第320話 第1次カレーブーム その2
好評なようで何よりです。
あれから4時間、ひたすらカレーを守るために戦い続けた。そして4時間後、ついにカレーが完成した。周囲にはモンスターもおらず、森カレーをするのには完璧なタイミングだ。しかしここで問題が発生した。
「なんだと!…米を炊くのを忘れていただと……」
「す、すいません。い、今から急いで炊きます!」
「当たり前だ!…くそ!米を水に浸すのに30分、炊くのに20分、蒸らすのに10分と考えたら…今から1時間かかるのか。」
「待て、俺はカレーには少し硬めの米が合うと思う。だから浸す時間を15分まで減らし、蒸らしも5分にしよう。これで20分の短縮ができる。」
「馬鹿野郎!俺はふっくらご飯が好きなんだ!蒸らしは10分…これだけは譲れねぇ……」
「ちっ!……わかった。もう45分間……守り抜くぞ。」
男たちは武器を手に再び立ち上がる。せっかくモンスターが来ない、森カレーを食べるのに絶好のチャンスだというのにそれを不意にして再び守らなくてはならない。さらにカレーはもうできているというその事実が男たちの心をざわつかせた。
しばらくした後に再び押し寄せるモンスターの群れ。しかしそのモンスターの対応はどこか浮き足立っていた。そのせいで怪我をして前線を離脱せざる得ない者たちが出てしまった。一応ポーションと魔力による自然回復で傷は回復できる。
だがこれまでの連戦と怪我の治癒により、魔力量が限界だ。そこで料理番の男と交代し、料理番の男が前線に加わる。後は米を炊く火の番をすれば良いだけだ。料理番の男はこれまで戦闘には一切加わっていなかったので体力、魔力共に有り余っている。
男たちは必死に戦った。押し寄せる大量のモンスターを前に一歩も引かず戦い続けた。そして目標の45分後、ついにその時は訪れた。
「炊けたぞぉ……米が…米が炊けたぞぉ!!」
「よし!…だがこのモンスターの量じゃ……」
「この群れはしばらく収まらん!米のことを考えると今が森カレーを食べる好機!半分に分けて先に守る奴と食べる奴を決めよう。」
「そ、そんなこと言ったって…全員食べたいはずだ!半数に分けるのなんて無理…」
「俺は守るぜ。食いたい奴は先に食いな。」
「そんな…お前だって早く食べたいはずじゃ……」
「言っただろ?俺は…カレーはふっくらご飯派なんだよ。」
「俺も、こいつもあんたについていく。俺らに任せて先に食ってろ。」
「くっ!…かたじけねぇ!!」
7人のパーティーを半数に分け、先に4人が森カレーを食べることになった。仲間の戦闘音を聞きながら食べる森カレーの背徳感は尋常じゃない。しかしすでに男たちの目はカレーにクギ付けだ。米を均等によそり、カレーを注ぐ。注がれるカレーが炎に照らされ美しく輝く。
「「「「おぉ…」」」」
目の前に並べられた森カレーの神々しさは半端じゃない。それに何より香りがすごい。確かに超スパイシーと言われるだけの香りを放っている。男たちは震える手でカレーにスプーンを入れる。
「いただきます……こいつは…なんていう美味さだ。玉ねぎの甘みとコクが最大限生かされている。」
「それだけじゃねぇぞ。この肉だ。見ろ、口の中でほろほろと崩れるこの肉。臭みもとってあるし柔らかく仕上がっている。こいつは…プロの腕前だ。」
「おほめに預かり光栄です。…実は俺、飯屋の子でさ。飯にはうるさいんだよ。それにこの前ミチナガ商会で料理の講習会あっただろ?あれにも出て勉強してんだ。」
「いやお前…これなら冒険者やめても飯屋で十分食っていけるぞ。時々で良いからまた俺たちとパーティー組もうぜ?」
カレーを食べているといつのまにか和気藹々と楽しくなっている。しかし仲間たちは今も戦っている。だから急いでこのカレーを食べるべきなのだがこのカレーは是非ともじっくり味わいたい。
すると急に戦闘音が止んだ。すぐに今まで戦闘音がしていた方を振り向くとそこには3人の勇士の姿があった。
「俺たちにもカレー…よそってくれるか?」
「もちろんだ!みんなで食べよう!!」
なんと3人はカレーを食べたいという気持ちだけでモンスターの群れを追い払ったのだ。これで安心してカレーが食える。残り3人分もよそったが、まだカレーはある。お代わりもできる喜びに男たちの口角は思わず上がる。
「ほら、お前らの分は大盛りだ。最後まで戦ってくれてありがとうな。」
「気にすんじゃねぇよ。それより…早く食べようぜ。」
男たちはついに森カレーという偉業を達成した。森カレーを食べることのできる強者として認められたのだ。男たちの目にはかすかに涙まで浮かんでいる。そしておかわりのカレーをよそった時、それはやってきた。
「なんだこの地響き…」
「この感じ…まさか…!」
「「「た、助けてくれぇぇ!!」」」
突如現れたのは他の森カレーパーティーだ。彼らは5人のパーティーだったため、モンスターの襲撃に耐えきることができなかったようだ。そして命からがらここまでやってきたということである。
「マジかよ!こいつらワイルドファングボアの群れ連れてきやがった!」
「今の俺たちに守りきるのは無理だ!お代わり分のカレーは諦めろ!逃げるぞ!!」
ワイルドファングボアはC級上位のモンスターだ。そして群れになるとその危険度は上がる。さらに他にもいくつか別のモンスターも伺える。そしてワイルドファングボアの強力な点はその突進力だ。今、森カレーを食べて緩みきった彼らにはその1撃を防ぐとこは難しい。
森カレー達成からのまさかの撤退。とにかく走って走って逃げまくる。やがて森から抜けることにはとうにワイルドファングボアの群れはいなくなっていた。
「に、逃げ切ったか……」
「お、お前ら…他の冒険者に…モンスターの群れを押し付けるのは…ご法度だぞ…」
「すまねぇ…森カレーが完成した直後に奴らが現れて…森カレーを台無しにされた。もうその時には俺らの戦意は喪失していた…」
彼らも森カレー完成まではこぎつけたらしい。しかし完成した直後に襲われ、森カレーを台無しにされた。そんな彼らの表情は失意のどん底であった。そんな中、一人だけ他よりも疲労感に溢れており、一人だけ満足そうな男がいた。それは料理番の男だ。そしてその手には鍋がある。
「へへっ…料理は俺の宝だ。とっさに結界張って持ってきたぜ。」
「お前…その結界って使い捨ての魔道具じゃねぇか。本来は貴重なアイテムを運ぶための…結構な値段するだろ。お前やっぱり…イかれているぜ。」
「まあな。それよりも…カレーはまだたくさんある。ここでもう一回米炊いて…みんなで森カレーの続きしようぜ。お前らも準備手伝えよ。」
「お、俺らも良いのか…そんな……ありがてぇ…ありがてぇ……」
もう森カレーではないのかもしれない。しかしそんなことは関係ない。男たちは必死に戦い抜き、そしてカレーを食す。この事実こそが重要なのだ。そしてそこに集まった男たちの結束力は高まったのは確かだ。そしてこの日を境に多くの冒険者同士の結束力が高まったのはいうまでもない。
「ギルマス。なんか前に一部のアホな冒険者が森カレーとか言ってやっていたじゃないですか。そしたらですね……」
「ん?あの馬鹿どもか。それがどうした。……あの森カレー以降モンスターの出現率が大幅に下がった?森カレーに誘引されてモンスターが大挙し、それをあいつらが倒したのが原因か。おかげで街道にてモンスター襲われる商人の割合が7割近く下がっている。」
「そうなんです。それで商業ギルドからも連絡が入りまして。もしも今後森カレーをする機会があるのであれば材料費や依頼料も出すそうです。多くの商人から森カレーをしてほしいって頼まれているらしいですよ。」
森カレー以降、周辺の村々でもモンスター被害が大幅に減ったらしい。しかもよくよく調べてみるとカレーの匂いにつられてモンスターが大きく動くようで、モンスター同士の争いも頻発し、モンスターの全体量が大幅に減ったらしい。
これに目をつけた冒険者ギルドと商業ギルドは提携し、月に1度森カレー日というのを制定した。これにより、街道を利用する人々は以前にも増して安全になったと喜んでいる。
そして記念すべき初めて森カレーを行なったこの日は森カレー記念日として、来年以降多くの冒険者たちがお祭り騒ぎをする記念日となった。
そして余談ではあるが、この日以降。ナイトは一部の冒険者から森カレーの魔帝と呼ばれるようになった。ナイト自身、この呼び名にはかなり複雑な思いがあるようだ。
そしてもう一つ。カレーによるモンスターの誘引効果であるが、今後100年以上学者たちの間で研究されていくが、その原因は誰にもわかっていない。




