第318話 それからの話
「ダエーワの大幹部2人殺害、2人逮捕か。おまけにこの大陸のダエーワの拠点は全て破壊。同様の動きが各地で広がり、氷国、英雄の国、魔国でもダエーワの拠点が破壊か。この辺りは外交的なことなんだろうな。うちもアンドリュー自然保護連合同盟に賛同します的な。アンドリューさんの影響力半端ねぇ……おまけに今じゃ釣帝なんて呼ばれて。魔帝クラスかぁ…さすがだなぁ。」
ダエーワの騒動から3ヶ月が経過した。その間にアンドリュー自然保護連合同盟の働きによりダエーワは今や見る影もない。今でも、もしもダエーワの情報が出回ればすぐさま討伐されることだろう。
そしてダエーワの大幹部はすでに半数が殺害か逮捕された。今やダエーワから魔帝クラスの闇商人という肩書きは失われた。せいぜい魔王クラスだろう。そして影響力の低くなった今、各地で恨みを買っていたダエーワは他の闇商人や国々から狙われて自然消滅する可能性まで出て来た。
それほどまでに暴れ続ければ、アンドリュー自然保護連合同盟の動きも穏やかになり大部分の国々は撤退を始めた。これでようやく平穏な毎日が近づいて来た。ただ一部の諸外国は今でもダエーワの情報を調査している。どうやら一人たりとも逃す気はないようだ。平和はまだ遠いのかもしれない。
そんな中ミチナガ商会はダエーワ撲滅のために支援物資を大量に出したことで一躍有名になった。何と言ってもアンドリュー自然保護連合同盟の同盟国軍数百万人の兵士の物資、食料など揃えられるほどの流通網と金を持っているというのは他の商会を恐れさせた。
ミチナガからしてみればスマホの中でたいていのものは作ることができるため、特に難しいことはしていない。ただこの数年間スマホの中で生産され、蓄えられていた大量の物資や食料はこの3ヶ月間の大量消費で底をつくかと思われた。
しかしそこは大量に増えた使い魔たちと、様々な農作業魔動機械の導入によって新たに食料は大量生産されている。そのため物資、食料の配布が滞るようなことにはならなかった。
だが、そんなことを知らない一部の人々はミチナガ商会の先行きを不安に感じていた。大量の物資を無償で提供すれば本来莫大な赤字は免れない。
しかし実際はスマホの中で、ファームファクトリーのアプリで生産された食物に関してはコストゼロなのでなんの痛手はない。そのため支援物資のために消費する金貨の量はだいぶ抑えられた。
むしろ抑えられたどころか、アンドリュー子爵を支援するミチナガ商会のためにと言って多くの貴族たちから多額の献金があった。つまりミチナガ商会としては大幅な黒字だ。出荷することもできず、倉庫の中でただ蓄えられていた物が多少なりとも金になったのだから。
だがそんな中、少しだけ面倒なことも起きている。それはミチナガを取り込もうと画策する人々の存在だ。
そもそもアンドリュー自然保護連合同盟がダエーワを潰すのにはミチナガ商会の支援なくてはあり得なかった。数百万人の兵をを動かすのには大量の物資が必要だ。それを自分たちだけで賄うようなことになれば、戦いに勝ったとしてもその後の国の運営が大変なことになる。
きっとミチナガ商会がいなければ、しばらくの間はアンドリュー自然保護連合同盟の同盟国から餓死者が大勢出たことだろう。下手すればアンドリュー自然保護連合同盟の運営そのものが破綻しかねない。
そんなアンドリュー自然保護連合同盟の同盟国軍の立役者でもあるミチナガ商会を手に入れることができればどんな戦争でも勝てる可能性が出てくる。ミチナガという存在そのものが手に入れたい非常に価値あるものへと変わった。
ただすでにミチナガは魔帝クラス。さらには英雄の国で爵位をもらっている。つまりは勇者神のお手付きだ。下手に手を出して勇者神を怒らせるようなバカはいない…と言いたいがそんなバカはちらほらいる。そういった輩を抑えるのは実に面倒だが、放っておくわけにもいかないため使い魔達が対処している。
そしてもう一つ面倒なこと。これは本当に面倒なのだが重要なことがある。ミチナガはそのため働き詰めである。それはダエーワのドランドによる支配がなくなったこの国の運営である。
すでにこの国の王は死亡。王族までもが全て死んでいる。大臣や国の運営に必要な人材は誰もいない。あるのは麻薬中毒の国民と難を逃れた人々、それに洗脳教育された子供達が残された空っぽの国だけである。
はっきり言ってこの国を放棄して国民は他の国々に預かってもらうのが一番かもしれない。しかしそうはできない理由がある。
まずこの国は国を取り囲むようにしっかりと壁が作られている。この全てをそのまま放棄すれば盗賊や悪人の根城にされかねない。破壊するのも大変だ。そしてもう一つ、この国にいる人々のことである。
重度の麻薬中毒者が国民の半数近くいる。そんな人々を他国に預けようにも生産性のない人々を受け入れたくはないだろう。それに国によっては麻薬中毒者というだけで死刑にされる場所まである。つまり行くあてなどないのだ。
そしてダエーワによる洗脳教育をされた子供達はさらにまずい。このまま解き放てば一人一人が殺戮者となり、多くの国々で人を殺しかねない。随分と無茶苦茶な洗脳教育をしたようでこのままではまともな人生は送れない。
そこで現在はミチナガ商会による新たなる洗脳教育を行っている。本来洗脳教育などするべきではないのだろうが、そうでもしないと人格や性格の矯正ができそうにない。ゆっくり、ゆっくりとまともな人間になれるように教育すれば5年か10年後には良い人生を送れるようになるだろう。
さらに街並みそのものも手を加えている。人がいなくなったことで空き家が多く出た。そんな空き家を全て取り壊し、水道設備や道路などを一新している。国ひとつを変えてしまうような大工事だ。しかし、この工事を行うにあたって人員がまるで足りない。
だがそこは使い魔を総動員して工事にあたっている。すでに使い魔達の搭乗する人型魔導科学兵器は長時間の運用を可能にしている。そんなものがすでに数万体用意されており、それらが昼夜を問わず働き続けるのだ。わずか3ヶ月でこの国の半分は新しくなった。
元麻薬工場も今ではだいぶ改築され、ミチナガ商会の薬品研究所に変わった。ダエーワ達が惜しげも無く金をつぎ込んだ設備は多少手を加えれば十分使える。それから麻薬の原料はどう処分しようか悩んでいたが、使い魔のヤクがそれらを原料に新たな薬品を開発している。
麻薬だって使いようによっては薬にもなるのだ。まあ基本的には重度の麻薬中毒者を沈静化するために使用することが多いが、精神疾患の治療薬や睡眠薬に作り変えることだって可能だ。それに一部の麻薬植物は葉には麻薬成分があるが果実の方には麻薬成分が含まれていないものもある。
例えば日本人にも身近な例を出すならば大麻だ。大麻の実は油を絞ることもできれば、そのまま七味にも入れられている。茎の部分は麻縄としても使える万能植物だ。鎮痛剤や抗うつ剤にも使える。しかし正しく使わなければ麻薬として人に悪影響を与える。
そんな風に使える麻薬植物は麻薬以外に転用する。それ以外のすでに完成している魔法合成麻薬などは国の再開発の際に地下深くに埋めてしまった。麻薬として売り出せば金貨数億枚はくだらないであろうものだが、ミチナガ商会というネームバリューを失墜させることになる。
ミチナガは目先の金のために悪事に手を染めるような男ではない。そもそもそんなことをしなくても十分に稼いでいるのだからそんな悪事で儲けた金には興味がない。
『ポチ・ハルマーデイムさんから連絡。いい加減こっちに来て貴族の相手をしてくれないかだって。いつになったら来るのかって毎日聞かれているらしいよ。』
「隣国には力になってもらったからなぁ〜…でも今行くのはマジで面倒ごとになりかねないからやだ。うちを取り込もうと、いろんな貴族のおっさん達や商人達が群がって来るんだろ?今は開発が忙しいからパス。」
『ポチ・じゃあそう伝えておくね。それからもうひとつ。おい、また先延ばしにする気か?ってアレクリアル様から。』
「ちょ、マジですみません。さすがにこのまま放って出発するのはまずいんでもう少し待ってください…って伝えておいて。」
『ポチ・まあ向こうもそれはわかっているからとっとと平定しろって。ただこの国…街並みが完成しても人口少なすぎない?以前の10分の1だっけ?』
「もっと少ないだろ。まあ元々の人口知らないからなんとも言えないけどさ。けどこれだけの大きさの国で人口が1万人どころか5000人にも達しないのはやばいよな。人を集めようにもこの辺りは難民とかもいないからなぁ…まあしばらくは使わない土地は更地にして放っておくか。あ、兵士の鍛錬場にしても良いかもね。」
『ポチ・兵士の鍛錬って……まず兵士がいないじゃん。』
明らかな人口不足。こればっかりはどうしようもなかった。周囲にはまともな国々しかないため、人が溢れているようなところはない。何か人を集めるような大事業をしない限り人を集めるのは困難であった。
はっきり言ってこのままだとこの国は数年以内に潰れる。保たせようにも大量の赤字国家になることは間違いない。まず今いる人々は生産性がない。子供達は9割以上がダエーワによって洗脳教育を施され、老人達は麻薬製造工場で働かせられていたため麻薬中毒でまともな生活も難しい。
唯一無事なのはずっと隠れて来た人々だ。ただ、そんな人々は数が少ない。生産しても自分たちで消費してお終いだろう。儲けには繋がらない。唯一儲けに繋がるのは薬品研究所だが、一般人ができるような作業はない。専門家が必要になるため、使い魔達だけの操業になるだろう。
「もっと専門家が多ければいろんなことができるんだけどなぁ…生き残りでそんな人一人もいないし。ごくごく普通の一般人だけだし。」
『ポチ・専門家…それじゃあ学校作っちゃう?学園国家。今ユグドラシル国で12英雄のギュリディア、リカルド、ウィルシ侯爵の3人が共同出資してユグドラシル学園都市作っているからある程度はやり方わかるよ。』
「学園都市…じゃなくて学園国か。…うん、いいんじゃないか?そうなったら海からこの国までの道をちゃんと作ろう。海上移動と陸上移動の2つをやりやすくすれば人も集まりやすいだろ。ただそれだけだと弱いな……アンドリュー子爵と共同開発にしよう。名目はそうだな…ダエーワによる被害者、そして被害国が安心して暮らせるより良き世界を目指すために、これからの未来を担う子供達を育てるとかなんとか。」
『ポチ・そんな感じで考えておくよ。費用の方はアンドリュー子爵の映像の売り上げの一部をそっちに回せば良いね。そしたら今度アンドリュー自然保護連合同盟の集まりの際に話してもらうようにアンドリュー子爵に言っておくよ。そしたら出資してくれる国も増えそうだし。』
「それで頼んだ。アンドリュー子爵の情報発信力は異常だからな。すぐに学園国を作るための新しい図面を引こう。……今度アンドリュー子爵に宣伝コマーシャルでも撮ってもらおうかな?うちの商品の売れ行きも良くなりそう。ナイトにも撮ってもらおうかな?今まで記録した映像つなぎ合わせたらなんとか作れないかな?」
アンドリュー子爵を使った宣伝を考え始めるミチナガ。しかししばらくはやめておいたほうが良いかもしれない。なんせアンドリュー子爵という名前は大きすぎる。下手に使えば混乱を呼ぶだけだろう。
ここはある程度の影響力のあるナイトに任せて何かやってみるのも面白いかもしれない。




