第37話 妖精の踊り
あれからしばらくは、妖精を見ることができると言うことで質問責めにあった。しかし俺にだって秘密はある。このスマホの能力は簡単に教えていいものではないという言い伝えがあると言うとでなんとか引き下がってくれた。
それにスマホを使って妖精を見せてやることで、隠し事をしていたということも許してくれた。
スマホで妖精を見ると、言葉も全て翻訳されるため、アンドリュー子爵たちでも話すことができた。これにはみんな大喜びだ。国によって、妖精は神の使者とまで言われている。妖精を見て話すと言うことは、貴族たちにとっては、かなりプラスの影響があるらしい。魚の自慢大会の俺の失態も妖精によって忘れ去られたので助かった。
しかしあたりは暗いので、いつまでも妖精と会話して遊んでいる場合ではない。夕食の支度をしなくては。スマホを返してもらい、今日使わない魚は全て俺のスマホに収納する。いくつか新しい種類の魚が追加されて嬉しいことだらけだ。
早速料理を始めようと思ったら、食事は連れてきた護衛の人が作るらしい。その食事は簡素なもので、ぶつ切りにした魚と野菜を煮込んだだけのものだ。ここにいる貴族は全員なんども戦争をしているので食事に関してはそこまで文句はない。むしろこういった料理の方が好きなくらいだ。
しかし俺は正直満足できない。なんせ味付けが塩だけだ。魚や野菜から旨みは出ているが、それでも何か味気ない。味噌を溶かそうかと思ったが、すでに塩味がついているため、味噌を溶かすとしょっぱくて飲めたもんじゃない。もう少し早く気がついていればよかった。妖精に気をとらわれ過ぎた。
「しょうがないからなんか一品作るか。」
俺にはどこでもクッキングのアプリがある。材料さえあればなんでも作れるのだ。どうせなので何か新しいレシピも購入しようと思い、一覧表を眺めている。すると、妖精魚などの新しい食材が手に入ったことで新しいレシピがアンロックされているようだ。すると、新しいレシピの中に気になる料理があった。
「妖精の踊り?それ料理の名前じゃないような…」
材料を調べて見ると、聞いたこともないような材料ばかりだったが、妖精喰いを使うようだ。妖精たちに聞けば材料が集まるかもしれない。カメラ機能をオンにして妖精を探す。まあ探すまでもなく周囲に山ほどいるけどね。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「なぁに?ミチナガ。」
「えーっとね、シュラムの実って知っている?それにシュームって…これは野草?」
「知っているわよ。この近くで取れるもの。それが欲しいの?」
「それ以外にも色々と…」
必要な材料を教えると全てこの近くで取れるようだ。それにしてもこの妖精、なんと言うか大人の妖艶な女性みたいな話し方してくるな。妖精じゃなかったらドキドキしたな。妖精だから大人ぶっている子供みたいに微笑ましいけど。
「いいわよ。じゃあ手分けしてとってきてあげる。」
「お願いします。」
すると周辺にいた妖精全てがどこかに飛び去っていく。そんなに量は必要ないんだけどなぁ…。そういえば材料が集まるならレシピ購入しておかないと。ちゃんとレシピの値段見てなかったけどいくらだ?
「え…金貨5000枚?ちょちょちょ…さすがにこのペースで金使ったら全部なくなる…」
しかし材料を持ってきてもらうのに、作らないと言うのは少し酷いな。まあまだ金貨はあるし、買っちゃうか。購入した後、残り残金が気になったので調べてみると、まだ5万8000以上残っていた。さすがに金貨20万枚となるとそう簡単には無くならない。
まだ妖精たちが材料を集めるのに時間がかかりそうなので、料理のレシピの中から気になったものを手当たり次第に買っていく。しかし、レシピが増えても材料がないと何も作れないなぁ。ファームファクトリーで色々と種も買っておくか。
しばらくすると妖精たちが食材を持って集まってきた。割と前から集まっていたみたいだが、カメラアプリを使わないと見ることも声を聞くこともできないので、全く気がつかなかった。そしていつの間にか残金が金貨4万枚になっていた。…解せぬ。
「それで?何をするのかしら。」
「妖精の踊りというのを作ろうかと思いまして。」
「あら、踊るの?」
「い、いえ、そういう名前の料理を…」
「踊るんでしょ?」
なんか話が噛み合わない。まあ作って解説した方が早いか。とりあえず、材料を全てスマホの中に収納して、どこでもクッキングのアプリを開く。他のアプリを使っているときは、妖精たちが見えないのが難点だな。
早速レシピにそって料理を開始していくが、どうやら火を一切使わないらしい。つまりは妖精喰いのお刺身みたいなものか。他に集めた食材は、香辛料として妖精喰いの刺身にアクセントを加えたり、飾り付けに使うだけのようだ。調理自体は簡単なのですぐに完成した。すぐにスマホから取り出して妖精たちに見せてやる。
「完成しましたよ。これです。」
「やっぱり妖精の踊りがなくちゃ締まらないわね。人間が捕まえたから、やるかどうかは悩んでいたのよ。」
「どういうこと?」
「この料理はね。妖精喰いから仲間たちが解放された時に祝うための料理なの。今まで妖精喰いの腹の中にいたから、思いっきり体を動かせる踊りで喜びを表現するのよ。みんなももう踊り出したわ。」
周囲を見て見ると、キラキラと何かが舞っている。それはスマホを通さなくてもわかる妖精たちのキラメキだった。どうやら今までずっと我慢していたようだった。踊るのにはこの料理がないと始まらないらしい。
「おい、ミチナガ。その〜…キラキラしてんのはなんだ?ヒック。」
「妖精たちが妖精喰いから解放されたことによる歓喜の踊りですよ。綺麗ですね。」
ファルードン伯爵はすでに酒を飲みすぎて酔いつぶれている。他の人たちも酔っ払った状態で集まってきた。しかし皆一様に妖精たちのキラメキを見て見とれている。
「これは珍しいものを見ました。妖精たちが踊り、その光が普通の人間の目にも見えるということはありますが、ここまで多いのは私も初めてです。」
そうなのか。何百年も生きているルシュール辺境伯が珍しいというのだから、相当レアなものなのだろう。しかしここで一つ気になることがある。
「あの…妖精さんたちはこの料理を食べないのですか?」
「私たちは基本的に何も食べないわよ?その料理は見た目が綺麗だから見て楽しむだけなの。」
「あ、そっすか。」
先ほどから妖精たちは料理のそばには集まるが、誰も食べる気配がなかった。まあ100年も妖精喰いの腹の中にいても死なないのだから、食事など必要なわけがないのだ。
「じゃあこれは我々で食べても良いですか?」
「ええ、だってあなたが倒してくれたのだから遠慮する必要はないわ。私たちは踊れればそれでいいの。」
そうと決まればツマミは決まったので、俺も少し酒をもらって楽しくやろう。どうせなのでファルードン伯爵たちにもおすそ分けだ。
「みなさんも一緒に食べませんか?珍しい妖精喰いの刺身ですよ。」
「「「生の魚なんぞ気持ち悪くて食えるか。」」」
釣り好きなのにそこはダメなのか。考えてみれば海が近くにないので、淡水魚しか取れない。淡水魚の刺身は寄生虫とかで怖いもんなぁ。そう思うと俺も少し怖くなってきた。
しかし妖精喰いは妖精しか食べない。しかも内臓が通常の魚とは全く異なる。寄生虫にかかる可能性もかなり少ないだろう。それにここまでしたら味が気になる。ただ、味付けはしていないのでスマホから醤油を取り出す。
妖精喰いの刺身で、色々と香草を包み込んで醤油をつけて食べる。食感はねっとりとしているが、脂っぽさはなく、淡白な味だ。正直このままだとそこまで美味しくはないが、香草のおかげで結構いける。
ただ、生魚を食べた俺を見たファルードン伯爵たちは全員ドン引きだ。アンドリュー子爵でさえも顔を引きつらせている。俺はそんな蛮族ではないぞ。
しかし妖精たちの反応は妖精喰いを食べた俺に歓喜している。妖精たちにとって邪悪な敵である妖精喰いを食べるというのは一種の英雄的所業なのだろう。
なんか普通に食べて、酒飲んでゆっくりしたいのに全然落ち着けない。結局俺は最後まで、妖精喰いの刺身を食べるたびに一方からは悲鳴、もう一方からは歓喜という相反する反応を受けながら晩酌を続けた。
正直、妖精たちのキラメキを見てホタルっぽいなぁと思ったが、それは言わないでおこう。完全に虫扱いになるからな。空気はちゃんと読もう。