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第269話 アンドリュー子爵と集いしものたち

 話はアンドリュー子爵たちの元へ兵士が来た時、いやそれより以前の数十年前まで遡る。今から数十年前、この地には巨大な川が流れていた。そしてその巨大な川を挟むように2つの国が栄えていた。その2つの国は隣国でありながらも巨大な川の濁流によって寸断され、関わり合うこともなく繁栄を続けていた。


 川からもたらされる水と肥沃な泥は農作物に十分な栄養を与え、溢れんばかりの実りを人々に与えていた。その川を挟んだ両国とも何不自由することなく栄えていた。しかしある時、川の源流と呼ばれる場所で大規模な地殻変動が起きた。


 その地殻変動は大地を隆起させ、巨大な川を3つに分けた。巨大であった川は3つに分かれたことでその勢いが減り、川を渡ることを容易にした。それにより川によって寸断されていた隣国同士が接触する機会が増えた。


 しかしそれでも何事も起きない。なぜならその川からもたらされる恵は3つに分かれたとしても変わらず国々を豊かにし続けたからだ。だがある時、そんな3つの川に異常が起きた。3つの川のうち2つが枯れ始めたのだ。


 それは人知れず続いていた地殻変動により、山々から染み出した水が全く別の川へ流れてしまったからだ。それにより豊かだった国は次第に衰えを見せた。しかしそれでもあと1つだけ川が残っている。その川の水を隣国同士で分け合ってなんとか生活を続けた。


 そんなある時、一つの沼地に変化が起きた。水も少なく、なんの価値もないと思われていた沼地からコンコンと水が湧き出て、一つの湖になったのだ。その湖はまるで、かつてこの地に流れていた巨大な川のように肥沃な泥と美しい清水を併せ持っていた。


 隣国同士はその湖を求めた。かつての栄光を求めるように。その湖を互いに分け合えればよかった。しかし分け合うほどその湖は大きくはない。初めは話し合いをした。争わず、互いに節度を持って大人同士の話し合いを行った。


 しかしある時、一人の少年がその湖で釣りをしていると隣国の少年が現れ「この湖は俺たちの国のものだ」と釣りをしていた少年を痛めつけた。痛めつけられた少年は家に帰り何が起きたのか家族に話した。その話を聞いた家族は許せないことだと、あくる日に釣りにやって来た隣国の少年を痛めつけた。


 きっかけはそんなものだ。しかしそんなきっかけがやがて大人同士の喧嘩になり、村同士の喧嘩になり、やがて国同士の喧嘩、つまり戦争に至ったのだ。その戦争は長きに渡り決着がつかず、数年ごとに戦争を始めては辞めてを繰り返している。


 そして話はアンドリュー子爵がこの地に来る1ヶ月前まで進む。その1ヶ月前に再び戦争が開戦されたのだ。しかし開戦したと言ってもすぐに戦争が始まるわけではない。両国同士がお互いに正当性を語り、国民を鼓舞している。


 しかしこんなものは形骸化しただけだ。国民のほとんどはなぜ戦争をするのかよくわからないまま、勢いに流されて戦争に参加する。なんせこの戦争は毎回お互いに被害がある程度出て来たところで辞めてしまう。決着がつかないまま何度もなんども繰り返しているだけだ。


 そんな戦争に一体なんの意味があるのか、一体なんのために戦争しているのかもわからなくなってしまうのも仕方ない。そして両国は1ヶ月かけて戦争の準備をし、開戦のその時を待つ。


 そして話はようやくアンドリュー子爵の元に兵士が来たところまで戻る。その兵士たちは手に入れようとする湖の偵察に来たのだ。もしかしたら勝手に敵国が水を引いているかも知れない。人知れず敵国に何かされている可能性があるため、定期的な偵察が必要になるのだ。


 そして偵察に来た兵士たちはアンドリュー子爵に出会い、どう対処すれば良いかわからないため自陣に戻り隊長に報告する。しかし報告された隊長もまさか湖になんの関係もないどこかの貴族がいることなど思ってもみず、すぐに総指揮官へ報告に向かう。


「何?湖にどこかの貴族がいただと?どういうことだ。」


「そ、それが偵察に行った者達によりますと数人の男女がおり、その中の一人が釣りをしていたそうです。その者は自身をアンドリュー子爵と名乗り…釣りをしても問題ないかと訪ね、そのまま釣りを続けたそうです……」


「何?……アンドリュー子爵だと?」


「も、申し訳ありません!部下たちもどうしたら良いかわからず、貴族相手に手も出せずそのまま帰ってしまい……」


「……確かに釣りをしていたのだな?……早馬を用意しろ。王へ書簡を届けるのだ。書簡は用意する。」


「は、はい!」


 隊長は総指揮官の、将軍の表情を見て迅速に行動に移した。冷静沈着な将軍のあわてた表情など初めて見た。それほど今回の件を重く見ているということなのだろう。早馬を用意し、5分ほどで認めた書簡を使者に持たせ王の元へ急がせる。早馬は休むことなく走り続け、翌朝にはなんとか王の元へたどり着いた。


 まだ日も登ってすぐの早朝であったため、まだ王も重鎮も寝静まっていた。そんな中、緊急を知らせる早馬が届いたため、慌てふためいて皆飛び起きた。ただ王だけはめんどくさそうに寝ぼけ眼をこすりながら玉座に座り早馬の使者の知らせを聞く。


「陛下、将軍より緊急の知らせでございます。」


 そう告げて使者が書簡を王の側使えのものに手渡そうとする。すると王はそれを止めてその場で読み上げるように言う。前線に出ている将軍からの緊急の知らせだというのになんともぞんざいな扱いだ。王はこの戦争でそれほど緊急の知らせなど起きないと高をくくっているらしい。


「そ、それでは書簡を開かせていただきます………え?」


「どうした。早く読み上げろ。全く…この知らせを聞いたら儂は寝るぞ。」


「も、申し訳ありません。そ、それでは読み上げさせていただきます。『かの湖にてアンドリュー子爵が釣りをなされている。』……以上です。」


 あまりの短い知らせに言葉を失う一同。緊急の知らせだというのにまさかたったのそれだけの内容。しかも緊急性を全く感じさせない内容にあっけにとられて誰も声を出せない。


 しかしそんな中、数名の男たちは別の意味で声を出せなくなっていた。その中にはこの国の国王、ゼッペリクルセン王も含まれていた。ゼッペリクルセン王は呼吸を整え、少し落ち着こうとする。


「儂の馬を用意せよ。2時間…いや1時間後に出発する。」


「へ、陛下自らですか!そ、それは…ではその後、この国で問題が起きた時には…」


「宰相に頼む。儂がいない間は宰相に全権を…」


「嫌です。」


「……何?」


「私が行きます。私の分の馬を用意しなさい。陛下、陛下は国の柱です。この場に残りください。それに先ほども眠いとおっしゃっていたではありませんか。私は眠くないので王はお休みを。」


「待て、お前は宰相として儂の補佐を…」


「ですから陛下の代わりに私が出向きます。陛下はお休みを。さあどうぞ。」


「ま、待て待て……お前とは口喧嘩で勝てぬ。…仕方ない、共に行くぞ。出発は1時間後だ。遅れたものは置いていく。あとのことは……ええい!自分たちでなんとかせい!」


 そういうとゼッペリクルセン王は急ぎ足で自室へと帰っていく。あまりの事態にどうすれば良いかわからなくなってしまう兵士だが、他の指示を仰ごうにも宰相も、他の重鎮たちも数名どこかへ行ってしまった。


 ゼッペリクルセン王は自室に戻ると本棚の前に立った。そして数冊の本を押し込み、また数冊の本を引き抜く。すると本棚からカチリという音がなった。それはいざという時のために用意した隠し部屋だ。襲撃の際に逃げられるように食料と隠し通路だけがあるはずのその部屋は全面的に改装され、王の趣味のための部屋に変わっていた。


 ゼッペリクルセン王はその部屋に大事にしまわれている一冊の本を手に取った。それは以前、ミチナガ商会で発行したアンドリュー子爵の全映像に関する解説本であった。


「ああ、まさかあのアンドリュー殿がこの国の近くに来られておるとは!とりあえずこの本にサインしてもらおう。ああ、それから入手したアンドリューモデルのロッドを…それにこれも…ああ、急がねば。釣りを終えて何処かに去ってしまわれたら一大事だ。」


 実はゼッペリクルセン王はコアなアンドリュー子爵ファンだった。ゼッペリクルセン王がアンドリュー子爵を知ったのは約半年前。他国に遠征し、合同稽古をした現在敵国との戦争の最前線に立っているこの国の将軍が手土産にと貰ったのが始まりだ。


 ゼッペリクルセン王も初めは大して興味もないものであったが、暇つぶしにと少し見ていたらあれよあれよと時が経ち、気がつくと夜が明けていた。そんな生活が3日ほど続き、他の映像も見たいと将軍に使いを出させて何度もなんども買いに行かせた。


 そこからはもうアンドリュー子爵の虜になり、隠し部屋を専用のシアタールームに改造させ、希少なグッズの数々を買い集めた。正直、今回の将軍からの緊急の知らせが来た前の晩もアンドリュー子爵の映像を夜更かしして見ていたため、眠くてしょうがなかった。


 しかし今はバッチリと目が冴えている。なんせ憧れのアンドリュー子爵に出会えるというのだから寝ている場合ではない。完全に支度を整え、出発の時間に間に合うように城の外に出るとそこには異様な光景が広がっていた。


「宰相…それにお前らまで…自ら兵を出してまで着いてくる気か。」


「自分の身は自分で守ります。ですから文句は言わせません。」


 この国の重鎮たちがずらりと並ぶ異様な光景にゼッペリクルセン王は不敵に笑う。どうやらゼッペリクルセン王も知らないアンドリュー子爵の隠れファンがぞろぞろといたようだ。


 ここにいるものたちは皆気持ちは同じ。ならば止めるのはあまりにも非道だ。ゼッペリクルセン王はこの時ばかりは王としての職務を忘れ、ただ一人のファンとしてアンドリュー子爵の元まで駆けた。


 その日の夜半、王は最前線まで駆けつけた。王や重鎮たちが一同に見えたことで兵士たちは混乱する。将軍もまさかここまでの顔ぶれがそろうとは思ってもおらず、少したじろいだがすぐに野営地を案内した。


「それよりも将軍。アンドリュー殿はまだおられるか?」


「はい、まだ釣りを続けておられるようです。今押しかけるのは迷惑になりますので翌朝参りましょう。」


「そうかそうか。では明日に備えて眠るとしよう。…それから将軍。此度の報告、誠に素晴らしい。迅速に緊急の知らせとして伝えたその判断、さすがは我が国が誇る将軍よ。」


「ありがとうございます。」


 ただのファンの報告に緊急の知らせを使うのは本来どうなのかと思うが、どうやら正しい行動であったらしい。王や重鎮たちは明日に備えて眠ろうとするのだが、慣れない外での宿泊と明日アンドリュー子爵に会えるという喜びで脳が活性化してしまい、まるで眠ることができなかった。


 そして翌朝、アンドリュー子爵に会うために準備をしている中、一つの知らせが舞い込んだ。それはアンドリュー子爵を驚かせないように先に使いに出した兵たちからの報告。その報告によるとなんとアンドリュー子爵の元に敵国の兵が近づいているのが見えたのだという。


「ま、まさか奴ら…アンドリュー殿のことを湖を汚す不逞の輩とでも思い込んで……ま、まずい!兵を動かせ!アンドリュー子爵をお救いするぞ!」


 突如起きた王の号令に兵士たちは急いで戦闘の準備をする。そして王を先頭に数万の兵士があとへ続く。まさか王自ら兵を率いることなど初めての経験で、兵士たちも息巻いている。


 そしてアンドリュー子爵のいる湖が見えた時、敵の大群が見えた。これは間違いなく緊急事態だ。王はさらに馬を急がせる。一刻でも早くアンドリュー子爵の元へ辿りつくために。


 そして物語はようやく前話の終わりにたどり着く。アンドリュー子爵を挟むように並ぶ国の大軍。そしてこのままだと戦闘を始めればアンドリュー子爵を巻き込みかねないと王と重鎮、それに数人の護衛を連れて両国から兵が飛び出した。



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― 新着の感想 ―
[一言] アンドリュー子爵、もう魔王くらい影響力ありそう(^^)
[良い点] 両国「「無事ですか! あ、無事? サイン下さい!」」 アンドリューサルクス(違っ)子爵「オッケー。但し仲良くな。この湖は釣りをするのに素晴らしいから、多少少なくとも分け合おうず」 両国「「…
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