第355話 巨大のヨトゥンヘイム攻略最終準備
「…お前一体何をしたんだ?」
「基礎的なことしか教えていませんよ。彼らの自主性を尊重していますし。」
早朝、アレクリアル一行が泊まっている塔の窓から外の様子を見るとそこには今までにない光景があった。多くの兵士たちがあちらこちらの出店で朝食を買い漁っているのだ。あまりの活気に店主たちも大忙しで働いている。
たったの半日でここまで変わった光景にさすがのアレクリアルも驚きを隠せない。ミチナガはなんてことないように眠たそうにしながら朝食を頬張っている。そんなミチナガの様子を見たアレクリアルはため息をつきながら席について朝食をとる。
「さすがに魔帝クラスの商人だけあるな。あんなに育ててどうするつもりだ?」
「ん〜…そうですね。とりあえずもう少し彼らが育ったら他の場所に回ってもらってそこで前までの彼らと同じような商人にそのいろはを教えてもらうくらいですかね。そうすれば俺が動く必要もないですし。彼らみたいなのが1000人以上いるならそうやって教えて行って鼠算式にやればあっという間に終わるでしょ。」
「私が言っているのはそうではない。彼らをどうするのかだ。お前のところで雇うのか?」
「雇う…のはどっちでもいいんですよね。雇って欲しいなら雇いますし、一人でやっていきたいならそれを応援しますよ。彼らを教えたからといって彼らを俺のものにすると言うのはおかしいでしょ。好きにやったら良いんですよ。俺だって好きにやるだけです。」
ミチナガは最後にジュースを飲んで朝食を終える。満足げなミチナガの表情を見たアレクリアルはため息をついた。そしてそれと同時に恐ろしくも思った。もしもミチナガが敵に回ったらきっと想像以上に厄介な男になるのだろうと。
資金力、育成能力、カリスマ性が優れているミチナガならそこらの雑兵でも一人前の兵士に、いや騎士にしてしまいそうだ。ミチナガがダエーワのような闇商人になっていたらきっと今まで以上に苦労しただろう。
「お前と早いうちに出会えてよかったと思っているよ。」
「なんですか急に。まあ私もアレクリアル様と懇意にできてよかったです。おかげで入国審査や信頼性なんかも簡単に得られましたから。それにお得意様ですから。コーヒー飲みますか?」
「いただこう。」
ミチナガは使い魔にコーヒーを淹れさせてアレクリアルの元まで自ら運ぶ。そして再び席についたミチナガたちの元へ来訪者が現れた。それはミチナガが昨日会わなかったこの地で合流する予定の12英雄の2人だ。
「おはよう。席についてくれ。ミチナガ、紹介しよう。これが今回共に行く残りの12英雄の2人。そして…黒の名を冠する現12英雄最強の男だ。」
ミチナガは席を立って二人の真正面に立つ。二人とも明らかに強い。しかしそのうちの一人は明らかにその格が違う。言うなれば準魔神クラスのオーラだ。ナイトやヴァルドールと同じ強さ。
「初めまして。セキヤミチナガと申します。今回新たに英雄に選ばれました。」
「会いたかったよ。私は賢帝ヴィシュダル。この巨大のヨトゥンヘイム防衛の総責任者だ。君のおかげで活気があふれているよ。後で少し外に顔を出すつもりだ。それでこっちが…」
「黒雄ザクラムだ。私としてはあの男の方が気になる。だが…なるほどな。あれが従う理由もわからなくない。」
「あの男?それってどう言う…」
「その話は座ってからゆっくりと話そう。他の4人も朝のトレーニングを終えた頃だろうから、もうすぐ来る。」
アレクリアルがそう言うと全員席に着く。そしてそれから20分ほど経ったら他の4人の12英雄たちも集まった。水浴びまで済ませてきたのか少し髪が濡れている。ミチナガはそんな12英雄6人と勇者神アレクリアルと同じ食卓を囲んでいる。するとアレクリアルはメイドたちを下がらせた。
「さて、軽く話をしておこう。我々は今回巨大のヨトゥンヘイムに挑む。ダンジョンまでの全長距離は1000キロ。その間およそ300キロごとにモンスターの脅威度が上がる。中心部にはSSランク以上のモンスターしかいないと考えて良い。そして我々が突撃すれば…モンスターの生息域に問題が起こる。人為的なスタンピードが起こると見た方が良い。」
アレクリアルの言葉に思わず唾を飲み込むミチナガ。これから挑むのは世界最強の危険地帯の一つだ。そんな場所に踏み込めば様々な問題が出て来る。特にこれから中心部を目指すことになるのだから尚更だ。
中心部で暴れれば中心部のモンスターたちが外側に避難し、そこにいたモンスターがさらに外側に避難する。そうすることによってスタンピードが発生する。それに他にも様々な問題が起こるかもしれない。
「スタンピードを減らすためにはモンスターを大量討伐する必要がある。モンスターが減ればその分スタンピードを起こすモンスターも減るからな。つまりこれに最低でも1週間…はかけるつもりであった。しかし必要ないだろうな。すでに大量のモンスターが討伐されている。ザクラムが暴れてくれたのもあるが…ミチナガ商会所属のナイトが暴れてくれたおかげだろう。」
「え?もうナイト来ているんですか?そういや俺よりも早く来ていたけど見てなかったな…」
「来ているどころか大暴れだ。今外であんなに呑気に出店の飯を食えているのが何よりの証拠だ。目視できる範囲内にモンスターはいない。これは異常なことだぞ。普段はすぐ近くまでモンスターが近づいて来る。」
どうやら9大ダンジョンに挑めると言うことでナイトもテンションが上がってしまったらしい。ミチナガの知らないところで暴れに暴れているとのことだ。おかげで常駐している兵士たちは随分と楽ができているらしい。
「モンスターが減ればその分問題も起きなくなる。そして次のモンスター発生までに我々は中心部を目指す。1000キロの道のりをできる限り早く移動する。昼前までには各地の兵士たちから情報が上がって来るはずだ。そこで問題がなければすぐに出発するぞ!」
「おお、それは良かった。急いだ甲斐がありましたな。」
突如聞こえて来た声にミチナガ以外の全員が武器に手をかける。その表情には驚きとうっすらと汗が見える。そんな中ミチナガは何事もないかのように手をひらひらと振っている。
「ちょうど良いタイミング…なはずなんだけど、現れ方はよくなかったなヴァルくん。いきなり出て来るとみんなびっくりするよ。」
「これはすみません我が王よ。これだけ多くの兵がいる地なので下手にバレて問題になってはと気配を断絶しておきましたので。」
ミチナガとヴァルドールはお互いに笑い合う。ただヴァルドールは下手に素顔を見られないようにとリッキーくんのお面をしている。それがまた不気味だ。しかしヴァルドールだとわかると皆渋々武器にかけた手を下ろす。そんな中ザクラムだけはヴァルドールへと近づいていった。
「貴様が伝説の怪物ヴァルドールか。報告だけは受けたが本当に生きていたとはな。」
「……黒帝ザクラム。噂は聞いた。代々12英雄の中でも継承されることがそうそうない黒の名を冠した魔帝だと。黒騎士の名を受け継いだということか。」
「そうだ。この俺が黒騎士の意思を受け継いだ。どうだ?黒騎士が果たせなかったことを今俺が果たしてやろうか?」
殺気が漏れる。空気が刺すようだ。ミチナガも思わぬことに思わず体を震わせている。そんな中ヴァルドールは真っ直ぐにザクラムを見た。ヴァルドールが見上げるような大男のザクラムは本当に強い男だ。しかしヴァルドールはそんなザクラムを鼻で笑った。
「あのクロの意思を受け継いだだと?お前はそんなんじゃない。我も黒騎士とは早いうちに出会わなくなったが、その時でさえお前なんぞとは格が違う。あの女は強かった。今ならよくわかる。あれはまさに大英雄と呼ばれるだけの存在であったと。」
ヴァルドールははっきりとそう言い切った。目の前のザクラムをまるで恐れていない。あまりにも不遜な言葉にも思える。しかし実際に黒騎士と戦ったヴァルドールだからこそ、説得力がある。このままどうなるのかと心配した一同であったが、ザクラムは笑い出した。
「この俺なんぞとは格が違うか!そうかそうか。やはり大英雄に至るのには先が長いか…私もまだまだ強くならないとな。不死身の吸血鬼ヴァルドールよ、もっと黒騎士のことを教えてくれ。あの時代に戦ったお前の話を聞きたい。」
「ふむ…思い出話はあまりしたくないのだが……まあいいだろう。お前を見ていたらあの脳筋馬鹿を思い出した。お前はどちらかというとあれに似ているな。」
「脳筋馬鹿…100年戦争時代…まさか13英雄の闘帝ガザラムか!私はあれの親戚筋だ。」
「やはりか。暑苦しさといい何か奴に似ているものを感じた。奴も13英雄に選ばれていたんだな。奴の打撃は再生するまで時間がかかった。」
「おお!ヴァルドールと英雄ガザラムの戦いか!よし、聞かせてくれ。」
ザクラムはヴァルドールに腕を回して肩を組む。ヴァルドールはその様子を見て当時を思い出したのか深いため息をついた。よほどそのガザラムというのは面倒な相手であったのだろう。しかしミチナガはどこかヴァルドールの楽しげな雰囲気を感じ取った。
「なんだか無事に行ったようで何よりです。」
「そう…だな。おいザクラム。出発は4時間後を目安にしている。ほどほどにしておけよ。」
ザクラムは軽い返事をするとそのままヴァルドールと話し始めた。その間ミチナガは今後の自分の動き方や役割をアレクリアルと話し合う。手短に済ませたつもりなのだが、いつの間にか各地から情報が寄せられ、出発に問題ないことが確認できた。
それから1時間後の出発の時間まで各自準備を整えることになった。ヴァルドールも必要な画材などを準備するため、ザクラムとの話しを終えてミチナガとともに準備へと向かった。
「はぁぁぁぁ……」
「ご苦労だったなザクラム。どうだった?伝説の怪物を間近にして。」
「どうなんてもんじゃないですよ。黒騎士様はどうやってあんな怪物を撃退したんですかね。今はこちらの仲間だということで試しに威圧して見ましたけど、戦いになったらどうなっていたことか。」
「ほう?12英雄最強と呼ばれるお前でも厳しいか?」
「いや…多分殺すことはできると思います。いや殺す…という言い方は語弊がありますね。なんせ奴は不死身。殺しても死なない。つまり奴に負けはない。必ず引き分けにできるんですよ。どんな強敵でも死ぬことはなく、生き延びることができる。あの大英雄黒騎士を持ってして殺せない怪物を俺がどうやって滅ぼすことができるんですか?奴の体をぶつ切りにしたって奴は生き返る。滅ぼす方法がなけりゃ戦う気も起きませんよ。」
「ミチナガ曰く細胞単位で消滅させればいけるらしいぞ。もしくは肉体丸ごと異空間に飛ばすとかな。」
「あんな強靭な肉体を持つ男を細胞単位で滅ぼす?神魔でもなけりゃ不可能ですよ。異空間に飛ばしても奴は魔法の天才。簡単に脱出してきます。手の打ちようがありません。ミチナガって男はよくあんな怪物を手懐けられましたね。」
「簡単な話だ。怪物を御することができるのもまた…怪物ということだ。」