第375話 各国の戦い
「ついに始まったか…本国一点集中かと思ったが、我が国にも手を出してくるとはな。洗脳された者達による内部の攻撃、そして法国兵士による外部からの攻撃。だが我が国は洗脳対策は万全だ。そしていつ戦いが起きても平気なように準備は怠っていない!!」
法国の魔の手はブラント国にも迫っていた。しかしブラント国はカイによる洗脳被害が起きてからというもの世界でもっとも洗脳対策を取ってきた国だ。英雄の国の属国の中で法国による洗脳被害が唯一ゼロ。さらに攻め込もうと動いてきた法国の兵士を先制攻撃で撃退している。
あまりにも素早い判断だ。だが恐ろしいのはこれからだ。法国はブラント国の周辺国に力を注ぎ始めた。隣国は成長するブラント国に負けていられないと色々と無茶をしていた。それが国の防衛力を弱め、今回付け入る隙を与えてしまった。
隣国は今やギリギリの状態だ。法国兵士によっていつ落とされてもおかしくないだろう。だがそれをブラント国王が許すはずがない。隣国が落ちれば隣国の国民が洗脳されてこの国に襲いかかる。だからこそ隣国と協力して法国兵士と戦う必要がある。
ブラント国は国の発展をミチナガ商会に任せていた。その代わりにミチナガ商会に何かあった時のためにと騎士団をいくつも新設していた。さらに一般兵にも力を入れており、実はブラント国は英雄の国の中でも上位に食い込む武装国家へと変わっていた。
そんなブラント国では幾人もの魔王クラスを雇い入れることに成功している。ブラント国の発展は世界有数だ。そんな発展国で暮らせるのならばいくらでも仕官すると優秀な人材が集まったのだ。そんなブラント国と転移してきた法国兵士の力は拮抗するどころかブラント国の方が上だ。
ブラント国の騎士団はすぐに周囲の法国兵士を討伐して行く。その勢いたるは凄まじい。味方だと理解している隣国も恐れをなすほどだ。そしてブラント国によって隣国の戦闘は終わった。しかしこのあたりに来ていたのはあくまで法国の別働隊の一部だ。法国の大部隊と戦闘になればブラント国とて危うい。
すぐにブラント国は隣国の王達と会談を行い、臨時の合同軍を結成することを決めた。あまりにも即決な理由は隣国がこの勢いのあるブラント国に意見することができず、言われるがままに決定を下したからだ。そのため内心では反対するものが多い。しかしここで功績をあげれば上の地位を目指せるという思いもある。
「それで…攻める当てはあるのかブラント国王。」
「敵は法国と英雄の国を転移魔法で繋いでいる。それがある限りいくらでも兵士を送りこめるし、物資も送りこめる。だからその転移魔法で生み出した転移ゲートを破壊する。この転移ゲートは胸糞悪いことに人間の命を使って生み出したものだ。一度破壊すれば同じものは生み出せない。故に我々がこの戦争に勝つ方法は転移ゲートを破壊することのみだ。」
ブラント国王は使い魔達から聞いた情報をそのまま伝える。使い魔達は事前にほとんどの転移魔法のゲートの位置を掴んでいる。だから使い魔達に誘導されるがままにゲートを破壊すればこの戦争は勝ったも同然だ。
しかし逆に言えばゲートを破壊できるまでこの戦争は終わらない。さらに法神が出て来た以上アレクリアルが動くことはできない。各国がそれぞれの転移ゲートを破壊することが重要だ。そのことは各国でも理解できた。
だから法国兵士を退けられた国から部隊を編成し転移ゲートを破壊するために行動を開始している。ただ部隊を派遣すれば自身の国の防備が薄くなる。派遣できる兵士の数は少ない。それでもいくつもの国々が兵を出せばそれなりの数にはなるはずだ。
「我が国の近くにあるゲートは2つ、こことここだ。どちらもなかなかの距離が離れている。ただこちらは精霊の森を挟んだ位置にある。故に危険度は低い。我らが対処するのはこの転移ゲートだ。すでにミチナガ商会を通じてその転移ゲートの周辺国には声をかけてあるが、どこも防衛で手一杯らしい。我らがやるしかないぞ。」
ブラント国王は息巻いている。隣国の王達は不安げな表情だが、ブラント国王の説明を聞いて行くうちに徐々にやる気が出始めている。戦争には兵士たちの士気が重要だ。そしてその士気を上げるためには上に立つもの達のやる気が必要だ。ブラント国王の他の王達への演説はそれを上げるのには十分であった。
数時間に及ぶ会談は実に有意義なものとなった。隣国の王達は国に帰るとすぐに部隊を編成し始めた。そして翌日にはブラント国を筆頭とした合同軍が完成した。合同軍は転移ゲートを破壊するために動き出す。
その頃、ユグドラシル国でも法国兵士による攻撃が始まっていた。しかもこちらはブラント国とは違い法国の大部隊が攻め込んで来ている。転移ゲートが近くにあることも災いしているのだろう。今も戦っているが、防衛で手一杯の様子だ。
しかもユグドラシル国にはユグドラシル魔法学園都市がある。ここに法国兵士が侵入すれば数多くの子供達が悲惨な目にあう。故に防衛のための兵士を分散させなければならないのだ。そのため数多くの兵士がいるユグドラシル国でも兵士不足が起きている。
すでにこの事実は使い魔を通して周辺国、ひいては英雄の国本国へも伝わっている。救援のための部隊がいくつか向かって来てくれている。とにかくそこまで守り続ける他ない。だが法国はそれを許さない。新たに転移ゲートから現れた法国兵士の部隊が増援としてやって来たのだ。
これで明らかに兵力は相手側が上。しかもちらほらと魔王クラス以上の実力者が見られる。正直増援が来るまで耐えられるか、また増援がきたところで意味があるのか不安になる状態である。しかしそれでも士気を落とさずに戦い続けている。
そんな前線で戦う兵士たちとは別に後方でもリカルド達が必死に現在の防衛状況を把握しながら部隊を動かしている。リカルド達が一つでも間違えれば大きな損壊が起きるだろう。全員緊張感で張り詰めているため怒号が飛び交っている。
「第3、第4部隊を15番へ動かせ!!それから第6支援部隊は10番の物資補充!グスタフ!物資の準備はできているか!」
「急ピッチで作らせてはいる。だがこのペースで損耗して行くとあっという間に尽きるぞ。」
「とにかく鏃だけは切らさないでくれ。それから盾もな。どちらかが尽きたら防衛が瓦解する。ゴウ氏族!獣人部隊はどうなっている!」
「調子はいいぞ。だがほとんどの奴らが魔法学園に行ったから自由に動かせる数は少ない。一度休息をとらせないとミスが起こる。」
「もう少し耐えてくれ。この状況では休息をとらせることはできない。魔法学園の方はどんな調子だ?」
『ウィル#3・ウィルシ侯爵が知り合いに声かけてくれたから戦力的には申し分なさそう。法国も気づいてはいるんだろうけど、子供を人質に取れたら強みになるからね。攻撃の手を一切緩めないよ。むしろ増しているくらい。』
ユグドラシル魔法学園都市は各国から生徒を募集した。故にこのユグドラシル魔法学園都市を落とせばいくつかの国や貴族達と人質外交ができるだろう。攻め落とすことに重大な価値がある。だからこそ法国はユグドラシル本国よりも攻撃に力を入れている。
だがウィルシ侯爵がそれを許さない。ウィルシ侯爵の伝手を使って大勢の猛者達を招集した。貴族の私兵に名の知られた冒険者、傭兵とかなりの戦力が投入されている。しかも今後もウィルシ侯爵の呼びかけによって戦力が増えそうだ。
もちろんリカルドもユグドラシル魔法学園都市に戦力を集中させた。戦闘民族として名高いゴウ氏族とそれに連なるもの達を惜しげも無く派兵したのだ。おかげで本国の防衛力が落ちている。しかしリカルドにとってもユグドラシル魔法学園都市は愛娘のリリーが通う学校だ。
今もリリーはユグドラシル魔法学園都市の寮にいる。リカルドも心配で心配で仕方ないのだ。おそらくユグドラシル魔法学園都市が落ちた時点でリカルドは降伏するだろう。たとえ国が滅びようと愛娘のリリーには変えられない。
勢いのあるブラント国のような国もあれば、守るために必死なユグドラシル国のような国もある。この戦争の状況を俯瞰して見ると全体的な評価で言えば戦力は拮抗しているだろう。だが、法国がこれで終わりとは思えない。
次回お休みします。次は30日更新です。