第312話 断罪するもの
「さて、これはどうしましょうかねぇ…我々ダエーワとしてはこのままおめおめと引き下がるというのは流石に……」
「生き残りをまとめ上げて反撃するぞ!奴らに思い知らせてやる。」
ドランドは自身の安全が確立されたため、この状況に憤り反撃を考えている。一方ディルドーラは冷静だ。冷静に現状を分析して反撃するか否かを考えている。その様子を使い魔たちはただ見ることしかできない。
「いえ、ここは撤退しましょう。素直に我々の負けを認めるしかありません。流石の私も貴方様を守りながら戦い、この現状を打破するのは無理です。どこかで隙が生まれて貴方様を殺されかねない。そうなれば私はボスに殺されます。」
「っな!……わかった。だがいくつか寄って行っていくぞ。収納袋に入れた麻薬と金貨くらいは回収したい。次の拠点用の多少の資金にはなると思う。」
「そのくらいならばよろしいですよ。ここにはかなりの金が貯まっていましたからね。私も少し貰って行きましょうか。」
ここを諦め、回収できるものだけ回収していくことを決定したドランドたち。その様子をただ見ていた使い魔たちだが、頭の中ではいくつもの思考を重ねている。しかし一向に良い案が出て来ない。
隙を見てドランドを殺そうかと思ったが、それは無理だ。今、ドランドという足手まといのおかげでディルドーラに枷ができている。ディルドーラが下手に暴れればドランドを巻き込みかねない。そうなれば損をするのはディルドーラだ。
しかしもしもドランドが殺されればその枷は外れ、ディルドーラは報復のために暴れまわることだろう。そうなればミチナガの身も危ない。だから攻撃するのならばディルドーラへだ。しかし使い魔たちには魔帝クラスに太刀打ちできるだけの力はない。
『コークス・どうする?逃げそうだけんど。』
『黒之伍拾参・今手の空いている奴らを呼び寄せているけど……手の打ち様ないよね。』
そんな何もできずにいる使い魔たちの目の前でドランドとディルドーラは消えた。おそらく回収できるものを回収しに向かったのだろう。結局何もできずに逃がすことになってしまったコークスたちはその場で力なく膝をついた。
「ちょ、ちょっと待って……げほっ…ごほっ……どんだけ遠回りすんの?ちょっと休憩しよう?」
『ピース・ご、ごめんなさい。でもね、どこもかしくも敵だらけで戦闘中だからそこを避けようとするとこんな道になっちゃって…』
「いやいや、謝んなくて良いよ。俺も随分体力なくなっちゃったな。もう実年齢30超えちゃったし、衰えがみえているんだろ。はぁ…あ〜やだやだ。歳なんて取りたくないよ。」
ミチナガはその場に座り込む。年齢による体力の衰えというより普段からスマホをいじることが多いので運動量が足りていないのだ。とりあえず喉を潤して一息つくと周囲の状況を観察する。
「なんかこの辺は戦闘ないな。本当に各地でお前らが戦っているとは思えないよ。まあ俺は安全地帯だけを通って行っているのはわかっているけどさ。こうも安全だと実感わかないよ。」
『ピース・結構熾烈な争いになっています。だけど結構優勢です。このままうまくいけば僕たちだけで勝てそうです。みんな頑張っているおかげだなぁ…』
「そいつはすごいな。お前らの働きぶりがちゃんと見られないのは残念だよ。」
ミチナガは一息つき終わったのかその場から立ち上がった。そして軽くストレッチをしてから再び目的地である商館を目指そうとする。すると顔を上げた先に人影が見えた。
「ん?あれ誰だ?」
『ピース・ちょ、ちょっと待って…なんで……』
「その声、お前ミチナガだなぁ?まさか敵の大将がこんな所にいるなんてな。変な人影が見えたからきて見たが大正解だ。」
「その声…お前ドランドか……しかも本人。それに隣にいるのは……おいおい、これやばいんじゃないの?」
コークスたちの元から移動したドランドたちは目的地に向かう途中、こんな戦場で悠長に休んでいるおかしな人影を見つけた。しかもその隣には使い魔の姿もある。もしやと思いきて見たらビンゴだったというわけだ。
お互いに出会うのは初めて。しかし声を聞いた瞬間お互いに誰なのかをすぐに察した。そしてミチナガはこの状況があまりにも最悪なことを察した。隣にいるディルドーラの実力を察したのだ。
「ディルドーラ。あの男を連れていくぞ。今回の件の首謀者だ。しかも魔帝クラスの商人でもある。奴さえ捕えればこの戦い…勝ったも同然だ。」
「ほう。それは運が良い。突然何かと思ったらそういうことでしたか。それではそうですね…逃げられないように足だけもいでから連れて行きましょうか。」
「おいおい…物凄く物騒なこと言っているけど……まじでやばいじゃん。」
ミチナガはその場から逃げようとする。しかし足がすくみ動かない。それにミチナガごときの動きでは逃げ切ることは無理だろう。そんな状態のミチナガの元へドランドとディルドーラは近づいてくる。
その二人の表情はひどく歪んでいる。あまりにも凶悪で身震いを起こしそうな笑みだ。ミチナガはそんな中必死に思考を加速する。しかし何も策が浮かばない。そしてディルドーラがミチナガへ手を伸ばした。
ミチナガを誤って殺さないように、それでいて絶対に逃がさないという意思が見て取れる伸ばされた手。しかしなぜかその手は途中で止まった。それはディルドーラ自身が止めたものではない。何かによって止められているような、不思議な感覚だ。そしてディルドーラは一筋の汗を流した。
「まさか……話には聞いたことがありますが、こうして会うのは初めてですねぇ…」
「クククク…まさかこの男の見張りをしていたらこんな大物に出会えるなんて…今日はついてる。」
突如何もない場所から人間が現れた。黒装束に包まれたその人間の手には黒い本が握られている。そしてその服の背中には手に握られている本とそっくりな絵が描かれていた。
「罪の教典…裁きのマロンディアですか。」
「そうだ。我々はずっとお前たちを追い続けてきた。我らは現世の罪を許さない。この世の悪を全て滅ぼすその時まで我らが諦めることはない。死虐のディルドーラ。わかっているだけでも殺人4726件、そのほかにも窃盗、強姦などお前の罪は上げたらきりがない。横にいるのは幹部のドランドだな。まあディルドーラに比べたら大したことはな…」
『ピース・そいつ大幹部サルワの息子です!』
「……なんだと?サルワの息子……そんな…おお!おお!!おお!!!神よ!!!!こんな時ばかりはあなたに感謝しなければ!あのサルワの息子を連れてきてくれるなんて!お前ら二人とも生かしたまま連れて行こう。そして我らが監獄で永遠にその罪を知ると良い。」
マロンディアは愉悦する。彼らは罪の教典、この世界の犯罪者を日々探し出して捕まえる特殊部隊だ。マロンディアはその隊長にして監獄神直属の13人の幹部の一人でもある。
「やれやれ…これはまずいですね。監獄神の犬が相手とは…まああなた一人ならば逃げ切ることはたやす…」
「私もいるぞ。またあったなディルドーラ。今度は逃さん。決してな。」
ミチナガたちの頭上。屋根の上に現れた複数の人影の中から一人の男が降りてくる。その男の顔を見た途端ディルドーラの表情が凍りついた。それは監獄神の13幹部の一人、世界の調停、断罪のバドランディであった。
「まさか…監獄神の13幹部が2人も集まってくるなんて…同窓会でもしていたんですかねぇ?」
「情報が入ってな。ここに大幹部サルワに関する情報があると。まさかとは思ったが、どうやら偽りではなかったらしい。現にこうしてお前にサルワの息子まで現れたんだからな。今夜はお祝いだ。」
ここまで監獄神の幹部が勢ぞろいした理由。それは以前ポチが接触したあの男によるものだ。あの男は監獄神の部下の一人で、得た情報を各地にいる仲間たちに回した。それにより周囲で動いていたこの幹部2人が集まってきたのだ。
「た、助かった……」
「しかしわざわざこの男の近くにいたとは…我々も油断しました。」
「たまたまだ。なんせこの男はこの騒動を巻き起こした張本人。場合によってはこの男も監獄送りにする必要があったからな。マロンディアが見張っていた。」
「ええ、ですがサルワの息子をおびき寄せた功績で無罪放免です。よかったですねぇ?」
ミチナガの方を向いてニヤリと笑うマロンディア。ミチナガはその笑みにゾッとしながらその場で崩れ落ちた。どうやら本当にいろんな意味で助かったらしい。