第28話 20万枚の金貨
一通りの契約を済ませた俺は金庫へと案内された。ハロルドもすぐに引き渡すということはせずに、一月の猶予は与えてくれた。しかし俺はこのスマホの中にしまい込めば誰かに盗まれるという心配もない。だからとっとと金をもらうつもりだ。
そういえば特別な金庫が必要だとか言っていたが、なくても平気なのだろうか。もしもダメそうなら金庫の中で全額使い切ってしまえばいい。このスマホのアプリや課金要素は信じられないくらいに金がかかる。金貨20万枚といえども使おうと思えば使い切れるはずだ。
案内された金庫をハロルドはいくつもの手順を踏んで開けていた。かなり厳重な作りだが、基本的に盗む人間はいないらしい。なぜなら流通制限金貨を盗んだ人間にもなんらかの罰が与えられるらしい。盗んだだけ無意味ということだ。
それでもこれだけの厳重な管理をしているのは、これが国で決められた最低限の保管処置だからだ。
10分ほどかかったがようやく金庫が空いた。中には山のように金貨が積み上げられている。思わずにやけてしまうな。
「これが代金の流通制限金貨20万枚です。確認してもらっても構いませんが、とりあえずここに血印を押してください。それで持ち運びが可能になりますから。」
「血印かぁ…痛いのやだなぁ。」
おっかなびっくりに指先を切ろうとしていたらハロルドに無理やり指先を切られた。指先から溢れる血を見て少し冷や汗が出た。まあ切れたものはしょうがないのでそのまま血印を押す。すると契約書が青白く光り俺の血印が蠢き、俺の名前を表した。
「確かに。ではこれで正式に取引は済みました。この金庫の中の金貨はあなたのものです。どうぞご自由に。」
「じゃあ失礼して…あ、外から見えないように内戸だけ閉めてもいいですか?」
「構いませんが一体何を?」
「ま、まあ…これだけの金貨を目にしたら色々やって見たいことがあって…埋もれてみたりとか…」
「ああ…なるほどなるほど。では人払いもしておきましょう。運び出す時は声をお掛けください。手伝いくらいはしますよ。」
「ありがとうございます。」
少々変人扱いされたがまあこんなもんだろ。とりあえずこれで人払いもできたのは嬉しい。ではとっとと仕事に取り掛かるか。
「ポチ、シェフ。出てきてくれ。仕事だ、すぐに済ませるぞ。」
俺の声に応じて使い魔のポチとシェフが出て来る。二人ともこの金貨の山を見て興奮しているようだ。まあかく言う俺も興奮している。しかし早くこれを全て収納しなくてはならない。
「スマホはそこに置いておくから収納をって…なんで金貨食ってんの?」
唐突にポチとシェフは金貨を食べだした。それは食べ物じゃありません!ぺっしなさい。
するとポチはスマホを指差し何かを見るように示した。するとスマホの中に金貨がどんどん収納されているではないか。
「お前らの口ってスマホの倉庫に繋がっているのか…あれ?けど普通に飯は食っているな。使い分け的なやつか?」
収納機能も持っていたらしい。新発見だ。今後は収納するときはスマホじゃなくて、こいつらに任せるか。
じゃあ俺はスマホを使ってどんどん収納していこう。金貨を100枚収納するのに1秒だとしても20万枚だと30分以上かかる。もっとペースを上げなくては。
「ガンガン詰め込め!時間はあるが誰かが来た時が面倒だ。一枚残らずぜーんぶ持っていけ!」
ポチとシェフはビシッと敬礼しながら、金貨を口に頬張っていく。あれよあれよという間に金庫の中の金貨が全て無くなってしまった。さて、ここからが問題だ。
スマホを起動すると、収納した金貨の一部に制限付きと但し書きされていた。これなら間違えて流通制限金貨を街で使うこともなさそうだ。まずはここで実験をする。
実験その1、金貨を収納したスマホを金庫の外に出してみる。外を除き、周囲を確認しながら手のひらで隠してスマホを金庫の外に出す。ビクビクしながらやったが問題ないようだ。
実験その2、スマホから流通制限金貨を取り出してみる。これでなんらかの異常が出れば流通制限金貨をスマホに入れておけば問題ないというのがわかる。しかし取り出してみてもなんの問題もない。確かに金庫の外で取り出したのにだ。
「あ、そうか。今は持ち運びをするってことだから持ち出しても問題はないんだった。じゃあこれを落としてみたらどうなんだろう。」
試しに地面に流通制限金貨を落としてみる。すると落ちてから2、3秒後に金貨から黒い靄が出て来た。あ、これダメなやつや。
慌てて拾うと黒い靄は無くなった。なるほど、ではスマホを手から離せば、スマホに流通制限金貨が収納されるか確認できるんじゃないか?試しにスマホを地面に置いて手を離してみる。10秒ほど待ってみたが何も異常はなさそうだ。
「よし、完璧だ!ポチ、シェフ、もう金貨もないし一旦スマホに戻って。今日の夜は課金祭りだ!」
ポチとシェフをスマホに戻し、ハロルドたちを呼びにいく。ウキウキしながらスマホを確認していると収納した金貨の中に10枚ほど別の金貨が混ざっていた。さすがにこの金貨は欲しくないな。
「ハロルドさん。用は済みましたよ。」
「そうですか。それでは早速運び出しを…」
「ああ、そうそう。別の金貨がありましたのでお持ちしました。これは返しておきますよ。それでは我々はこれで帰りますので釣り道具の件はよろしくお願いしますよ。それでは。」
そのまま護衛を連れて帰る。色々と質問責めに会うのは勘弁なのでとっとと退散してしまおう。
まだ陽が頂点に達する前、シンドバル商会のある部屋に若い男がノックをして入っていく。
「ハロルド様。こんな時間にどうなされました。ああ、まだ昼間だというのに酒まで飲んで。」
「…来たか。どうやら私も耄碌したようだ…」
「あなたらしくもない。一体どうなされたのですか?酒はやめてください。今日はまだ取引もありますから。」
「今日の残りの取引はお前に任せる。それよりも坊っちゃまから言われていた男の件だ。」
「ああ、あの男ですか。貴族に目をかけてもらっている以外何も取り柄のない男ですよ?」
「そうではない、そうではなかったのだ。これを見ろ。」
「これは…流通制限金貨の取引書?ミチナガ…この名前は坊っちゃまに依頼されていた男ですか。へぇ…コショウの取引ですか。うちの大儲けじゃないですか。コショウが手に入り、流通制限金貨が無くなって管理費の問題に土地の問題も解決した。これはすごい取引ですよ。金額にしたらすごいことになりそうだ。」
「そうだな…だが私はそんな端金で一人の男の信頼を失った。」
「え?どういうことですか?」
「書類を最後までちゃんと見ろ。そのミチナガは流通制限金貨を一日のうちに…1時間も満たないうちに全てどこかに運び去った。しかも書類は適正に金貨が処理されたと記してある。おまけに監視用の疑似金貨10枚にも気がついて帰る前に手渡して来た。お前にできるか?たった一人で1時間のうちに流通制限金貨20万枚の中から10枚の監視用疑似金貨を見つけ出し、我々の目にも止まらず流通制限金貨を運び出し、適正に管理、保管することが。」
「そ、そんな…ありえません!魔法で異空間に収納した場合でも数十の封印措置が必要です。それを1時間で?この報告書に不備があるのでは?」
「その報告書を手がけたのは私だ。そして…この失態を犯したのも私だ。私は…私はたかが売り上げにして金貨50万枚ほどのためにそれだけの男の信頼を失ったのだ。私は…私は…!」
ハロルドは涙を流しながら酒を煽るように飲む。誰もそれを止めることはできなかった。