第289話 勘違い
「じゃあすみませんがみんなをよろしくお願いしますね。」
「はい、お任せください。ああ、夕食の準備はしておきましょうか?」
「いえ、どうせなので外で食べて来ます。ああ、みんなの分はお願いしますね。もしも起きて来たら遅くならないように帰ってくると伝えておいてください。」
ホテルに到着するとすぐにホテルを貸し切って全員を寝かしつけた。久しぶりの地面に全員安堵した表情で眠っている。これなら明日には普通におきてくることであろう。ミチナガはどうせなので一人街を散策することにした。
街を散策するのだが、正直外壁を真っ白に塗られた街並みは太陽の光を反射して眩しくてしょうがない。しかし美しい街並みであるのは間違いない。ミチナガは街並みを見回しながら一軒の店へと入る。そこは雑貨屋のようであったが値段を見る限りなかなか良い店のようであった。
売られているものは真珠や、べっ甲細工が目立つ。真珠は白い真珠が多いがどれも質は悪い。ミチナガはすでに海上都市の真珠を知っているのでこれでは満足できないのだ。なお海上都市の真珠は目の前に売られているものの数十倍の値段がする。世界最高品質の真珠なのだ。
ミチナガはその中からサングラスを手に取った。銀貨1枚の安物であるが、この日差しの中ではないよりかは遥かにマシだ。ミチナガはすぐにそれを買って装着し、再び街に出る。
サングラスで日差しを和らげると先ほどまでよりもはるかに目が楽になり、街並みをさらに楽しめる。真っ白な外壁に触れるとざらつくものを感じた。どうやらこの外壁の白さは貝殻を砕いたものらしい。
さらに見ていくと、どうやら良い家の方が外壁に使われている貝殻の砕き具合がより細かくなることがわかった。上質な壁の塗装に重きを置いているようだ。そのうち目が慣れてくると良い外壁と悪い外壁が見分けられるようになってくる。若干悪い外壁の方は白が濁るのだ。
そんな目利きができるようになってから外壁の綺麗な飲食店に入る。なかなかの高級店のようだが、昼飯をすぎたこんな時間でも人が多く入っている。なかなかの繁盛店のようだ。夕食にはまだ早いので軽くおやつタイムに入る。
「お待たせしました。オレンジタルトと紅茶になります。」
頼んだものはこの辺りの名産のオレンジを使ったタルトとオススメの紅茶だ。先に紅茶を一口飲んでみたが、まあまあだ。初めて飲む茶葉の紅茶だが、少し癖がある。普段良いものを飲んでいるミチナガの口にはそれほど合わなかった。
しかしオレンジタルトの方は別だ。柑橘系特有の甘さと酸味が絶妙である。その上みずみずしさも残っており、かなり当たりだと言える。これなら店のこの賑わいも納得できる。その後もいくつかフルーツ系のデザートを頼んでみるが柑橘系は大当たりだ。ミチナガは思わず店員を呼び止めて柑橘系のフルーツについて聞いた。
「そのオレンジなどは街から少し離れた斜面で育てられています。海からの照り返しと海風のおかげで甘く美味しいものができるそうですよ。」
日本でも海沿いの斜面でみかんを育てることが多い。日光を浴びせれば浴びせた分だけ美味しいみかんができるのと同じでこのオレンジも同じように作られているのだろう。ミチナガはそこで美味しいオレンジを購入できる場所を聞いて店を後にした。
店員に聞いた通りに歩いていくと柑橘系の専門店が目に入った。すぐに立ち寄ると数種類もの柑橘が並んでいる。どれが美味しいかわからないミチナガはすぐに店主に頼んで一つずつ購入して味見をしていった。
「これはかなり甘いな。でもうまい。あ、こっちは酸っぱめだ。このくらいの方が好きかなぁ…」
「なんだにいちゃん。この街は初めてか?」
「ええ、今日着いたばかりです。仲間はみんな船酔いで寝込んでいるので一人で散歩していたら上の店で美味しい柑橘スイーツに巡り合ってこうして今は買いに来ているんです。」
「なるほどな。それじゃあ…せっかくだ。こいつも食べて行きな。サービスだ。」
ミチナガは一つのオレンジを受け取った。見た目は何一つ変わらないが、他のものと比べると見た目の割に重く感じる。一口食べるとその甘さと酸味に驚き、目を丸くした。
「お!いい反応するな。そいつは金持ち専用の特別なオレンジだ。肥料から一つの木に実らせる数まで決められたブランド品よ。そいつ一個で大銀貨1枚もするんだぜ。俺の1週間分の食費だ。」
「そんな良いもの良いんですか?もう食べちゃいましたけど。」
「そいつはもう傷んでいるからよ。ほら、反対側の部分。ぶよぶよしているだろ。それじゃあ誰も買ってくれないのよ。」
確かにもう傷んでいる。他のものの数十倍もの値段で売られているこのオレンジは出荷する前に一つ一つ検品する必要があるらしい。だからこうしてちょくちょく商品にならないものが出るとのことだ。
「このオレンジは買えますか?いくつか欲しいんですけど。」
「ん?そこまで気に入っちまったか……悪いな、基本的に出荷分は全部買い手がついてんだ。時々買い手漏れが起きたやつが売りに出されることはあるがまあ2〜3個ってとこだ。それにいつ入るかわからないからよ。」
「そうですか……まあ仕方ないか。じゃあとりあえずこれとこれとこれの品種ください。」
「あいよ、どのくらい買っていくんだ?」
「逆にどれくらいあります?」
「お?大量購入か?今売れるのはここに出してある分だけだ。もっと欲しいなら量にもよるが明日には出荷できるぞ。」
「それじゃあ……」
ミチナガが少し考えて提示した金額に店主は驚きを見せたが、大口の客だと喜んで受注してくれた。ただ1日では難しいので2日に分けて取りに来て欲しいとのことだ。なのできちんと契約を交わし、再び街に出た。
これでとりあえずの目的は達成された。その後は再びあてもなく街を散策し、夕方ごろに夕食のために景色の良い店で海鮮料理を食べた。実に優雅で満足いく1日を過ごしたと喜んでいると一人の男が目の前の席に突如座った。
「よぉ、あんたがミチナガ商会の人間だな?俺はメランコド商会のものだ。お前さんのことは少し観察させてもらったぜ。下男のくせになかなか金回りが良いじゃねぇか。」
「…いや、ゆっくり飯くいたいんだけど……」
「おいおい、これはなかなか良い話なんだぜ。まあこの国に来るのが初めてじゃしょうがないか。この国にはな、3大商会がある。まあこの3大商会がこの国を牛耳っている商会なんだが…そのうちの一つが我らがメランコド商会だ。この3大商会の影響力は魔王クラスに匹敵する。つまりうちが本気を出したら…お前のとこの商会なんてどうなるかわかるよな?まあ下男なんだからあまり主人に迷惑かけちゃいけないぜ。」
男の言葉にイラつきながらもミチナガはイラつきを抑えて男との会話を続ける。男は明らかに自分のことを格上だと考えているようで、饒舌に語ってくれる。なぜそんな勘違いが起きているかわからないミチナガは徐々にイラつきが和らぎ、目の前で欲しい情報をいくらでも語ってくれる男の話に乗っていた。
「っとまあこういうことよ。まあここまでのことを知っているのは俺だけだろうがな。おっと、もうこんな時間か。悪いが俺は暇じゃないんでな。この後も仕事があるんだ。それじゃあな。お、どうせだ。ここは俺が奢ってやるよ。まあ俺くらいになると金も有り余っているからな。それじゃああばよ。」
「ごちそうになります。どうもそれでは。」
男は上機嫌で去って行った。その後ろ姿を見送ったミチナガはワインを一口飲んでため息をついた。そして空いたグラスにポチがワインを注ぐ。
「サンキュー。それにしても途中から酔いが回ったのか知らないけど話しちゃダメなことも語っていたな。なんだろ…悪いやつじゃないけど……アホなんだな。というか俺はなんで下男ってことになっているの?それにわざわざ話しかけに来たのは……脅し?それともただの牽制のため?」
『ポチ・まあ服装もラフな格好だし、特にこれといって豪遊しているわけでもないからね。まあ下手に警戒されるよりかは良いんじゃない?ご飯も奢ってもらえるし。話しかけて来たのは…多分自慢だと思う……』
「まあ別に今は一人だから舐められても問題ないけどさ。みんないる時だと、多分みんなはキレちゃうでしょ。……みんなが起きる前に少し色々とやっておこうか。随分と有用な情報も貰ったしね。作戦の立案は頼んだよ。」
『ポチ・作戦ねぇ……色々とやるといっても相手は3人で魔王クラスの影響力の商人でしょ?うちはすでに魔帝クラスの商人だから何かあっても力押しでも余裕なんだけど……まあでも…何か考えておくよ。』