第321話 夢の国、VMTランド
『ヨウ・そこの塗装発色悪いね。使う塗料変えよう。最終調整しっかりとね。』
ヨーデルフイト王国では現在ヴァルくんとミチナガ商会共同建設中のVMTランドの最終調整にかかっている。すでに当初予定されていたアトラクションや建物は全て完成している。あとは雨の日、曇りの日、晴れの日などでも見た目が損なわれないように微々たる調整を続けている。
このVMTランドの開園はもういつでもできるのだが、現在英雄の国から特別に魔導列車を通すための線路を作っている。もう来月には完成する予定なので線路の完成と開園を合わせる予定となっている。
さらにミチナガ商会の働きかけで、各地から多くの人々を開園に合わせて招いている。一部費用をミチナガ商会が賄うおかげで、多くの人々が普通の旅行感覚で来てくれそうだ。
大勢の来客に合わせてすでに100人以上のスタッフを雇い入れている。中でも各地を転々とする移動劇団を雇うことに成功したのがでかい。かなり貧しい劇団だったようだが、貧しい子供達にも劇を見せたいという思いから観覧料が低いせいで貧しかっただけであって、劇のレベルは非常に高い。
そこでVMTランドのことを話し、毎月どこかの貧しい村や孤児院の子供たちを無料で招くことを条件に雇い入れることに成功した。おかげで既にパレードの準備までできている。もう準備だけで言えば完璧だ。あとはオープンを待つのみ。しかしそんなVMTランドに予期せぬ来訪者が現れた。
「と、盗賊だぁ!」
「こんな派手なもん作って随分金が有り余っているみたいじゃねぇか!めちゃくちゃにされたくなかったら金をよこせ!」
既にこの辺りの盗賊などは駆除しておいたのだが、どうやらどこかから流れてきた盗賊らしい。慌てて逃げ出す職員、周囲を破壊し続ける盗賊たち。現場は大混乱だ。そんな混乱した現場に、何とも似つかわない一体の着ぐるみがやってきた。
「あ?なんだこの変なのは?」
「え、園長だ。リッキーくんがきたぞ!」
「ハハッ!リッキーくんだよ!僕のランドを壊すなんて悪いやつらだ!懲らしめてやる!え〜い!リッキーくんパ〜ンチ!」
突如現れリッキーくんの着ぐるみ。そのリッキーくんはドタドタと何とも情けなく、何とも可愛らしい走り方で盗賊たちの方へ向かう。それを軽々と迎撃しようとした一人の盗賊は剣を振り上げ、そしてなぜか硬直した。
「え〜い!」
なぜか動けず、硬直したままの盗賊の鳩尾にリッキーくんの拳が深々と突き刺さる。吹っ飛びもしない実に重いパンチは盗賊を悶絶させた。その様子を見た他の盗賊は得体の知れない恐怖に恐れおののいた。しかし逃げようにもなぜか足が動かない。
「ハハッ!よ〜し!みんなやっつけちゃうぞ!」
「や、やめ…」
そのまま一歩も動けない盗賊たちは全員リッキーくんの重いパンチをくらい、意識を失った。
「ありがとうございますリッキーくん!助かりました。」
「みんな怪我がなくてよかったよ!それじゃあ僕はこの人たちを連れて行くから、みんなは壊れたところの修理をよろしくね!」
使い魔たちによって台車に乗せられた盗賊たちはそのままどこかへと運ばれて行く。その背後では急いで修繕が行われていった。
そんな盗賊たちはこのVMTランドの中心にある城へと運ばれた。この城はこのVMTランドの象徴である。そんな城に運ばれていった盗賊たちはその城にある、誰も知らない隠し通路によって地下深くへと連れて行かれた。
途中からエレベータによって地下へと降りていったせいで一体ここが地下何メートルなのかわからない。そんな地下深くではなぜか笑いながら列車に塗装を施して行く人々の姿があった。
「「「世界中に笑顔を届けるために!今日も元気に笑顔で塗装しよう!ハハハハハ!世界中に笑顔を届けるために!今日も元気に笑顔で塗装しよう!ハハハハハ!」」」
今塗装されているのは、線路が完成した際に走らせる特別列車だ。全てVMTランド仕様になっている。側面や内部にはVMTランドのキャラクターの絵柄が描かれている。何とも可愛らしい塗装だが、現場は狂気に満ちている。よく見るとそこにいる人々の中には世に知られた者たちも何人か混じっている。
村を4つ焼き払い、全てを奪った盗賊団赤鼻。貴族の子息や子女を誘拐し、金銭を奪ったのちに残虐な姿にして親の元に返す狂人リッパー。そしてダエーワの大幹部マナフ。このマナフはダエーワの大幹部の中でももっとも残虐な男とまで言われていた。
ここにいる者たちは全員犯罪者だ。そんな危険な彼らがなぜこんなにも狂ったように笑いながら列車に塗装しているか。それはここの看守長のリッキーくんによるものだ。
「君たちはこれまで世界中に悲しみを生み出してきた!だからそれを償うためにこれからは世界中に笑顔を届けることをしよう!さあみんな!今日も頑張っていこう!」
「「「ありがとうリッキーくん。今日も僕たちは笑顔でみんなの喜ぶことをします。ハハハハハ!」」」
誰もが二つ返事でリッキーくんの指示に従う。それはなぜか。その答えは実に単純なことだ。誰もがリッキーくんに勝てないことを知っているからだ。ここにいる全員がリッキーくん、もといヴァルドールによって連れてこられた罪人だ。
この世の悪党の中でレジェンド的存在であるヴァルドールの思考は常人とは異なる。悪人であれば悪人であるほどヴァルドールの思考に近くなる。ヴァルドールは自身の考えと予測の元に世界中に己の分体を飛ばして悪人を集めている。
悪人が減ることで誰も困るものはいない。むしろ悪人がいなくなったことで喜ぶものしかいない。だからヴァルドールの行いは使い魔たちも承認している。こうして集めた人手を使ってVMTランドに必要なものを作らせている。
そんな中、一人の人間が発狂しだした。それはまだ先月連れてこられたものである。この常に笑いながら作業をさせられているという状況に心が耐えられなくなったのだ。暴れだした人間からは誰もが巻き込まれないように距離を取る。
そんな暴れだした人間の元へ瞬時に移動したリッキーくんはその両手足を異空間から出現させた鎖で封じる。もがき苦しむ人間を前にリッキーくんはその人間の頭に手を置いた。
「嫌だぁぁぁ!もう嫌だぁぁぁ!!誰かぁぁ!!誰か助けてくれぇぇ!!」
「ハハッ!大丈夫…大丈夫さ。ただの夢…君が見ているのはただの夢さ。ほら、もう夢から覚めた。」
「あ…あぁ…そんな…す、すみません…すぐに作業に戻ります……」
「ハハッ!頑張ってね!」
リッキーくんがいる限り正気を失うことも許さない。脳がこの状況を拒否して狂ってしまったとしてもリッキーくんの魔法によってすぐに元に戻される。リッキーくんに、ヴァルドールにかかれば人間を壊すことも戻すことも容易なことだ。
悪の中の悪。これだけの巨悪を前に誰もが己の悪をただの子供のイタズラ程度にしか思えなくなる。そしてそんな自身の悪という定義を軽く超えてしまう巨悪に逆らった時、自身の身に何が起きるか想像もできない。
その想像もできない恐怖を前に誰も逆らうことはできなくなる。それにたとえ全員一致団結して反逆してもきっと今のように笑いながら頭をいじられ、また同じように作業をさせられるだけなのだから。今日も罪人たちは笑顔で作業に臨む。
これより一月後。ヴァルドールの夢、VMTランドがついに開園した。開園当日から数万人もの来場客を動員したVMTランドは世界に知られていくようになる。そしてVMTランドが世に知られるようになると同時にもう一人の存在が世に知られていくようになる。
大人も子供も、世界中の人々を笑顔に変えるVMTランドの総責任者。夢の国の魔帝リッキーくん。その正体は一部の人間しか知らない。
余談であるが、数年後。VMTランドの一部の商品に隠し文字があるのではないかとまことしやかに囁かれる。それを解読した一部の人々からは、実はVMTランドの地下に秘密の研究所がある、リッキーくんの正体は世にも恐ろしい存在であるなどと様々な憶測が飛び交うことになる。
しかしそんな噂はただの噂にすぎず、すぐに何事もなかったように騒ぎは収束された。騒ぎの情報源となった人々もただも妄言であったと謝罪したという。ただの夢の妄言であったと。
あくまでこの話は私が考えたものであり、実在するものとは関係ありません。
関係ありませんよ。ハハッ!