第364話 兵士動員
「国王陛下より通達!4日後までに精鋭2万、さらに技術者を多数集めよとのことです。なおこの作戦は極秘任務にあたるため、信頼できるものをとのことです。」
「相分かった。すぐに選定に入ろう。」
アレクリアルからの指令が使い魔経由で9大ダンジョン巨大のヨトゥンヘイム外壁警備に当たる本部へと届いた。アレクリアルは現在ダンジョンから溢れたモンスターの討伐中だ。その間に人員を選定してもらい、迅速に行動に移す予定なのだ。
そして普段からモンスター相手に鍛錬を積むここの兵士たちはすぐに精鋭2万の人員の選定を終えた。しかし問題は技術者だ。いくつかの部隊が駐屯しているこの巨大のヨトゥンヘイム外壁では様々な部隊を揃えることが可能だ。
道路や拠点を作成する施設部隊は現状外壁や駐屯施設に問題が起きていないので派遣できる。しかし問題は食料部隊だ。常時10万人を動員するここでは大勢の食料部隊が動いている。しかし食料部隊は人気がなく、慢性的な人手不足なのだ。
現状でも幾人かの一般兵士を毎日交代制で食料部隊に当てている。それに最近になり新しい問題が起きると考えられる。それは今も大勢の兵士たちの人気になっている露店だ。
今までまるで人気のなかった露店が大注目されている。兵士たちは誰もが1日一回は露店で食事を取っている。今までにないほどの大人気だ。このおかげで軍で出される食事を食べる量が減って食料部隊にもゆとりが出始めている。
そんな大人気の露店が極秘任務に当たれば食べられなくなる。そうなれば兵士たちからは不満の声が上がることだろう。今までになかった問題だ。そんなことに頭を悩ませているとこの地で働いているミチナガの使い魔が他の仕事を終えたと報告にやってきた。
『アルファ198・報告書持ってきました。それからこれとこれと…これもお届けに。あれ?どうかしましたか?』
「ああ、ありがとう…いや、なんでもない……待てよ?君の主人はこの極秘作戦に関わっていたよな?」
『アルファ198・極秘作戦…ああ、兵の派兵についてですか。それが何か?』
「実はな、食料部隊が足りなくて…」
司令官の男は使い魔に相談を始める。その話を一通り聞いた使い魔はそんなことかとすぐに答えて見せた。
『アルファ198・そんなことでしたらあの露店で働く彼らの中から信頼できるものを何人か選んでおきますよ。その辺を含めてシェフさんに依頼して起きますね。』
「そうか、すまないね。期日も迫っているから早いうちに頼むよ。はぁ…」
『アルファ198・了解です。お疲れみたいですね…いつものこれ、食べますか?』
「おお!これこれ。このコーヒーゼリーを何日食べてないことか…うん、やはり美味い。」
一昨日ぶりのコーヒーゼリーに舌鼓を打っている司令官におかわりのコーヒーゼリーをいくつか置いて使い魔はその場を後にした。そしてすぐにシェフへ今の指令を伝えると数時間のうちにメンバーを選定した。そしてその日の夜のうちに選定したメンバーを呼び集めた。
『シェフ・よく集まってくれた。これより君たちには特別任務を任せたいと思っている。しかしこれはあくまで君たちの意思で決めてくれ。断りたいものは出て行ってくれて構わない。この特別任務に当たれば当面帰ることはできない。』
シェフの言葉に誰も動揺せず、誰もその場から立ち去ろうとしない。まるで軍隊のようだ。シェフはしばらく周囲を見回し、誰も立ち去らないことを確認すると話を続けた。
『シェフ・これより君たちには極秘任務に当たる精鋭たちの食料部隊として動いてもらう。詳しいことは情報漏えい防止のため話せない。今日集まったことも内密にするように。それから君たちの預かりだが…セキヤ国で行うつもりだ。よって君たちはセキヤ国国軍特別食料部隊となる。また徹底的に鍛えてやるから覚悟しておけよ。』
「「「サーイエッサー!!」」」
『シェフ・それでは解散!』
どこまで徹底的に鍛えたのかと疑問になるが、これで問題は片付いた。そして数日後、アレクリアルたちが戻って来た。盛大に出迎えられるアレクリアル一行であったが、すぐに部隊を編成すると再び巨大のヨトゥンヘイムへと戻っていった。
移動はミチナガが用意した魔導装甲車だ。そこに荷台を取り付けて大勢の人々を乗せている。2万人以上の人々を乗せるのはかなりの労力だ。500台以上の魔導装甲車で運ぶが、重みで移動速度が伸び悩む。
それでもなんとか3日で1000キロの道のりを踏破して兵士たちは巨大のヨトゥンヘイムへと辿り着いた。そんな到着した兵士たちは一同驚いている。なんせ周囲にモンスターの影がないからだ。しかし兵士たちはいつまでも驚いている暇なく、すぐに一つの場所へ集められる。
「全軍傾聴!国王陛下、アレクリアル様からのお言葉である。」
「皆よく集まってくれた。聞きたいことも山ほどあるだろう。だがそんなことは後回しだ。現在我々は9大ダンジョン巨大のヨトゥンヘイムの解放を始めている。すでに上層は解放され、ダンジョンから漏れ出す魔力もほぼ無くなった。だがまだ完全な解放には程遠い。だから諸君の手を借りたい。これより君たちには2つの役割を与える。一つはダンジョンの解放、そしてもう一つはここに街を作ることだ。」
アレクリアルの言葉を聞く兵士たちからは一切の動揺する声はもう上がらない。本当によく鍛えられている。やがてアレクリアルがすべての命令を下すと全員が一斉に動き出した。
まずは各々の拠点確保からだ。それぞれが簡易的な野営地を作成する。暗くなる前に今日の寝床は確保しなくてはならない。そんな中食料部隊は夕食の準備を始める。明日からの激務に備えてしっかりと栄養を取らなくてはならない。
『シェフ・もっと大量にお湯を沸かせ!野菜の皮むきに人が足りない。もっと人を増やせ!調理スペースの確保も急げ!そこの人員!パン作るから手伝え!』
すでに食料部隊だけは戦場だ。短い時間の中で最高のものを揃えなくてはならない。しかも2万人以上の食事をだ。いくら急いでも間に合わないくらい大忙しだ。
そして同じくらい大忙しなのは将校たちだ。これからダンジョン解放の作戦を練らなくてはならない。直前まで情報漏洩防止のために何も知らされなかった彼らは明日の朝までに部隊の分け方や動かし方を立案しないとならない。
そんな彼らの元へ数人の使い魔たちがやってきた。使い魔たちは彼らの前で巨大な図面を開き始めた。その図面はこの巨大のヨトゥンヘイム周囲に作る街の構想図だ。突然やってきてなんだと思う彼らだが、これは別に不思議なことじゃない。
「つまり…この地を治めるのは英雄ミチナガということですか?」
『トウリョウ・そういうことっす。英雄に選ばれたのに治める領地がないのは問題っすから。それに国を造り、商人として経済に精通しているミチナガならこの地を治めるのも容易いっすよ。ダンジョンが解放されたらかなりの金が動くっすから。ただ…その代わりにこの地に造る街の建設費用は全額負担っすけどね。』
これほど資金力もあり、国を運営する能力もあり、経済にも精通している英雄など現状ミチナガだけだろう。それに元々そういうことで話が進んでいた。一部の将校には納得の行かなそうなものもいる。まあ当たり前だろう。ダンジョンから得られる富は莫大だ。誰もが恩恵にあやかりたい。
しかしトウリョウが持ってきた図面を見て、そこにかかる経費を聞いた将校たちは誰もが口をつぐんだ。初期投資にかかる費用があまりにも莫大すぎるのだ。さすがにここまでの金を動かすのは他の誰にもできない。
まあミチナガだってスマホで材料が入手できなければ流石に不可能なほどの経費だ。材料を無料で用意できるミチナガが8割以上経費を安くしてようやく実現できるようなプロジェクトだ。世界中の誰にも真似できないだろう。
そしてその話もすべて聞いた上で明日の作戦が立った。明日はダンジョンの解放に2000人を動員して1階層、2階層を日帰りで探索する。そしてダンジョンに慣れてからダンジョン内で寝泊まりし、さらなる下層の探索を行う。
すでにダンジョンはモンスターが跋扈している。ミチナガたちが初めに攻略したモンスターのいない時とは話が違う。慎重にやらねば命に関わる。だから兵士たちをダンジョンという環境に徐々に慣れさせながら探索を行う。
そして残った兵士は全員で周辺の土地の整備だ。ダンジョン探索と土地の整備を交互にやらせれば仕事は捗るだろう。そしてある程度土地の整備が完了したら兵士たちの娯楽施設を作り、休暇を与えてやる。
まだダンジョンの完全解放には数ヶ月、数年以上の歳月がかかるだろう。兵士たちのメンタルケアや諸々のことを考えて仕事を行わないといくら精強な兵士たちでも身体と心が持たない。
娯楽施設ができるまではしばらく時間がかかりそうだが、その間は特に問題はないだろう。なんせ彼らにとっての最大の娯楽がダンジョン攻略になるからだ。
9大ダンジョンに挑むなど神話やおとぎ話の世界だ。身近にあっても決して立ち入ることのないと思っていた世界。翌日のダンジョン攻略から戻った兵たちはこの体験を多くの仲間に語った。
「入ってすぐに気がついた。外から見るのと中に入るのじゃまるで大きさが違うんだ!見てみろ、今外から見るとあんな大きさだけどな、中に入ったらもう広くて広くて…天井まで注意しないと上からモンスターが降ってくるんだ。」
「モンスターを倒すとそのモンスターの一部の素材と魔石だけが残るんだ。皮を剥ごうとしたらあっという間に消えちまってさ、勿体無いと思ったよ。でも残った素材は状態がすげぇいいんだ。」
「俺は今日2階層まで行ったんだけどよ、その時に1階層のボス部屋に入ってボスと戦ったんだ。こんなでけぇミノタウロスでよ、みんなして倒したぜ。まあ1階層だから大したことないけどな。」
今日ダンジョンから戻ったものたちの話は格好の話のタネだ。全員大盛り上がりしながら話を聞く。騒ぎすぎのようにも思えたがアレクリアルはそれを止めない。彼らの話は兵士のストレス発散にもなるし、ダンジョン攻略への士気向上にも当たる。
それにああやって話すことで情報が共有される。初めて挑む兵士たちもある程度の情報を持った上で挑むことができるので問題が起こりにくくなる。良いことづくめなのだ。そんな兵士たちを遠くから眺めていたアレクリアルの元へ使い魔がやってきた。
『ユウ・報告に上がりました。本日50階層から55階層へ移っている魔帝クラスと使い魔達はそれぞれ50%以上貨幣を回収することに成功しました。これにより50階層から55階層までのモンスター量が増加。作戦通り40階層から43階層、さらに56階層から58階層までは再び埋め戻し、モンスターの氾濫を防ぎました。』
「そうか、順調そうで何よりだ。」
ダンジョンで生成されている魔力はより下の階層の方が消費しやすい。しかし本来はダンジョンの階層全てで消費されるはずの魔力だ。そんな魔力が一部の階層に集中すれば大量のモンスターが生成され、居場所を求めて地上へ這い上がろうとする。
そうなればこの地は大混乱に陥るだろう。だからこそ再び貨幣を用いて道を塞ぐという選択をとった。これによりモンスターは行き場所を失い共食いを始める。モンスター達による魔力の自然消費も起こるため、ダンジョン外へモンスターも魔力も溢れ出ることはない。
とりあえずしばらくはこの埋め戻し作戦でダンジョンの安定化を保つ。そしてゆくゆくは兵士たちにより上層の完全解放、並びにモンスター討伐による魔力消費を促し下層の魔力を安定させる。時間はかかるが確実な作戦だ。
『ユウ・それからボス…ミチナガは現在61階層を踏破中。61階層からは迷宮になっていて攻略には時間がかかりそうです。人を送って攻略急がせた方が良いと思います。』
「そうか…明日は一度そっちに合流しよう。好きな時に帰ってこられるからな、これから毎日数時間はダンジョン攻略に手を貸そう。まだしばらくは地上にも私が必要だからな。」
『ユウ・わかりました。そう伝えておきます。それじゃあ僕も仕事があるのでこれで。』
ユウはそういうと足早に何処かへ行ってしまった。使い魔も今は大忙しなのだ。ミチナガ商会全店舗の運営、セキヤ国の運営、アンドリュー自然保護連合同盟の運営、アンドリュー・ミチナガ魔法学園国の運営、スマホ内での技術開発、そしてダンジョン攻略及び周辺の土地整備などなど。
数えたらきりがないくらいだ。いくら大量に使い魔がいるとはいえ、流石に使い魔不足が起き始めている。使い魔達はほとんど休みがない状態で働き続けている。そろそろ働き方改革が必要だ。
ただそうは思ってもしばらくは無理だろう。なんせ今尚、ミチナガ商会は急激に成長を続けているのだから。