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第275話 彼が見た未来

「はぁ…はぁ…はぁ……くそぉぉぉ!!」


 どうしてこうなった。


「おいおい、それで逃げているつもりかよ。いい加減観念しな。」


 俺が一体何をしたって言うんだ。


「くそっ!くそっ!くそっ!!」


 徐々に人気のない場所に誘導されている。しかしそれに気がついた時はもう遅い。突如起きた全身を駆け巡る鈍痛とともに俺の意識は消え去った。




 事の始まりはいつだろう。最近始めた生きた魚を売り出したことか?それともその前のこの時期に取れない野菜を出荷したからか?それとも…この世界に来た時点でこうなることが決まっていたのだろうか。


 野菜の販売をしていた頃は順調だった。野菜はいい値段で売れた。しかしその価格が下がり始めた頃に新しい出荷物として始めた生きた川魚はあまりうまくいかなかった。最初のうちは売れたがすぐに買い手が減少し、今では日に1〜2匹売れれば良い方だった。元手を考えると完全な赤字だ。


 そして今日、新しい金儲けの方法を考えながら歩いていると突然見知らぬ男に囲まれた。そこからの記憶は曖昧だ。とにかく逃げることに必死だった。この街の憲兵に助けを求めようと思った。しかし奴らの人数は多く、助けを求める前に捕まってしまった。


 一体何がいけなかったのだろうか。いや、最初から悪かったのだろう。もう少し目立たないように商売をするべきであった。もっと慎重に商売を続けていればこんな目にあうこともなかった。そして俺の意識は冷たさと息苦しさで現実に引き戻された。




「まだ言う気にならないか。おい、もう一度沈めてやれ。」


「や…やめ………〜〜〜〜!!!」


 俺は男たちに押さえつけられ冷たい池の中に押し付けられる。息ができない。苦しい。寒い。意識がなくなりそうだ。しかし意識を失う一歩手前で引き上げられる。苦しい、辛い、なんでこんな目に。


「お前のことは1ヶ月以上調べた。普通じゃありえない商品を取り扱っているから貴族の後ろ盾でもあるのかと思ったがそんなものはなかった。どれだけ調べてもお前の商品の入手経路が不明だ。だから…その入手経路を俺たちに寄越せ。そしたら解放してやる。これで3度目だ。さすがに物覚えが悪くても覚えただろ?とっとと話せ。」


「はぁ…はぁ…ごほっ…げほっ……こ、断る。」


「…おい、まだ飲みたいらしい。」


 俺は再び池の中に入れられる。苦しい、苦しい。もう話して楽になりたい。だけどこいつらがそのまま逃がしてくれるとは思えない。話したら殺される可能性がある。逆に話さなければ殺される心配はない。だからここは耐えるしかない。死を受け容れたくない限り。


 そして1時間が経過した頃。もう俺の意識は朦朧としており、これ以上池の中に沈めても口を割らないと判断した男たちは次の作戦を考えている。俺は呼吸を整えようにも極限状態のため意識の混濁が続いている。


 やがて10分程経ち意識もはっきりとして来た頃、男たちのリーダー格が俺に近づき右手を握った。


「なぁ。わかるだろ?これ以上我慢したってお前にも良いことはない。俺たちだって徳はない。さっさと話して宿に戻ってゆっくり寝たほうが徳だろ?」


「……俺は死にたくない。」


「殺しはしない。話せば良いだけだ。それだけで済む。なぁ…頼むよ。」


「…………断る。」


「そうか…それじゃあ…仕方ないよな!」


 そう言うと男は俺の右手を握りつぶした。骨の砕ける音、肉の潰れる音が右手を通して肉体から伝わる。激痛なんてものじゃない。痛みで意識を失い、痛みで失った意識が取り戻される。そして何より右手を失った恐怖が全身を駆け巡る。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「そんな大声出すんじゃねぇ。全くうるせえ野郎だ。ほら、とっとと魔力で右手を治せ。…あ?お前全然治らねぇな。魔力がねぇのか。おいおい、自然治癒なんざガキでもできる初歩だぜ。」


 潰され、手の原型を留めていない右手を振り回す。血が周囲に飛び散り、血が服についた男たちは苛立ちを見せる。そんな時、周辺の草むらから突如モンスターが飛び出して来た。そのモンスターたちは俺の声と血の匂いで興奮しているのだろう。すぐに周囲の男たちに襲い掛かった。


 チャンスは今しかない。すぐにスマホから紐を取り出して右手首を強く締め付ける。これで血の流出は防げるはずだ。俺は走った。一刻も早くその場から逃げるために。


「あ!おい!待て!!」

「逃すな!」

「ダメだ!今はこのモンスターどもを駆除しねぇと!」


 モンスターと男たちの攻防は続いている。今なら逃げられる。走った。意識が混濁しようとも。足に木片や石が刺さろうと走り続けた。そして意識も曖昧なまま走り続けた俺は気がつくととある家の中で横になっていた。


 あまりにも異常なことが起こりすぎて俺には何が起きたのか整理がつかない。しかし頭を抱えようとした時、これがすべて現実なのだと理解できた。俺の右手は手首から先が無くなっていた。


 叫ぶ俺の元へこの家の主人がやって来て俺をなだめた。そして少しずつ冷静になって来た俺に主人はすべて説明してくれた。


 たまたま薪拾いに来ていたこの主人が森の中で倒れている俺を見つけた。その時には右手は紫色になっており、血があふれ出ていたと言う。このまま右手をつけておけば感染症や出血多量で死ぬ可能性がある。だから斧で右手を切り落として傷口を焼いて止血したのだ。


 正直右手を失った精神的苦痛は大きい。しかしそれでも意識が戻った状態で右手を切り落とされるよりマシだ。主人に感謝して、わずかばかりの金を感謝の印に渡す。それから体の調子が良くなるまでしばらくの間厄介になることにした。


 その村での1週間は実に充実していた。村人は皆よくしてくれた。お礼に食料を渡すと喜んでくれた。もうここに住み続けて良いと思った。この世界を旅する理由なんてない。辛い目にあうくらいならばこの村で一生を終えた方が良い。


 しかしそんな俺のささやかな希望はすぐに失われた。あの男たちがこの村にやって来たのだ。男たちは俺を探していた。村人たちは俺をどこにもいないと隠してくれた。村人たちと密に交流を取っておいてよかった。俺はこの村で信頼されるだけの人間になれたのだ。


 だが俺のそんな希望はすぐに打ち砕かれた。男たちは俺に懸賞金をかけていた。その額は金貨5枚。この世界の平均月収よりも少し多い額。しかし村にとっては大金だ。村人たちはすぐに俺を売った。俺が寝泊まりしている家に案内して来た。だから俺はすぐさまその村から逃げた。


 俺は声も出さずに泣きながら走った。俺が1週間かけて得たこの村での信頼は金貨5枚に負けたのだ。たかがそんなものの金貨に負けたのだ。俺はそれから2日間移動し続け、たまたま見つけた乗合馬車に乗り込み新しい土地を目指した。


 そこからの俺の人生は逃亡生活だった。一つの村や国で、ある程度金を稼いだら新しい場所を目指した。金を稼ぎながら誰にも目をつけられないように旅を続けた。


 人というものが信用できなくなった。優しい言葉をかけてくれるものもいた。うちで働けといってくれた人もいた。だけどそんな人々が信用できなかった。優しい言葉で俺を騙すのだとそう信じ込んでいた。


 俺が心を許せる相手はこの使い魔たちだけだ。この白くて小さい命は俺を裏切ることはない。いつだって共にいてくれる。俺の唯一の救いだ。


 そんな旅が長く続いたある時、俺は一つの国にたどり着いた。その国の中央には巨大な木がそびえ立っていた。しかしその巨大な木は枯れ果てていて、それを見た俺は自然と涙が出ていた。


 あの木は枯れ果てていても人々から大切にされ、人々から愛されているのだろう。だけど俺は…きっと死んでも誰にも知られることなく、獣や虫の餌になるだけだ。腐り果ててそれに気がついた人に気持ちが悪いと揶揄されるのだろう。


 俺もせめて誰かから愛されたかった。誰かに必要とされたかった。こんな世界にいきなり連れてこられて右手をなくして誰も信じられずにただ逃げ続けて終わる人生なんて嫌だ。俺はそう思った。


 俺はその国で初めて商売もせずにただ過ごした。金の蓄えはできているが宿代が勿体無いと思い、裏路地の浮浪児に紛れて暮らした。そんな暮らしを続けたある日、一人の少年と仲良くなった。きっかけは俺が飲んでいた水と少年が持っていたどこからか盗んで来たパンを交換したのがきっかけだ。


 初めは他愛もない会話だった。しかし毎日同じ路地裏で過ごしていると仲間意識が芽生え、お互いのことを語り合っていた。


「それじゃあ…お前は一応他国の王子様なのか。」


「父親にこの国へ捨てられましたけどね。正直…惨めな暮らしですけどあの国にいた頃と特に変わりません。だから別に平気……でも…お母さんの墓参りには行きたいな。僕が行かなかったらきっと……誰も手入れしてくれないから。だけど戻るのにもお金がたくさんかかるので無理なんです。ここから船ですごい時間かかるんですよ。」


 その少年が俺には羨ましく思えた。俺にはこの世界に親も兄弟も誰もいない。俺という存在はこの世界でひとりぼっちなのだ。だがその少年は俺と同じひとりぼっちでも強く生きていた。


 俺は翌日、久しぶりに商売をした。かなり荒稼ぎしただろう。きっと目をつけられたはずだ。だが俺はその売り上げと今までの貯金を持ってその少年の元へ行った。


「おい、これをお前にやる。これだけあれば帰って墓参りくらい…できるだろ?」


「こ、こんな大金どうやって!!」


「盗んだ金とかじゃない。だからこれで…母親の元へ行ってやれ。」


 俺はその少年と再び旅に出た。俺自身この国にはもういられない。だから他の国を目指す。その途中まで少年と一緒に移動するだけだ。


 この世界の列車にも乗った。そして海沿いの街まで来た。ここから船に乗っていけば少年の国まですぐだ。だが俺はついていけない。今ある金だけでは一人分しか乗れないのだ。だから俺は少年に全財産と食料と、それから俺の使い魔を渡した。


 この使い魔はきっと役に立つ。この少年を助けてくれる。そして俺はこの少年と別れた。少年は船が出た後もずっと手を振り続けた。泣きながら俺との別れを惜しんでくれた。


 俺はその時、自分の人生が良い人生だと思えた。こんな惨めでくそったれな人生の中で俺はこの少年と出会い、この少年に必要とされた。俺は生きていることを許されたのだ。それだけで俺は満足だ。


 そこからの俺の人生は変わった。商人の元でバイトをして、見込みがあると言われて店員として正式に雇われた。俺は商人というものが性に合っているらしい。今後、もっと勉強して金も溜まったら自分で店を持ってみようと明るい未来が見え始めた。


 明るい人生だ。楽しい人生に変わって来た。まだ右手を見るたびに過去の辛い記憶が思い起こされるが、この世界では魔法でなくなった腕も生えさせることができるらしい。だからまずは金を貯めてこの右手を治してそれから全て再出発だ。


 しかしそんなある時、街でたまたま噂を聞いた。遠い海の向こうで戦争が起きていると。戦争なんてよくあることだ。別に珍しくもない。しかしその夜、あの少年に預けていた使い魔が死んだと通知が来た。


 嫌な予感がした。すぐに話を聞くためにもその使い魔を復活させようと思ったが、復活には大量の木材と聖水が必要らしい。聖水なんて小瓶で金貨数枚はする。それが何百、何千と必要らしい。使い魔の復活は諦めるしかない。聖水を買う金なんて俺にはない。


 俺は考えることもなく仕事を辞めて船に乗った。俺の勘違いなら良い。たまたま使い魔だけが事故にあって死んでしまった可能性もある。それなら別に良いのだ。幸い金は右手を治すために貯めた金がある。ある程度の場所までは船に乗れば迷わずにつける。


 そして俺はとうとう少年の故郷にたどり着いた。船の中で情報を集めてかなりの日数をかけてここまでやって来た。貯金はもうない。どこかで金を稼がないと船に乗って帰ることもできない。まあ少年の故郷で稼げば良い、そう考えていた俺の目の前には廃墟になった国の跡地だけが残っていた。


 もう戦争は終わっていた。廃墟となった国の跡地には敵兵と思われる人間が家捜しをしていた。俺はその場からすぐに離れた。あの少年はもう死んでしまったのだろう。そう思うと身体中から力が抜けていく。


 そんな時、使い魔が急に飛び出して何処かへ走り出した。俺は使い魔の後をついていく。すると一つの洞穴にたどり着いた。灯で照らしてやるとそこにはあの少年が倒れていた。


 まだ息はある。しかしもう脱水と栄養失調で危ない状態だ。俺は必死に少年を看病した。かなりギリギリの状態ではあったが少年は2日も経つと意識が戻った。そして俺との再会を、涙を流して喜んでくれた。


 それから3日間、少年の体力が戻るまでその洞穴で休むことにした。久しぶりの再会もあってその3日間は話が止まらなかった。楽しい、人生で一番楽しい時間だ。そして3日目の夜、翌日から移動しようと相談していた時、それはやって来た。


 あの廃墟を漁っていた敵兵だ。こいつらは漁り終えてたまたま周辺を見回っている時に俺たちを見つけたのだ。もう一日早く出ていれば助かった。しかしそんなことを思ってももう遅い。少年は俺の手を取った。


「ごめんなさい。僕のせいでこんなことになってしまって…あの……」


「俺はお前と出会って救われた。だから謝るな。むしろ謝るのは俺の方だ。……ごめんな…俺…何もできなくて。俺がもっと強かったら…もっと…もっと頑張れたら…お前の故郷だって救ってやれたのに……俺…何もできなくて……」


「僕はあなたに救われました。一人にできることなんて限られています。だから……最後のお願い…聞いてくれますか?」


「……ああ…最後まで一緒だ。来世はもっと良い人生を歩もうな。」


「はい、次出会った時も…僕たちは友達です。」


 少年は洞穴に魔力を流した。その魔力は洞窟の支える重要な部分をずらし、洞穴を崩壊させた。崩壊する洞穴の中、俺は少年と使い魔と手を取りながら最後を迎えた。







「ふぅ……これで1時間は休めるはずだ。そっちは順調か?……お前…泣いているのか?」


「…見つけたよ。ようやく見つけた。僕たちの未来を託せる男を。」


「へぇ……どんなやつだ?」


「弱くて、どうしようもなく弱くて…絶望に落ちて……それでも人としての優しさと、強さを秘めた男だ。それに彼の時代は多分……うん、間違いない。ちょうど転換期を迎える時期だ。それに…この時代には3人のキーが揃っている。ごめん、もう少し頑張ってくれ。今から彼のために…未来を作り上げていく。」


「そうか。まあ奴らならたやすいことだ。数だけは多いがこの神獣たる私の前では意味はない。だから頑張れ、ミヤマ。私の夫なのだから絶望の未来くらい…変えてみせろ。」




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― 新着の感想 ―
[一言] どうせ主人公にしか使えない(という設定にした筈なのに何故か死後は使えるという事は隠して)のだし、それをバラして協力しまーすって言えば殺されないのに何故自ら修羅の道行っちゃうの……。 生きてさ…
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