第376話 ゆっくりと動く戦い
法国と英雄の国の戦いが始まってから10日余りが経過した。法国と英雄の国の戦いは電光石火のごとく素早く決着がつくかと思われたが、意外とゆっくりとした長期戦を見越したような動き方だ。しかしこの10日間は実に恐ろしい期間であった。
法国による被害は甚大で現時点で法国側と英雄の国、諸王国群を合わせて3万人の死者が出た。さらに法国による洗脳を受けたもの達の数も数万単位でいると言われている。今後も死者数は急増するだろう。
法国の動きがゆっくりなのはこの洗脳の影響でもある。すでに不可解な日食による洗脳効果は神魔のフェイによって日食そのものを消し去られたため、日食による新たな洗脳被害はおきない。その代わり別の方法を用いて洗脳を行なっているようだ。
元々火の国で洗脳の方法は確立しているため、無理難題というわけではない。ただその洗脳方法は時間とコストがかかるため、素早く行うことができない。だから法国との戦いが長期戦になっている。しかし長期戦になればなるほど法国の洗脳は進み、より多くの兵を手に入れることができるだろう。
つまり英雄の国側は短期決戦に持ち込みたい。しかし法国が英雄の国の領地に直接攻め込んできたため、各地に散らばった法国の兵士から先に掃討しなくてはならない。さらに洗脳や戦闘におる各属国の復興も重要だ。ある程度立て直さなければ、次に法国が攻め込んだ時に落とされる。
英雄の国側もこの長期戦はありがたいように思えるが、実態は現状を立て直すだけだ。法国は長期戦で戦力が増強できる。この違いは実に大きい。長期戦になればなるほどどんどん英雄の国は不利になる。
そして現状で最も不安なのは使い魔達が避難民を連れて逃げ込んだ国である。今も続々と避難民が押し寄せてくるがその数は膨大だ。10万近い数が逃げ込んできている。そしてそのほぼ全ては一般市民。戦えるような兵士はいない。
国民の十数万に対して兵士の数は3000ほどしかいない。元々内乱で減ってしまったので戦力を増強している暇がなかったのだ。そして現在避難民の中から急造で兵士を育てている。避難民に呼びかけて兵士として立候補したのは5000人ほどだ。
しかし元々法国との戦闘から逃げてきたようなもの達なので兵士としての質は悪い。使い魔達が報酬金を支払うということで集めたので兵士としての志も低い。正直今いる兵士たちの補助くらいにしかならないだろう。
『ベータ83・いやぁ…これはきついね。防衛で精一杯どころか防衛できるかどうかも怪しい……』
『黒之佰弍拾・特に不気味なのが法国が攻め落とした国から出てこないところね。今も淡々と洗脳作業しているんだろうね。予想では半月後には再び大進軍が始まると思うよ。この国放っておいてそのまま英雄の国に向かってくれないかなぁ…』
『紅之伍拾・無理でしょ。兵士は1万にも満たないのに攻め落とせば10万以上の戦力が手に入るんだから。洗脳しても使い物にならない子供や老人なんかもきっとなんかの魔法の触媒にされるんだろうなぁ…』
使い魔達は頭を悩ませながら作戦会議を行っているが、戦力がないので作戦も何も考えられない。地形も調べて何か良い方法がないか考えたがそれも特にない。この国は山の谷間を利用しているので敵が進軍するのは一方向に限定できるが、この戦力差でそれが何か意味をなすとは思えない。
そんな使い魔達が頭を悩ませている頃、似たような不安がセキヤ国でも起きていた。法国はこの火の国でも暴れまわっているようであったが、使い魔達もその実態はつかめていなかった。しかし間違いなく法国は今も洗脳しながら暴れまわっている。
セキヤ国はすでに火の国側に対する巨大城壁が完成している。兵士たちの訓練も見事に行われている。武力面では劣っているようなことはないだろう。さらに使い魔達は多額の金貨を使用して兵器も大量に導入している。
守りに関しては完璧だ。しかしどこか不安が拭えない。セキヤ国の騎士団もそれを感じ取っているようでいつにも増して訓練の時間が増えている。騎士団団長のヘルディアスもいつもより厳しく鍛えている。それを見たイシュディーンはヘルディアスを食事に誘った。
「少し落ち着けヘルディアス。君の焦りはそのまま騎士団に影響を与える。」
「すいません…ですが……嫌な予感がしてしょうがないんです。気味の悪さが拭えなくて…他にも多くの者達が同じように感じているはずです。」
「わかっている。私もそれは感じている。しかしそれでも表に出してはいけない。我々はこの国を護る騎士だ。騎士が不安に陥っていては護るべき国民も同じように不安に陥る。」
「そうですね…すいません。わかってるはずだったんですけど…いえ、わかりました。明日は訓練を半日にして少し休暇を取ります。」
「それが良い。皆の慰労は大切だ。それに…戦いが始まるのはもうしばらく後だ。」
ヘルディアスはイシュディーンにそう言われてようやく落ち着いてきたのか徐々に酒を飲むペースも上がり、最後にはベロンベロンに酔っ払った状態で帰宅した。そんなイシュディーンであるが、実はヘルディアス以上に気味の悪さを感じており、落ち着きがなかった。
「法国と英雄の国の戦い…間違いなく龍の国も絡むと思っていた。しかしなぜこんなにもおとなしい?あまりにも不気味だ。しかしその影響で他の魔神達が英雄の国に味方することができないというのも事実。それを見越しての行動か、はたまた何か裏で動いているのか…」
イシュディーンはこのところ嫌な想像ばかりしてしまっている。しかしそんなイシュディーンだからこそ最悪の事態も想定して準備を進められている。そんな中、ようやくこの男は調子を取り戻した。
『ポチ・大丈夫?いい子いい子してあげようか?』
「う、うるせぇ!本当に気持ち悪かったんだぞ!なんかものすごくぐにゃぐにゃって感じがしたんだぞ!」
『社畜・そうであるなぁ…怖かったんであるなぁ…』
『ポチ・ほ〜ら、いい子いい子。』
「やめ…やめろぉ!これ以上俺をいじるな!それよりも現状を教えろ!ほら!仕事仕事。」
『ポチ・はいはい。英雄の国と法国の大きな衝突はないよ。小さな衝突はあるけど。今は互いに準備期間ってところかな。現状で一番被害が大きいのは諸王国群。火の国も酷そうだけど実態は把握できない。大きな衝突が起こるのは1週間から2週間後かな。』
巨大のヨトゥンヘイム85階層。そこでようやく本調子を取り戻してきたミチナガは現状の把握に努め、自身がどう動くのが最適なのかを探っている。ナイトは定期的に狩りに行っているので今はいない。次にナイトが戻ってきた時がミチナガがここから出る時だ。
「それでもって避難民連れ込んで逃げたのがこの国で…他にも逃げている避難民がまだいるわけか。」
『ポチ・法国は各地で暴れているからね。この国に逃げようにも遠かったり、道中の道が法国によって封鎖されていたりで…とりあえず沿岸部に逃げてやり過ごしている感じ。じきにこっちの方にも来ると思うなぁ…』
「どうせその対処もできているんだろ。まあ俺にやれることとしたら…このあたりだろうなぁ。」
ミチナガは立ち上がり背伸びする。そこへナイトもやってきた。これでようやくミチナガがこのダンジョンからおさらばする時がやってきた。荷物を仕舞い、使い魔達を肩や頭の上に乗せ準備完了だ。
「よっしゃ!それじゃあ行こうか。ミチナガ商会出発!地上まではよろしくねナイト。」
「ああ。任せておけ。」