第337話 二人の食事会
空には星々が輝く。しかしいつも見る星よりも随分少なく感じる。だがそれは悪天候だからということではない。目下に広がる神々しいパレードの明かりによって星の光を肉眼で捉えきれないからだろう。
なんとも美しく輝くパレードを多くの人々が見物している。このパレードは毎日行われているが、毎回趣向が凝らされており、何度見ても飽きないようになっている。そんなパレードの様子をミチナガはVMTランドの中心にそびえる城の上から眺めている。
ここは限られたものしか入れない。つまりこの光景はごく少数しか見たことがない価値ある光景だ。ミチナガはそんな光景を酒を片手に眺めている。最高の贅沢と言えるだろう。ミチナガはしばらく眺めたのちに満足したのか部屋の中へ戻っていった。
部屋に戻ったミチナガは服を着替える。そしてゆっくりとした足取りで部屋を移動していく。たどり着いた場所はダイニングルームだ。すでに食事の準備が整えられている。しかしそこには数人の給仕係以外に人はいない。
ミチナガは案内されるがまま席に着き、軽く伸びをする。そしてフッとため息をつくと、突如扉が開き大量のコウモリが入って来た。そのコウモリたちは規則正しい動きをしながら一つにまとまっていく。そのまとまりはやがて人型になり、ヴァルドールとなった。
「我が王よ、申し訳ありません。お待たせいたしました。」
「こっちもちょうど来たとこだよ。上からパレードの様子を見ていたから。あの中に混ざって眺めていても良かったけど、今日ははしゃぎすぎて疲れた。次回からは夜のパレードを見る体力は残しておかないとな。」
「満喫していただけたようで何よりです。それでは早速食事にいたしましょう。」
「それが良い。今日は動いたからお腹が空いちゃってね。」
早速ミチナガとヴァルドールの食事会が始まる。食事会とは言ってもそこまで堅苦しいものではない。友人同士の楽しい食事会だ。ただヴァルドールの食事の所作というのは実に美しい。吸血鬼の王として長く君臨し続けているだけあって王としての嗜みがしっかりしている。
そんな姿を見たミチナガは思わず肩に力が入ってしまう。ミチナガも王としてふさわしい所作を身につける必要があるとしっかりと思わされた。
そんなミチナガとヴァルドールの話はお互いの近況報告だ。ミチナガは主に苦労話ばかりだが、ヴァルドールは本当に楽しいようで毎日どれだけ幸せかという話ばかりする。そんな報告を聞けたミチナガは思わず笑みが出る。
「それから今度また新しいアニメ映画を作ろうと考えておりまして…それから実写映画も考えているんです。」
「楽しみだ。完成したらたまには映画館で観ようかな。それにしてもヴァルくん。本当に変わったな。初めて出会った時とは考えられないくらい。」
「すべて我が王よ、あなたのおかげです。私は今が一番人生の中で楽しい時間です。楽しいと1日が短く感じると言いますが、あれは本当なのですね。1年があっという間に過ぎ去る……」
ヴァルドールは瞳を閉じてミチナガに出会ってからのことを思い返した。あまりにも楽しい日々を思い返したせいで思わず声が漏れた。そんな声にミチナガもつられて笑ってしまう。そして二人して大笑いしてしまう。楽しくて楽しくてしょうがないのだ。
「そういえば我が王よ。これより数日のうちに英雄の国に向かわれるとか?」
「ん?まあアレクリアル様を待たせているからな。明日…明後日くらいには出発しようかなって思っているんだ。アレクリアル様のとこに挨拶したらまたとんぼ返り…の前に白獣の村にも行かないとな。行ったら行ったでまた忙しそうだ。今度いつここに来られるか…」
「互いに多忙ですな。ところで我が王よ…実はですな……せっかくなのでちょっとした集まりと、パレードをしたいと思っておりまして…」
「パレード?それに集まり?」
どういうことなのかと尋ねると使い魔達から説明が入った。実はミチナガに内緒で現在英雄の国にミチナガ商会の幾人かの者達が集まっているということだ。そしてせっかくミチナガがここまで出世して英雄の国に戻るのだからパレードでも開いて大々的にミチナガの名を売りたいということなのだ。
「え〜〜…パッと会って、パッと終わらせるつもりだったのに。」
『ポチ・どうせそう言うと思ったよ。まあミチナガ商会の紹介みたいな感じで広告にもなるからさ。みんなだって準備始めてんだから。』
「みんなって誰よ?」
『ポチ・まずはヴァルくんでしょ。それからナイト。それにアンドリュー子爵も来てくれるって。あとはメリア。他にも従業員達が何人か集まってくれているよ。メリアなんてボスあったことないでしょ?』
「まあ2、3度テレビ電話くらいしか……ヴァルくんに至っては俺とナイトしか知らないか。そう言う意味では初の顔合わせにもなるんだな。う〜〜ん…準備しちゃったの?…じゃあパレードやるか……」
初めからミチナガに知らせていてはきっとめんどくさがってパレードなんてやらなかっただろう。これは使い魔達の作戦勝ちだ。ヴァルドールもそれを聞いてホッとした様子だ。実はそのパレードに向けて色々と新しく作っていたとのことだ。
「あ!そうだヴァルくん。この話もしないとな。実は絵の才能がある子供を見つけてさ。この才能は埋もれちゃダメだと思ったから連れて来たんだよ。会ってくれるか?それで…気に入ったらでいいから絵を教えてやってほしい。」
「我が王がそこまで言うのであればその者は本当に才能溢れる者なのでしょう。そう言うことでしたら喜んで受けましょう。…ちなみに今その子供はどこに?」
「旅の疲れとこの街の人の多さにやられたみたいでな、少し熱があるから休ませている。まだ熱が下がっていないみたいだから明後日くらいには会えるかな?」
エリーは昨晩から熱が出たので姉のエーラと共に宿で休ませている。ミチナガは慣れたが、やはり子供の長旅というのはそれなりに疲労が溜まるようだ。ヴァルドールからしてみれば長旅で疲れて熱を出すなど考えられない。そう思ったのだが、そう言うことならばと解熱剤などが必要ないか聞いて来た。
「結構詳しいな。…なんと言うか意外だな。もっと人間の子は大変だな、とか言うかと思った。」
「ハハハ。少し前はそうでしたが、このランドを開いてからと言うもの、子供達が十分に楽しめるように子供の表情一つで具合が悪いかどうかを見分けねばなりませんから。子供達が楽しむために我々は努力を怠りません。」
「さすがはプロ。俺よりも経験豊富か。」
それから話し合いを行い、ミチナガの英雄の国への出発は3日後、エリーとヴァルドールの対面はエリーの熱が下がった翌日ということで決まった。最悪エリーの熱が下がらなかったら、英雄の国で一仕事終えてから挨拶ということになる。
「それにしてもみんなとちゃんと会えるのか…連絡は取れるけど、アンドリュー子爵に関しては会うのはすごい久しぶりだよ。なんだか楽しみだな。」
「私も我が王のご友人に会えるのが楽しみです。」
そんなことで再び話に花が咲くのだが、日をまたぐ前に食事会はお開きになった。互いに多忙な身だ。明日はミチナガもこの国でのミチナガ商会の業務確認をするし、ヴァルドールもリッキーくんに仮装したり、新しい映画の脚本や作画を手がけなければならない。
話の続きはまた明日の夜の食事会の時にでも、そう言って互いに床についた。寝床についたヴァルドールは笑みを浮かべたまま、また明日というその言葉を眠る直前まで何度もなんども思い返した。
「また明日…また明日か…この私が明日を心待ちにするとはな…ふふふ……」