動いてくれているらしいし、ナイトもいるしね。きっと有効な方法見つけてくれるよ。俺の仲間は優秀だから。俺にはできないことを簡単にやってのけてくれる。もちろんホタル、お前達蛍火衆もね。仲間を信じて今できることをやっておく。それが俺の最善だ。」
魔法に関してはヴァルドールもナイトも世界屈指の知識と経験がある。特に洗脳のような禁術はヴァルドールの得意分野だ。おそらく世界で3本の指には入るだろう。そんなヴァルドールがなんとかしてくれようとしているのだから任せるのが一番の最善手だ。
そういう理由もあって手放しで信用しているミチナガをホタルも信頼する。だから今は法国の正規兵を何とかすることだけを考えれば良い。しかし法国の正規兵の数は20万を超える。そこらの国ならば簡単に落とせる数と質だ。これもかなりの難題である。
「では法国の正規兵はどうしますか?我々だけでは圧倒的に数が足りない。こちらの魔王クラスはそこそこ頭数を揃えましたが、20万の兵を前にしては…。やはりここは周辺国に助力を乞うのが一番かと。アンドリュー自然保護連合同盟を動かせば100万だろうが200万だろうが集められるはずです。」
「まあアンドリューさんに頼めばきっとすぐに用意してくれるだろうね。でもそれはダメ。そもそもアンドリュー自然保護連合同盟は武力のために結成された同盟じゃない。あくまで自然を守るという志のために結成されたものだ。ダエーワの時が特別だっただけだ。他人の戦争に介入するような同盟になったら離脱するものも出るだろうし、今後の方針も危うくなる。」
「ではどうしますか?20万の仲間を集めることなんて…」
「まあその辺は何も考えてないわけじゃないから安心して。大丈夫、とりあえず蛍火衆と白獣のみんなには魔王クラスとか魔帝クラスだけを何とかしてもらう予定だから。大変だろうけど頑張って。とりあえず法国の戦力分析頼んだ。それからバレずに近づけるようにもね。」
ホタルが不安そうな表情を見せる中、ミチナガは食後のデザートとコーヒーを飲む。ミチナガ達が法国の正規兵達のもとにたどり着くのは明日になるだろう。