第365話 ユグドラシル魔法学園都市
「それでは第一回ユグドラシル魔法学園入学式を執り行います。まずは本学園長でもあられるウィルシ学園長よりご挨拶です。」
「諸君、入学おめでとう。本校は12英雄であられるギュリディア様と私、それにミチナガ商会の尽力の元に作られ…」
ミチナガ達がまだダンジョンに潜ったばかりの頃、遠く離れたユグドラシル国では初のユグドラシル魔法学園都市の入学者を歓迎する式典が執り行われていた。入学者は8歳から18歳までと幅広い。それらを年齢ごとに分けて学年を作るつもりだ。
魔法学園都市で学ぶ分野は大きく分けて4つ。経済学、作成学、魔法学、戦闘学を予定している。ただしばらくは生徒達に下地をつけてもらうために基本的な勉強をしてもらう。ただ貴族も平民も分け隔てなく学ぶことを目標としたこの学園都市では困難も数多い。
その困難は今もクラス分けされた教室で起きている。入学前に行ったテストで上位成績の生徒が入れる教室にいる貴族が平民の子供に絡んでいるのだ。しかもその平民の子は孤児だ。そんなのと教室を共にされるのが貴族の子にとっては我慢できないのだろう。
「お前みたいなのがこの教室に入れるわけないだろ!絶対にカンニングをしたに決まっている!」
「うるさいなぁ…別にそんなことしなくてもあんなテストはできるよ。」
口答えする平民の子供に貴族の子供はさらに苛立ちを募らせる。ただ貴族の子が言うこともわからなくはない。一般的に貴族は金があるので個人で教師を雇い子供に勉強させることができる。
しかし平民の子では親や周囲の人からしか学べない。ましてや孤児ともなれば勉強どころか日々生きるのに必死なはずだ。勉強をするどころではない。
だから勉強ができる環境というものに貴族とそれ以外で圧倒的な差があるのだ。だから下のクラスには貴族の子は一人もいない。上位3クラスに集中しているのだ。しかしそんな中でなぜか他の上位クラスにも平民の、しかも孤児が混ざっている。
絶対何かがおかしいと勘ぐる貴族の子が騒いでいると先生がやってきた。先生はすぐに騒いでいる生徒たち全員を着席させると初めの挨拶をする前に話を切り出した。
「上位クラスには貴族のご子息が多い。しかしなぜかそこに平民の孤児が混ざっている。疑問に思うこともあるでしょう。しかしこれは当たり前のことなんです。彼らの通う孤児院はミチナガ商会管轄でこの学園都市での授業を試験的に採用し、彼らは長年学んできました。だから彼らはこの学園で学ぶことの大半は先に学んでいるんです。」
上位クラスに食い込んでいる孤児の子供達はミチナガが孤児院を買収した所の子供達だ。日々勉強の時間を設けているので同年代の子供達よりもはるかに勉強ができるのだ。だがそんな事情がよく理解できない一部の貴族の子供達は孤児院の子供達を敵視した。
だがそんなことは関係ないと先生の話は続いた。教師として徹底的なまでに身分による差別がないように教師たちも教育されている。教師たちはじっくりと時間をかけて学内での差別を無くしていく。
「…さて、とりあえず私からの話は以上です。次は身体計測です。場所を移動するのでついてきてください。」
生徒達は移動した先で身長、体重などの計測を行う。さらに血液検査など本来はかなりの金額がかかりそうなものまである。しかしその中でもひときわ目を引いているのが歯科検診だ。近年ユグドラシル国では歯科検診に大いに力を入れている。
わざわざ歯の治療のために遠方からやってくる冒険者も数多い。それほど歯科検診に人々が力を入れているのは口コミとミチナガ商会で宣伝している歯の治療によって多くの人々が歯の治療によるメリットを知ったからだろう。
そして何より、ミチナガ商会ハジロ歯科医のハジロ医院長の腕前の良さからだろう。今や日に100件以上の患者を診るハジロは歯科医師のトップに立つ人材だ。そんなハジロの元には幾人もの人々が弟子入りにくる。
まだハジロの元で一から勉強しているもの達が多いが、それでも幾人かは多少はものになっている。だから今も多くの生徒達の歯の診察、そして治療をハジロの弟子たちがあたっている。その治療に当たる人々の中にはちゃんとハジロもいた。
「それじゃあ口を大きく開けてくださいね。…若いので目立つような歯石や歯の問題はありませんね。ですが少し歯並びが悪いですね。一度噛んでください。…噛み合わせも少しズレが起きています。すぐに治療しましょう。」
ハジロは独自の魔法を編み出し、歯の矯正、歯石の除去、虫歯の除去を短時間で行えるようになった。魔法に関してはド素人だった筈のハジロだが、歯に関してはこの世界で一番詳しいだろう。だからその知識と魔法制御さえなんとかし、何度も練習することでこの魔法をものにした。
3分ほどで歯の矯正まで終えたハジロは次の生徒を見る。歯の矯正に関してはあまりにも悪いものの場合は魔道具を使うか、何度も治療を行う必要があるが、ある程度ならすぐに治せる。そんなハジロの手際の良さを後ろで数人の弟子が観察している。
「なるほど、この歯のパターンではそう治療すると…」
「この子の場合はこうすれば…なに!そっちだったか…さすがは先生。私ではこの判断は一瞬じゃできない…」
「慣れれば皆さんもすぐにできるようになりますよ。それじゃあ次の人。」
ハジロは地球の時と同じように歯の治療ができることを喜んでいた。そして何より子供達にこうして無料で歯の治療をできるというのはハジロの願いであった。金持ちだろうが貧乏人だろうが、治療の機会を平等に与える。この環境をくれたミチナガには非常に感謝している。
そんなハジロ達による身体測定を終えた生徒達は翌日から本格的な授業が始まる。ほとんどのクラスは基礎的な事から習う。一番下のクラスに至っては文字の書き方や数字の数え方という基礎中の基礎だ。
だが上位クラスのやることは非常に高度だ。魔法陣の作成方法や軍隊を動かす際の食料配分や地形による陣地の張り方。物の売り買いの際に必要な知識など幅広い。貴族の子達でもついていくのがやっとなほどだ。
そんな中最上位クラスの一人の生徒は余裕そうだ。授業後半に行われて小テストでもすんなりと満点を取った。それがまた貴族の子達の苛立ちを加速させた。そしてその苛立ちをぶつけてやろうと昼休みになった瞬間、その生徒を取り囲もうとした。
だがすぐに貴族の子達は立ち止まった。自分たちのクラスに来訪者が現れたからだ。それは一つ上の学年の最上位クラス、この学校で一番の成績を出したと噂される少女だ。貴族の子たちはその少女に見とれた。そんな中、貴族の子たちが取り囲もうとしていた生徒がすぐに立ち上がった。
「リリー様。どうされましたか?何か御用でしょうか?」
「ちょっと様子を見にきただけよラバル。学業の方は順調かしら?」
「ええ、問題ございません。リリー様の従者として、ミチナガ商会見習いとして邁進しております。」
「それは良かったわ。ああ、どうせだから少し挨拶させてもらっても良いかしら。初めまして、ドラシル家のリリーです。私の従者のラバルをこれからもよろしくお願いします。」
リリーの一言に対し、皆が気持ちの良い返事を返した。リリーはこのユグドラシル国で最大の権力者の娘だ。そこらの雑把貴族では手も足も出ない。そしてその従者に手を出したとなれば大問題だ。平民で孤児であるラバルの身は完全に守られただろう。
そのあたりまでも全て計算づくで動いていたリリーにも関心する。あの呪いからわずか数年でここまで考えられるようになったリリーの努力は並大抵ではない。そこまで突き動かすのはやはりミチナガに対する愛の力だろうか。
「ラバル、あなたちゃんと挨拶したの?名前を言うだけの自己紹介じゃダメよ。ほら、もう一回。」
「わ、わかりました。リリー様の従者兼ミチナガ商会特別見習いのラバルと申します。今後も精進していくのでどうぞ、よろしくお願いします。」
孤児院出身のラバル。彼は孤児院の中でも一番優秀だ。リリーもそれに目をつけ、リカルドを通して正式に従者として雇った。さらに使い魔たちが孤児を雇ったと言うのは外聞的にあまりよくはないのではないかとミチナガ商会で特別見習いとして雇った。
まあ結果としてはそこは特に問題はなかった。むしろ孤児にまで優秀ならば上に行く機会を与えるリリーの株が上がった。そしてラバルは実に優秀であった。結果的に特別見習いとして雇ったことでミチナガ商会として優秀な人材を確保できた。将来的にはミチナガ商会の店長の座を考えている。
ただリリーの従者にミチナガ商会の店長も、と言うのは本来無理だろう。だが…リリーとミチナガがうまくくっつけばそれも可能になりそうだ。使い魔たちはさらにミチナガとリリーをくっつけるために画策することになる。