第370話 悲劇は起こる
「うわぁ…日食だ。皆既日食?」
『ポチ・太陽の方が若干大きいから金環日食だね。すごーい。』
ミチナガは突如起きた金環日食を巨大のヨトゥンヘイムの地上から眺めていた。ちょうど休息の時間と相まって星の神秘というものを感慨深く眺めていた。しかしそんなミチナガの元へ大急ぎでアレクリアルがやってきた。
「ミチナガ!ここに居たんだな。」
「ああ、アレクリアル様。綺麗ですね、この金環日食。」
「そんな悠長なことを言っている暇はない!使い魔たちと連絡を取り、我が国の様子を知らせてくれ。」
焦るアレクリアルの焦りがミチナガにも移ったのか、慌ててスマホを取り出そうとするが取り出すのに時間がかかる。そしてようやくスマホを確認した時、幾人もの使い魔から緊急の連絡が入ってきた。
「た、大変です!突然鐘の音が鳴り響いて人々が洗脳されたように暴れ出したって…」
「くそっ!やはりか!!日食が起こるのは三ヶ月後のはずだった。奴ら天体軌道を操作したな…」
「て、天体軌道って……そんな無茶苦茶な…」
「法国は星術に長けているからな。だが…それでも天体を動かすなど特級の禁止魔法だ。数年間は天変地異が続くぞ。」
星の動きに干渉すればそれだけ世界に影響を与える。下手をすれば星ごと滅ぶ可能性だってある。世界を終わらせてしまうような禁術を使用してくるということは法国も本気だ。今回の戦争に全てをかけていると言っても過言ではない。
「ここの半数以上の兵を帰還させる。私も戻る。奴らを迎え討たねばならない。」
「それなら俺も!」
「ダメだミチナガ。お前はここに残れ。今や王都は戦火に見舞われている。お前には後方で使い魔を用いて情報のやり取りをしてほしい。それに…一番安全なのはここだ。王都でお前を守る暇はない。」
ミチナガはアレクリアルの表情から本気度を察してすぐに頷いた。そしてミチナガの返事を聞くとアレクリアルはすぐに部隊を編成して移動し出した。事態は一刻を争う。ただいざという時のために王都では部隊を編成して居たはずだ。被害は最小限にできるだろう。
「…ってこれがアレクリアル様が法国が攻めてくるって言っていた理由か。日食を用いた魔法か。なんというか…凄まじいな。」
『ポチ・火の国でもこの日食の影響で被害が起きているらしいよ。日食と鐘の音が洗脳のトリガーになっているみたいだね。』
「ふ〜ん……ん?火の国でも?今火の国も日食が起きているのか?」
『ポチ・うん。おかしいよね。今世界中で金環日食が起きている。あの日食…ただの日食じゃないよ。』
日食というのは月と太陽が重なることで起こる現象だ。つまり国や場所が違えば部分日食や日食にならないことがある。だからこの世界中で起きているという日食はあまりにもおかしい。太陽を月ではなく何かが覆っているのだ。
ミチナガは太陽を見る。わずかに漏れる太陽の光が目を眩ませる。太陽の明るさは目にキツイがその程度はどうでも良い。太陽に重なっている黒い存在。ずっと見ているとミチナガにはそれがまるで暗き深淵に思えた。そしてその深淵の奥深くからこちらを何かが覗いているような、不気味な気分を感じた。そして突然、全身に強烈な不気味な不快感を覚えた。
「…急いでダンジョンに潜ろう。なんか嫌だ。何かに見つかりそうで…気持ちが悪い。86階層のセーフルームに行こう。あそこなら見られないと思う。」
急に何を言い出すのかとポチは思った。しかし青白い表情で体を震わせているミチナガを見たポチはすぐにダンジョンへと移動する。すぐにナイトに緊急事態だと声をかけて、無理やり現在の戦闘を切り上げさせてミチナガの護衛に当たらせた。
ナイトはあまりにも無理やり戦闘を切り上げさせられた不満を表情に出したが、ミチナガの様子を見て、すぐに不満を打ち消してミチナガの護衛に当たった。すでに他の魔帝クラスはアレクリアルとともに王都へ向かった。今ここの最高戦力はナイトだ。
この緊急事態の状況下ではダンジョン攻略も一時休止だ。ナイトにはダンジョンの沈静化をしてもらう必要がある。ミチナガの件がなくてもナイトは呼び戻すつもりであったのでちょうどよかった。
ダンジョンのモンスターが発生しない安全地帯に移動したミチナガはまだ身体の震えが止まらないが、それでも少し落ち着きを見せた。ポチは簡単な軽食を用意してミチナガのリラックスを促す。
ナイトにはその間周囲のモンスターの殲滅をしてもらう。セーフルームとは言ってもモンスターが発生しないだけで、モンスターが迷い込んでくることは普通にある。だからモンスター数を減らして安全を確保するのが一番だ。
『ポチ・大丈夫?だけどなんで急に…』
「よくわからない…わからないけど……何かに見られた気がしたんだ。いや、正確には見られてはないと思う。何かが遮ってくれた。だけどあのままじゃ見つかるのも時間の問題だ。あれは何かを探している。俺じゃない他の何かを……」
混乱しているミチナガの言ってることはポチにもよくわからない。さっきまで金環日食がすごいだのなんだの言っていたのに、急に何かに見られそうになったと言って恐怖に怯えている。ただ一つだけ言えるのはミチナガはしばらく使い物にならないだろう。恐怖に怯え、日食が起きている間は地上に出ることはできない。
ポチは独断で他の使い魔達を動かし、現在の情報収集を行わせた。そしてわかったことは現在英雄の国とその属国、そしてアンドリューがまとめ上げた諸王国群、さらに火の国で一部の人々の洗脳が起きている。そして洗脳が起きている場所では全て鐘の音がなっているとのことだ。
『ポチ・日食と鐘の音…この二つが洗脳のトリガーになっているのは間違いない。だけどそれなら洗脳されていない人はなぜ洗脳されないんだ?もう一つ何か要因があるはず…』
現在スマホの中ではミニマムが事前に撮影しておいた鐘の映像からどんな魔法陣が組み込まれているのか解析している。ただ結果が出るのはもうしばらくかかるだろう。それから現在起きている日食についても分析中だ。
もう日食が起きてから数分は経過しているのに太陽を覆っている何かは動きそうにない。こちらから何か手を打たないと日食が終わらない可能性がある。そんな中、ミニマムから緊急通信が入った。それは現在ラルドの屋敷に侵入しているブランターノ公爵についてだった。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
日食が始まり、鐘の音が鳴り響いている頃。ブランターノ公爵の目の前にいるラルドは突如苦しみ出していた。ラルドにも洗脳が始まろうとしているのだろう。しかし他の洗脳された者達と比べて明らかに苦しみ方が異常だ。
「ラルド!どうしたラルド!しっかりしろ!お前ら…ラルドに何をした!!」
「うるさいですねこいつ。殺しちゃダメなんですか?」
「まあお待ちください。……面白いものが見られますから。」
ヨダレを撒き散らしながら人目もはばからずもがき苦しむラルド。体をかきむしっているのか血も滲んでいる。そして突如糸の切れた人形のごとくパタリと動きを止めた。静寂がやってきた。誰も言葉を発しない。そしてその静寂はむくりと起き上がったラルドによって終わりを告げた。
「ラルド…おい…大丈夫か……」
「準備はできたようですね。ではラルド様。そこの男を殺しなさい。」
「…はい。わかりました。」
ラルドは懐から短剣を取り出した。そんなラルドは一歩、また一歩とブランターノ公爵に近づく。ブランターノ公爵はラルドの異常な表情と態度から身の危険を感じ取り後ずさる。
「それ以上下がってはダメですよ。これは面白くなってきた。」
背後の影法師と名乗っていた男がそう言うと急にブランターノ公爵の足が動かなくなった。一歩も動けないブランターノ公爵。そこへラルドはゆっくりと近づく。そしてラルドは短剣を両手でしっかりと握り、自らの胸の前に構えるとそのまま真っ直ぐにブランターノ公爵へとぶつかった。
「そんな……ラルド………どうして……」
「ブ……ノ…しゃ…く……」
ラルドとブランターノ公爵はそのまま倒れた。倒れた衝撃で短剣はブランターノ公爵の胸へとさらに深々と突き刺さった。周囲からは笑いが起こる。この惨劇を前に面白いと笑っているのだ。あまりに狂気じみている。
「おめでとうラルド。これで君はこの国の敵になった。我らの仲間になったのだ。英雄になるなどと言うおめでたい夢は永遠に叶えられなくなった。だが安心しなさい。君は我が国の歴史に名を残すだろう。英雄の国という異教徒を滅ぼした際の尖兵として。良かったじゃないか。」
「殺さなくて良かった良かった。これだけ面白いものが見られるのなら我慢した甲斐がありました。さて…そろそろ他の仕事にも取り掛からないといけませんね。」
ハロルドと影法師、それに他の者達からラルドへ称賛の拍手が送られる。そんな中ラルドは目の前で今まさに息を引き取ろうとしているブランターノ公爵を見てわずかに自我が戻った。
「あ…あぁ……そんな……」
「ラル…ド……私は…君を………」
ブランターノ公爵は息を引き取った。深々の突き刺さった短剣はブランターノ公爵の心臓を切り裂いていた。魔力の多い者ならもしかしたら助かる術はあったかもしれない。だがブランターノ公爵はそうではなかった。心臓を突き刺されてわずかに言葉を発せただけでも奇跡だ。
そしてわずかに自我が戻ったことがかえってラルドを狂わせた。自らの目の前で、自らの手で恩人を殺した。ブランターノ公爵はラルドが英雄になることを信じていた。しかしもうその夢は叶えられることはない。
すると突如爆発音が聞こえ、鐘の音が止んだ。ミニマム達がこのタイミングで鐘を破壊したのだ。ハロルド達はすぐに侵入者がいると動いた。ラルドも他の使用人によって連れ出された。部屋には5つの死体だけが残った。
すると部屋のどこからかミニマムがやってきた。この惨劇を誰にも見つかることなく、そして止めるすべもなく見ていた。ミニマムはブランターノ公爵に近づき脈を取る。しかしどんなに調べても脈は動いていない。
『ミニマム・あと少し…少しでも心臓から逸れた場所に刺さっていたら助けることもできたかもしれないのに……ごめんなさい。僕には止めるすべがなかった。本当にごめんなさい……』
ミニマムはその場から去った。もう死んでしまった5つの骸を前にできることはない。あるとすればここに敵がいると多くの者達に知らせることくらいだ。