第31話 二つのアプリ
夕食は終わった。雑務も全て片付けた。ベットの上で準備は完了だ。俺の自由時間は明日の日の出前の護衛たちが呼びに来るまで。
「よし、じゃあ早速始めるか。シティアプリ起動!」
『シティアプリの世界へようこそ。このアプリは全てのアプリと連動して成長していくよ。すでに同期は済んでいるから早速始めよう。』
待ちに待ったシティアプリ。開いてみると広い画面にいくつかの建物が立っていた。その建物の名前は全て、今まで買ったアプリの名前だ。説明はあまりないので、とりあえずどこでもクッキングの建物をタップしてみる。
『どこでもクッキング!シティアプリとの連動を確認したよ!これで増改築ができるようになったよ。おめでとう!増改築は一定の条件を満たして、材料を持っていればいつでもできるよ。』
「増改築か…ここから開けるみたいだな。」
試しに開いてみるといくつもの項目が並んでいた。条件を解放すると名前が表示されて、材料も持っていると明るく表示されるらしい。一つだけ今の俺にもできる項目があった。
「簡易作業場の設置か、金貨50枚以外、特に条件もないみたいだしやっちゃうか。」
タップしてやると一瞬で作業場が出来上がった。今までのように机を購入して設置してということが要らなくなったらしい。正直なことを言えばもう一式揃えてあるから必要なかったとも言える。
「まあ金はあるし問題ないな。他の項目のロック解除には料理レシピが足りなかったりするのか。その辺はあとで買っておくか。とりあえず次行こう。」
次に開いたのはさっき買ったドワーフの鍛冶場。開いてみると何もない空間が表示された。もしかして、これも道具全部揃えなきゃならないタイプのやつか。
『俺の鍛冶場によくきたな。ここじゃあ鉄を叩いて武器でも防具でもなんでも作れるぜぇ。まあ鉄じゃなくてもいいがな。作業場はシティアプリと連動したからいつでも買えるぞ。作業場がよくなりゃ、もっとすげぇ金属も扱えるからまあがんばりな。』
「お、金だしゃ買えるのか。まあ買ったほうが楽だし買っちまうか…って金貨500枚!?たっか!」
まさかの金貨500枚ってそりゃないだろ。だけど何がもらえるのか見てみると、炉に金槌が3種類、砥石など必要そうなもの全てが揃っている。買わないと言う選択肢はなさそうだ。
「まあ今は金もあるしいいか。お、レシピもあんじゃん。いくつか買って試してみるか。」
今回買ったレシピは包丁系だ。日本には数多くの包丁が存在していて、その数は細かいものを含めば数十種類にも及ぶ。その包丁全てにそれぞれのレシピが存在している。さすがに全部は買えないので、その中からいくつか選んでみた。
まず、今回買ったのは鰻裂き包丁の江戸型だ。他にも大阪、京都、名古屋のタイプがある。これもそれぞれ金貨20枚で買わなくてはいけない鬼畜仕様だ。
鰻は日頃からさばいていたので、専用の包丁が欲しかった。今ある三徳包丁も使い慣れてはいるが、やはり本格派のものが欲しくなってしまうのが男心だ。
それと三徳包丁のレシピも買っておいた。今使っているものはすぐに切れ味が悪くなってしまい、使い勝手が悪かった。研ぐのはヤスリ棒と言うものを使っていたが、質が悪く切れ味が良くならない。冒険者用の武器砥石を買おうかと思ったのだが、値段も高かったのでやめておいた。
それから菜切り包丁に出刃包丁のレシピも買っておいた。ついでに中華鍋のレシピもあったのでそれも買い、合計金貨100枚を消費した。
早速作業に入りたいところだが、包丁は少し作業のレベルが高い。それに比べ中華鍋はまだ簡単な部類だったので、まずはそこから始めてみる。
『中華鍋だな。プレス式はまだできないから、とにかく叩け。叩いて伸ばして形にしろ。そんで最後に持ち手をつけろ。以上だ。』
単純だなぁ…まあ最初はこんなもんか。練習にはちょうどいいだろ。作業を開始すると、今まで女神ちゃんガチャのハズレ枠だった金属系の素材が表示された。鉄に銅などが大量にある。これなら何回でもできそうだ。
素材を選ぶと作業が開始される。鉄を炉の中に入れ、しばらくしたら取り出して金槌で叩きまくる。回転させながらタップしていくと徐々に円状になっていく。これはかなり楽かもしれない。しばらくすると中華鍋の形になり、持ち手をつけて完成となった。
「え、今までで一番楽じゃん。タップ回数も多くないし、すぐできるし。まあレシピがあればこんなもんか。」
『完成じゃな。だが、叩き方にムラがありすぎるせいで、使い物にならんな。まあお湯くらいなら沸かせるか。』
「は?」
あまりのことに言葉を失う。試しに中華鍋を取り出してみるとボロボロでガタガタだ。鍋の内側にはいくつも凹みがあり、これで料理をしたら確かに凹みに材料が引っかかり、焦げの元になる。確かに使い物にならない。
「で、でも今までレシピ買ったらできていたじゃん。そんなに簡単じゃないってか?じゃあこれ、もしかして使い物になるまでやり続ける感じ?」
まともに使えるものが作れるようになるためには、俺自身の能力を上げるしかないってことかよ。何度も作って感覚をつかむ以外方法はないようだ。
「いいぜ、さすがはこのスマホだ。相変わらず鬼畜設定が大好きなようだな。やってやろうじゃんか!」
材料はまだまだある。何度でもやってやる!しかし作り続ける度にドワーフの言葉がきつくなっていく。
『使い物にならんな。』『ゴミじゃな。』『お前才能ない。』『このクズが。』『鉄に謝れ。』『ゴミ以下め。』
やばい。口がどんどん悪くなりすぎて俺のメンタルがやられそう。もう20回以上作っているのに一向にいいのが作れない。けど確かに最初のものよりもいいのができ始めている。この調子でいいはずだ。
『一定時間が経ったから炉の火が消えた。使いたかったら1時間金貨10枚消費しろ。』
「はぁ!?ふざけんなよ!」
まさかこの炉の火を使うのに金貨を消費するなんて思いもしなかった。最初金がかからなかったのは作業場を買った際のボーナスってやつか。
「まあいい、今の俺には金がある!」
それから1時間後、ようやくなんとか使い物になる中華鍋を作り上げた。1個の中華鍋を作るのに2時間かかって、中華鍋もどきが50個近く出来上がったのか。しかもこれって感覚忘れたらまた失敗しそう。
『よくやったな。まあなんとかこれなら使えるだろ。レシピのレベルが2になったぞ。これで多少は失敗もなくなるはずだ。』
「レシピにレベルなんてあんのかよ。もう勘弁してくれ…やり込み要素多すぎ…」
今日はもう疲れたよ。そうだ、他にもアプリ買っていたんだった。そっちで少し心を安らげよう。
『僕の木工所によくきたね。ここでは植物を使った製品を作れるよ。木材があれば新しく家を建てたり、増築もできるから是非試してみてくれ。それと依頼がきているよ。』
『使い魔のポチさんから、家を作って欲しいとの依頼がきています。使い魔のシェフさんから、どこでもクッキングの家に自分の部屋を作って欲しいとの依頼がきています。』
「なにこれ新機能。家を作って欲しいという依頼?あいつら家なんているの?」
『家を建ててあげるとその使い魔の作業効率が上がるよ。それに専用の能力も獲得できるし、色々特典があるから試してみてくれ。』
「専用の能力!それは作らないとダメだな。作業効率も上がるなら是非とも作る必要があるな。」
作り方を調べてみると、どうやらどんな家がいいかは、すでにポチたちから設計図付きで送られていた。ただし、その設計図と建築のための土地購入に金貨10000枚かかるらしい。シェフはすでにある家に部屋を増築するだけ、ということで金貨3000枚。いやいや、ポチ高すぎだろ…
しかし専用の能力というのがとてつもなく気になる。それにポチたちは日頃よく頑張ってくれているし、今までの給料として買ってやるというのも…いや、給料分にしては高すぎだな。まあそんなケチくさいことを言う必要はない。なんせ金はまだまだある。
『購入ありがとうございます。ポチさんの家に必要な材料は釘5432本、木材2322本。シェフさんの増築に必要な材料は釘543本、木材293本。』
「おい、シェフはいいがポチ、お前材料食い過ぎじゃね?」
ま、まあポチは一から作るわけだしな。そこら辺はしょうがないのかもしれない。そう思っておこう。
「って釘はどこにあんだ?材料の一覧に載ってないぞ?」
『家を建てるんだね。じゃあまずは簡易作業台が必要だね。それと釘はドワーフの鍛冶場で作れるよ。』
「作業場はいいけど、ドワーフのって…嘘だろ…」
簡易作業場は金貨500枚。まだこれはいい。けど釘作るってマジか。あの鬼畜作業をまたやるのか…使える釘はいつになったら作れるようになるんだろ。しかし愚痴を言っても終わるわけじゃない。俺は再びドワーフの鍛冶場のアプリに戻る。
レシピの中に釘を見つけたが、釘にも色々と種類があった。その中から今の状態でも作れそうな和釘を選んだ。和釘は日本で昔に使われていたもので、よく知っている一般的な釘の数倍太い。太さは1cm近くある。いや、もっとか。
『和釘だな。作り方は鉄を細かく分け、それを叩いて伸ばして形にしろ。最後に少しだけ研いでやれば完成だ。』
「簡単そうだけど難しいんだろ。もう分かっているよ。」
言われた通りに塊の鉄を先の平たい金槌で切れ込みを入れて割っていく。割れたものを叩いて長く伸ばして先を少し研ぎ、釘を打つ際の頭部の部分を直角に曲げてやる。
『よし、少し不恰好だが完成だ。十分使い物になるぞ。』
「マジで!一発クリアとかどこのヌルゲーだよ!最高かよ!」
あまりのことに飛び跳ねて喜ぶ。こんな簡単な作業ならいくらでもきてくれ。初めてこのアプリが楽しいと思えてきた。
『じゃあ家を建てるためには残りは5824本だな。』
「…やっぱクソゲーだわ。」
結局、俺の釘造りは釣り具をシンドバル商店に受け取りに行く時間になっても、終わることはなかった。