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第308話 甘い考え

 敵施設の中に入ることができたミチナガたちは談話室に通されたのちにしばらく待たされた。そしてその間、周囲から監視されていた。


 別にその部屋の中に人がいてそいつにずっと見られているわけではない。ミチナガたちしかいない部屋なのに視線を感じるのだ。ミチナガは居心地の悪さで身体が縮こまりそうになるのを必死に耐えていた。


ポチ『“壁際に怪しげな窪み発見!それにあそこの壁のところ…多分だけど魔法で穴が隠されていると思う。なんか違和感感じる。”』


ミチナガ『“監視されている感じがしたのは間違いじゃなかったんだな。まあ下手に喋らないでおこう。”』


 ミチナガはスマホを隠しながらメッセージアプリのみで会話をする。しばらくそのまま待っていると一人のメイドが飲み物を持ってやってきた。注がれた紅茶はなかなかの高級品だろう。しかし何が入っているかわからないそんな紅茶なんてミチナガは決して口をつけない。


「もう少々お待ちください。それでは…」


「いつまでも待たせないで早くするように伝えろ。」


「申し訳ありません。突然の訪問でしたので、少々準備に手間取っております。」


 それだけ言うとメイドは部屋を出て行った。そのスカートの裾には小さな使い魔が忍び込んでいる。これで内部の情報を探ることも可能だろう。あとはミニマムにかかっている。はっきり言ってこれでミチナガの役目は終了したと言える。ミチナガの気持ちは一つ。帰りたい、ただそれだけである。


 しかしそれから10分後、なんとダエーワの大幹部サルワの右腕と呼ばれる男、通称ドランドがやってきてしまった。正直予想外である。こんなふうに人前に姿を表すとは思っても見なかった。ミチナガとしてはドランドには会えず、そのまま帰らされることを期待していた。


「初めまして。ドランドと申します。失礼ですがまずはこれに触れてもらえますかな?あなた様が本当に魔帝クラスか確かめるためにも。」


「面倒だな。まあ仕方ない。」


 ミチナガは丸い水晶に触れる。これは商業ギルドや冒険者ギルドにある判別用の魔道具だ。魔王クラスや魔帝クラスになるとこの水晶に触れただけで二つ名とどのクラスかわかる代物だ。だからミチナガが触れればもちろん商国の魔帝と表示される。


「確かに魔帝クラスのお方でしたな。これは申し訳ない。それで…此度はどのようなご用件で?」


「単純なことだ。今お前たちは攻め込まれようとしているだろ?援軍が欲しいはずだ。なんなら奴らを引かせて欲しいはずだ。俺ならそれができる。そういう商売をしに来ただけだ。」


「なるほど。そう言うことでございましたか。しかし敵の数はたかが知れております。あの程度我々だけで十分。」


「敵は正規兵だ。こちらの有象無象とは練度が違う。それに攻め込まれたらお前たちの商売にも悪影響が出るだろう?私なら騒ぎを広げずに事態を収拾できる。」


 ミチナガはいざという時のために考えておいた商売の話をしてこの場を切り抜けようとする。ドランドもミチナガとの取引に益があると考えれば手出しはしないはずだ。それにもしもうまく話がまとまればダエーワを油断させることも可能かも知れない。


「まあ確かにそう言うことでしたら我らにとって得になるでしょう。しかし…その話が真か嘘か判断が難しいところですな。」


「商人が成り上がるためには貴族との結びつきが大事だ。私には今この国に襲いかかって来ている兵士の主人である貴族と繋がりがある。その繋がりを使えば問題なくできる。信じるかどうかはお前たち次第だ。」


「ふむ…判断が難しいところですね……」


 ドランドは悩む。ミチナガはその姿を見てふと思った。確証はないがミチナガのこれまでの経験則からその自信は確かなものになりつつある。ミチナガは自分の自信に賭けてみることにした。


「そこまで悩むのならお前の主人を呼んで来たらどうだ?お前ごときでは判断が難しいようだからな。」


「それはどう言う意味で?」


「そのままの意味だ。」


 ミチナガにはこの目の前の男が本人ではないように思えて仕方なかった。そもそも素性もよくわからない男の前にダエーワの重要人物が簡単に現れるとは思いにくい。それに目の前の男からはオーラを感じない。ただの平凡な男にしか見えない。


 すると突如部屋の中に笑い声が響いた。それはその場に居合わせた者たちからではない。機械的なものだ。ミチナガはすぐにその音の発生源を突き止めた。その声は一つの絵画の方から聞こえてくる。


「さすがにわかるか。普通の者なら緊張と恐怖で気がつかないものだが、さすがに魔帝クラスの商人ともなるとちゃんとわかるものだな。初めましてセキヤくん。私が本物のドランドだ。」


「影武者を用意して対応させるとはな。俺を侮っているとしか思えないのだが?」


「ハハハハ、すまないすまない。私ほどになるとそう簡単に目の前には現れないものなのだよ。まあ君自身は本人のようだけど、もう少し警戒するというのを知った方が良い。今の話の一部始終はずっと見ていたよ。まあ結論としては必要ない。あの程度の敵勢に負けるほど甘くないからね。」


 ドランドはそう言い放った。あの程度じゃどうとないと。確かに1万5000の兵に対して3000の正規兵じゃ圧倒的に数の有利がある。さらにこちらは城壁によって守られている。そこまでくればまず負けることがないのは間違いないだろう。


 しかしそれでも何かを怪しむはずだ。兵力の差がこれほどまであるのに攻め込んでくる敵がいるのであれば何かある、そう考えるのが普通。そうなればもう少し警戒するはずなのにそうしないのはなぜか。ごく簡単なことだ。情報が間違っているからだ。


「奴らはこちらを5000のゴロツキの集まりだと考えている。全く愚かな話だ。正しい情報を集めることもできずに戦いを挑んでくるんだからな。なんの作戦も立てずに夜襲を仕掛けて侵入するつもりらしい。」


「そこまで情報を掴んでいるのか。内通者がいるらしいな。」


 ミチナガはハルマーデイムに1万のダエーワのゴロツキがいるという情報を流すように言った。そしてそのうちの半分はどこかへ出国するので守りが薄くなる。今叩けば少しの兵力で隣国を我がものにできると伝えた。


 ハルマーデイムは隣国に到着してからどの程度兵力を集められるか下準備として調べさせ、その集められそうな数に合わせた誤情報を回させた。そしてその情報はダエーワの連中にも知られる。そうすればダエーワの連中としてはなんとも美味い話だ。


 そもそもハルマーデイムが2万も3万も兵士を募ることに成功していたらそれだけで大問題であった。それだけの兵力を集めることに成功すればダエーワの連中は全員逃げてしまう。そうなってしまっては敵を大勢取り逃がすことになりこの戦いそのものの意味がなくなる。


 だから油断させるためにも3000人ほどの兵の数は実にちょうどよかった。これでダエーワにとっては隣国の兵力を減らすことができ、隣国を乗っ取りやすくなる。この戦いそのものがダエーワにとって価値あるものになる。そしてハルマーデイムという商人が兵士を募ったのも実に意味がある。


「戦いを知らない商人が少しこの国に侵入して情報を調べただけで兵力も何もかも知った気になっている。この手の馬鹿は実に面白いように動く。これで我々の脅威となる存在を同時に3つも排除できるとはね。」


「同時に…3つ?それは一体どういう意味…」


「そのままの意味だよ。まず一つ目は隣国の兵力の減退。しかもあの商人はよりにもよって王国直属の近衛騎士団を連れてきた。あれは実に面倒な奴らだ。それを潰せる。二つ目は君もよく知る人物さ。なあミチナガくん。君のところのアンドリュー子爵とかいう奴だ。バラバラだった諸王国をまとめる?そんなことされては困るんだよ。我々ダエーワは戦争が起きれば起きるほど儲かる。平和なんて金にならないものはいらない。そして3つ目は…君だ。セキヤミチナガ。火の国の平定に関わる重要人物。君の商会によってうちの商売はずいぶん邪魔されているんだよ。この3つを潰して我々はさらなる高みを目指す。」


「…俺のことも知っていたか。それにアンドリュー子爵まで……」


「君のことはよく知っているとも。まさかセキヤと名乗れば気がつかれないとでも?我々ダエーワは情報も多く握っている。しかしまさか馬鹿みたいに乗り込んでくるなんて…君はよほど愚かみたいだなぁ!」


 ミチナガは気がつかれたことに動揺しながらもまだ椅子に腰深く座っている。いや、あまりにも動揺しすぎて立てないという方が正しい。この辺りに来るのは初めてのミチナガならば情報はそこまで出回っていないとタカをくくったのがまずかった。


 すでにダエーワはミチナガ商会を敵視していた。そしてなんとも愚かなことにその敵視していたミチナガが乗り込んできた。これほど好都合なことはない。ミチナガがやってきたことを知った時はきっとそれは腹を抱えて笑ったことだろう。



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