第311話 逆転
「くそっ!!何が起きているんだ……」
国の地下深く。そこには若い男がいた。まだ30代になったばかりのこの男。この男こそが大幹部サルワの右腕と呼ばれる男、通称ドランドである。この男は何があっても問題ないように地下深くに隠れていた。
しかし地下深くに隠れたことにより地上で何が起きているかわからない。ドランドとしてはミチナガと話している途中でミチナガが強気になり、そして通信が途絶えたことになっている。その後の状況はとある魔道具越しににかわかっていない。
その魔道具は2つで1組の魔道具となっており、片方を埋め込まれた生物が死ぬともう片方にそれが伝わる簡単なものだ。そして今、100以上埋め込んでおいた魔道具から続々と仲間の死の知らせが届いている。
これさえ見れば地上での戦闘が明らかだ。しかしどちらが優勢なのかはわからない。本来であればこういった不測の事態の際には王城からすぐに連絡が入る予定になっている。しかしそれが一向に入ってこないため、何が起きているか正確に知ることができない。
こんな時、通信魔法が発達しておればすぐに対処することが可能だ。しかし無線による通信魔法は部外者に傍受されるのが当たり前というほどお粗末な魔法だ。傍受されれば発信元と受信元の場所までバレてしまう。
そのためドランドは有線による通信魔法を使用している。それにより通信範囲は限られるが盗聴されることなく通信することができる。初期投資や工事の際にどこからどこまでケーブルを伸ばすかバレてしまう恐れはあるが、工事の情報さえ流出しなければ安全圏から指示を出すことができる。
ドランドはしばし思案するが、すぐにその場から撤退することを決めた。これだけ急に仲間との通信が取れなくなり、仲間の死亡の知らせまでくると事態の収束には時間もかかるだろう。その間に下手に情報が漏れれば、自分の身も危ういと判断したのだ。
すぐに必要な荷物をまとめ、運ぶことのできない荷物の廃棄を行う。この情報が一つでも漏れればダエーワに大きな影響を与えかねない重要な書類だ。まとめて破棄できるように部屋にかけてある破壊魔法を作動させる。これにより5分後には全ての書類が破棄される。
ドランドはすぐにその場から離れる。隠し通路を通ればここから少し離れた森の中に出ることができる。そうすれば安全にここから逃げることが可能だ。すると走り出そうとするドランドを不意に揺れが襲った。歩けないほどではないが、長く続くそれなりの揺れだ。しかもその揺れは徐々に大きくなっていく。
その揺れは周囲の岩盤を揺らしたが、その程度で壊れるような甘い作りはしていない。よほどのことがない限り破壊されることはない。そう安心しきったドランドの目の前で天井が大きく崩れた。
慌てふためきその場から飛び退く。いくつかの瓦礫が体に当たるが大きな怪我はない。一体何が起きたのか。ドランドは倒れた状態で天井が崩れた場所を見る。するとそこには巨大なドリルがあった。
『コークス・お?なんだか知らねぇけど抜けたぞ?目的地の近くだろ?』
『黒之伍拾参・そうだと思いま…あ……あれそうじゃないですか?』
「一体なんなんだお前は…」
『黒之伍拾参・あ!声同じ!!やっぱりこいつがドランドですよ。あ、でももしかしたら影武者とか……まあ考えても仕方ないんで確保しましょうか。』
ドランドの目の前に現れた巨大なドリル。それは普段スマホ内の鉱山ガチャで入手した鉱山から鉱石を採掘する際に使う掘削機である。採掘したその場から使い魔たちが収納していくのでよほど硬いものに当たらない限り掘り続けることが可能だ。
これによって地下深くに隠れていたドランドの元までたどり着くことができたのだ。しかしわからないことがある。それはなぜこの場まで来られたのかだ。
『黒之伍拾参・あ、奥の部屋で情報収拾しましょうか。多分廃棄措置がされていると思うんで手早くお願いしますね。さてと、それじゃあこいつを回収して地上に戻りましょうか。いやぁ…まだいてくれてよかったよかった。』
「ど、どうしてここが…この場所を知るものは全て処分した!ここは誰も知らないはずだ!なのにどうやって!!」
『コークス・逆探知したら1発だなぁ。ケーブルもそのまま残っていたし。』
「何を言って…不可能だ!魔力を飛ばす無線通信魔法を探知するのはできる。だが有線式の通信魔法は探知不可能だ!ケーブル内に探知されないようにいくつもの防衛、撹乱魔法が…」
『コークス・んなこと言ってもな……おらたちはスマホの使い魔。こと通信に関してはこの世界でも負けないよ。』
通常有線式の通信魔法には横から介入されないようにケーブル自体にいくつもの防衛魔法が組み込まれる。さらに防衛魔法を突破しても撹乱魔法などが組み込まれており、まず盗聴することは不可能。居場所を逆探知することなどさらに難しい。魔法で介入して逆探知することはまず不可能だ。
しかし使い魔たちはそれをいともたやすくやってのけた。しかも桜花によって破壊され、断線したケーブルから逆探知をやってのけたのだ。こんなことができるとはミチナガも知らなかった。かなり有用な能力なのだが、通信魔法の発達していないこの世界では使い道のなかった能力だ。
使い魔たちは断線したケーブルと自身の体を繋ぎ、そこからスマホに接続した。それにより盗聴も逆探知も可能にしてみせた。
しかしそんなことを理解できないドランドはとにかく必死の抵抗を見せる。しかしドランド自身は戦いには向いていない。すぐに使い魔たちによって捕獲され、地上へと引き上げられる。
そしてドランドはようやく全てを知った。すでにこの国のダエーワの兵士は無力化されていることを。あとは流れ作業のようにダエーワの兵士を見つけたらどんどん排除されていく現状を。すでに巻き返しが不可能なほどやられている現状を。
『黒之伍拾参・これで敵の幹部3人中2人確保したね。あとは麻薬工場を攻め落とせば完全勝利。ハルマーデイムたちも呼び寄せて参加してもらおうか。』
「もうそんなに……ダメだ…もう終わりだ……」
ドランドは戦意を喪失した。正直なことを言えばまだダエーワ側が盛り返せる可能性は一応ある。逃げ延びているものたちが一致団結して戦えばまだそれなりに盛り返すことが可能なのだ。しかしそうさせないために使い魔たちは敵の指揮官レベルを徹底的に排除した。
そのため兵士たちをまとめ上げられるような人材が残っていない。すでにダエーワの魔王クラスの生き残りはいない。残るは麻薬工場で今も立てこもる幹部を除けば雑兵のみ。まず間違いなく勝てる戦いだ。
とりあえず確保したドランドを連れて安全地帯まで移動するために準備を始めるコークスたち。掘削用のドリルを収納し、ドランドを乗せる用の魔導装甲車を用意する。そしてドランドに魔力を封じる手枷をはめようとしたその時、突如ドランドが目の前から消えた。
「これはこれは手酷くやられましたねぇ。これはかなりの痛手です。ですが貴方さえ生き延びてくれればボスも喜ぶでしょう。」
「ディルドーラ!来てくれたのか……」
『コークス・見えなかった。これはまずい状況?』
『黒之伍拾参・今ディルドーラって言わなかった?ちょ、ちょっと待ってよ。大幹部サルワの護衛の一人だよ。ダエーワが保有する魔帝クラスの最高戦力の一人。死虐のディルドーラ……なんでこんな大物がこんなところに…表舞台には滅多に出て来ないはずじゃ……』
「クククク……勝った気でいたんだな。俺をそこらの幹部と同じに考えて……バカが。俺はただの幹部じゃない!俺は大幹部サルワの息子だ!!いずれは親父の後を継いで俺がダエーワの大幹部の一人になる!!!」
ドランドが他の幹部と違い影武者まで用意して地下深くに隠れていられたのもそれが理由だ。大幹部サルワの息子としてダエーワの仕事を学ぶためにここへ来ていたのだ。だからドランドだけは絶対に死なせてはならない。それが自身の側近の魔帝クラスをよこした理由でもある。
『コークス・この情報掴んでた?』
『黒之伍拾参・全く掴んでなかった……そんな大物の息子ならもっと入念に準備するよ。…どうしよっか。ナイトもヴァルくんも呼べないよ。魔帝クラスと戦える戦力なんてない。』
一気に形勢が逆転した。ハルマーデイムの援軍の中にも魔帝クラスの猛者はいない。この世界特有の一人の最高戦力による形勢の逆転が起きてしまった。