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第32話 明かされたもう一つの秘密

 まだ夜が明ける前。約束どおり俺はシンドバル商会に釣り道具一式を受け取りに行った。なんだか昨日のことを思い、嫌な気分になる。いい経験になったとはいえ、確かにあの取引はなかなか手酷いものだった。知り合いの店ということで、安心しきっていた俺も悪いといえば悪いのだが。


 今でも目を閉じればすぐにあの光景を思い出す。昨日のあの取引のことを。


「あ、中華鍋地獄と悪夢の釘でもう思い出せないや。」


 なんかこうしてみると、たいていの被害よりも俺のスマホによる被害の方が大きい気がする。指は何度も腱鞘炎になり、震えが止まらない。ストレスも溜まるし、精神が病み始めてくる。これに比べたらハロルドにやられたことなんて可愛いもんか。


 何か達観しているとシンドバル商店に到着した。途中意識がないのは寝ていたのかな。まあそんなことはいいか。


「あ、ハロルドさん。商品受け取りに来ました。」


「え、ええ…ミチナガ様。ようこそいらしてくれました。商品は全て揃っていますよ。」


 そのまま受け取るのもまずいので一応検品するが、頭がフラフラしてちゃんと見られない。やばい、普段ならこのくらいの徹夜はなんてことないのだが、あの釘造りで精神力が持って行かれた。マジで辛い。


 収納された木箱を開け、中身を確認していくがどれもとてもいいものにしか見えない。もっと確認した方がいいかもしれないけど、ダメだ。もう無理。きっと大丈夫だと信じよう。護衛の人にもう一度仕まうように伝えると、木箱の中に取り出したものを詰め込み、蓋を閉めた。


 しっかりとした木箱なので、運ぶ際も中から飛び出してくることもないだろう。隙間なく置かれた木をしっかりと釘で打ち込んでいる。釘で…釘?


「…ハロルドさん。釘ってありますか?」


「釘…ですか?ええ、様々な形と長さのものを揃えておりますよ。」


 ……そうだ、そうだよ。別に釘くらいこの世界にいくらでもあるだろ。今までだっていくらでも見て来た。俺が作る必要性皆無じゃん。それなのになんで俺はあんな思いして作らなくちゃならないんだよ。まあ使える金貨が少ないっていうのも理由の一つではあるな。


「少し買いだめしたいのですが、1万本くらいありますか?種類はバラバラでも良いのですが。」


「そのくらいでしたら問題ありませんよ。すぐに用意させます。ああ、お代は結構ですよ。今回は色々ご迷惑をかけたのでサービスしておきます。」


「え…」


 う、嘘だろ。俺ただで手に入るもののためにこんなに苦労したのか。こんな苦しい目にあったのか。いや、違う、きっとハロルドさんも毎日毎日鉄を打って作っているんだ。それをそんな簡単にもらってしまっても良いのか?


 いや、これがハロルドさんの気持ちなんだ。俺への謝罪をこんな形で表してくれたんだ。ハロルドさん、あんたやっぱいい人だよ。本来謝罪なんて必要ないんだ。俺は商売という戦いをナメてかかってやられただけなのだから。


 この気持ちを伝えたい。だけど、だけど言葉がうまく出てこない。ハロルドさん、ハロルドさん…


「ご用意しました。魔法錬金性の釘なので大きさも統一され、強度もバッチリですよ。」


「あ、ほんとだぁ…」


 そうだ、この人のところには魔法錬金っていうチート持ちが山ほどいるんじゃん。わざわざ釘作るのに金槌使うバカいねぇよ。なんだろ、さっきまでの感動からのショックで頭冴えて来たわ。考えてみりゃハロルドさんがわざわざこんなの作るわけないじゃん。部下にやらせたらすぐできるよ。


 謝罪はまあ…金負けてくれたのが謝罪だな。安っぽい謝罪だけど、今回のことならこんなものか。うん、さっきまで感動していた俺マジでアホだな。


「ありがとうございました。それでは我々は急ぎますので、また次の商談で。」


「次の…商談ですか?」


「ええ、今回はしてやられましたけど、今度は負けませんよ。まだ、私は商人として未熟ですが、そのうちもっと大きくなって見せますから。」


 ちょっとした宣戦布告だ。まあ俺みたいな小僧なら可愛いもんだろ。なんだかハロルドさんもホッとしたような嬉しそうな顔をしている。次会うのが楽しみだって感じかな?もっと俺も成長しないとな。




 シンドバル商会から荷物を全て預かり、屋敷に戻るとすでに準備を済ませたファルードン伯爵たちがいた。決して待たせるつもりなんてなかった。ただ、このジジイ達起きるの早すぎだろ。


 屋敷で一休憩して、もう一度着替えてから出発だと思っていたのだが、そのまま馬車で釣り場まで向かうことになった。俺朝飯も食ってないんだけど。まあスマホにいくらでも飯はあるからいいけどね。


「今日はどこで釣りをするんですか?」


「少しばかり遠出をする。一泊二日の釣り旅行じゃ、よくあることよ。寝ていても良いぞ。到着は昼前になる。」


 まあそういうことなら少し寝ておくか。材料が揃ったからポチたちに家を建ててやっても良いが、人目があるのは良くない。まだ、守らなければならない秘密はあるのだから。




 それからどのくらいかわからないが、馬車に揺られながら仮眠を取っていたら何やら音が聞こえ始めた。もう到着したのかと思い、外を確認してみる。そこには地獄があった。


 正確には地獄のような血みどろの光景なのだが、同じようなものだ。遠くから、頭だけで軽トラくらいの大きさの蛇が襲いかかって来たり、バイクくらいの大きさの蟻が大群で押し寄せている。軽く死を覚悟したが、それらの生物は全て息絶えていく。


 息絶えても次から次へと新しいモンスターがやってくる。なんというか…もうどうにでもなれって感じだ。というか、なんで死んでいくんだ?


「お、なんじゃおきたのか。」


「ファルードン伯爵…これは一体…」


「ああ、ちと待っとれ。また新しいのが来たからのぉ。」


 そういうとファルードン伯爵は巨大な人型生物に突撃していった。あ、一瞬で首跳ねてかたがついてる。


「ああ、先生。起きていたのですか。隣の馬車に来ませんか?今お茶を飲んでいるんです。」


「お茶って…というかここから出たらアウトな気が…」


「問題ありませんよ。ルシュール様が結界を張っていますから。」


「あ、そうなんですか…」


 俺の乗っている馬車は他に誰もいなくて、心細かったからすぐに移動する。馬車の外に出るとその異様な光景がよくわかる。大量のモンスターが襲いかかって来ているのだが、どれも何かに阻まれて進めなくなっている。そこでしどろもどろしているうちに誰かに斬り殺されたりしている。


 そういや、この世界に来てから初めてまともな戦闘を見たな。あ、あれって魔法で攻撃したのかな?火の玉が飛んでいってる。それに戦っているのって全員客人のはずの貴族たちじゃないか。ジジイなのに全員強いな…あ、5mくらいあるダンゴムシ殴り飛ばした。


 隣の馬車に移動するとアンドリュー子爵が紅茶を飲みながらまったりしていた。この状況でこんなにゆったりできるってものすごい度胸だな…

 俺もメイドの人から紅茶をいただく。その時に気がついたのだが、手が震えていた。


「先生。大丈夫ですか?」


「え、ええ…それにしてもアンドリュー様はよく平静でいられますね。」


「それはそうですとも。なんせここは魔帝が作った結界の中。ある意味屋敷よりも安全な場所と言えますよ。」


 そういうものなのか。いまいちイメージがわかないな。あ、例えばシェルターの中にいるのに外の拳銃の音が怖いのかって感じか?ダメだ、どちらにしろイメージがわかない。拳銃の音なんて映画以外に聞いたことないし。


「だけどなんでこんなことになっているんですか?」


「今日行く釣り場はこの先なのですよ。危険地帯にある池なのですが、そこだけ森の結界に守られているんです。精霊の憩いの場なのですよ。いい魚もいっぱいいますよ。」


「へぇ…それは楽しみです。」


 紅茶を飲んで少し談笑していると、外の騒音がやんだ。どうやらもう戦闘が終わったらしい。アンドリュー子爵が外に出たので俺もそれに続く。


 馬車の外には巨大なモンスターが山のように積み上がっていた。いやいや、何これ。ここにいるモンスター一匹でも俺十分に死ぬ自信あるんだけど。この人たちマジで強いんだなぁ…


「おーう、終わったぞ。とっとと燃やして先に行くぞ。」


「も、燃やす!燃やしちゃうんですか!?勿体無いですよ!」


「んなこと言ったって持って帰るわけにはいかないじゃろ?こんなにいっぱいいるからな。」


「お、俺が持っていきます。全部持っていきます。少し時間はかかるかもしれませんが待っていてください。こんなに勿体無いこと見過ごせないですよ。」


「そうかお主には…まあ疲れたから少し休むとするか。その間に詰め込んでおくんじゃぞ。」


 やったぞ。こんなおいしい話は今までなかった。今まで、街中の商店で時々モンスターの素材は見かけていた。どれも結構いい値段になる。これは張り切って回収しなければ。


「みなさーん。休憩していてくださいーい。その間に回収しておきますからー。」


「あ?そうなのか?まあ好きにせい。」

「アタタタ…腰が…」

「喉が乾いたなぁ…」


 危ない、もう燃やす準備をしていたぞ。だけどこれでなんとか時間は稼げた。あとは出発するまでになんとか回収するだけだ。早速回収しようとしているとルシュール辺境伯が近づいて来た。


「回収するのですね?少し隣で見ていても?」


「そ、そんなに面白いものでも無いですよ?ルシュール様もあちらで休憩した方が良いのでは無いですか?」


「そこまで疲れていませんから。それにモンスターの回収は結界の外なので危険ですよ?」


「…すみませんがお願いします。」


 興奮していて忘れていたが、そう言えばさっきまで安全だったのは結界の中だったからだ。その外は危険地帯だということを完全に忘れていた。


 無駄に時間を使う余裕はない。ルシュール辺境伯に見守られながらモンスターの残骸を回収して行く。回収の仕方は回収したいものを手に触れた状態で、スマホの収納アプリから収納するを選ぶ。すると瞬時に収納されて行くのだ。


「便利ですね、触れただけで良いなんて。もしかして生きているものも回収できるのでは?」


「ええ。前に一度鳥を収納しました。ただ、収納は相手からの承諾がないといけないみたいです。試したことはありませんが、戦っている敵を収納するというのも不可能だと思いますよ。」


「なるほど、それがあなたの特殊能力なのですね?」


「特殊って、まあこれによるものですけどね。ありがたい能力です。」


「やはりあなたたち地球人は面白い能力を持っていますね。」


「そうですね。不思議な能りょ…く…。え?今なんて?」


「あなたは地球人でしょう?異世界の住人。転移者の一人。」



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