第348話 ヴァルくんと刺激と
「ぬぅ…アイデアが…何も湧かない……」
『ヨウ・ありゃ、スランプ?』
「いえ…そういうことではなく何か刺激が欲しくて…何かありませんかなヨウ殿。」
ヴァルドールは一人原稿の前で悶絶している。何か新しいアイデアが欲しいのだが、そのアイデアに必要な情報が何もないのだ。色々とアイデアはあるのだが、何か新境地を開きたいと考えている。
そんなヴァルドールの思いを理解したヨウはいくつか案を考える。その中の一つを気に入ったヴァルドールは早速行動に移す。
「わぁ!リッキーくんだ!」
「リッキーくーん!」
ヴァルドールはリッキーくんとなり街を歩いていた。刺激というのはやはり人と触れ合うことで得られることが多い。特にヴァルドールの場合、これまでの人生で人と触れ合うことが少なかったので刺激は強いだろう。
ちなみにヨウも着ぐるみに着替えている。ヨウが着替えたのはいたずらネズミのティミーだ。いつもリッキーくんの周りをチョロチョロしており、いたずらばかりする。物語の始まりにこのティミーがよく登場しており、話のきっかけを作る重要なキャラだ。いたずらばかりしているがそこが可愛いとそこそこ人気もある。
ちなみにクマをモチーフにしたリッキーくんはおっとりとしており、ティミーのいたずらにすぐに気がつかずに振り回される。このおっとりとした性格がまた人気を呼んでおり、堂々の一位人気を得続けている。
そんなリッキーくんとティミーが街に出ればあっという間に子供達に囲まれてしまう。そんな子供たちを引き連れながらリッキーくんとティミーは街を行く。特に当てなく歩く気ではあったので、子供達に案内されるまま2人は歩く。
子供達はリッキーくんとティミーになら構わないと秘密の場所をいくつも教えてくれた。路地裏の先にある小さな公園。ゴミで塞がれていると思われた通路の先は子供達の秘密基地となっている。さらに子供達でも屋根の上に登れる秘密の場所。綺麗な花が咲いている細い通路。
大人とは違う視線の高さならではの着眼点だ。これは激しい刺激となっているようでリッキーくんは先ほどからアイデアが止まらないらしい。やはり子供と触れ合うというのはリッキーくんにとっては最高の刺激のようだ。
そんな子供達は最後に一つの建物の前に来た。そこには大勢の子供達がいる。そこは孤児院だ。そこにいる大勢の孤児達がリッキーくんを見つけると大はしゃぎでやってくる。リッキーくんに抱きついたり飛びかかったり…中には嬉しくてその場で泣き出す子までいる。
そんな子供達全員と遊ぶリッキーくん。子供達の無尽蔵の体力に疲れ果てるリッキーくんであるが全く嫌な疲れではない。子供達と遊ぶリッキーくんは本当に楽しそうだ。そんなリッキーくんは子供達の夕食まで付き合い、子供達が眠るまで一緒にいた。
子供達はあまりに楽しかったのか皆疲れ果ててぐっすりと眠っている。その様子を見た孤児院の職員はその目にうっすらと涙を浮かべている。
「ありがとうございます。子供達も本当に喜んで…」
「それじゃあ僕たちはこの辺で!」
子供達が寝静まったのを確認したリッキーくんは職員たちに別れを告げて孤児院を去って行った。職員たちは総出でリッキーくんのお見送りをした。するとその去り際に職員たちは一つのことに気がついた。肩に乗っていたティミーがいないのだ。
忘れていったのかと心配した職員たちは慌てて孤児院の中に戻りティミーを探そうとする。するとそこには山のように積み上げられたプレゼントの数々があった。その光景に驚愕する職員たちの目の前に一枚の紙がひらひらと舞い落ちてきた。
「『リッキーくんといたずらティミーより。』まあ…なんといういたずらさんなのでしょうか。ありがとうございます。」
職員たちは皆プレゼントを前に大きく一礼した。そしてその翌朝、起きた子供達がプレゼントの山をみて大興奮したのはいうまでもないだろう。
「お疲れヨウ殿。バッチリおけましたか?」
『ヨウ・もっちろん!あ、それと今はティミーだよ。いたずらティミー。』
「おっと、これは失礼。お疲れ様ティミー。」
『ヨウ・そっちこそお疲れ様。それで…新しい作品作りの刺激は十分?』
「もちろん!アイデアが湧き出て湧き出てしょうがない。帰ったら徹夜で書かなければ。」
『ヨウ・程々にね。』
リッキーくんとティミーはスキップしながら家路につく。そして帰宅するとこんな時間まで連絡もせずにどこに行っていたんだとポチに散々怒られた。遊び歩いて帰りが遅いと怒られる。ありきたりなワンセットであるがリッキーくんことヴァルドールにはあまりに新鮮な刺激であった。
吸血鬼の王であったヴァルドールが帰りが遅いと怒られるはずもない。しかしそのおかげでさらなるアイデアが湧き、数日間は徹夜が続いたという。
それから1月後。英雄の国から遠く離れた、それこそ海を越えた先にあるミチナガもまだ訪れたことのない国でのこと。その日、そのとある国の一つの店先には大勢の人だかりがあった。その人だかりは数日前から告知されていた新作の発表による影響だ。
『白之拾壱・新作だよ〜!VMTシリーズの新作絵本の発売だよ〜!押さないで一列に並んでね〜!』
列には大勢の人々が並んでいる。しかしよく見るとどこか人とは違う異形の姿も見られる。毒々しい紫色の肌や闘牛のごとく巨大な角を持つ者。彼らは世界でも珍しい異形種と呼ばれる者たちだ。
中には背中から羽の生えたものもいる。そんな彼らは空を飛んで一目散にこの店にやってきている。ここは魔国、神魔のフェイが住む魔族だらけの国である。そんな魔国には以前フェイに連れてこられた使い魔の白之拾壱がミチナガ商会を立ち上げている。
ここまで随分と苦労があった。神魔のフェイに連れ回されてあちこちを飛び回り、出店するためになんとか協力者を得たり、魔族の趣味に合う商品を模索したり本当に大変だった。そんな魔族相手に現在売り上げトップ商品はVMTシリーズだ。
理由はよくわからないが飛ぶように売れている。今VMTシリーズの売り上げの5分の1をこの魔国で稼いでいる。しかもまだ店舗は2つしかないのにだ。そして今も新作発表したら開店前から列ができてあっという間に完売しそうだ。
「店長、残り10冊になります。増刷はないんですか?列がまだまだ続いていて…」
『白之拾壱・ちょっと待って…今他の店舗からなんとか…よし!プラス50は確保した。それで何とかして。これ以上はもう無理!』
「わかりました。それでは60人のとこで売り切れ告知してきます。」
店員が列の途中で売り切れ宣言すると大きな悲嘆の声が上がった。この調子だと次回入荷の際もまた長蛇の列ができそうだ。もう少し発行部数を増やしてもらえるように言った方が良いだろう。
完売するとあちこちで買えなかった人と買えた人が集まり鑑賞会をしている。それほどまでに待ち望むファンが多いのだろう。白之拾壱はその中の一つの集団に近づいた。
「はぁ…やっぱり絵も良いし話も素敵。これが人間の視点なのね。私たちじゃ気がつかないとこに気がつく。ここ!ここ見て!ここの細かいところにも遊び心があるの。」
「「「おぉ〜〜」」」
『白之拾壱・リミーさん今回も気に入ってくれましたか?』
「もちろんよ!さいっっこうね!!」
リミーという少女はこの魔国で初めてVMTシリーズの絵本を買ってくれた人だ。表紙の絵柄に一目惚れしてからというものこの国で、いやこの世界で一番のVMT作品のファンだろう。そこそこの名家の令嬢らしくVMT作品の持っていないアイテムは無いほどの金のかけようだ。
おまけに今度VMTキャラをモチーフにした家まで建てるらしい。今着々と工事が進んでおり、本人も完成が待ち遠しいようだ。この話を聞いたときは白之拾壱もさすがにドン引いた。ただこの話を聞いたヴァルドールは喜び、何かプレゼントしようと計画しているらしい。
「はぁ…どんな素敵な人が作ったのかしら…」
『白之拾壱・案外お仲間かもしれませんよ?』
「ありえないありえない。向こうの大陸に残っていたのは荒々しい蛮族だけよ。みーんな人間を根絶やしにするのだぁ!なんて言って戦って死んだに決まっているわ。こんな素敵な作品を作ることのできる人間を殺すなんて間違っているわ。でも…こんなに素敵な人間なら一吸いくらいさせてもらいたいわね。」
『白之拾壱・あ、やっぱり吸血衝動とかはあるんですね。』
「そりゃあるわよ。なんせ私は吸血鬼ですもの。まああくまで血は嗜好品だけどね。私は別に血を吸いたいっていう欲望はなかったんだけど…こんな素敵な作品を作るお方なら別。ぺろっとくらいでもいいからさせてもらえないかしら。」
『白之拾壱・なんか話だけ聞いていると嗜好品というよりも性欲的な…っと、仕事に戻らないと。それじゃあ今後もよろしくお願いしますね。』
白之拾壱は店へと戻る。どうやらヴァルドールも魔族であるから同じ魔族同士の方がVMT作品も受け入れやすいのかもしれない。特に同じ吸血鬼ならばそれが顕著に出るようだ。そのうち詳しく研究して見ても面白いかもしれない。