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第369話 そして全てが始まる

「ですから旦那様は現在体調が優れず…」


「だからその見舞いに来たと言っている。お前私が誰かわかっていないようだな。とっととそこを通せ。」


 ブランターノ公爵は静止する兵士を押しのけて屋敷に押し入る。かなり横柄で無理やりだが、今はそれが重要だ。ここで諦めたらラルドにはもう会えないかもしれない。ブランターノ公爵はずかずかと屋敷の中に入り歩き回る。


 さすがにこれには頭にきたのか数名のラルドの兵士たちが武器に手をかけようとするが、それをブランターノ公爵の護衛兵が睨みつける。睨みつけられた兵士たちはすぐに両手を上げて戦闘の意思がないことを示す。


 ブランターノ公爵の護衛は魔王クラスが4人だ。しかもそのうちの一人は準魔帝クラス。何か問題が起きても解決することが可能だろう。そしてブランターノ公爵が歩き回ってくれれば使い魔のミニマムも実に動きやすい。


 ミニマムは定期的にブランターノ公爵から離れて屋敷の中へ散って行く。これで当初の目的であるこの屋敷の調査は問題なく遂行できそうだ。そしてブランターノ公爵がしばらくあちこちを歩いたのちにラルドの執事であるハロルドが現れた。


「ブランターノ公爵様、今旦那様をお呼びしました。こちらでお待ちいただけますか?」


「ふん!最初からそうすれば良いのだ!」


 ブランターノ公爵はハロルドについて行く。そして広間に案内されると椅子に腰掛けて待たされる。ブランターノ公爵は椅子に腰掛けた状態で何か不穏な気配を感じ取った。それは背後に控える護衛達も同じようで今までよりも警戒心を強める。


 一方その頃屋敷に散らばったミニマム達は何かないかと駆け回る。ただ極小化したミニマム達の移動速度はあまりにも遅い。まあこれから丸一日かけて調査するつもりではあるので、急ぐことなどはとくに気にしていない。


 そんなミニマム達は調べども調べどもなにも怪しいところが出てこないこの屋敷に異様なものを感じていた。これだけ警備が厳しいのにこれといったお宝もない、やましいところもない。それが返って怪しさを増させた。


 そんな中、一目散に上へと登っていったミニマムがいる。その目的はローラー作戦の効率化のためだ。下と上からの両方で攻めた方がくまなく探す場合は早く終わる。そう考えとにかく上を目指したのだ。


 そんなミニマムがたどり着いたのは鐘楼の部屋だ。なかなかの大きさの鐘が吊るされている。貴族の屋敷にこんなものがあるのは実に珍しい。わざわざ自分で鐘を鳴らす貴族など、一部の警備を任されている騎士上がりの貴族くらいだ。そんな貴族でもここまでの大きさを持った鐘を持っているものはいないだろう。


『ミニマム・なんか見た目的に…教会の鐘?』


『ミニマム・あ、そんな感じするね。ただこれが法国とつながる証拠にはならないでしょ。』


『ミニマム・けど綺麗な装飾されているね。記録だけしとこうか。こういう鐘ってセキヤ国とかでも使えるでしょ。ここで少し数増やしておこうか。』


 ミニマムは自身の能力でさらに自身を分裂させる。さらに小さいミニマムがあちこちに散らばる。機動力は落ちるがその分を数でカバーする。鐘の記録に数人残して他のミニマムたちはその場を移動した。


 上下からのローラー作戦が結果を出すのにはまだ時間がかかるだろう。そんなローラー作戦が結果を出す前にブランターノ公爵は苛立ちを見せていた。屋敷についてから1時間は経つというのに一向にラルドが姿を現さないのだ。


 何度か急かしても準備をしているからの一点張り。そしていよいよブランターノ公爵の怒りが頂点に達しようというとき、扉は開かれた。


「長らくお待たせして申し訳ありません。旦那様をお連れしました。」


「遅い!ラルドは来たんだ…な……」


 ブランターノ公爵は扉からゆっくりとやってくるものの存在を見た。ブランターノ公爵はその姿に見覚えがない。いや、所々に見覚えがあるようだ。小さいパーツだけを見ていけばそれが誰なのかわかる気がした。


 そこにいるのはラルドであった。杖をつき、頰は痩せこけ、表情には疲労が見られる。髪はストレスの影響なのか真っ白に変わってしまった。ブランターノ公爵はラルドだと気がついたが目の前のことが信じられない。


「ラルド…本当にラルドなのか……一体…一体何があった。」


「ですから申した通り旦那様は体調が優れず…」


「これがただ体調が悪いだけがあるかぁ!!貴様は黙っておれ!!!」


 ブランターノ公爵の一喝はハロルドを黙らせた。怒りと嘆きの両方を併せ持つ表情を取るブランターノ公爵はすぐにラルドに駆け寄りひしと抱きしめた。そんなブランターノ公爵に対してラルドは弱々しく反応を示した。


「ああ……ブラン…ターノ…様……今日は…どうされ…ました…か…」


「お前がどうした!こんなに…こんなになってしまって……なぜすぐに私に相談しなかった。」


 朦朧とするラルドは目の前にいるブランターノ公爵の存在もあまりよくわからないようであった。明らかにラルドはおかしい。この状況から察するにここの使用人達が怪しい。だからブランターノ公爵はラルドをここから連れ出そうと考える。


 ただその前にこの状態のラルドをどうにかしようと懐から薬瓶を取り出した。それは使い魔達がいざという時のために少量渡しておいた世界樹特製の解毒治療薬である。この世界樹の薬ならば毒も怪我も療すことができる。


 ブランターノ公爵はその薬を全てラルドに飲ませた。薬を飲んだラルドはすぐに顔色も戻り、多少元気が出たように見える。薬を飲ませただけであれだけ酷い状態であったラルドが良くなったことに驚くブランターノ公爵だが、すぐにラルドを抱きしめ良くなったことを喜んだ。


「もう大丈夫だラルド。もう大丈夫だ。私と一緒に来い。君はここにいたらダメだ。」


「ぶ、ブランターノ様……ですが…私は……」


「ブランターノ公爵。あまり勝手なことを決められては困りますなぁ。」


 ハロルドは少し離れた位置からブランターノ公爵へと声をかけた。その表情は先ほどまでとはまるで違う。明らかに強者の余裕を見せている。それと同時にブランターノ公爵はラルドがこうなった理由はハロルドにあることを確信した。


 すぐに背後の護衛達に武器を抜かせる。ブランターノ公爵はここでハロルドを殺るつもりだ。殺気立つブランターノ公爵にハロルドは未だ余裕を見せている。


「死ぬ前に聞いてやろう。なぜこんなことをした。」


「ハハハハ、駒を育てるためですよ。これから始まる我々の物語に欠かせない駒を育てるための。」


 ハロルドは作り笑いをしながらそう言い切った。明らかな自白。ブランターノ公爵ももう自分を抑える必要がないと知ると護衛達にハロルドを取り押さえるように命じる。ハロルドは恐らく、いや間違いなく法国と繋がっている。ここでハロルドを捕らえて情報を吐かせれば有益な情報を得られるだろう。


 動き出すハロルドの4人の護衛達。ハロルドは未だ余裕を見せている。その表情に苛立ちを募らせるブランターノ公爵の目の前を3人の護衛達が通り過ぎる。どうやらもう1人の準魔帝クラスの護衛はブランターノ公爵の背後に控えているようだ。だがブランターノ公爵はそのもう1人にも指示を出す。


「ケアルド、お前も行くのだ。奴を絶対に逃さぬためにもな。」


「おや、この男はそういう名前でしたか。」


 聞き覚えのない声。すぐに背後に振り返るとそこには変わり果てたブランターノ公爵が保有する最高戦力、ケアルドの姿があった。心臓を一突きされ、駄目押しに首の骨もへし折られている。そんなケアルドの背後には1人の男の姿があった。


「貴様…いつの間に……何者だ。」


「…影法師。」


「何…だと……法国の闇の聖人か…そんな奴が…」


 英雄の国に12英雄がいるように法国には聖人と呼ばれる最高戦力がいる。以前シェイクス国の戦争の際に攻め込んできた聖拳イシュダル、聖槍ギルディアンもその一人だ。聖人と呼ばれるもの達はそれぞれ聖装と呼ばれる聖なる武具を身につけている。


 そして限りある聖装を身に付けることができなかった者達の中で強者だけを集めたのが闇の聖人と呼ばれる。彼らは聖装を身につけられない分、危険な任務に駆り出されることが多い。使い捨ての駒のように扱われる彼らだが、その分戦闘経験が豊富で聖人よりも強いのではないかとされる。


 そんな者にかかれば準魔帝クラスのケアルドの隙をついて暗殺することも可能だ。ましてや相手は影法師と呼ばれ、闇の聖人として長きに渡り生き続けてきたプロの殺し屋だ。


「おやおや、私の名を知ってくれているとは嬉しい限り。どうしましょうか、殺さずに捕らえましょうか。」


「少々お待ちください。彼を役立てるためにもしばらくこのままで。」


「そうですか…それは残念。他の者は彼らに取られてしまいましたから。」


 ブランターノ公爵は再び振り向く。するとそこにはハロルドの方へ向かっていた自身の護衛達の亡骸があった。そしてそこには3人の敵がいる。彼らもまた闇の聖人と呼ばれる法国の最高戦力たちだ。


 魔王クラスの護衛たちがこうもあっさり片付けられるとは思いもしなかったブランターノ公爵。まさか相手が暗殺に特化した魔帝クラス上位だとは夢にも思わない。今のブランターノ公爵はあまりにも無防備だ。いつ殺されてもおかしくない。


 すると突然外が暗くなり始めた。何事かと窓の外に目を向けるとそこでは日食が始まろうとしていた。あまりにも唐突な日食。そしてその光景をブランターノ公爵以外の者たちは喜んだ。


「素晴らしい。ああ、神よ。今なのですね。今こそ我々が…世界を手中に収める時。」


 日食はどんどん進む。あまりにも早く、そしてあまりにも唐突に始まった日食は太陽と月が綺麗に重なり合わさり、綺麗な光の円を作り出した。そしてそれと同時に屋敷の最上階に飾られていた鐘が鳴らされた。


 高く響き、それでいてどこまでも届くようなこの音はいくつかの国でも同じように鳴らされた。その音はあまりにも美しく、それでいてあまりにもおぞましかった。


 その音が鳴り響いた瞬間からその日も同じように礼拝堂で祈りを捧げていた者たちに異常が出始めた。まるで意識を失ったかのようにフラフラと動き出したのだ。その目、その表情、その雰囲気に既視感を覚えた使い魔たちは即座に行動に移した。


『ミニマム・洗脳だ!すぐにその鐘を破壊するんだ!!』


 使い魔たちの情報網で全ての状況を知ったミニマムは即座に鐘を破壊するために動き出す。しかし小さく分裂したミニマムでは破壊するための方法がない。そのためすぐにワープに依頼してミニマムの分裂体の側に使い魔を瞬間移動させた。


 その使い魔はすぐに鐘に強力な腐食液をかける。ただいくら強力といえどもすぐに溶けるわけではない。だから腐食液をかけた後に爆炎結晶を大量に仕掛ける。そして準備ができたところで逃げる時間もなく爆破させた。


 これにより鐘の音は止んだ。しかしもう時すでに遅し。鐘が破壊されても人々の洗脳は解かれない。洗脳された人々はゆっくりとゆっくりと移動し、そして武器となるものを手に取ると豹変したように周囲の人々に襲い掛かった。


 街では大混乱が起きている。使い魔たちもすぐに兵士たちと連絡を取るがあまりにも無差別的で統一性がなく、あまりにも数が多くて兵士たちをどこに派遣すれば良いのかわからないのだ。


 英雄の国、さらにその周辺国で起きた同時多発テロ。これによりついに法国と英雄の国の戦争が始まるのだ。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日のお話の更新あって良かった!そしてラルドさん救出第一段階完了して良かった!人間生きてれば何とかなりますね!あとは二人の元にいる聖人と言う名の悪人達を何とかしなければ全工程完了ではないで…
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