第313話 合技
「これは……流石にまずいですね。逃げの一手も通用しそうにありません。」
「おとなしく捕まるんだな。」
ディルドーラと監獄神の幹部たちが睨み合う。しばらくするとさらに続々と監獄神側の人間が増えてきた。まず間違いなく逃げることは不可能だ。そんな様子をミチナガは物陰から見ている。とっとと走って逃げたいところだが、ミチナガが目をつけられているためミチナガの動き一つで戦いが始まりかねない。かなり緊迫感のある状態だ。
そんな中ドランドは体を震わせている。ドランド自身戦う力はないため、何かすることはできない。だがその表情はまだ可能性を諦めていないようにも見える。だがやがてドランドの表情はなくなった。まるで何かを悟った表情だ。
「ディルドーラ。親父に伝えてくれるか?俺は最後まで立派だったって……親父が俺のことを疎ましく思っていたことは知っている。俺にはオヤジほどの才能はなかったからな。だけど最後くらいは親父によくやったって言われたいんだ。」
「…わかりました。それならば私の身の安全は保障されるでしょうし構いませんよ。むしろその言葉を待っていました。」
「そうだろうと思ったぜ。こいつを持っていけ。これを見せれば親父も納得するはずだ。それから…1分時間を稼げ。」
「承知しました。」
ドランドは急にしゃがみ込んで何かを始めた。それが何かは全くわからない。しかしそんな行動を許すわけがない。すぐにマロンディアとバドランディが襲いかかる。しかしそんな二人の前にはディルドーラが立ちはだかる。
魔帝2人と魔帝1人の戦い。しかも魔帝としての格は同じくらいだ。その勝敗は明らかである。しかし防御に徹したディルドーラはそう簡単には抜かれない。その隙にドランドは何かをしている。これは絶対に止めなくてはならないのだが、どうしてもディルドーラの防御が抜けない。
周囲で見ている他の監獄神の配下たちが攻撃を加えれば良いのだが、魔帝クラスの戦いに割り込めるほどの実力者はいない。そして時間だけが経過して行く。
わずか1分。その1分の間にディルドーラの体にはいくつもの傷ができる。すでにボロボロの状態だというのにディルドーラは最後まで防御を貫き通した。そして時間が経過したのちにディルドーラはそこから離れた。
無防備になったドランドはすぐに取り押さえられる。しかしドランドは捕まったとは思えないような表情で笑い始めた。その表情は全てを諦め、そして最後に何かを達成したような満足した表情でもあった。
「俺の名はドランド!大幹部サルワの息子だ!!この俺の首は安くないぞ。代償としてこの国の全てを俺と共にさせてやる!!!」
ドランドのネックレスが突如赤く光りだした。それは血を求めるケダモノのごとき禍々しさを放っている。すると急に空がネックレスと同じように赤く光りだした。ミチナガは寒気がして体が震える。そしてこの状況のまずさを本能的に理解した。
マロンディアとバドランディはディルドーラから目を離さないように空をチラチラと確認する。そして何が起きたのか全て理解した。
「やりやがった!終焉の明星だ!!全員撤退しろ!!!」
マロンディアの言葉を聞いた他の監獄神の部下たちはすぐにその場から逃げ始める。ミチナガはなんのことかわからずにオロオロしっぱなしだ。そしてスマホをいじり始める。わからないことはスマホで使い魔たちに聞くのが一番だ。
そして終焉の明星とは何かを知った。それはかつて1度だけダエーワの大幹部が用いたことのある魔法。大量の魔力タンクを用いて発動される魔法陣で、ある程度の遠隔操作が可能。どんな魔法か簡単にいうと天空に大岩を召喚する魔法だ。
それだけならば大したことがないように聞こえる。しかしその大岩は大地に衝突すると同時に爆発を起こす。その爆発は国ひとつを軽々と吹き飛ばすほどの威力だという。簡単に言ってしまえば…
「核兵器ってことかよ……しかも威力高すぎて魔帝クラスじゃないと防げないとか………」
魔帝クラスならば耐えることのできるこの魔法は魔神クラスの威力だと言われている。ただ大量の魔力タンクが必要なため、おいそれと使用できるものではない。マロンディアたちもさすがにこの魔法が繰り出されるとは思いもしなかった。
「お見事です。さすがはサルワ様のご子息であらせられる。それでは私はこの騒動に紛れて逃げさせていただきますよ。」
「逃すと思ったか?」
「ええ、もちろん。それとも宜しいのですか?このままでは無辜の民が大勢死にますよ?」
「どっちみち防ぐ手立てはない。せめてこれだけの被害を出したお前たちを捕えてその罪を償わせる。」
「え?ちょい待ち俺死ぬの?」
その様子を物陰から見ていたミチナガはそこで自分の運命を知らされた。あまりにも唐突に言われすぎて反応しにくい。しかし空を見上げると魔力が集まり始め、大岩を形成し始めている。あれが形成し終われば最後、ミチナガの人生は終わる。
死ぬかと思ったら死ななくて、死なないと思ったら死にそう。これでは気持ちの整理がつかない。ぐちゃぐちゃになった自分の現状を少しずつ整理して行く。そして整理が終わり、現状をちゃんと理解するとミチナガは一つの結論に至った。
「あ、俺死ぬわ。」
ミチナガは全てを理解した。自分を守ってくれるものはいない。自分で守れるすべもない。助けももう来ない。そして全てを理解したミチナガは全てを達観した表情でドランドの元まで近づいて行った。
「なあ、もう止める方法ないの?」
「ない!」
「ないのかぁ…じゃあ俺死ぬなぁ……どうしよ。」
ドランドの前で座り込みスマホからコーヒーを取り出して飲む。もう全てを諦めすぎて逆に清々している。それを見たドランドは背筋が凍りついた。ミチナガから何か異様な空気を察知したのだ。するとそんなドランドの手を一人の使い魔が握った。
『フレンズ・こうやって手を握れば君と僕は友達さ!』
「なんだ…お前は……」
『フレンズ・僕はフレンズ!こうして手と手を握ればみんな友達!』
突如現れたフレンズにミチナガも呆れている。そんなミチナガたちの上空では終焉の明星が完成していた。あとはもう落ちてくるだけだ。落ちるまであと数十秒ほどだろう。それを確認したミチナガはフレンズの頭を撫でてやる。
「そっか。もう友達か。よかったなフレンズ。」
『フレンズ・うん!この魔法は複数の魔力が入り混じっているけど、術を発動させたのは君さ!つまりあの魔法は君が起こした魔法だよ!』
「あ、当たり前だ…それがどうしたっていうんだ……」
『フレンズ・うん!それが重要なんだ!君は友達!もう君は僕たちの仲間だよ。だからあとは僕の本当の友達に頼むのさ!』
桜花によって破壊された城無き今、この国で一番高く作られているのは形ばかりの教会だ。もう教会らしいことは何一つなされていなかった。そんな教会の上には一人の使い魔がいる。そして突如その隣にもう一人の使い魔が現れた。
『ガーディアン・…来たか。』
『ピース・遅くなってごめんね。ワープ君も忙しそうだったから。1日1回のワープの制約が取れたみたいだから忙しいみたいで…』
『ガーディアン・準備するぞ。』
『ピース・うん!』
天空から終焉の明星が落ちてくる。その様子はただ見るだけなら美しいものだ。しかしそれがいざ自分たちの元へ落ちてくるとなると恐ろしい。
『ガーディアン・首尾は?』
『ピース・問題ないよ。衝突まであと少し…始めよう。』
『ガーディアン・承知した。我は盾なり。我らが王を守護する絶対なる盾なり。我らが王に降りかかる厄災全てを跳ね除ける鉄壁の盾なり!』
ガーディアンの前に透明な盾が現れる。これはガーディアンの魔法能力、守護者の盾である。その能力は魔力量に合わせた障壁を作ることのできる魔法だ。ガーディアンはその障壁を可能な限り薄く伸ばした。
薄く伸ばされた障壁は国全体を守るように、落ちてくる大岩を受け止めるようにボウルのような形を描いた。あまりにも巨大な障壁は維持するだけでもきつそうだ。しかしその障壁は伸ばされすぎて薄氷のごとき強度しかない。触れただけで崩れてしまいそうだ。
そんな障壁を作っているガーディアンに触れながらピースは自身の能力、能力付与を発動する。それによりガーディアンの障壁にもピースの能力が宿る。そしてそんな障壁に終焉の明星が衝突した。
終焉の明星の大岩は障壁を軽く突き破りそのまま落下してくるものと思った。しかし障壁にぶつかった大岩はまるでゴムボールのように跳ね上がった。そして跳ね上がったとほぼ同時くらいにまばゆい閃光をあげながら爆発した。
だが爆発は全てガーディアンの障壁によって受け止められた。上空は目がくらむほどの眩い光で覆われ、そして消えた。その様子を見ていたミチナガはただ一言「まぶしっ!」とだけ言った。そしてドランドは壊れたように笑ったという。
『ガーディアン・目標沈黙。』
『ピース・上手くいったね。ぶっつけ本番だったけど上手くいってよかったよ。僕たちの能力も組み合わせによっては可能性がいっぱいあるんだね。』
フレンズによる能力はただ触れた相手にメッセージ機能を使わせるだけのものだと思っていた。しかしそうではない。フレンズは初めにちゃんと言った。触れた相手を友達にする能力だと。
そしてその能力はピースの能力を組み合わさることで真の能力を発揮する。フレンズによる強制的な仲間への変更。そして仲間からの攻撃を一切受け付けないピースのFF無効。この2つが組み合わさることによって、たとえ本来敵であってもピースの能力の条件下に組み込まれてしまう。
そしてそれを効果的に発揮するガーディアンの守護者の盾。本来はできる限り障壁を小さくして強度を高める必要があるのだが、ピースの能力を利用するために最大限まで引き伸ばした。この3つによって成り立つこの合技。
『ピース・合技、友達だったら大丈夫だよバリア。上手くいったね。』
『ガーディアン・やはりその名は…』
『ピース・僕とフレンズ君の2票だからこの名前で行こうって決めたじゃん。ほら、もう大丈夫みたいだから戻ろう。』
ドランドの隠し球無き今、もうダエーワにできることはない。こうしてダエーワとミチナガ商会の戦いは終わりを告げた。