第383話 セキヤ国の死闘2
「総員準備せよ!敵の突撃は間も無くだ!合図があるまで誰も動くなよ!絶対に動くな!!」
「手持ちの武器の確認をしろ。おい、お前!鎧の紐が緩んでいる。ああ、待て動くな。俺がやってやる。良いか、戦闘が始まったらこんなことはできないからちゃんとしろよ。」
防壁の上のあちこちで最終確認をしている。敵は今まさに隊列を組み直して攻撃の準備をしている。いつ襲いかかって来てもおかしくないだろう。ただイシュディーンは敵からの宣戦布告があることも考え防壁の上に目立つように立っている。
「やっこさんどうしますかね。敵の大将は見えますかい?」
「いや…それらしきものは見当たらないな。中隊長クラスはちらほら目についているが…奴らこれといった作戦はないのか?」
「そういうところはもっと後方に隠れているのかもしれませんね。おっと…動き始めた。宣戦布告も無しとは…流儀がなっちゃいねぇ。」
「元々そういう奴らだよ。狙って欲しいターゲットをいくつか挙げておいたからそれを伝えてくれ。」
「へいへい…そろそろ降りなくていいんですかい?」
「この程度の敵で私が即時に重傷を負うことはない。ここはよく見えるから戦況を把握するのには丁度良いんだ。」
「わかりやした。それじゃあ…」
そういうとイシュディーンと会話していた男はスッと消えた。ぱっと見はあまり良い兵には見えなかったのだが、どうやらなかなかの手練れの男のようだ。その後もイシュディーンは押し寄せる敵を城壁の上から眺めている。
敵は一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。ジリジリとにじり寄る敵に緊張感が走る。その緊張感はどんどん高まっていく。そして緊張感が頂点に達したその時、数人の敵兵が声をあげて突撃して来た。
その数人の敵兵につられて他の敵兵も一斉に駆け出す。一斉に駆け寄る敵にこちらの緊張感も高まる。しかしイシュディーンは決して動じなかった。イシュディーンは多くの戦場を駆け抜いた将軍だ。このくらいで動じはしない。
敵の方はどうやら戦場に慣れていないようでこの緊張感に耐えられなかったようだ。遠目から見ても緊張と興奮で周りが見えていないように見える。こういった時は良いこともあるが悪いこともある。良いことはこの緊張感のおかげで死の恐怖を忘れてくれる。悪いことは今まさに彼らのみに降りかかっている。
「ぐあぁ!あ、脚が…わ、罠だ!罠が…や、やめ…」
地面にちょっとした浅い落とし穴とその中に大量の釘を敷き詰め、そこに糞尿を撒き散らしている。実に簡易的な罠だ。しかしこれがなかなかの功績をあげる。
落とし穴にハマったものは脚を怪我してその場で倒れこむ。あとは興奮状態の味方がその上を走り抜けるため仲間によって殺される。さらに死体に脚を取られ転んだものたちが後ろから続く仲間たちに踏まれ蹴られて怪我を負う。
そんな罠が防壁まで何重にも張り巡らされている。この罠だけでもかなりの犠牲者が出たことだろう。そんな罠を抜けたものたちの前には木製の柵が張られている。だがこの程度はほんのわずかな足止めにしかならない。すぐに怪力自慢なものたちが一部の柵を破壊しそこから敵が流れ込んでくる。
「今だ!魔法砲撃隊!集中砲火!」
大量の魔法が雨のように降り注ぐ。簡単な木柵であったが、それでも敵の流れを一部に集中させることはできる。その上ただの木柵であるために敵がそれを利用して身を守ることもできない。敵は城壁に近づくまでかなり難航している。
しかしそれでも徐々に城壁までたどり着くものたちが現れ始めた。すぐに魔法を使って足場を作ろうと考えているのだが敵は何やら動揺している。それもそのはずだ。近づいたことで良くわかったのだ。この防壁の大きさが、その細工が。
幾人かは防壁に手をかけてそのまま登ろうとした。かなりの強硬策だが、魔力を用いれば可能だ。しかし登ろうとしたものたちはすぐに断念した。防壁が斜めになっていたのだ。90度ではなく100度、いや120度くらいこちらにせり出している。
さらに防壁の一部には真下に攻撃できるように穴も開けられている。魔法や矢を打ち出すことのできるギリギリの大きさだ。そこから城壁にたどり着いたものたちはどんどんやられていく。
中には飛行魔法で飛び上がろうとしたものもいた。防壁にかけられている対飛行魔法の防衛魔法は壁にぴったりと寄り添うように飛べば発動しないことが多い。しかし飛び上がったものたちは即座に視界を奪われた。砂が目鼻に入って何も見えなくなったのだ。
これはイシュディーンによる砂魔法だ。イシュディーンはなるべく自身を温存させるために簡単な妨害しかしない。しかし視界を奪われた敵兵はもがいているところを弓矢で狙われなす術なく生き絶えていく。
敵もそれに気がついたのだろう。正攻法で行けば突破することが難しいと。だからこそ魔法の射程範囲内で詠唱を始めた。強力な魔法で防壁の後ろに隠れているものたちを倒すつもりだ。そして詠唱を終えた敵は一斉に魔法を放つ。
一直線に伸びていく魔法は味方を打ち抜くために突き進み、そして防壁のほんの少し手前で魔法は何かに触れ、そのまま跳ね返り敵へと戻っていった。敵も目の前の光景が信じられずただ呆然と突っ立ったまま己の魔法をその身に受けて倒れていった。
「本当に物の見事に跳ね返したな。敵は呆然としているぞ!追い討ちをかけろ!」
何が起きたのか今も理解できずにただ立っているものたちはさらなる魔法を受けて倒れていく。しかしこんな魔法を反射する防壁など聞いたことがない彼らでは仕方ないだろう。
これがかつて100年戦争時代にただの海賊が数万の軍隊を退けたおとぎ話の正体だ。この防壁に使われている石材は簡単に破壊できないほど硬い上に触れた魔力を反射する防壁には最高の素材なのだ。
使い魔たちも加工には難航したが、それでも一度加工してしまえばこれほど頼りになるものはない。この防壁がある限りセキヤ国は難攻不落どころか、絶対に落ちない国となった。その後も敵は絶えず攻めてくるがその日は終ぞ誰一人も防壁の上に上がることもなかった。
敵は意気消沈したままその日は撤退を余儀なくされた。後方へと戻る敵軍。しかしそこには今も戦闘が続く自身らの陣営があった。火の手が上がり見るも無残に蹂躙されていく陣営。急いで戻るがその頃には見るも無残な陣営しか残っていなかった。
「ここからでも煙が見えるな。どうやらうまくいったらしい。」
『ベータ628・報告します。敵陣営の壊滅を確認。その後一度引いて補給線を断つってさ。あっけなく終わりそうだね。』
「そうか。マクベス王に感謝の言葉を伝えてくれ。おかげで簡単に終わりそうだって。」
『ベータ628・感謝の言葉はいらないよ。我らが兄弟を助けるのは当然。それに法国には恨みがあるからこんなことならいつだってやってやるって。救援が必要ならいつでも言ってとも言っていたよ。』
「背後に控えてくれているだけで十分だと伝えてくれ。しかし… 法国の兵も哀れなものだ。命令とはいえこんな敵陣のど真ん中に飛び込んでくるとは。」