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第305話 禁忌なる技

「それで俺は急にこんなところに連れてこられたわけか。」


『ポチ・説明するより観た方が早いと思ってね。これからもう一度みんなで診察するけどボスの見立てはどう?』


 ミチナガはベッドで寝転がっていたところ急に周囲が暗転し、この場所へと連れてこられた。ただスマホに夢中だったため反応がワンテンポ遅れて変な空気になったのは言うまでもない。


 ミチナガはポチからこれまでの経緯を全て聞いた。その経緯を全て聞いた上で診察に参加、そして治療方法を考える。ただこれに関してはあまり長い討論にはならなかった。


「つまりこれはあれだろ?呪いや毒がある状態で安定しているわけだ。つまり呪いや毒が無くなったら安定しなくなる。呪いや毒を解いたせいで死にかねないぞ。」


『ヤク・まさに我らが王の言う通り。これは呪いや毒がある状態で成り立っている生物。それがなくなれば成り立たなくなるのは必定。さらに言うのであれば周囲の生物を切り離せばその瞬間に中心核の人間の部分は死ぬでしょう。』


『社畜・これほどの生物を拝めるのはそうそうないのである。是非ともじっくり調べたいところであるが時間がないので諦めるのである。もうここまできたら方法は少ないのである。』


『アルケ・このまま人間にする。完全融合させるよ。それが一番安全だよ。』


「中心核の人間の部分がまるで見えないからな。本体の部分を見てみないことにはなんとも言いにくいけど……けど全部切り離して人間の状態に戻すのはまず無理だよな。血液検査でももう血液が人間のものじゃない。多分人間部分はこの周囲に露出しているモンスター部分よりも融和性が高くなっているから普通の人間に戻すのは無理だ。」


 これからの治し方を考えるが実に難しい。結果としてミチナガたちはこのキメラを完成させる方向で進めることにした。


 このキメラの完成体というのは、つまり複数のモンスター細胞を持った人間を作り上げるということだ。一応今でもそれはできているのだが、このキメラは現状動くことができない。ただの延命措置に過ぎないのだ。


 だから人間の部分で思考し動くことのできるキメラを作り出すというのが目的になる。かなり高度なことなのだが、それでも生きたまま全てのモンスター細胞を切り離し、毒も呪いも無くす方がよほど困難だ。それを行うのにはかなり緻密な計算と技術が必要になる。


「それじゃあそういうことでよろしく頼んだ。よくわからんけどそのほうが楽だろ?」


『ドルイド・…確実……始める……』


「オッケ。それじゃあ始めるぞ。みんな準備開始。」


 ミチナガはスマホを起動させる。それに合わせてドルイドは己の力を練り上げ始める。これから行うのはあまりにも禁忌だ。他の使い魔たちは周囲に結界を張れる魔道具を設置し始める。これから起こることが外に漏れるとまずい。


『ドルイド・我は願う…世界樹よ……これより行ないしは邪悪なる外法なり……我が行いを許し給へ……我が罪を許し給へ……汝の御技により此の者を救い給へ……世界樹魔法…天地開闢……』


 スマホから飛び出してきた世界樹の根がキメラを覆い隠す。やがてその根は元のキメラの大きさよりも小さく小さく縮んでいく。やがてその大きさは使い魔ほどの大きさになった。その塊からは力強い鼓動を感じる。


 世界樹魔法天地開闢。世界樹魔法の中でも禁忌と言われた魔法である。どんな技か簡単に言えば人間を作り直す魔法だ。天地開闢にかけられた生物は強制的に胎児の状態まで戻される。そして新たなる生物として作り直されるのだ。


 あまりにも高度な魔法であるが、世界樹にとってはたやすいことだ。なんせ世界樹は9つの世界を生み出すことができる。世界を生み出すことができる存在にとって生物を作り変えることの方が容易い。


 そしてこの容易いということ自体が問題でもある。神話として残っているのだが、この世界に存在する獣人や魚人などの亜人は全てこの世界樹魔法、天地開闢から生まれたのではないかという神話が残っている。世界樹が失われてから数百年が経っているこの世界において、その真偽を確かめることができず、ただの神話としてしか残っていない。


 しかし現実として今、目の前でこの魔法が行使されているのを見るとその神話は実話である可能性が高い。何の目的で獣人を作ったのかは知らないが、この世界樹ならばそれが可能だ。可能であり、獣人たちの成り立ちが他にわかっていないのならばこの説が濃厚だろう。


 本来、生物を作り直すなどあってはならない。それはまるで神の所業だ。世界樹を用いて神の如き技を人が行うなど蛮行に他ならない。しかしこれだけの魔法だというのにこの天地開闢には何のデメリットもない。


『ドルイド・…完了……1週間……』


「終わるまで1週間かかるのか。それまで俺もここ動けそうにないな……みんなには心配ないと伝えさせておこう。きっと心配するだろうから。」


 ミチナガは使い魔たちからメイド長などに心配しないように伝えさせる。それから自身はしばらく暇になりそうなので椅子とテーブルを用意してティータイムを楽しむ。ミチナガは紅茶を飲んでカップを下げる。すると目の前に急に男が現れた。突然現れた男にミチナガは驚く。だが男はそんなことは意にも解していなかった。


「これで本当に助かるんだろうな。もしも何かあれば……」


「そう殺気立つんじゃないよ。あ〜もう、びっくりした。1週間もすれば元通り…っていうわけじゃないか。まあどうなるかはわからん。だけど立って動いて会話することもできるようになると思うぞ。ただ人間と呼べるかは別だけどな。まあゆっくりと待とうじゃないか。どうせだ、暇だからどうしてこうなったか話してくれないか?」


「…別に長い話ではない。裏切りが起きただけだ。」


 かつてとある部族があった。その部族は長年国に忠義を尽くしており、国のために暗殺、諜報活動など裏の仕事をこなしていた。その国の発展にはその部族の功績がなければ不可能であっただろう。


 そんな彼らは自分たちの功績を誇ることはしなかった。ただ国のために忠義を尽くしていた。そんな彼らの功績は決して明るみに出ることはなかった。彼らは日陰者として決して太陽の下には出ない。月明かりですら彼らは避けて通る。


 彼らを照らす光は蛍の光のように小さな明かりで良い。だから彼らは自分たちを蛍火衆と名乗った。暗闇の中を蛍の光だけで突き進む、そんな心の表れであった。


 しかしそんな彼らを不穏に思ったものたちがいる。蛍火衆は国に忠義を尽くすということだけのために命をかけた。だから勲章や報酬を求めなかった。それがまずかったのだ。国の中でも強力な集団で、彼らは何も求めていない。


 それが恐ろしかったのだ。金のために働く、地位のために働くというものは御し易い。欲しいものを与えれば良いのだから。しかし欲しいものが無いものは恐ろしい。何がきっかけで裏切るか分からないのだから。


 そしてそんな疑心暗鬼が溜まりに溜まった時、国は彼らに牙を剥いた。褒美を取らせたいと呼び出し、そして集まった彼らを襲撃したのだ。褒美をもらうために、忠義を尽くす国のために赴いた彼らは非武装であった。そして敵は忠義を尽くしていた国の全て。


 命からがら逃げ延びたものの当時の頭首は亡くなり、幾人もの手練れが亡くなった。そして帰るべき家も国によって襲撃された。帰るべき家も、忠義を尽くすべき国も無くなった彼らは空っぽになってしまった。


「だから我々にとって…このお方だけは決して死なせてはならないのだ。頭首のご子息様だけは。襲撃の際に致命傷に加え、毒と呪いを受けたこの方を救うためには我らの禁術を使うしかなかった。」


「いろいろ事情があったわけか……その国はどうなったんだ?」


「我々がいなくなれば国の影の防備は無くなる。そうなれば滅ぶことは必然だ。敵も多かったからな。」


「影の防備……そっか、スパイ対策とかそういうことも大切なんだなぁ……国造りは奥が深いわ。そういうのってどこの国にもあるもんなの?」


「平和ボケした国は多い。だが名のある領主などならば私兵の諜報部隊を持っているぞ。まあそれの行く末は我らのように国を追われ闇組織に身を落とすだけだがな。嘆かわしいものだ。平和な世が来れば我々は不要ということだ。」


「平和ねぇ……どれだけ戦争が無くなってもスパイとかはいるもんだぞ。特に俺みたいな商人は製品の情報漏洩が起きないようにしないといけないからな。技術なんてどこの国もすぐに盗もうとする。とりあえずお前ら頭首が元に戻ったら俺の下に着くんだろ?じゃあうちで機密情報の防備とかやってくれないか?」


「……我々はもう疲れた。重要な情報に関われば関わるほど後に引けなくなる。忠義を尽くして裏切られるのはごめんだ。これからは頭首の元、細々と依頼をこなして生きていくだけだ。」


「そっか。まあそれでいいなら別にそれでいいや。時々そっちに仕事でも出させてもらうよ。」


 現在ミチナガ商会の機密情報の管理は使い魔たちと一部の重役に任せている。だからそう簡単には情報漏洩は起きないと信じているが、今後さらに開発や研究に力を入れるのならば情報の管理強化は必須だろう。そのあたりのプロフェッショナルはまだミチナガ商会にはいない。


 ここで彼ら蛍火衆に出会えたというのはミチナガにとって大きい。彼らの信頼を勝ち取ることができればミチナガ商会はさらに大きくなれる。あとは彼らのやる気を出させれば良いだけなのだが、ミチナガはあまり気にしていないようであった。


 無理にやらせようとしても仕方ない。無理やりやらせたところでどこかで破綻するだけだ。とりあえず今は天地開闢が終わるまでの一週間、彼らとおしゃべりを続けるだけだ。




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