第388話 最強の男達
400話超えてた…全然気がつかなかった……
「「「「うおぉぉぉぉぉ!!」」」」
英雄の国の陣営から雄叫びが上がる。先ほど起きた英雄の国の代表と法国の代表の戦いに決着がついたのだ。結果は英雄の国側の勝利だ。今代表として戦ったのは魔王クラスの将だ。これで法国はどこかの戦場から魔王クラスの同等の兵を召集しなければならない。
現状英雄の国側が多く勝利している。ただ結果的に見ると基本的には引き分けになることが多く、勝敗数は2勝ほど英雄の国側が多く勝っているくらいだ。ただやはりその勝利した回数が多いというのは士気にも関わってくる。
なかなか良い調子の英雄の国陣営だが、法国側の陣営からどよめきが起きた。何事かとアレクリアルも注視していると法国の陣営から一人の男が出てきた。その人物を見たアレクリアルは驚愕した。そしてその隣にいたザクラムは何も言わずに勢いよく飛び出した。
そして両陣営の間でザクラムと男は向かい合う。ザクラムからはこれまでにないほど殺気が満ち溢れている。ザクラムの前に立つ男も殺気と笑みが溢れている。
「まさか…もうお前が出てくるとはな。法国最強の男。天罰アルスデルト神父。」
「最強と言えど互いに魔神を除いてだがな。英雄の国最強。黒雄ザクラム。」
互いの国の魔神に次ぐ最高戦力が現れたことで両陣営からざわめきが起こる。まさかこの場面でこの二人が戦うのは誰もが夢にも思ってなかった。そして二人が向かいあったことで両陣営では大規模な防御魔法が展開された。
こうでもしなければ二人の戦いの余波だけで大量の死者が出ることになるだろう。これで戦いの準備はできた。あとはいつでも好きなタイミングで戦いを始められるのだが、ザクラムは担ぎ上げた大剣を下ろした。
「なあ、ちょっとおしゃべりしないか?どうしても聞きたいことがあったんだ。」
「ふむ…良いだろう。どうせこの戦いも余興にしか過ぎぬのだからな。」
ザクラムの提案をアルスデルトは意外にもすんなり受け入れた。正直これにはザクラムも意外だと驚いている。しかし相手が受け入れてくれたのだからどうしても聞きたいことを聞く。
「なんで軍をばらけさせた。多少のばらけならわかるがあまりにも軍を拡散させ過ぎている。火の国にうちに隣の王国群。ただでさえ魔神としての序列はうちの方が上なのにこんなにバラけさせたら勝てるもんも勝てなくなる。」
「ははは…それはさすがに話せんだろ。うちの一番の機密情報じゃないか。君は賢い男だと思っていたのだが…」
「ヨトゥンヘイムに来ていた召喚士の男なら捕えたぞ。すでに降伏している。火の国では崩神が暴れていたが先刻煉獄が現れたという報告を受けた。それにうちに属している国で暴れまわっていたお前らのところの兵もだいぶ押さえ込まれている。まだ時間はかかるだろうが…時期に片がつくぞ?」
ザクラムはまだ法国も得ていないであろう情報をつらつらと話した。アルスデルトもまさかそんな情報を聞けるとは思ってもおらず、驚きで目を見開いている。やがて落ち着きを取り戻すと「そうか…」と一言だけ述べて無理やり作ったような笑みを浮かべる。
「ガリウスのやつは元気か?」
「ああ、うちに亡命して来たときはかなりかた苦しい思いをしていたようだが今じゃ立派なうちの一員で誉れ高き12英雄の一人だ。やつは法国出身だからな、この戦争の際には自ら戦いに出たよ。やはり生まれからくる差別っていうのはなかなか解消できないもんだからな。周りも…そして自分自身も……」
12英雄が一人、天騎士ガリウス。彼は元々法国の出身で、法国でもなかなかの要職についていたらしい。しかしある時、今の法国のあり方に異議を唱えたところ処刑されそうになった。そこで家族と信頼できる部下を引き連れて英雄の国に亡命して来た。
その際にアレクリアルに信頼してもらうために国宝であった9大ダンジョン神域のヴァルハラから出土した装備一式を盗み出した。現在では逆にアレクリアルが信頼の証だと言ってその装備一式をガリウスに貸し与えている。
「そうか…やつも苦労したのだな。しかし12英雄か…まさかとは思わんかったよ。奴にはその才能があった。」
「ガリウスは…あんたの弟子だったんだろ?ガリウスはあんまり故郷のことは話さないが、あんたのことだけは話してくれたよ。絶対なる神の使徒…そして形は違えど、正義を体現したような男だとな。」
「はっ…神の使徒だと?正義を体現したような男だと?やはり…あいつに会わなくて正解であったな。今の私にあいつに会わせる顔はない。」
「何があった。今お前らの国では何が起きている?」
アルスデルトは片手で顔を覆いながら笑い声をあげた。まるで狂ったように、そして自分自身を笑うように。そしてアルスデルトが顔面から手を離した時、ザクラムはアルスデルトの顔を見ることができなかった。
「何故だ…何故だアルスデルト!何故法国はこんなにも無謀な戦い方をする!何が…何がお前を狂わせた……」
「私は絶対なる神の使徒…我が神のために剣を振るい、この命を捧げる。……この気持ちだけは変わらぬ。だがな…だがなザクラム。私は神は不変だと思った。だからこそこの気持ちは永遠に変わらぬものだと思った。しかし…この世界は狂い始めた。そして世界が狂えば…世界を治める神もまた狂うのだよ。神が狂えば神を信じる我々はどうなる?その答えは簡単だ。神が狂えば我々も狂う。我々は狂い始めた。だからその正義も狂い始めた。何もかもが狂ってしまったのだ…」
アルスデルトは狂ったように笑った。もう自分自身でもわかっているはずだ。自身が狂気の道を歩んでいることを。しかしそれでももう道を外れることはできない。生まれた時から神を信じ、その道を歩み続けて来たアルスデルトにはそれ以外の生き方は知らない。
「ザクラム…我々は陽動だ。すでにお前たち魔神同盟の話は聞いている。だから一番攻め落としやすい氷国を落とすために龍の国が準備をしている。氷国を落としたらそこからこの国まで龍の国は攻め込むぞ。」
「何を……」
「そして法国としての最後の切り札は王国群側からの大量の兵士による攻撃だ。数十万にもなるこの兵たちで襲いかかり、それに乗じて氷国を落とした龍の国が反対側から襲う算段だ。挟み撃ちにして一気にこの国を落とす。」
「アルスデルト…お前……」
「ハハ…まず間違いなく話してはならん情報だな。だがこの情報を持ち帰るためには私を殺すしかないぞ。私がお前を殺せばこの秘密は守られる。要するに…勝てば良いのだ。互いにな。」
そう言ったアルスデルトの目は死兵のそれであった。いや、むしろ死を恐れていないのではなく、死を望んでいるように見えた。
「そうか…では誉れある戦いをしよう。誇り高く、歴史に名を残すような…そんな戦いをしよう。」
「すまない…ありがとうガリウス。……我こそは法国最強!絶対なる神の代行者!我らが神の神罰を我が眼前の敵に知らしめよう!我が二つ名は天罰!我が名はアルスデルト・レグシオン!」
「我こそは英雄の国最強!偉大なる黒騎士より黒の名を受け継ぎ、そして我が英雄としての心はかの勇者王より学んだ!あまねく闇を、敵を打ちはらい我が国に勝利と希望をもたらさん!黒雄ザクラム・エシュロン!いざ尋常に参る!!」
ザクラムはその手に持つ大剣を振り上げ、そしてアルスデルトは袖を捲り上げ両腕に装着したナックル装備をさらけ出した。そして一瞬のうちに互いに距離を縮めるとザクラムは大剣を振り下ろし、そしてアルスデルトはその大剣に向かい拳を放った。
互いの攻撃がぶつかり合った時、轟音と衝撃波が周囲に飛び散った。両陣営が張った防御魔法はゴリゴリ削られていく。そしてザクラムとアルスデルトは互いに顔を見合い、そして笑った。先ほどまでの狂ったような笑いではない、本当の笑みをアルスデルトが見せた。
「生まれて初めてだ。これまで神のために振るったこの力を己のために振るうのは!ただの暴力だとバカにしていたが存外悪くないものだな!!」
「ハッ!たかが一回で何がわかるってんだ!楽しくなるのはこれからだぞ!!」
ザクラムとアルスデルトの激闘が始まる。そしてこの戦いはザクラムの英雄譚の中でも指折りの名場面だと記されることになる。