第386話 セキヤ国の死闘5
ギュスカールから再び連続で崩弾は飛ばされる。本来は一撃で建物を跡形もなく崩壊させる破壊の技であるが、この防壁の前では無意味。理由はわからないがこの防壁はすべての崩弾を無効化している。その後もギュスカールからしばらく崩弾が飛ばされていたが、とうとう諦めた。
「いやぁ…参った。こんなものがあるとはな。世界ってやつはまだまだ広いな。」
「崩神、もうこのくらいで辞めにしないか?法国に手を貸してもお前の思うような面白い世界にはならないぞ。だからこのくらいで…」
「そうは言ってもな、一度約束したことを裏切るのは男が廃る。まあ悪いが諦めろ。」
どうやらこの戦いに執着心が出てきたようだ。説得が無理となると対処の方法が限りなく少ない。というより対処する方法が思い浮かばない。イシュディーンはこの防壁が生み出してくれた猶予の間に打開策を考える。
「しかし本当に丈夫だな。直接触れても問題ないか確かめてみたいところだが…あっちまで走るのは面倒だな。お!そうだそうだ…」
ギュスカールは何やら懐を探り始めた。しかしどうやらギュスカールはあの位置から動かずに仕事を終わらせるつもりのようだ。つまりそこにつけこむ隙があるかもしれない。崩壊魔法は本来打ち出すことが最も困難とされる。
それはギュスカールも同じで崩弾の崩壊魔法の威力は直接肉体で触れることによる崩壊魔法の威力と比べて格段に劣る。崩弾レベルの崩壊魔法ならこの防壁も耐えられるのかもしれないが、直接触れられたら流石に無理かもしれない。
だからこのまま崩弾を耐え、ギュスカールが近づいて来ようとした時に付け込めるかもしれない。それに賭けたイシュディーンは必死にその際に使う言葉を考える。するとギュスカールは懐から小袋を取り出した。
「おお、こいつだこいつ。これでも耐えられるか確かめてみるか。」
「何だあれは…宝石か?」
『ベータ628・ん?どれどれ…緑色だね。エメラルドかな?あ、黄色いのもある。何だろ?』
小袋の中からはまだまだ大量の綺麗な石が出てくる。その量はギュスカールの頭身と同じになるほどだ。その正体が何なのかわからずにいるとその鉱石の山は突如消え去った。どうやら崩壊魔法で崩壊させたらしい。
結局それが何なのかわからずじまいだ。しかしギュスカールはその場で手を広げたまま動かない。何かのブラフかとも思ったが、崩神ともあろう男がそんなブラフをするとは思えない。するとギュスカールは広げていた両腕を徐々に閉じていった。
するとギュスカールの両腕の間に何やら電流が走った。しかもかなりの魔力の高まりを感じる。おそらく魔力以外にも何か高密度のエネルギーがそこにあるのだろう。そのことを使い魔はどんどんスマホの中に報告していく。
そしてその情報を幾人もの使い魔とマザーがまとめ上げ、考察する。そしてその時、一人の使い魔がぼそりと呟いた言葉に他の使い魔たちは半笑いをし、そして青ざめた。まさかそんなことが人間にできるとは思えないが、それをやっているのが魔神であると考えると納得できてしまう。
そしてそのことをすぐに現場に伝える。それを聞いた使い魔は驚愕する。しかしこのことをうまく説明することが難しい。なぜならそれはこの世界にはないものだから。
『ベータ628・だからえっと…とにかくやばいの!!あれが放たれたらこの一帯が死の土地になる!止めないと!』
「止めろと言われてもあれだけの魔力エネルギーはどうすることも…」
『ベータ628・そうだけど…ああもう!セルフ核分裂とか何なの!本物の原子爆弾じゃん!どうしようもないよ!!』
ギュスカールが先ほど取り出していたものはウラン鉱石だ。いわゆる原子爆弾の素材。しかしだからと言ってそれがそのまま原子爆弾の素材になるわけではない。いくつもの化学処理が必要だ。しかしギュスカールはその全てを無視して強制的に原子爆弾を作ろうとしている。
ギュスカールの異常な崩壊魔力は物質を原子レベルで崩壊させる。正直その気になれば周囲の物質全てを強制的に崩壊させ、原子爆弾に変えることもできるだろう。ただそれにはかなりの科学知識が必要となる上に超精密な魔力操作が必要となる。
この点がわざわざウラン鉱石を用意した理由だろう。ギュスカールの相性と直感がウラン鉱石を原子爆弾に変える魔力操作を可能にした。ただギュスカールでも原子爆弾を作るのには非常に時間がかかるらしい。ただ時間がかかるからといってその間にこちらから攻撃してもそれが通じるとは思えない。
徐々にギュスカールの両腕の間で原子爆弾が完成しつつある。完成が近づくにつれ徐々に気温が高くなっていくのを感じる。おそらく原子爆弾から熱が発せられているのだろう。防壁の上で待機している兵士たちの額から汗が出始めた。まだまだ気温は上がっていくようだ。それも急激に。
『ベータ628・いや、気温上がりすぎじゃない?』
思わずこの状況にツッコミを入れる使い魔。もしも本当にこの気温の上昇が原子爆弾から出ているものだとしたら中心部のギュスカールのいる場所はどれだけ気温が上がっているのだろうか。それにこんなに熱を放出しては原子爆弾に必要なエネルギーが足りなくなりそうな気もする。
その時使い魔はふと顔をあげた。誰もが地上のギュスカールの見つめる中、ただ一人空を見上げた。そしてそのおかげでこの気温の上昇の理由もがわかった。そしてわかったからこそ今まで以上に取り乱した。
『ベータ628・全員撤退!撤退!!今すぐ防壁から降りて!早く!上見て上!!!』
「何をそんなに慌てて……て、撤退!撤退しろ!!大至急撤退!!!」
イシュディーンの初めてみせる焦った様子に兵士たちも慌てる。先ほどのギュスカールが崩弾を防壁に放った時以上の焦りっぷりだ。誰もが蜘蛛の子を散らすように防壁から降りていく。中には階段の途中から飛び降りて足を骨折するものまで現れた。
その様子を遠目で見ていたギュスカールは鼻で笑う。すでにギュスカールの両腕の中で原子爆弾はほぼ完成している。もうわずか数十秒でこの地に最悪の破壊の渦が巻き起こるだろう。ただギュスカールは防壁の上にいる兵士の一部が自分ではなく空を見上げて慌てふためいたのを見て少し気になっていた。
「一体何があるっていう…ん……だ…あぁぁぁぁぁ!!!馬鹿野郎!!今来るんじゃねぇ!!!」
ギュスカールの頭上、遥か空の上から真紅に燃える流星が降ってくる。しかしそれは本物の星ではない。星の如く燃え盛る人間だ。それはこの世界で最も凶暴で、魔神でさえも手を焼く存在。世界最強の炎の魔法使い、その二つ名は煉獄。全てを焼き尽くす地獄の業火を操る最凶がそこに現れた。
「アハハハハハハハハハ!!楽しそうじゃない。私も混ぜてぇえ!!」
「ふざけんな!毎度毎度来やがって!!これでもくらえ!!!」
ギュスカールはわずかに未完成な原子爆弾に指向性を持たせて上空にいる煉獄へと放つ。まだわずかに未完成といえどもほぼほぼ本来の原子爆弾と同じ、いやそれ以上の破壊力だ。原子爆弾にあふれんばかりの魔力を込めてその威力を数倍にも高めている。
最悪の破壊の渦が煉獄を襲う。破壊の渦は煉獄をまるまる飲み込んだ。数千、数万度を越す超高温だ。しかしギュスカールも放った後で我に帰った。今相手にしようとしているのは煉獄。世界で一番の炎使いだということを。
「なんだおい涼しいなぁ!!火遊びはガキの時に卒業しときな!!!」
「やべ…」
ギュスカールは己の判断を悔やんだ。煉獄には熱に対する完全耐性がある。たかだか原子爆弾の熱量が煉獄に効くわけがない。さらに原子爆弾のせいで視界を自ら遮ってしまった。そのせいで煉獄は一気に距離を縮めてきた。
「ちょっと待て!」
「待つか!死ね老害クソジジィィィ!!!」
ギュスカールの崩壊魔力を煉獄は軽々と超え、そして顔面に強烈な右ストレートを放った。原子爆弾に集中しすぎたせいでギュスカールは回避も防御もできずにもろにくらった。その衝撃はクレーターを生み出し、そして煉獄による火炎で先ほどの原子爆弾を超えるほどの爆炎を生み出した。
その衝撃はあまりにも凄まじかった。ギュスカールの崩弾を軽々と受け止めていた防壁でさえもその表面を溶かした。すでに防壁は触れないほど熱されている。そして防壁のない法国の兵士たちはどうすることもできず、鎧は溶け、肉体は発火し、声も上げられず焼け死んでいった。
突如現れた最悪の炎、煉獄の魔帝。彼女は世界でも憎まれ、そして嫌がられているが、この時だけはセキヤ国の誰もが諸手を挙げて喜んだという。
その後も防壁の向こうからは煉獄の笑い声が3日間響き、そしてようやく飽きたのか4日目の夕方には何処かへ去っていった。ギュスカールもこれには参ったのか煉獄とともに何処かへ消え去ったらしい。そして巻き込まれた法国の兵士たちは骨も残さず燃え尽きていた。