第264話 新たなる旅の序章
『もう2年が経つ。いい加減顔を出さないと色々問題があるんだが…』
「す、すみませんアレクリアル様……」
ある日の午後、唐突にかかってきた使い魔のテレビ電話には勇者神アレクリアルが写っていた。そしていつまでたってもやってこないミチナガに対し、小言と説教が始まってしまった。
本来世界貴族に選ばれたものは翌年にそれまでの成果を報告しなければならない。世界貴族に選ばれてから1年後にその人間のそれまでの行いを査定して、場合によっては世界貴族から除名、場合によっては見込みよりも優秀だったと言うことで昇格もあり得る。
後者の例はラルド・シンドバルがまさにそうだろう。1年間の成果報告で伯爵にまで駆け上がった。そんなラルドはさらなる高みを目指すため今でも何やら行動しているらしい。もしかしたら商人からの世界貴族の中では最年少の侯爵、さらにその上の公爵の地位まで行けるかもしれない。
世界貴族の公爵、特に勇者神のもとでその地位まで上がれることはかなりの意味を持つ。勇者神は国全体で英雄を重用する。英雄になればその一生を英雄譚として書に記し、未来永劫語り継がれる。英雄に憧れる子供は誰しもが夢見るのだ。
英雄になる方法はいくつかある。強大なモンスターを討伐したもの、その人徳から人々に崇められた者。しかしいずれも並大抵の成果では英雄にはなれない。その中で一番わかりやすい指標が公爵になることだ。
公爵になるのは並大抵のことではない。現にここ10年以上新たに公爵になったものはいない。現在公爵に選ばれている者達のほとんどは親や祖父が公爵、英雄であった者達である。そういったものたちは英雄の末裔であると言うだけで当人は英雄ではない。彼らが英雄になるのにはなんかしらの功績が必要になる。
ミチナガは別に英雄願望はない。しかし火の国の人々も勇者神のもとで選ばれる英雄たちには大いに関心がある。だからミチナガが英雄に選ばれて欲しいと言う声も時折聞こえてくる。決して簡単に英雄になれるわけではないが、ミチナガは人々にそう望まれているのであればなれるように努力はしようと考えている。
しかしそんな努力をしようと考えている時に勇者神のアレクリアルに説教をされているようでは英雄への道は途方のない道のりなのかもしれない。
アレクリアルとの話は3時間ほどかかり、セキヤ国が問題なく治められていることが知られてしまい、近日中に英雄の国に向けて出発することが決まった。テレビ通話が終わり、面倒なことになったと頭を抱えるミチナガの元へポチがコーヒーを運んできた。
『ポチ・お疲れ様。砂糖とミルクいる?』
「…たっぷりめで頼む。確かにこの国は安定してきたけど、まだまだやらなくちゃいけないこと山盛りだからまだ離れたくないんだけどなぁ……」
『ポチ・でもシェイクス国への援助のためにもミチナガ商会の増設と、猫神様の頼みを聞いて他の大精霊に会いに行かないといけないよ。それで今回アレクリアル様の呼び出しでしょ?旅する方が今は重要だよ?この国は僕たちでなんとかなるし、この国の人たちちゃんと仕事してくれるから問題ないよ。』
「ぐぅぅぅ…そう言われると……」
その後もポチにズバズバと言われ続けて観念したミチナガは英雄の国に向けた旅の準備を始めさせる。ミチナガの本音は国の運営も落ち着いてきたからゆっくりできると考えていたのにまた忙しくなりそうだと思っている。
ミチナガが英雄の国への出立を決めた翌日。その情報を使い魔たちが国の要所に伝令したところ、思った以上の騒ぎが巻き起こった。しかしそれはこの国からミチナガがいなくなることの不安ではない。大きな期待からのものだ。
特設された騎士訓練所では鎧に身を固めた男たちが訓練を重ねている。そんな男たちはいつもよりも動きが機敏で、声も大きく出ている。ただどこか地に足がついていないようにも見えた。
「お前らぁ!気合入れろぉぉ!!ミチナガ陛下が出立なされる際には我らから数名の護衛を出す!ただ大勢は出せない!10名の優秀なものだけを送り出す!よいか!その一握りに選ばれるよう精進を重ねろ!!」
「「「オォォ!!」」」
騎士団の面々は誰がミチナガの護衛になるかと言うことで競い合っている。ミチナガはちゃんとした騎士団を持ち合わせていない。そのためここで功績を残せばいずれできるであろう王直属の騎士になれる可能性がある。
それに彼らが慕うミチナガをお守りすることができると言うのは彼らにとって一生の名誉なのである。そんな彼らを若干羨ましそうに見つめているのは彼らの指導をしている元盗賊団の頭、ヘルディアスである。
『蒼之拾弐・いつもに増して精が出るね。その表情を見る限り…ヘルディアスも護衛に選ばれたかった?』
「…本音を言えばそうだ。しかし俺はミチナガ陛下から直接この国を守る騎士団を作ってくれと頼まれた。そのためには今この国を出るわけにはいかない。まだまともな騎士団の影も形もできていない。だから…今は耐えて待つ。」
『蒼之拾弐・真面目だね。だけどありがたいよ。……ヘルディアス。僕たちのボス、ミチナガは今もまだ英雄の国では商人上がりの貴族なんだ。だからいつの日か大勢の騎士団を連れてさ、英雄の国を凱旋したいんだ。そんな僕の…僕たちの夢、託したよ。』
「任せろ!最高の騎士団を作り上げてやる!!おいそこ!もっと体を使って剣を振るえ!」
使い魔たちの思いを聞いたヘルディアスは鼻息を荒くしてさらに強く指示を出す。これが空回りしたら問題だが、そんなミスを犯すような男ではない。再び心から忠誠を尽くせる君主を見つけたヘルディアスは今度こそ命に代えてもミチナガを守ると誓った。
ところ代わりそこは内装の整えられた一軒の豪邸。そこは外からの客人が来た際に出迎え、滞在してもらう場所なのだが、今は客人が誰もいないと言うのにメイドたちが何度も何度も清掃と、同じ立ち振る舞いをしている。
「よろしいですかみなさん。私たちはミチナガ陛下に使えるメイドです。メイドだからこそ私たちの失敗は主人の恥につながります。一挙手一投足に至るまで神経を尖らせなさい。それではもう一度。」
「「「はい!」」」
メイドたちは再び歩き出して言われた通りの動きをこなす。誰も問題ないように見えるがメイド長の目には少しの狂いがしっかりと見えていた。すぐに注意をして再び同じ動作を繰り返す。すでに何十回とこなしているがまだまだ満足できていないらしい。
このメイド長はかつて火の国のとある国の王女専属のメイドであった。しかしある時国に戦火が降りかかり、メイド長は王女を連れて国を脱出した。しかしその後メイド長は王女を逃がすために敵に捕まり、数年の幽閉生活ののちに脱走した。そして行くあてもなく彷徨っている時にセキヤ国へやってきた。
ブランクはあるが王女専属のメイドであっただけあってその技術力はセキヤ国一番だ。そのため使い魔たちに依頼されてこうして指導に当たっている。ちなみにメイド長本人はミチナガについていくことが決まっている。
このようにミチナガの旅についてくる人間の数は多く、全部で100名ほどの規模になりそうだ。ただ本来王であるのならばこの数は異様に少ない。この少数にしたのはミチナガ商会としての活動に支障をきたさないようにするためだ。
王様がやっている商会なんて何か問題を起こして打ち首になったら困ると思い、庶民は近づかない。だから旅の道中はあくまで商人ミチナガとして、そして英雄の国についてからセキヤ国国王として立ち振る舞うつもりだ。
面倒ではあるが、こうすることが一番の最善策である。まあミチナガ自身は王としての立ち振る舞いというのはよくわかっていないので普段通りにするだけだ。その様子を見て周りはやきもきするだろうが、致し方ないと諦めている。
ただそんな中、少しまずい事態が起きていた。
「おい聞いたかよ。ミチナガ陛下が英雄の国に行かれる話。」
「ああ、世界貴族の伯爵だからそれの挨拶って話だろ?」
「それなんだがよ、聞いたところによると…今回の勇者神との謁見でミチナガ陛下が英雄に選ばれるらしいぞ。」
「な、なんだよその情報。誰かが流したデマだろ?そんなことが事前にわかるわけないじゃんか。」
「バカだな。考えてもみろ。ミチナガ陛下のこれまでの行いはまさに英雄の行い!そして今は伯爵だろ?ほんの2〜3個上にいくだけで英雄に選ばれる公爵だ。勇者神も英雄に選びたいから催促してきているんだ。そうじゃなかったら催促なんてするもんか。」
「た、確かに……じゃあ本当に?」
「俺たちの王様は英雄になるんだ!俺たちは英雄の治める国の国民だぞ。」
「そ、そいつはすげぇ!!」
「さっきから何盛り上がってんの?ミチナガ陛下の話みたいだけど…」
「お!丁度良いところに来たな。実は……」
『ピース・な、なんだか噂が広まって……』
『ポチ・……ダメだ。他の使い魔たちに連絡して事態の沈静化を計ろうとしたけど盛り上がりすぎちゃって…』
『ピース・ど、ど、どうしよ…そもそも今回本当に公爵になれるの?』
『ポチ・ユウがアレクリアル様に話聞いたけど…侯爵にあげるつもりはあるけど、その上は……さすがに公爵は慎重に採決しないといけないから今回公爵になるのはまず……どうしよ。』
『ピース・ま、まずいですよね?この盛り上がりで英雄になれませんでしたなんてなったら……』
『ポチ・人心が離れるね。国全体がイヤァ〜な雰囲気になることは間違い無いと思う。そうならないためにも…旅の途中に英雄になれるだけの実績を獲得しないとね……やらなきゃいけないことが増えちゃったよ。』
次回の更新はお休みです。
……初めてまともに休載告知できた。