第367話 嵐の前の備え
「だぁぁ…今回も死ぬかと思った……」
「お疲れさんです。それじゃあ俺たちも休んでいるんで。」
「お疲れ〜…またよろしくね。」
ミチナガは同行していた魔帝クラスのものたちと別れ、一人宿舎に戻った。ベッドに横たわり、休みを取ろうとするが、外の明るさがベッドに当たり眩しくて暑い。ミチナガは気だるそうにベッドから起き上がり窓に近づく。
窓の外では今日も兵士たちが道路整備や建物を建設している。ナイトとヴァルドールが生み出した巨大なクレーターは半分ほど埋め立てられ、そこに水を注ぐことで巨大な貯水湖を作り出した。巨大のヨトゥンヘイムの入り口には堅固な防壁が築かれている。
これでもしもモンスターがダンジョンから溢れた時もなんとかなるだろう。本当にこの辺りも様変わりした。なんせミチナガたちが初めてダンジョンに潜ってから半年余りが経過している。
現在ダンジョンは95階層まで到達した。かなりの階層を制覇したのだが、ここから先の階層を踏破することは非常に困難だ。90階層からモンスターのレベルが明らかに変わったのだ。89階層までとはモンスターの強さが一線を画した。
それは他にもわかりやすい変化がある。それは90階層を超えたあたりからダンジョンを埋める貨幣が無くなったことだ。おそらくだが当時のものたちも90階層以降は足を踏み入れることが難しかったのだろう。
ナイトもミチナガを守りながら踏破するのは無理だと言って90階層以降はナイトとムーンの二人だけで攻略している。そんな二人は今日もダンジョンに潜ったまま攻略を進めている。
今後は90階層以降の攻略はナイトとアレクリアル、それに12英雄たちに任せるしかない。普通の魔帝クラスでも足を踏み入れるのが難しい90階層以降にミチナガが入ることはただの自殺志願だ。
だから現在ミチナガは魔帝クラスのものたちと80階層より上の階層の貨幣処理に当たっている。これにより今は80階層から70階層までの完全開放に成功。他にもちらほらと完全解放された階層がある。ダンジョンからのモンスターの氾濫を防ぐためにいくつかの階層はまだ貨幣による完全封鎖がしてある。
そんな中、今一番注目すべきことは上層の1階層から35階層までの完全開放に成功したということだ。多くの兵士たちによって為したこの偉業により、上層のモンスターや宝箱から得られるアイテムの一定量の確保が安定してできるようになった。
ミチナガとしては手に入れたものをすぐに売り払いたいところだが、9大ダンジョン巨大のヨトゥンヘイムの開放は未だ極秘事項だ。だから現在はダンジョンアイテムを用いて英雄の国で一部の兵士向けに新たなる装備を開発中とのことだ。アレクリアルもこれには非常に喜んでいる。
英雄の国はこれまでにないほど強力な兵士を生み出すことができた。ダンジョンのアイテムによる強化に、ダンジョンという環境による兵士の鍛錬。ダンジョンから得られるものがあまりにも多すぎるほどだ。
ミチナガも最近使い魔たちが何やらコソコソとしているのと、使い魔不足に陥っていたのを解消するためにあちこちから白金貨を入手したのが大きな成果だ。現状はダンジョンのことが極秘事項に当たるため、ダンジョンのアイテムを売り払うことはできない。
さらにダンジョン周囲の自治をミチナガに任せるという話も兵士たちが駐屯しているので、現在の自治権限はアレクリアルにある。つまりダンジョン開放によるメリットはダンジョン内の流通禁止貨幣の入手だけだ。まあこれが非常に大きいメリットであるため、ミチナガは何の文句も言わずに今日も働いている。
ミチナガは窓を閉めて部屋を暗くするとそのままベッドに横たわり眠りについた。最近はダンジョンから出ると毎回こんな感じだ。ダンジョンに一度潜ると1週間は地上に出られないので緊張感が続く。疲弊した肉体に消耗した精神を回復させるために地上では十分な休息を求めるのだ。
その後、夜に目覚めたミチナガは軽い食事をとって風呂に入る。ミチナガの休息のためにと使い魔たちが特別に作った一人用の露天風呂は360度を見渡せる最高の眺めだ。屋上に作ってあるが、風は魔法により防いでいるので非常に良い環境だ。
ミチナガはこの露天風呂に入ることが地上に出てきた時の一番の楽しみだ。そんなミチナガの元へ使い魔がやってきた。風呂に入りながら呑む酒でも持ってきたかと思ったがそうではなさそうだ。ミチナガはため息をつきながら風呂から出た。
ミチナガはその使い魔についていきながら腕を伸ばし、背中を伸ばしたりとストレッチをしている。そんな使い魔が連れていったのは地下の特別室だ。盗聴防止の魔法がかけられており、秘密の会議にはもってこいの場所だ。そこにはすでにアレクリアルと数名の12英雄たちがいた。
「何だ、眠そうだな。」
「今日ダンジョンから上がってきたもんで。…風呂に入ってリラックスしていたんですよ。それでなんですか?ダンジョンからお宝でも出てきましたか?」
「お宝なら毎日出ている。それよりもここからは重大な話だ。ダンジョンではなく…地上の案件だ。」
アレクリアルは神妙な面持ちで話し出した。ミチナガもアレクリアルの表情を読み取り、だらけている場合ではないと水を一杯飲んで気持ちを切り替えた。アレクリアルは幾枚かの書類を取り出した。それは地図と、名簿であった。
「平民に兵士に貴族に…いろんな種類の職種ですね。彼らが何か?」
「裏切る可能性のあるもののリストだ。」
ミチナガは突拍子も無い発言に思わずフリーズした。そしてもう一杯水を飲むと気持ちと脳を落ち着かせて思考を巡らせる。アレクリアルが言う裏切る可能性、つまり敵の存在を表す相手となると限られてくる。
「法国の…密偵ということですか?」
「そういうことだ。ここに記載されているものたちは以前法国が関わったことのある国から来たものたちや、法国に縁者がいるものたちだ。俗にいう…ブラックリストというやつだな。」
英雄の国が危険視するものたちのリスト。一つ一つ確認していくとその人物の細かい家族構成や現在の仕事までもが書き込まれている。こんなことをアレクリアルがやっているのかと思うとゾッとする。思わず唾を飲み込んだミチナガにアレクリアルは笑みを見せる。
「心配するな、ブラックリストにあるからと言ってどうこうするわけじゃ無い。ただ…注意した方が良いというだけだ。我が国は何度も奴らに煮え湯を飲まされたからな。」
法国による英雄の国の被害は数えきれない。しかもほとんど証拠がなかったり、幾人か人を経由して行なっているため、どれも証拠不足で追求できない。それに下手に戦争でも起こせば魔神同士の衝突だ。被害は甚大なものとなる。
「それで…どうしろと?」
「近々奴らに動きがある。かなりの騒動となるはずだ。お前にはこのリストからさらに重点的に監視して欲しい人物の監視を頼みたい。お前の使い魔なら情報共有が早いからな。」
「なるほど…つまり騒ぎが起こる前に使い魔の情報網を使って奴らをどうにかする…そういうことですか。」
「少し違う。奴らには騒ぎを起こしてもらう。騒ぎが起きた上でそれを迅速に解決する。」
ミチナガはアレクリアルの言葉に絶句した。感情的に言葉を発しそうになる。しかしミチナガは必死に自身を落ち着かせ、思考する。そしてアレクリアルの思惑を理解した。
「大義名分が欲しいということですか。」
「そういうことだ。お前には奴らの監視をして、奴らと法国の繋がりを明確にする証拠を入手して、関与するもの達全員を明らかにして欲しい。奴らと戦う際に国内で問題を起こされてはならない。徹底的に国内の反乱分子を駆除するつもりだ。」
「…つまり……法国と戦争をするということですね。」
ミチナガはちゃんと理解している。そしてアレクリアルもそれを隠そうとしない。ミチナガは大きくため息をつきながら気持ちを落ち着かせた。
つまりアレクリアルは長きに渡る法国と英雄の国のいがみ合いに終止符を打ちたいのだ。終止符というのはつまり…戦争をしてどちらかの国を滅ぼすということだ。そのためにも国内の法国に関与する反乱分子を徹底的に消し去りたいのだ。
大義名分が欲しいというのも法国との戦争のために国を一致団結させたいのだろう。戦争が始まれば戦争以外の全てのことを後回しにして戦争だけに注力する必要がある。その大義名分は人々が賛同するものであればあるほど良い。分かりやすいほど良い。
そしてそれが国内での法国の密偵による騒ぎ。国内で法国がテロでも起こせば分かりやすい大義名分になるだろう。人々が戦争に賛同する大義名分になるだろう。その大義名分が、本当は止められるかもしれないのに。
「ミチナガ、先に言っておくぞ。この戦争は絶対に起こるものだ。もしも今止められたとしても1年後に起こるかもしれない。10年後に起こるかもしれない。戦争がおこらないということは絶対にない。だから今のうちに終わらせる。国力が増している今こそが絶好のタイミングだ。」
「わかっていますよ…わかっています。俺だって戦争を経験しました。国を守る戦い、国を取り戻す戦い。大きな戦争でした。だけど…わかっています…よね。魔神同士の衝突、世界最大の国の同士の戦い。規模があまりに違いすぎる。千や二千じゃない…数十万、数百万という人が死にます。」
「ああそうだ。そして未来の数百万の人々を守ることにつながる。ここで法国を滅ぼせば…世界は安定する。龍の国も厄介だが、法国さえ滅ぼせば少しは静かになることだろう。」
ミチナガは苛立ちを見せる。だがミチナガも頭のどこかでは理解しているはずだ。この戦争の火種はすでに燻っていることを。いつこの火種が燃え上がってもおかしくないことを。だがやはりミチナガは戦争が嫌いなのだ。人間同士が殺しあう様を見るのが嫌いなのだ。
「奴らは今回騒動を起こし、我が国内が混乱した時に乗じて攻め込むつもりだ。騒動が失敗すれば奴らは攻め込まない。そうなるとこちらが攻め込むことになるが…法国までは距離がある。攻め込むのは困難だ。」
「つまり全て奴らの思い通りにいっていると思わせて…ノコノコとやってきたところを打ち滅ぼすということですか。英雄の国を攻めるとなれば主戦力を連れてくる。それを片付ければ法国内の戦力はガタ落ちする。そこで攻め込めば…容易いってことですか。」
「そういうことだ。だからこそ…この騒動は起こさなくてはならない。大義名分のためにも…我々が勝つためにも。」
魔神第2位勇者神と魔神第3位法神。戦力はほぼ拮抗している。まともにぶつかれば共倒れだってありえる。だからこそ互いに有利な状況を得るために必死なのだ。ミチナガは名簿を見る。するとそこには知った名前があった。
「アレクリアル様…これって…」
「彼の父親は法国出身だ。今も法国と繋がりがある。だが彼は…心から英雄願望がある。彼は英雄に憧れている。だからこそ彼を世界貴族にした。彼が父親と決別し、こちらの味方につけば…こちらの切り札となり得るだろう。」
アレクリアルは本心から語った。アレクリアルとしては賭けに近い状態だっただろう。だがそれでも彼が切り札となり得ると信じて彼に世界貴族の地位を与えた。事実彼の優秀さは実績にも表れている。ミチナガは久しく会っていない彼のことを思い出した。
「……ラルドさん…頼みますよ。」




