第387話 久しぶりの来訪
時はしばらく戻り、そして場所も変わる。今尚英雄の国と法国の争いが続く遥か上空。そこでは数機の飛行機が空を飛んでいた。この飛行機には様々な兵器が備え付けられている。もしもモンスターに襲われたとしても対処が可能だろう。
そんな数機の飛行機による編隊飛行の中心。最も守りの厚い飛行機の中にミチナガはいた。現在地上は未曾有の混乱だ。そんな中で魔導装甲車を走らせるよりも空を飛んだ方が何倍も安全だし何倍も早い。しかしミチナガは恐怖に震えていた。
「なあ…今からでも遅くない…止めないか?」
『ポチ・もうこっちは準備できたんだから。それにもうすぐ目的地だよ。』
「そうは言ってもな…やっぱり…」
『ポチ・みんな〜ボスがだだこね始めたから手伝って〜』
「や、やめろぉぉ!!なんでパラシュート降下しなくちゃいけないんだよ!!!普通に着陸させろぉぉ!!!!」
『ポチ・そんな滑走路があるわけないじゃん。この飛行機だって無理やり飛ばしたんだから。ヨトゥンヘイムの工事に合わせて臨時の滑走路作っておいてよかったよ。』
まだミチナガしか飛行機を使わないこの世界においてまともな滑走路というものは存在しない。無理やり平地に降りても良いが、うまく着陸できる可能性は低い。だからこそ降りる時はパラシュート降下なのだ。
ミチナガは駄々をこねて嫌がるが使い魔達に無理やり押さえつけられてパラシュートを装着する。丁寧に一つ一つ装着器具を確認したのちに降下準備に入る。ミチナガは青白い顔で足を震わせながら扉の前に立っている。目的地はもうすぐだ。もうすぐこの扉が開く。
「ああ…嫌だ。なんでこんなことしなくちゃいけないんだよ…」
『ポチ・前にも飛んだことあるじゃん。ほら、魔道装甲車ごと。』
「氷国での氷神と煉獄のだろ。あれは外が見えなかったし良いんだよ。これはもろじゃん!なあ、ちゃんと確認したんだよな。このパラシュートちゃんと確認したんだよな?」
『ポチ・大丈夫大丈夫。ちゃんと僕たちで確認したって。』
「そうだよな。ちゃんと大丈夫だよな。それなら…ん?僕たちで確認した?それって…」
『目的地上空です。扉が開きます。』
機械的な音声が流れたのちにミチナガの目の前の扉が開く。眼下には雲が広がっている。安全を期して雲の上まで飛んできたのだ。ミチナガはその光景にめまいを起こす。しかしその前に大事なことがある。
「ちょっと待て!確認したのがお前らって人間サイズで確認してないじゃん!やっぱりやめ」
『使い魔一同・とりゃあぁぁぁ!!』
「お前らぁぁぁぁぁ!!!!!」
ミチナガは引き返そうとしたところで大勢の使い魔達のタックルによりそのまま機外に押し飛ばされる。そうなればあとは重力と風によってただただ流されていくだけだ。ミチナガはどんどん遠ざかる飛行機を見ながら自身の人生を振り返った。
『ポチ・ひゃっほぉぉぉ!!!た〜の〜し〜い〜!!!』
「楽しくなんてあるかぁぁぁ!!!!」
ミチナガは恐怖で目を瞑る。しかし逆にそれがいけない。体が縮こまりさらに落下速度が上がっていく。それに気がついたポチはミチナガの頬を叩いた。
『ポチ・ボス、見てごらん。世界はこんなにも美しいよ。』
ポチとの会話のために目を開いたミチナガはようやく自身の眼前に広がる絶景を見た。眼前に広がるのは英雄の国だ。しかしそれだけではない。周囲の村も森も川も何もかもを見渡せるようだ。
そこでようやくミチナガは体の力が抜けたのか両腕を開いて全身で風を受け止めた。ようやく落下速度が落ちてきた。ポチはそこでミチナガに目的地方面へ落下方向をずらすように指示を出した。ミチナガはそれに従い体を傾ける。
『ポチ・綺麗だねぇ…だけど、今は悲しいね。あちこちで戦火が上がっている。今大勢の人々が戦って…そして死んでいる。』
「……ああ…」
『ポチ・こんな戦争は終わらせよう。全部終わらせて平和な世の中に戻そう。だからボス、僕たちもできる限り戦おう。』
「…ポチ……一つ良いか?」
『ポチ・何?なんでも言って。』
「とりあえず地上に降りたらさ……」
『ポチ・うん。』
「替えの下着頼む。」
『ポチ・…ズボンも用意しておくよ。』
その後、パラシュートは無事に開いた。そして無人の平地に着陸するとミチナガは萎んだパラシュートの影で着替えを済ませたという。
その後ミチナガ達は目的地まで魔道装甲車を走らせた。さすがに目的地にピンポイントで着陸するのは無理だったようだ。魔道装甲車は平地から森の中へ入り、そして目的地の村までたどり着いた。そこは随分久方ぶりとなるミチナガの所有する領地の一つ、白獣の村だ。
「ミチナガ様!ミチナガ様ではないですか!!」
「おひさ〜みんな元気にやってた?すげぇ久しぶりに来たけどなかなか様変わりしてんじゃん。」
ミチナガの目の前に広がる白獣の村は以前のすぐに壊れてしまいそうな掘っ建て小屋ではなく、石灰岩をメインにした美しい村へと変貌していた。特に街道などが整備されているわけではないが、このバラバラに配置された家々が逆にオシャレだ。
今この白獣の村は観光業をメインにしている。相手は主に学者だ。今尚この白獣の森には未発見の植物や生物が数多くいる。それに大精霊が生み出した森などその地形や魔力を調べるだけでも論文が数十本はかける。
ただ最近では貴族や一般の観光客も来ているらしい。白獣たちは戦闘力もある。だから彼らをガイドに雇い森の中を散策するのが密かなブームとなっている。儲けもなかなかあるのでミチナガ商会としても力を入れている。
「お久しぶりですミチナガ様。その偉業の数々は聞き及んで降りました。それで…本日はどのような御用で。」
「まあ本当は遊びに来たって言いたかったけどね、今外はこんな状況だからさ、みんなに手を貸してもらおうと思って。とりあえずミラルたちにも会いたいけど……まあその前に村長に会える?」
「村長ですか。ああ、すいません。確か今客人が来ているとのことでしばらく会えないかと…ミラルたちも同席しているとのことでしたのですぐには会えません。」
「あ、そうなの?でも客人ということなら俺も会っておいた方が良いかな?ほら、俺一応ここの領主だし。」
「あっと…その……村長の個人的な客人ですので…とりあえずミチナガ様が来たことを伝えに行きますのであちらでお待ちください。」
そう言ってミチナガは一つの家の中に案内されると、そこの家主に歓待されお茶やお菓子などでもてなされた。普段は民宿もやっているということで接客の仕方も随分と上手い。ミチナガはただ待つだけはなんなので仕事についても詳しく聞き、今後のことも考え何か必要なものを作ろうかと考えた。
それから30分ほど経ち、再び先ほどの白獣の門兵がミチナガを呼びに来た。ミチナガは案内されるまま移動するとそこにはひときわ立派になった村長宅があった。ちょっとしたセレブの豪邸だ。
ミチナガが入っていくと奥の方に村長が鎮座してミチナガのことを待っていた。その周囲にはミラルたちもいる。本来は出向いてくるのが礼儀であるのだが、村長はもう歳で歩くのがやっとになってしまったという。ミチナガが最後に出会った時はもう少し元気そうだったのでショックだ。
「お久しぶりでございますミチナガ様。このような場所から申し訳ありません。」
「いえいえ、村長もまだまだ元気そうで何よりです。ああ、客人はもう帰られたのですね。」
「ええ、元から大した用事ではございませんから。それで、ご用件を伺います。」
「まあ長話をしている暇もないので単刀直入に。私は現在の英雄の国と法国の戦いに参戦します。そこで精鋭のみを貸していただきたい。厳密に言えば魔王クラス以上のものたちのみ。それ以下は必要ありません。」
「なるほど、わかりました。ではすぐに人を集めましょう。選定に少しばかり時間をいただけますか?」
「もちろん。こちらも準備をするので…2時間でどうですか?」
「それならば十分すぎるほどです。では早速…ミラル、頼みますよ。」
「はいお婆様。ミチナガ様、再会の挨拶をしたいところですが失礼します。」
「ああ、まあ移動の時にいくらでも話せるから。その時に積もり積もった話をしよう。」
ミラルたちはその場を後にしてすぐに人を集めに行った。本当はちょっとおしゃべりをしたかったミチナガであるが、村長に人を呼んで来させるのは無理なので仕方ないだろう。村長宅を後にするミラルを見送りながらミチナガは部屋の中を見回す。
村長宅は外見と違い質素だ。家具なども必要最低限しか置かれていない。しかし一つ一つの家具に細工が施されている。この細工は使い魔たちによるものだろう。ミチナガはそのまま部屋の中をぐるぐると歩き回りながらその細工を見て回る。
「ほっほっほ、面白いですかな?」
「うちの使い魔たちの働きはちゃんと知って置かないといけませんから。こいつらも日々成長してどんどん腕が上がっているから細工も初期の頃と比べて随分と凝ったものになっているんですよ。これとか、これとか…この床の方の細工なんて随分良くなって…ん?」
ミチナガは目の前のタンスの下に何かが挟まっているのを見つけた。それを引き抜いてみるとそれはトランプであった。しかも紙ではない。模様もしっかりとしたもので特別製のトランプのようだ。
「これ、ここに挟まっていましたよ。」
「…そうですか。おそらく客人のものでしょう。私から返しておきます。」
ミチナガはその時、若干村長が動揺したのがわかった。しかし変に問い詰めることなくそのままトランプを返した。そして少し遅れてミチナガは理解した。
おそらくトランプを使って賭け事でもしていたのだろう。最近は儲けているようだし娯楽の少ないこの村なら賭け事をしたくなる気持ちもわからなくはない。ただその様子をミチナガに見られるのは流石にまずいと思ったのだろう。
まあこの村の売り上げなどは使い魔たちがチェックしている。だから売上金をネコババして賭け事をしているなんてことはない。給料の使い道は人それぞれだ。好きに使ってもらって構わない。ただ一言だけ言っておこう。
「まあほどほどにしてくださいね。そうじゃないとその道化師に惑わされますよ。」
「ホホ、そうですねぇ。」
ミチナガは今渡したトランプのジョーカーを使ってお茶目なジョークを言ったつもりだったのだがどうやらウケは悪いらしい。どうやら道化師にいっぱいくわされたようだ。